再訪
お久しぶりです。
第二章を始めていきます。
日が落ちた暗い森の中。一人の少年が焚火の傍に座っていた。
その少年はまるで人形のように美しかった。
白く、陶磁器のようなに美しい肌。それを際立たせるように、この闇の中に溶けるような黒い髪が腰まで伸びている。幼い顔つきであるが、その赤い瞳はどこか大人びており、じっと焚火を見つめている。
しかし、異質なのはその身体だった。
人間のように見えるのは首から上だけであり、すらりと伸びる四肢と小さな胴体は白銀色の金属の塊だ。シルエットだけを見るならば人族と大差ないが、その身体能力と頑強さは全種族の中でも突出している。それが、彼ら『機人族』の特徴でもあった。
小柄な体躯の背中には、弓があった。
しかし、ただの弓ではない。
弓の中心には、獲物を逃さない鋭い捕食者の瞳を連想させる赤い宝石があった。その瞳から、鳥の骨格のような細くしなやかな黒い身体が伸び、羽のような装飾が施されたそれはまるで不吉を呼ぶ鴉のようにも見えた。
通常の弓には見られない滑車などの機械的なギミックが取り入れられ、矢を番えたときの保持力、そして放たれた矢の威力は弓矢の常識を遥かに超えている。
弓の名前を戦機弓レイヴンといい、そして彼女の主人である少年の名前をアリカといった。
焚火の傍に座り込むアリカであるが、実際のところ彼に休息は必要ない。
機械の身体に疲労は蓄積されない。加えて、短時間の走行と戦闘であれば、彼の原動力であるエーテルの供給量に何ら問題はない。並行してレイヴンの【情報支援】の一部を発動しているが、そのエーテル消費量もわずかなものだ。
つまり、条件さえ整えば、彼は二十四時間活動が可能になる。
しかしアリカはその選択をしなかった。
それは、焚火の向こうにいる人物の存在が大きい。
いや……厳密には人物とはいえないだろう。なぜならば、すでに彼女は息絶えているからだ。死んだ人間はすでに肉の塊であり、それを人物ということはできない。アリカがその肉塊を観察したところ、全身に牙による噛み傷と爪による裂傷があった。それはアリカを一度襲った狼たちの仕業に違いなかった。それ以外に目立った外傷はないため、恐らくは失血死が死因だと考えられる。そして彼女の首元にはテスタメントの姿が見えた。つまりは、彼女は自分と同じ、この『Paradise World』に囚われたプレイヤーの一人だということだろう。
まだ息絶えてから長い時間は過ぎていない。
しかし、このまま放置すれば狼たちに遺体を食い荒らされ、無残な姿になるだろう。それを彼女は望むのだろうか。そう考えると、アリカはその場に座り込んだのだった。
焚火は、彼女の周囲に散乱していた道具を利用して点けた。
どうやら、プレイヤーが死亡すると所持品の一部が周囲に散らばるらしい。その中にある『着火石』という道具は、この世界の旅人が持つ基本的な所持品のひとつだ。微かに熱が感じられるその石は、衝撃を与えるとその温度が上昇し、最終的には火に包まれる仕組みになっている。アリカは適当に石を地面に打ち付けて着火させると、それを薪の中に放り込んだ。石からは絶え間なく火が燃え盛り、結果的に薪の山は焚火へとなったのだ。
それ意外にも彼女の遺品はあった。
しかし、装備や回復道具といったものはアリカには必要がない。まず装備品は『機人族』専用の、厳密にいえば彼の身体の部品でないと意味がないからだ。それ以外の装備を彼が身に着けることは出来ず、持っていたとしても意味がない。加えて、生物のためにつくられた回復道具が、機械の身体にも有効な道理はない。
しかし、例外はあった。
アリカが手に取ったそれは、彼女が着用していたと思われる外套だった。焚火の灯りがないと存在がわからないくらいに黒く、見た目はポンチョのようなものだった。アイテム欄から名前を確認すると『夜の帳』という名前であり、区分はアクセサリだった。
なぜ外套がアクセサリ扱いなのかは不明だ。もしかしたら、旅の最中で装備の上に着るものだからかもしれない。胴部分の装備に指定すると、外套を着るたびに一度、上半身が裸になる必要があるからだ。ゲームデザイナーも、出来る限り面倒な手続きを省こうと努力した可能性がある。
そこでアリカは、かつて街で出会ったバンジの言葉を思い出した。あの親切な男の話によれば、アクセサリの中には種族に関係なく装備できるものがあるらしい。試しにアリカは『夜の帳』をアクセサリとして装備選択してみる。すると、弾かれることもなくその外套は装備欄に収まり、彼の機械の身体を黒い外套が包んだのだ。
本来であれば腰元であるポンチョのような外套は、アリカの小柄な体躯であると全身を包み込んでしまう。フードを被れば顔さえ見えないだろう。しかし、それがアリカにとっては都合が良かった。ここまで全身が隠れれば、アリカが機人族だと見抜かれる可能性は低い。今後、街などで情報収集する際に有効だろう。
アリカの種族である『機人族』は、古代に世界を滅ぼそうとした種族だ。
その言い伝えは現在にも伝承として残っており、世界の住人たちは機人族に忌避の視線を送る。アリカは世界の敵であり、迫害される種族であり、孤独の存在でもあるのだ。
どうやって街中へと入ろうかと考えてたが、都合良く身を隠せるものを見つけることができた。
実際のところ、アリカが死体に気づいて近づいたのは、それが狙いだったのだ。
外套がアクセサリ扱いであったのは嬉しい誤算ではあるが、何か身を隠せるような便利な代物はないか探そうと考えたのだ。結果として、最善の装備を得られたといえる。
「……名前、知らないけど……これはもらっていきます」
その代わり。
アリカは立ち上がって穴を掘り始めた。
スコップやシャベルといった道具はないため、素手での作業になる。しかし、彼の手甲自体がすでに金属であり、柔かい土をドリルのように堀り進めていく。三十分もしない内に、人ひとりが入れるくらいには穴が広がった。
アリカは、そこに彼女の遺体を寝かせた。
そして、遺品として彼女のテスタメントを手に取る。常に青白く光るテスタメントであるが、彼女の命と同時にその光も終わりを迎えたのだろうか。彼女の持っていたテスタメントからその光を見ることはできない。いずれ、彼女の身元がわかる日が来たとき、彼女の知人にこれを渡すことが出来れば、彼女も浮かばれるかもしれない。
アリカは彼女の遺体に出来る限り優しく土をかけ、悠久の眠りへと誘った。
そして焚火は消さずに、彼女の所持品であった外套と着火石だけを持ってその場を去った。外套『夜の帳』を着用すれば、白金の身体は漆黒の闇の中に溶けていく。そうして、森の中をただ歩いていく。
目指すは、始まりの街。
石壁の街トーテルだ。
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アリカが街に辿り着いたのは、まだ日が昇り切らない早朝の頃だ。
徐々に辺りが明るくなりつつあるが、まだ夜といっていいほどの暗さだ。アリカが彼女から頂いた『夜の帳』は暗ければ暗いほどに隠蔽率が上昇する効果がある。検問を抜ける以上、衛兵との会話は避けられないが、少しでも隠蔽率を上げて自分が機人族だということを隠す必要がある。
なぜならば、機人族は全種族の敵であり。
世界の敵だからだ。
今後のことを考えるならば、自分の正体は隠すのが得策だろう。
暴かれては逃走し、暴かれては闘争するのでは無駄がありすぎる。
それに、アリカに世界を滅ぼすなどといった危険思想は無い。それが機人族の種族目標である可能性が十分に高いが、アリカはそれを達成するつもりは全くなかった。
目的はただひとつだけ。
機械の身体を捨てて、人間の身体を手に入れること。
そのために、アリカは旅を始めたのだ。
一ヶ月に訪れた石の壁を再び見上げる。
変わりはない。しかし、前に見たときよりも、この壁がはるかに頑丈そうに、はるかに高く感じる。それは、自分がこの街にとっての害だと判断されているからかもしれない。この壁を乗り越えて街へと這入ることも考えたが、危ない橋を渡るのはやめておくことにした。
壁伝いに歩き、トーテル唯一の入り口である木の門が見えた。
荷馬車などが入るためかかなり大きいその門の前には、あのときと同じように二人の門兵が立っている。アリカは、外套のフードを深く被り、自然な足取りで門へと近づいていく。すでに五メートルの距離しかないというのに、門兵はアリカに気づく気配はない。『夜の帳』の効果を実感しつつ、アリカは門兵のひとりに話しかける。
「あの、すみません」
それは奇しくも、あのときと同じ台詞であったが、門兵の反応は全く異なる。アリカが近くまで来ていたというのに気づかなかったことに驚いたのか、門兵はその場で軽く跳ねて「んんがあっ!?」と素っ頓狂な声を挙げる。相方の方も、その声で驚いたのかこちらを見てアリカの存在に気付いたようだった。驚き跳ねた門兵は、アリカを見ると息を深く吐いて言う。
「あー……びっくりしたぜ。全く……。あんた、相当隠れるのが上手いな」
「そうかな? それより、街の中に入りたいんだけど……」
ここで長話をする必要はない。
アリカはすぐさま本題を切り出す。
それに対する門兵の反応は、やはり事務的なものだった。
「そうか。長旅ご苦労さん。それじゃ、身分証の提示を」
身分証の提示。
やはり、お決まりがあったか。
アリカは以前にここで呟いた言葉を思い出す。
しかし、どうしたものか。
あの人族のバンジの話によれば、人族のゲーム開始地点は街中かららしい。つまり、身分証を発券する何らかの機関があり、そこから受け取る仕組みなのだろう。むしろ、それがないと街と街の間を旅することが出来ないため、最初の目的が身分証の獲得なのかもしれない。
考えたが、状況を打破する方法が思いつかない。
沈黙を通すと逆に不信感を与えることなるため、アリカは適当に場を取り繕う。
「あー……えっと。実は失くしちゃって」
「失くしちゃってって……あんたの首に提げてんのはただの飾りなのか?」
首に提げている?
アリカは視線を下に向けると、そこには青白く輝く自身のテスタメントがあった。アリカが行動を起こす前に、門兵は彼のテスタメントを掴んで、その尻の部分を自分の持っていた正方形の結晶板に押し当てる。まるで判子を押しているようなその動作を見つめていると、門兵はテスタメントから手を離した。
「ほい、認証完了。ようこそ、石壁の街トーテルへ。来訪者殿」
門兵の合図とともに、その重たい扉がゆっくりと開かれていく。
その光景を見つつ、アリカはテスタメントを握っていた。
まさか、メニュー画面を開くだけのデバイスだと思いきや、自らの身分を証明する道具だとは思っていもいなかった。しかし、考えてみれば、名前がテスタメントという時点で察するべきだったのかもしれない。
「なるほどね……。【証】ってことか」
アリカは開かれた門へと堂々と足を踏み入れる。
一度は拒絶された街、そしてアリカの旅が始まる街に。
次回の更新は土曜日になるかと思います。




