見知らぬ夫
こんな夢を見た。
私は幼さが残る少女だった。
親の決めた婚約者がおり、明日が結婚式だった。
だが、肝心の相手がいなかった。
一年ほど前から行方不明らしい。
それでも式は行うと両親は言った。
ふざけている。
そう思ったが両親には言えなかった。
夫となる男の家は旧家で金持ちなのだ。
向こうが行うと決めたら、逆らうことは出来ない。
そんな私を両親が不憫に思っているのは知っている。
だから私も我慢した。
両親のために。
結局、式には夫がいなかった。
私は架空の相手と結婚した。
そうして新居には一人で住んだ。
悠々自適な一人暮らし。
そう思えば気が楽だった。
ピンポーン、とチャイムがなった。
両親でも来たのだろうか?
私は玄関に急ぐ。
「はい」
開けたら知らない男が立っていた。
「…?」
私は思わず男を見た。
背は私より頭ひとつ分高い。
メガネをかけて、小さなカバンを持っている。
顔は良くもなく、悪くもない。
普通であった。
「君、年はいくつ?」
男がいきなり聞いてきた。
はぁ?何なのだ、この男は!
私が答えないと男はしつこく聞いてくる。
「十六です!」
自棄になってそう答える。
男は私を見て頷いた。
「なるほど、幼いわけだ」
むっかー、とした。
一体何様なのだ?!
いきなり人の家にやって来て年齢を聞き、幼いなど言う。
挙句の果ては家の中に入ろうとする。
「あなた失礼じゃないですか!
勝手に人の家に入って!
警察呼びますよ!」
私は男をにらんだ。
「何だ。君は知らないのか?」
「は?」
何を?と私が眉をひそめると男はにやりと笑った。
「俺は君の夫なんだよ」
はぁぁぁぁ?
「だからこの家に入る権利がある。
分かった?」
私が呆然としている隙に男は家の中に入ってしまった。
私は慌てて男を追いかけた。
男は居間へと入ってゆく。
「ちょっと待って下さい。
あなたが私の夫という証拠はどこにあるんですか?」
最もだ、と男は頷いた。
コレが証拠だ、と見せられたのはおそろいの結婚指輪。
紛れもなく本物の夫であるという証拠。
「一度家に帰ってもらってきたんだ。
納得してくれた?」
男はそう言うと椅子に座って伸びをした。
疲れた~とか言っている。
私はめまいを感じた。
この男が私の夫!
信じられない!
私は男の前に座った。
そうして男をにらむ。
「あなたが私の夫だというのなら、どうして式に来なかったんですか?」
「旅をしていた。
間に合うかと思ったら間に合わなかった。
それだけだ」
それだけって。
私は絶句した。
「君と結婚することは家を継ぐことを意味する。
すなわち、俺に自由な時間はなくなる。
その前にやりたいことはやっておかないと後悔する」
そう言って笑った。
確かに、これからは家に縛られることになるだろう。
この結婚は双方の祖父が決めたこと。
例え、私の家が落ちぶれたとしても遺言は絶対だ。
「それが旅だったのですか?」
私の言葉に男は頷いた。
「結婚から逃げたつもりはないよ」
ああ、それにしても疲れたな、と男は言う。
「寝室はどこ?寝たいんだけど」
私はため息をついて立ち上がる。
「二階です。案内します」
二階には大きなベッドがある。
一人で寝るには十分過ぎるほどの。
これからはこの男と一緒に寝なければならないのだろうか。
私はまたため息をついた。
寝室に着くと男はベッドに倒れこんだ。
「はぁ、やっとゆっくり休める」
男はベッドから私を見た。
「一緒に寝る?」
はぁ?
「だって夫婦でしょ?」
男はニコリと笑った。
私は絶句した。
そんな私を見て男は楽しそうに笑う。
「冗談だよ。まだ君に手を出すつもりはないよ。
もう少し成長してもらわないとね」
「なっ…!」
幼い、と言われたことを思い出し、男の失礼な言葉に私の怒りは頂点に達した。
「最低!
あんたなんか一人で寝ていればいいんだわ!」
私は寝室を後にした。
背後で男の笑う声がする。
むかつく、むかつく、むかつく!
私は怒りながら階段を下りていった。