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Paradise World ~涙を求めて~  作者: 真空
アリカの旅立ち
13/19

出立


 アリカは再びスクラップ場へと戻っていた。

 理由のひとつは、弓矢の特訓のためだ。


 弓矢を扱ったことがないアリカにとって、離れた標的を狙うのは至難の技だ。落ち着いた直立の姿勢でも難しいというのに、ましてや交戦中となれば、万全の姿勢で矢を射れるとは限らないのだ。そして今は慣れない小柄な体躯であり、実践による弓矢の戦闘訓練が必須だった。

 アリカは、その特訓にスクラップ場で苦しめられた警邏(けいら)機獣たちを選んだ。

 彼らは、頭のカメラ部分を正確に射貫けなければ倒せないために、矢の命中精度を高めるのに最適な相手だ。まずは見つからないように遠くから狙撃する。それで倒せれば良し。気づかれてしまった場合は、囲まれないように走りつつ、こちらを監視している機獣を射る。単純ではあるがその繰り返しだった。決して楽な時間ではなかった。間違いなく、前の身体のままではスクラップ場の金屑の山の一部となっていただろう。全ての部品を換装してつくられたアリカの身体は、防御面だけでなく、エーテル効率やその絶対量まで強化されていたのだ。そのために、激しい運動をしても窮地に陥る危険性が低くなった。


 三時間ほどすると、周囲から近づいてくる機獣の気配は無く、スクラップ場にいた狼たちを全て狩ってしまった。その頃には、アリカは一人前の射手として、そして獲物を確実に仕留める冷徹な狩人として成長していた。


 動く物体が何ひとつないスクラップ場を眺めつつ、アリカはテスタメントを開く。そして、アイテム欄を表示させると、機獣たちを倒したことによるドロップアイテムが空欄を埋めていた。これが、スクラップ場に来たもうひとつの理由でもある。

 機人族特有のアイテムである〈機械〉は、機人族が遺した基地内などして手に入れることができない。レイヴンによれば、彼女と一緒に置かれていた弓矢〈鴉爪(レイヴン・クロウ)〉も、機人族の優れた機械技術によって生まれたものらしい。アリカが持っている〈鴉爪〉は全部で八本だ。これが無くなれば補給することはできない。

 しかし、この先に訪れる基地で矢をつくれる設備があるかもしれない。そのときのために、アリカは機械のアイテムを可能な限り持っていくことにしたのだ。すぐに終わるような旅ではないことを、アリカはわかっていた。


 スクラップ場から戻ってきたアリカは装備の確認を行う。

 といっても、スキル構成やその内容を再度確認するわけではなく、彼なりに戦いやすいスタイルを追及しようと考えたのだ。

 レイヴンの保存場所に置かれていた矢筒を、アリカは背負って使っていた。矢筒は弓の装備の一部として認められるようで、問題なく背負うことができた。そして、限られた弓の本数であれば、メニューのアイテム項目ではなく矢筒に保存できるようだ。勿論、矢筒のストックが切れた場合には、再びアイテム画面から矢筒へと補給しなくてはならないが。


「それが、面倒だから……」


 アリカは矢筒を背中から右腰へと移す。

 腰防具である〈戦機弓のベルト〉に引っかけるようにして提げ、アリカの動きを妨げないように遊びがつくられている。小柄な体躯では地面に擦れそうになることもあるが、アリカは慣れれば問題ないと判断した。

 矢筒を腰へと移したのには大きな理由がある。

〈戦機弓のベルト〉には【自動補給】のスキルが設定されている。これにより、矢筒のストックが切れた場合に自動で補給されるようになる。機人族の技術者も驚くほどの不思議な現象ではあるが、そういうスキルであるために納得するしかない。


「今は〈鴉爪〉八本しかないから【自動補給】の恩恵は受けれないけど、後々必要になるだろうしね」


 ちなみに、スクラップ場の戦闘では、アリカは〈鴉爪〉を射出した後にそれを全て回収していた。その特性は高い貫通力であり、頑強に造られているために折れる心配はない。古代文明(オーバーテクノロジー)が造り上げたアリカとレイヴンの切り札でもあるため、無駄にするわけにはいかないと判断したのだ。


 右腰から矢を取る練習をした後に、アリカは地上を目指すことにした。

 爆薬などを製造して瓦礫の山を吹き飛ばせれば楽なのだが、残念ながら西部第三基地の物資製造プラントは停止しており、復旧は不可能だった。そのため、アリカ自身で瓦礫を何とかするしかない。


「レイヴン、地下一階に続く階段まで道案内よろしく」

『了解。……経路案内を開始します』


 視界に表示される青い光に導かれるまま、アリカは基地内を探索した。

 何か使える物資はないか気になったのだ。しかし、目ぼしい成果は無く、ジャンク品ではない物資を複数個得られただけだった。可能であれば〈鴉爪〉の本数を増やしたかったが、残念な結果に終わったのだった。


 気づけば、アリカは地下一階へと続く階段へと辿り着いていた。

 天井から崩れたと思われるその瓦礫は、厚く、重く、たとえ爆発物があったとしても一筋縄ではいかないことが想像できる。〈鴉爪〉は貫通力に長けているだけであり、この瓦礫の要塞を貫通することは容易ではあるが、それでは解決したことにならないだろう。


 その状況で、アリカが取った行動はシンプルだった。

 左手に持っていた弓矢を背中に背負うと、アリカは数歩後退した。そしてその場で軽く跳んだかと思えば、次の瞬間には瓦礫に向かって突進したのだ。

 あの犀の機獣のように頭から突撃したわけではない。

 アリカは前へと飛び出したエネルギーを維持しつつ、左脚を軸にして独楽のように一回転し、右脚を瓦礫に向かって蹴り込んだ。その強烈な勢いにより、右足と衝突した瓦礫は砕け散り、まるで壁の一部を大きく凹んだ様に見える。その衝撃のためか、天井からは埃や微細な瓦礫がパラパラと落ちてきた。


「後は……崩れる前にトンネル開通できるかのスピード勝負だね」

『瓦礫の状況は私が観察しますのでご安心を』


 アリカの脚部には【近接戦闘の心得】のスキルが備わっている。

 これは、近接戦闘と判断できる間合いである場合に、ステータスに補正がかかるだけの補助スキルだ。本来であれば剣や拳を振るう近接戦闘型の使い手が好んで選択するスキルであるが、レイヴンは射手であるマスターにそのスキルを選択した。その理由は、今後の旅で明らかになっていくことだろう。


 二発、三発、続けて四発、五発。

 瓦礫の壁を蹴るたびに、壁の形状は大きく変わる。一点に集中したその蹴撃は、トンネルを掘るかのように壁を穿つ。掘り進めていく内に、天井から落ちてくる礫の大きさや量が増えて来たことをアリカは感じていた。しかし、レイヴンが危険と判断するまで、アリカは作業を止めるつもりはなかった。


 そして、ついに右脚が壁を貫通して、向こう側の景色が見えた。

 その瞬間に、ひどい揺れが辺りに生じていた。


『警告。瓦礫が崩れます。すぐさま退避して下さい』


 レイヴンが警告を発した。

 つまり、これ以上の切削は危険だということだ。加えて、瓦礫が崩れるということは、再びここを掘り進めることが厳しいということを指す。それでは、いつまでもこの基地から出ることは出来ない。


「レイヴン。突っ込むよ」

『マスター?』


 意図がわかりません。

 その言葉をアリカは頭の中で聞きつつ、まるであの犀の機獣のように猛然と走り出した。すでに崩れそうな天井、瓦礫に対し、アリカは頭から突っ込んで行く。到底、正気とは思えない、無謀といえる行動だ。


 アリカが開けた穴は、わずか十五センチほどの大きさしかない。

 しかし、そこにしか出口が無いのであれば、そこに身体を捻じ込むしか出る方法は無い。文字通り、アリカは頭からその穴に向かって突進した。

 まずは腕だ。両腕を無理矢理通して穴の大きさを広げた。

 そして勢いを殺さずに、頭を抜け出す。

 後はなりふり構わず、もがくようにして穴を広げた。


 限界が来たのか、天井と瓦礫が崩れ、連鎖的に様々な石が砕けた音が瓦礫の向こうから聞こえた。そして、辺りに粉塵が立ち込め、その中に一人立ち上がる少年の姿があった。


「……助かった」


 前の身体では失敗しただろう。

 少年の小柄な体躯だからこそ成功したのだ。穴を広げる大きさも最小限に留まり、時間も最短になった。多少の無茶を許容できるほどの頑強さが、今のアリカの身体だった。


 始めは、機械の身体が嫌だった。

 そして少年の小柄な体躯が嫌だった。

 しかし、この窮地はその身体だからこそ切り抜けたといってもいいだろう。


「……レイヴンに感謝だね」


 そう呟きつつ、アリカは見慣れた地下一階を進み、地上を目指して歩き始めた。

 自分が生まれ、そして生まれ変わった基地との別れが近い。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 外は夕暮れだった。

 木々の隙間から見える空が夕焼け色の染まっていた。切なさを感じさせるその空を見上げると、アリカは基地の上に悠々と聳え立つ巨木の存在に気づいた。

 まるで西部第三基地を守るかのようにして君臨する巨木は、この基地の守り神ともいえるだろう。現に、基地への入り口は巨木の根の間に隠されており、普通に観察しただけでは発見しづらいだろう。

 別に見つかっても困ることは無い。まず、機人族でないと基地への扉は開かない。そして、機人族の遺産を使いこなせるのも機人族だけだ。他種族が見つけても、入り口が開かないダンジョンとしか思うまい。


 それでも、自分の故郷が守られている気がした。

 三十日という長い時間を眠って過ごしていたこの基地が、その上にある巨木が、自分を守っているようにアリカは感じていた。現実的に考えればそんなことはない。基地も巨木もそこにあっただけだ。それ以上の意味は無い。


「でもまあ、こんなんでも、この世界での僕の故郷なんだよね」


 故郷であり、家だ。

 二度と戻らないと決めた西部第三基地に、アリカは深く頭を下げる。

 そして、身を翻して夕闇の森の中を歩き出した。


 それが、機人族アリカの出立だった。


 白銀の身体に、華奢な少年の容姿。

 背中には、黒い翼のような異質な機械弓。

 空洞の身体に感情という知識を宿す壊れた機械人形。

 彼が求めるは失った涙。

 美しく、そして歪な希望。 


 今、世界を混沌へと誘う、一羽の鴉が羽ばたいた。

 楽園の世界を滅ぼす不吉の鳥が、空を裂いて羽ばたいた。

 

 これにて第一章は完結です。

 しばらくした後に、第二章を再開する予定です。

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