3秒異談
<ひとつめ>
台所の隅に、いつの間にか深い深い穴が開いていた。
ある日、父がその穴にあやまって落ちた。
その瞬間、私たち家族はみんな父の存在を忘れてしまった。父はいないことになった。
その穴は、いまもまだ台所の隅にある。
<ふたつめ>
街でデートをしている途中、彼が突然その場に土下座して叫んだ。
「がびぜろ様!申し訳ございません!がびぜろ様!申し訳ございません!」
すると、空から、指が七本ある手がすう、と降りてきて、
彼の頭をわしづかみにして
<みっつめ>
恋人が行方不明になって以来、娘が部屋にひきこもって出てこない。
何を聞いても、
「がびぜろ様、ごめんなさい。がびぜろ様ごめんなさい」
と繰り返しつぶやくばかりだ。
ある日、家の外の壁に、指が七本ある手形のシミをたくさん見つけて
<よっつめ>
「落ちてくるぞおまえの頭の上に落ちてくるぞ」
という差出人不明のメールがケータイに届いていた。
5日後、わたしは、落ちてきたものに頭を溶かされて死んだ。
生者じゃなくなったわたしは、友達のケータイにメールを送信した。
「落ちてくるよあんたの頭の上に落ちてくるよ」
<いつつめ>
学校から帰る途中、物陰から声をかけられた。
「あなたのをください」
異様に目玉の大きい男が、わたしのことをじっと見つめていた。
<むっつめ>
「明日から、赤くなってください」
HRで、先生が、意味のわからないことを言った。
翌日、クラスメイトのみんなが赤色の皮膚になっていた。
ひとりだけ肌色なわたしを、全員が無言でにらんできた。
<ななつめ>
わたしの部屋の天井に、首吊り用のヒモがつけられた。
両親に抗議したが、父も母も、
「あなたのためなんだから」
と言って聞かない。
意味が、わからない。
<やっつめ>
夕食の買い物をしているとき、ふとケータイを見ると、家にいる息子からメールがきていた。
三件だ。
「お父さんがふたつに裂け」
「中から」
「たすけて」
<ここのつ>
夜中、宿題をしている途中にふと振り向くと、
壁に黒い涙を流して泣き叫ぶ女の絵があった。
・・・・・・こんなもの、飾った覚えがない。
<とお>
「新しいお母さんだよ」
そう言って父は、テーブルの上に大きな石をごとっと置いた。
その石には、古いお札が何枚も重ねて貼られていた。
父の目はうつろだった。
石を見ているうちに、わたしも、これはお母さんだと思ってきた。
<じゅういち>
視界の端に、ちらちらと人影が見える。
しかし、まわりを見回しても、誰もいない。
それなのに、前に向きなおると、視界の端にまた人影が見える。
そいつは包丁を持っているような気がする。
<じゅうに>
「ずっとダベに見られてたんだおしまいだ」
おれのケータイに、友達から意味不明なメールがきていた。
その友達は、おととい死んだ。何者かに、体を縦に引き裂かれたらしい。
そのメールを見て以来、町のあちこちで、身長が3メートルくらいの女が、遠くからおれを見るようになった。
<じゅうさん>
あるヒ、チンパンジーのアタマをもつオトコガやっテキテ、
ぼくのアタマをモギトリ、じぶんのあたまととりかえタ。
ボクはいマ、チンパンジーのノウミソでかんがえてこレヲカイている
<じゅうし>
「歪になりたい」
といつも言っていた彼女が、ある日、
「歪になれた!」
と言って、うれしそうに口の中を見せてきた。
彼女の奥歯から、赤ちゃんくらいの指が生えて動いていた。
<じゅうご>
友達が、肉を売りだした。
ブランドバッグが欲しくて、小遣い稼ぎのために、人肉買いに自分の肉を売っているのだ。
友達の体は、いま、あちこちがえぐれている。頬の肉もえぐれて、奥歯が剥き出しになっている。
「いーじゃない。誰にも迷惑かけてないから」
と友達は言う。
<じゅうろく>
朝起きて、リビングに行くと、家族がみんな泣いていた。
父が言った。
「私たちは、今日からエサになるんだ」
窓の外を見ると、乗用車くらいの大きさの甲虫が、庭に何匹も群がっていた。
<じゅうなな>
別れた女から、スマホに留守電が入っていた。
「会いたい」「会いたい」「会って」「会えよ」
無視して電源を切ろうとしたとき、
いきなり液晶にヒビがはいって、
画面いっぱいにあの女の目が
<じゅうはち>
彼の部屋で、植木鉢に植えられた、長い髪の毛を見た。3メートルくらいまでのびていて、床に垂れている。
「死んだ母さんの髪の毛なんだ。不思議とね、血をあげると、まだのび続けているんだよ」
彼は私をじっと見て言った。
「血が必要なんだ」
<じゅうく>
夕方、息子が小さな箱を持って帰ってきた。
箱の中には、女の顔を持つ大きなコオロギのようなものが一匹、みっちりとつまっていた。
「これ飼うから。絶対に飼うから」
顔を赤らめながら、息子は強く言った。
<にじゅう>
「目玉を転がす」
仕事場にある今日の予定表に、そんな言葉が書かれていた。
誰かの悪戯かと思って消そうとすると、
同僚がみんな、自分の目玉をえぐりとりはじめた。