ブラック企業
「ぶっ飛ばすぞコノヤロー」
酷い怒鳴り声だ。まったく、こんなバカがよくもまぁ社長になれたもんだ。私は、突撃隊長なので社長には逆らえない。
突撃隊長というのは、我が社のオリジナルシステムが云々って説明会で言っていたがよくわからない。個人的な見解としては、現場のトップということだと思っている。というのもヘンテコ怪獣駆除の為に武装した社員のリーダー的な存在が私なのだ。
未知の森林地帯を開拓するのに、まずは危険生命体を排除しろなんて命令が下されているのだから、我が社が裏で何かしているのではないかと疑ってしまう。というか、社員の8割は上層部に不信感を抱いている。
なぜ私が怒られていたかというと、とんでもないバケモノとの戦闘で多くの部下を失ったわけでして。
否。そもそも悪いのはあんたら上層部が無茶な仕事させるのがいけないんだ! そうだ!
「しかしですね、あのような危険な現場では生きていくことすら困難なのです。我々は一体何のために」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れ! 貴様らはおとなしく業務をこなしていればいいのだ!」
なんて暴虐! これ完全にブラックっすわ。前からそうだったけど、これは確定ですわ。ブラック。
私は、会社を辞めようとおもう。
去年の夏、社長から、森林の伐採を命令された。森林伐採、つまり、森に住まう怪獣をやっつける、ということである。しかし、このような任務は異常ではないだろうか。世界中のどこを探しても、森林伐採と称して、社員に怪獣討伐をさせる会社など見つからないだろう。アメリカには、幽霊を退治する会社があるというが、それはそれ、SFコメディ映画の話だ。現実にはバスターズなどありえない。それも、怪獣相手ともなると、もうほとんど言葉が出てこなくなる程度に困惑してしまう。
私がこの会社に勤めるまでは、土地の開発を行う会社だとばかり思っていた。そのように求人広告にも書かれていたし、会社の説明会でもそのようなに言われたからだ。しかし現実は違う。怪獣討伐が主な任務だというのだから、とんでもない詐欺、……いや、これもう詐欺なんてもんじゃないな。
怪獣討伐の任務は、5~6人の死人が出るのが平常運転という始末だ。それなのに給料は激安。
私は、会社を辞めようとおもう。
ついに社長に退職願を提出する決意が固まった。
瞼を閉じ、45度ほど頭を俯けて、唾を飲む。3秒の黙祷。精神を統一させて、社長室の扉をノックする。……イメージトレーニングをしながら、退職願を執筆する。
“この度、一身上の都合とブラックな都合で、退職をさせていただきたく、お願い申し上げます。”
たったいま書き上げたこの紙を封筒に入れて、今度こそ、社長室へ行こう。
筆記用具を片付けて、椅子から立ち上がる。ギシ、と椅子の軋む音がする。大きく息を吸って、吐いて、深呼吸して、よし、行くぞ。
会社内の廊下、照明は点いていない。窓から差し込む夕日が、廊下のワックスに反射して、廊下全体を薄っすらと照らしている。コンコンという足音が3つ、一つは自分、あとの二つは誰かさん。
社長室の前に来て、足を止める。深呼吸を一度だけして、ノック、……否、もう一度だけ深呼吸してノックをする。
「はーい、入ってどうぞー」
社長の声が聞こえた。扉を開けて、その向こう側を直視できないまま、社長室に入る。
「失礼します。社長、このたびは、……ですね」
「まあ、座りなよ。で、退職――かな?」
「はい。これを――」
言って、退職願を提出する。手に力が入って、封筒のところどころに皺が入り、折れ曲がっている。