後編2
ハッピーな話で終始すると思っていた娘は、意外な展開に不安そうな顔を母に向ける。
「ねえ、どうしたの、学芸会で何かあったの?」
その、ちょっと驚いた表情が何とも可愛い。
「ん~、別にその時は何があった訳じゃないんだけどね。
女の勘ってヤツかしら、ちょっと直感が働いたのよ。まあ、これが、あいにくの大当たりになっちゃうんだけどさ」
「えっ?大当たりって・・・」
「まあ、順を追って話すわね。
この時の学芸会では、6年生全員で劇をやることになったの。
それで、各クラスから劇を担当する子を集めて、その中から配役やら裏方役を決めたんだけど、主役は隣のクラスの女の子に決まったわけ。これは、母さんから見ても順当な選出だったわね。
それで、その女の子はマヤちゃんって呼ばれてた子だったんだけど、まあ、残念だけど、母さんよりもホンの少しだけ可愛い子だったの。
周りからも可愛いってことで有名だったから、話したことは無かったんだけど、顔はよく知ってたのよ。
学芸会では実行委員だった母さん達は、学芸会全体の進行役を任されていたの。だから、そんなに接点は無かったんだけど、ある時ね、母さん達が学芸会の準備が終わって帰る時に、劇の練習が終わって帰るその子と偶然玄関で一緒になることがあったの。
普通なら、”ああ、劇の練習が終わったんだなぁ”くらいで、特別に気に掛けはしないんだけど、不思議ね、その時、母さんとその子の目が合っちゃって、それで、何かに誘導されるように”一緒に帰ろう”って母さんの方から言ってしまったのよ。
言ってしまってから、なんか拙かったような嫌な予感がしたんだけど・・・」
キッチンの窓から差し込む夕日に目を細める娘の瞳が少し悲しそうに見えるのは、母のひいき目かもしれない。
「・・・本当は二人で帰りたかったのにさぁ。もしかしたら、実行委員ぶった義務感見たいのを感じたのかもしれないね」
「・・・」
自嘲気味に笑って見せるも、娘の顔には笑みは浮かばず真剣そのもの。
「当然、母さんがその男の子と一緒なのは100mだけなんだけど、マヤちゃんはその男の子と一緒に右に曲がって行くわけ。帰り道が同じ方向だったの。母さんは、一人そこでさようならって感じ。
母さん、二人と別れてから何度も振り返ったの。声は聞こえなかったけど、母さんには楽しそうに話してたように見えた・・・。
だけど、その時はそれっきりだったと思うの。それからも、母さんと男の子は今まで通りに学芸会の準備の後は一緒に帰ったから。
なんだけど、後で考えると、そのマヤちゃんって子の心の火は、その時に灯ってしまったんじゃないかなって感じがするの。ハハハ」
「・・・」
再び突っ込みを期待して自嘲な笑いをするも、そんな時に限って娘は黙ったまま。次の言葉を期待して静かに待っている。なので、折角思いついたボケの言葉は、飲み込むことにした。
「母さんにとっての大切な100メートルが、まあ、その子にとってはその何倍も長かったってことね。その時点で勝負に負けてたかもしれない。
いや、距離の問題じゃないのかな?」
「・・・」
黙ったままの娘を見て、母は更に続ける。
「それから2カ月くらいかな。12月になって、その男の子とマヤちゃんが一緒に学校を帰ってたって話が耳に入って来たの。でも、母さんともずっと変わらない接し方だったから、偶々一緒に帰っただけだったようなんだけど、でもさ、その後その偶々がそれから何度かはあったみたいだけどね」
「母さん、それで男の子に何も言わなかったの?
マヤちゃんが帰りを合わせてたかもしれないよ」
堪りかねて、娘が口を開く。
「でも、母さんとも今まで通り接してくれてたし。
話す時間だって、一緒に居る時間だって、一緒に帰った回数だって全然母さんの方が多かったから。回数はだけど・・・
みいちゃんだったら、そんな時何て言う?」
「何も言えないかもしれない・・・」
「そう、母さんもみいちゃんと一緒。事実をそのまま言えば、偶々一緒になった時に一緒に帰っただけだもの。
だけど、なんか、その頃からモヤっとした気持ちを抱くようになったの。
何が起こった訳でもなくて、今まで通り楽しく無い訳じゃなかったんだけど、何かが漠然と足りない気がして。
そうそう、言い忘れてたけど、母さんと男の子は中学は学区が違うから、卒業をすると別々の学校に通うことになってたの。
最初は、自分のマヤちゃんの存在と結びつけたくなかったから、そのせいかと思ってたんだけど、何となく、それとも違うって思い出したの。
で、それが何かって気づいたのが、みいちゃんには遅いって笑われるかもしれないんだけど。自分が、え~と、母さんが、その一番に、ん~と、その思われって・・・・」
言い辛そうにしている母に変わって、暫く黙っていた娘が代わりに。
「一番好きだって思われてるって言う、確証が欲しかったってこと?」
「はっきり言っちゃうと、そういうこと。デヘヘ・・・」
と照れ笑いして、すかさず咳払いを一つ。
「・・・そこで、もし学校が別々になって終わることになっても。最低限自分が一番だったて言う確証が欲しかったの。もちろん、学校が離れても休みに会えるかもしれないってのは当然あったわよ。でも、それ以上に心に残る証が欲しかった。
それでベタだけど、バレンタインデーにチョコを渡して、そして告白しよう!ってやっとその時に、そこに思い至ったの。
で、それから色々考えて、まあ、それなりの出来のモノを用意して、お手紙も書いて2月14日を待つばかりとなったわけ」
「それで、どうなったの?」
話に食い入る娘。気持ちは当時の母と重なっているのだろう。真剣そのもの。
「なんだけど、その当日、なんとその男の子がインフルエンザで学校を休んじゃったのよ。折角いろいろ考えて準備したのにさぁ」
「はっ?」
「でもさ、そんな時にね、菜乃葉おばさんが家まで持って行けばいいよってアドバイスをくれてさ、母さんも”そっか!”て思ったわけ。
それで、家の場所は大体知ってたから家まで持って行ったんだけど、男の子の家は結構大きくて、敷地に入る前に予想していなかった鉄の門があったの。
なんかさあ、その鉄の門が母さんにはとてつもなく大きな障壁に見えてね、門を開けて、更に玄関のチャイムを鳴らすのよ。当時の母さんには、二つの関門を突破するなんてハードルが高過ぎちゃって。
結局、挫けて、帰って来ちゃったわけ」
何も言わない娘の顔からは「わかる、その気持ち」って感じが出ていてる。
「でもね、母さんも頑張ったのよ。玄関の扉横に郵便受けがあったことを思い出して、もう一回男の子の家まで行ったの。
せめて門を開けて、郵便受けに入れて走って逃げてくればいいやって思って。
で、再び家の前まで来て、目を瞑って門を開けて、玄関に向かって進もうと目を開けたら・・・あったの」
「あったって、何が?」
不安そうな瞳で母を見る娘。
「郵便受けに挟まった、真っ赤な包装紙の先客が」
「えっ!それって?」
「そう、間違いなくバレンタインのチョコレートよね。
でさ、それを見て挫けてしまって、帰って来ちゃった、とさ」
肩を落として結末を語る母。それに、
「一緒に入れれば良かったじゃん」
怒り口調の娘。
「そこの郵便受けの向こう側がどうなってるか分からないけど、先に入っているのを押し込まなきゃならないでしょ。もしかしたら、向こう側に落とすことになっちゃったら悪いじゃない」
「そんなの気にしちゃ・・・」
とまで言って、言葉を飲み込む娘。自分も出来ないなと、思ったのかもしれない。
「きっとね、もうその時には流れから、母さんの初恋の行先は、その男の子への流れから外れてしまってたのね。
別にマヤちゃんと男の子が付き合い始めたってわけじゃなかったんだけど。でも、この先どうなるかって言うのは、直感で心の底では分かってたのかもしれない。
でもさ、母さん、そう感じてても認められなかった」
頷くだけの娘。
「そんなこんなで、何も言えないまま卒業式が来て、絶対に今日こそは言おうと決心したんだけど。そんな時に限ってすれちがっちゃうのね。互いの友達が入ってきたりしてさ、二人っきりになれないの」
「そんなのぶっちぎちゃわなかったの?」
「ホント、そうすれば良いのに。多分、逃げてたのかもしれない。うん~ん、告白する勇気が無くて逃げてたの。でもそれじゃいけないとも思って、式が終わってからは、自分から近づこうとしたんだけど。おかしいの流れが合わないの。
今度は、本当にぶっちぎる機会もないの。クラス全体の話があって、その後は先生によばれたり終わったと思ったら。その男の子が教室まで来た在校生から呼ばれていなかったりで。
で、結局、最後に校舎から出た後の帰り道に最後の100メートルに掛けようと思ったのね。
それで校門のところで待とうと思ったんだけど、それがさ、今度は母さんが思ってた以上に後輩に人気あったみたいで囲まれてしまうと、流れ的に何となく外へ外へと押し出される感じなっちゃって。
そうなると、卒業式よ。お別れした後に戻れないわよね。先に進むしか無くて、しょうがなく学校の敷地から出てから、共通の帰り道の”あの100m”の、丁度半分くらい行ったところにある、小川に掛かった橋の向こう側の家の影で待つことにしたの。
もしかしたら、もう帰っちゃったかもしれないとも思ったんだけど。その日は少し寒くて、母さんは足踏みしながらとにかく待ったの。
だんだん人がいなくなって行って、在校生も帰って行って、母さんの方を皆キョロキョロ見ていくのから目をそらしたり、友達からは隠れたりして。
もう、誰も通らなくなって、母さん一人になっちゃって、もう諦めて帰ろうと思ったの。
その時にね学校から出て来る人影が見えたの。まだ、誰とも分からない人影だったんだけど、その姿に直感したの。
母さん、あっ!って思って、待ってて良かったと思った瞬間。校門の影からもう一人。少し背の低い姿が見えて・・・母さん家の影に隠れちゃった。
その後、中学校に入ってから、そんな分けで電話する勇気も出なくて。
でも、ほらお互い脚が早かったから陸上部入れば、大会とかで顔を合わすかもしれないと思ったんだけど。その男の子は、その女の子と一緒に軟弱にも文化部に入ったらしいの。もう!って感じ。
その後、面白いのよ、クラス会でもすれ違っちゃうの。
そして、3度目のクラス会の時、母さんが大学2年生の時に卒業以来初めて会ったの。でも、その時はお互いに彼氏と彼女が居てね。
結局、そんな状況になるまで会う機会出来なかったってこと。
ねえ、みいちゃん、一度外れてしまうとね、流れは元には戻らないのものなのね。母さんその時思っちゃった。
で、その時に聞いたんだけど、実は卒業式の日にね、母さんを待っててくれてたんだって。でも、誰も居なくなって帰ろうとした時に、その子が現れたらしいの。
で、それがきっかけで、それから二人は同じ中学校だったから、卒業までの3年間はマヤちゃんと付き合ったらしいのよ。
要は、彼女の流れになってたってことなのかな?」
暫く黙って聞いていた娘が、くちを開いた。
「ねえ、その男の子は何で陸上部に入っらなかったの?」
そこが疑問?と母は思うものの、卒業後のきっかけは、そこにあると娘が感じたのだろうと思い、ちょっと批難するように、
「その女の子がかるた部に入るって言ったから、一緒にったらしいの。かるた部よ」
言ってみたら、
「それは、かるた部に失礼だと思うけど」
と逆に批難される破目に。
「ああ、そうね、そうよね。そういう意味じゃないんだけど・・・。
とにかくね、ここぞって言うときは、周りを気にし過ぎちゃちゃだめだと母さんは思うの。もちろん、だからって魅惑は掛けちゃいけないんだけど。
自分の勇気の問題だったら、突っ走る勇気を持たなきゃ。
何度もチャンスを逃がすと、勝手にチャンスの方から逃げてくのよ、愛想をつかしてね。行くと決めたら行かねば。流れをものにしなきゃだめよ。」
最後に力説する母。それに、
「そっか、分かった。ありがと、良い話だった。
これって、父さんには内緒にしとく?」
「えっ・・・」
話を聞いていた時の熱い目を冷静に戻して、そんなことを言ってくる。
その冷静さに、こう言うところは父さんに似なのよねって、自分にがっかりしながら応える。
「・・・子供の頃のことだから、話しても問題ないわよ」
さらに思いついたような顔をした娘は、いきなり話を変えて来る。
「ところでさ、プロポーズは母さんからっだたの?」
突然の質問に当時の事が走馬灯のように駆け巡り、頭の中でこれ以上の突っ込みに対して黄色信号が点滅する母。
「ま、ま、まさか。そ、それは父さんからに、き、決まってるじゃない」
どもってしまう。
「そう」
しかし、そんな母のぎこちない回答にも何の反応も見せず、
「ありがとう」
そう一言残して、娘はあっさりと自分の部屋に向かって階段を上がって行こうとする。
母はそれを止めて冷蔵庫から娘の好物のプチプリンを取り出し、プラスチックのスプーンと共に渡す。娘は嬉しそうにそれを持って、軽快なステップで階段を上って行った。
すっかり、陽は沈んでしまった。母は話し込んでしまって遅れ気味になった夕飯の支度に慌てて取り掛かろうとするが、今日は夫の帰りが早いことを聞いている。
少し思案し、止む無く通常メニューへの方針変更を決意。
それから1時間余り。夫が帰宅し、珍しく三人で食卓を囲む夕食となる。
三人一緒の食事はめったにないことなので、手の込んだ料理が作れなかったことに無念さは残るのだったが、娘と始めて恋の話をすると言う収穫もあった。まあ、今日はいいか、また次回なんて思いながら、それより、後で夫に娘のことを話そうかどうしようか?なんて思案していたところ、そこに、食事を終えた娘が夫にズバッと聞いて来た。
「ねえ、父さん、母さんに何てプロポーズしたの?」
それを聞いた瞬間、”ちょっと待って”と心で叫ぶ母。さっきの雰囲気では夫には話さないような雰囲気であったから安心していたのだ。確かにそれは小学校の初恋の話で、それは話しても良いとは言ったけれど・・・と思ってももう既に時は遅し。
頼むから、本当のことは言わないでと夫に目配せするが、鈍感な夫に気付く気配はなし。
「ええっ、それは、本人に聞いてみたらいいんじゃないか?
母さんの大攻勢は、そりゃあ凄かったぞ。なんせ父さんのアパートに・・・」
「ゴホン!」
思い出し笑いをしながら話す父の耳に、小さなな咳払いが突き刺さる。
さらに、レーザービームの様なものが頬にに当たるのを感した夫は、話を止めてその方角に顔を向ける。すると、そこには鋭い視線を向ける妻の顔。目配せしながらくちをごもごも言っている。
慌てて、誤魔化そうとするが、妻のプレッシャーが思考を邪魔する。そこに、
「あれっ、母さんから告ったんだ?」
『・・・』
けん制し合い、何も言えない両親をチラ見して、娘は続ける。
「なんだ、そうだったんだ、大丈夫、今は聞かないから安心していいよ。
まあ、聞かなくても何となく分かるけど。
それと、母さん」
「はい?」
今度は何を言われるんだろうと、ドキッとする母。しかし、
「さっきの話だけどさ、いい話だった」
娘はそう言い残すと、そのままリビングに向かいテレビのスイッチを入れる。
物理的に背中と額に湿っぽさを感じる母は、夫を睨み付け
「もっと、言い方あるじゃない。それも、笑いながらなんて・・・」
「ごめん」
頭を下げる夫。
夫は、妙に着飾らない正直な人である。そこが気にいっていたのだが、今日は正直過ぎるにもほどがある。
「まあ、いいけど」
ホントは良くないけど、と思いながら、後で娘用の話は夫にアレンジさせればいいと矛を収める。それに安心したのか、夫は妻の自分よりも娘がきになる様子で。
「みい、どうしたんだ?」
「好きな人、できたみたいよ」
夫に勝ち誇った顔でちょっと脅してやる。
それでも、少し調子に乗ってしまったからかな?と、夫との昔話が娘にバレそうになったことを天罰と唇を噛みしめる。
それは、今、思いだすだけで顔が赤くなってしまう位に恥ずかしい。
何か落ちまでついちゃって、母は自分の母の様にはなれないなぁ、なんてそんなことを思う。それでも、娘から「いい話」って言ってもらえたことには、満足感で口元が緩んでしまう。
あの初恋の時を、もちろん後悔が無い訳じゃないけれど、今でもはっきり覚えているのは、沢山の思い出と、その時に自分の感情がたくさん詰まっていた大切な時間だった証拠だ。
それに、結果的にはあの男の子と上手くいかなかったから
「みいちゃんと会えたのは、母さんがその時ヘタレだったせいかもしれないの。だから、今ではあなたのおかげで、後悔よりも良い思い出となったの」
そう呟ける、今この生活がある。
とは思うがそれは結果論であって、娘には自分の選んだことは、積極的にその流れに乗ってもらいたいと母は思う。
だから、母はこのことは言わないことにすることにした。
<おしまい>




