夏休みのヒマワリ
Twitter「15RTでタイトルを貰って短編を書く」
蒲公英さんよりいただいたタイトルで書きました。
長い夏休みが始まった。
「タケルー! 遊びに行くよー!」
あたしは毎日、お向かいの家に住むタケルを誘いに行く。
体が小さくて、おとなしくて泣き虫なタケルには、友達がいないから。タケルはあたしが誘ってあげないと、外で遊ぶこともできない。
「僕……今日はいいよ。読みたい本があるんだ」
「本?」
玄関に出てきたタケルは、いつものように弱々しくあたしに言った。
男の子のくせに。そんなふうに弱っちいから、学校でもいつもひとりぼっちなんだ。
「本なんかいつでも読めるでしょ? ほら、遊びに行くよ!」
あたしはそう言って、タケルの手を強引に引っ張る。
タケルはすごく嫌そうな顔をしながら、それでもあたしに手を引かれ、言う通りについてきた。
家から少し歩くと、すぐにのどかな景色が広がり、ヒマワリがたくさん咲いている畑が見えてくる。
あたしたち小学生はいつもそこに集まって、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりして遊んでいた。
青い空、真っ白な雲。緑の木々と、黄色いヒマワリ。
遠くに蝉の声を聞きながら、汗をいっぱいかいて、あたしたちは太陽が山の向こうに隠れるまで遊んだ。
「そろそろ帰ろうか?」
「また明日ねー」
みんなに手を振ってから、あたしは気がつく。
タケルがいない。
「タケルー?」
大きな声でその名前を呼ぶ。そう言えば、かくれんぼをしている頃から、タケルを見かけていない。
「タケルー、どこー?」
あたしより背の高い、ヒマワリの咲く中を歩く。あたしより背の低い、タケルの姿を探して。
「あ、いた!」
タケルはヒマワリの花の下にうずくまるようにして、汗をびっしょりかきながら本を読んでいた。
「ちょっと! 何やってんのよ?」
「あ、終わったの? かくれんぼ」
タケルはそう言って本をパタンと閉じると、それをリュックの中にしまい立ち上がった。
「帰るんでしょ?」
「帰るんでしょ、じゃないよ。あたしが見つけてあげなかったら、あんたはずっと誰にも見つけてもらえなかったんだからね?」
「大丈夫だよ。ひとりで帰れるし。だって僕たち、もう四年生だよ?」
タケルはそう言うと、あたしをヒマワリ畑の中に残し、スタスタと歩き始める。
「ちょっと、待ってよ! タケル!」
ああ、嫌だ。タケルはいつからこんな、生意気な子になっちゃったんだろう。
昔はもっと素直で可愛かったのに。
背が低くて影の薄いタケルは、かくれんぼでよく忘れられていた。あたしが探して見つけてあげると、ヒマワリの花の下で泣きながら、でも嬉しそうに笑ってくれた。
「タケルの、バカ……」
夕焼け空の下、あたしの前を歩くタケルの背中につぶやく。
だけどタケルはあたしのことを、一度も振り向こうとはしなかった。
「タケルー! 遊びに行くよー!」
次の日、あたしがタケルを呼びに行くと、タケルのお母さんが出てきて言った。
「ごめんね、リオちゃん。タケル、昨日の夜からちょっと具合悪くて……熱中症みたい。だから今日は遊べないの」
あたしはがっかりした。
きっと昨日、帽子もかぶらずに、あんな蒸し暑い所で本なんか読んでたからだ。
あたしは何ともないのに。
帽子をかぶらないで本を読んでいた、タケルが悪い。
その日はひとりでヒマワリ畑に行った。
いつもの遊び仲間がいたけれど、なんとなくあたしだけでは入りにくかった。
結局、その子たちとは遊ばないで、あたしは家に帰った。
ひとりで歩く帰り道は、なんだかすごく長く感じた。
次の日もその次の日も、タケルは外に出て来なかった。
あたしは毎日ヒマワリ畑に行ったけど、誰とも遊ばないでそのまま帰った。
タケルがいないとつまんない。
なんで具合悪くなんてなるのよ。
早く治らないと、もう遊んであげないから。
一週間後、やっと玄関先に出てきたタケルはあたしに言った。
「今日はリオと遊べない」
「は? 何言ってんの? もう治ったんでしょ?」
「うん、でも……今日は他の子と約束しちゃったから」
他の子? あたし以外、タケルには友達がいないはずなのに。
するとあたしの後ろから、男の子がふたりやってきて言った。
「タケル、おまたせ。図書館行こう」
「図書館?」
つぶやいたあたしの前を、リュックを背負ったタケルが素通りして行く。
「ちょっと、図書館って何? あたしと外で遊ぼうよ」
「ごめん。今日は図書館で宿題やるんだ。リオ、またね」
タケルはそう言うと、あたしを残して行ってしまった。
大きな樹の下に座って、黄色いヒマワリ畑を眺める。
いつも遊んでいた仲間が、追いかけっこをして騒いでいる。
別に仲間はずれにされているわけじゃない。だけどあたしは最近ずっとひとりで、そんなあたしに誰も声をかけてはくれなかった。
「タケルのせいだ……」
タケルがいれば、こんなことにはならなかったのに。
青い空、真っ白な雲。緑の木々と、黄色いヒマワリ。
キラキラ輝いて見えた世界が、今日はなぜだか、ぼんやりとくすんで見える。
「また明日ねー」
「バイバーイ」
手を振って、仲間たちが散らばっていく。だけどあたしは樹の下に座ったまま動けない。そんなあたしに気づいてくれる人もいない。
顔を上げたら夕焼け空が見えて、なんだかすごく泣けてきた。
「リオ?」
さわっと吹いた風と一緒に、聞きなれた声が聞こえてくる。
「こんな所にいたの?」
座り込むあたしを、見下ろすようにしてそう言う、タケルの姿。
あたしは濡れた目元をごしごしとこすって、そんなタケルから顔をそむける。
「泣いてたの?」
「泣いてなんかないもんっ」
「大丈夫だよ。僕が見つけてあげたから」
「え、偉そうなこと言わないでよ。別にあたしはタケルに見つけて欲しいなんて……」
あたしの前でタケルがおかしそうに笑う。そう言えばタケルの笑った顔を見るのは、久しぶりのような気がする。
タケルの手があたしの前に差し出された。あたしがぐずぐずしていたら、あたしの手をタケルがつかんで引っ張り上げた。
「帰ろう? リオ」
なんで? あの弱々しかったタケルの力が、いつの間にか強くなってる? あたしよりまだずっとチビのくせに。
戸惑うあたしの手を引いて、タケルがゆっくりと歩き始めた。
「遊ぼうって言えばいいんだよ。みんなに。仲間に入れてって」
夕焼け空の下を歩きながら、タケルはあたしにそう言った。まるで小さい子に、言い聞かせるかのように。
「うるさい。タケルがいないからいけないんでしょ」
「そうだね。リオは僕がいないと何にもできないんだよね?」
「ちがっ……そんなことないもん!」
「まぁ、いいや。そういうことにしておくよ」
タケルのバカ。偉そうに。いつからそんな偉そうな口をきけるようになったの?
「今日はちゃんと帽子かぶってきたのね?」
「うん」
「また熱中症なんてなったら、もう遊んであげないから」
あたしの隣を歩くタケルが、また笑った。そしてあたしの手を、ぎゅっと握った。
振り払おうとしたけれど、思ったよりもその力は強くて。あたしはタケルの手を握ったまま、夕暮れの道を並んで歩いた。
***
「タケルー! お祭り行くよー!」
家の外で声がする。向かいの家に住むリオの声だ。
僕は机の上の参考書を閉じて、二階の窓から下を見下ろす。
浴衣を着た十七歳のリオが、ちょっと怒った顔で僕のことを見上げていた。
リオはちっちゃい頃から、少し強引な子だった。
僕がひとりでいるとすぐに手を引っ張って、一緒に遊ぼうって連れて行く。
僕はひとりで本を読んでいたかったのに。
「タケルの友達はあたしだけだね」
リオは僕が、友達を作れないんだと思ってるみたいだったけど、そうじゃない。
たぶん、友達を作れなかったのは、リオのほうだと思う。
リオは僕がいないと何にもできない女の子なんだ。
「タケル! 遅いよ」
「待ち合わせは五時半じゃなかったっけ?」
「五時だよ。あたし五時って言ったでしょ?」
絶対違うと思ったけど、そういうことにしておこう。
僕の少し前をリオが歩いている。
長い髪をアップにして、足には下駄を履いて。
少し歩くとすぐに道は砂利道になった。
ヒマワリの咲く畑の間の道を、リオは歩きにくそうに歩いている。
「あっ……」
つまずきかけたリオの腕を、僕はとっさにつかんだ。
「そんな慣れないカッコしてくるから」
腕をつかんだままそう言ったら、リオが膨れた顔で僕を見上げた。
「誰のためにこんなカッコしてきたと思ってるのよ?」
「え?」
リオがプイッと顔をそむける。僕はそんなリオの手を、ぎゅっと握った。
「しょうがないなぁ、リオは」
「な、何がしょうがないのよ?」
手を握ったまま、ゆっくりと歩き出す。リオはそんな僕についてくる。
「リオは危なっかしくて、見てられないってこと」
「なによ、偉そうに。いつの間にかあたしよりデカくなっちゃってさ。ムカつく」
リオはそう言いながらも、僕の手を振り払おうとはしない。
黄色いヒマワリの咲く道を、リオとふたりで歩いた。
この道の先にある神社から、かすかに盆踊りの音が流れてくる。
「言っとくけどね。あたしが誘ってあげなかったら、タケルとお祭りに行ってくれる子なんていないんだからね」
「はいはい」
「ちょっ、なにその言い方。だいたいタケルは最近全然可愛くな……」
立ち止まってリオの唇をふさぐ。リオが目をパチパチしているのがわかる。
柔らかい唇からそっと離れると、リオの頬がみるみるうちに紅く染まった。
そんなリオは、すごく可愛い。
キスをすると、リオがおとなしくなるって知ったのは、去年の夏休みだ。
黙り込んだリオの手を握り直し、僕たちはまた畑の間を歩き出す。
「……タケルの、バカ」
恥ずかしそうにつぶやいたリオが、僕の手をきゅっと握る。
「じゃあ、もうしない」
「……それはやだ」
僕から顔をそむけるリオの横顔を見る。
夕焼け空、藍色の浴衣。紅く染まったリオの頬。
その向こうに揺れるのは、僕たちが小さい頃からずっと変わらない、夏休みのヒマワリ。
僕とリオの夏休みは、まだ始まったばかりだ。