貴族の動向
貴族が籠城の決断をしたのは、武器提供者――事件首謀者に対向するためだという推測は、当たりだと思う。貴族が事件首謀者についてどの程度知識を持っているのかわからないが……人を集めているとなれば、事件首謀者とそれなりに関わりがあり、実力も知っているのではないだろうか。
とすると、俺達も貴族の所へ行った方が良い気もする。もしかすると首謀者に先を越され、俺達が情報を得る前に殺される可能性だって考えられるから。
「オイヴァ、俺達はどうすればいい?」
尋ねると、ディクスは俺達を一瞥し、
「ひとまず静観で良いだろう……闇夜に紛れ貴族が逃げ出す可能性はゼロではないが、それを考慮して騎士も相当動いている。事態が動くとすれば朝以降だ」
――静観と決断するディクスの心を読んでみる……彼にとって、籠城という選択肢は候補に入っていたのかどうかわからない。けれど彼が国の騎士に任せ静観と表明する以上、言葉通り動き出すのは明日以降で、今は体力を回復させろと言っているのだろう。
「なら、私達は休みましょうか」
シアナがカレンに提案する。
「騎士達が動いているのであれば、私達の出番もなさそうですし」
「……そうね」
カレンは小さく同意すると、立ち上がった。同時に突っ伏して寝ていたためか、顔をしかめ肩を軽く回す。
「兄さん、ひとまず休むけど……」
「ああ。俺は多少疲労がとれたから、少し起きて様子を見ることにするよ。で、頃合いを見計らってまた寝ることにする」
俺の言葉にカレンは小さく頷くと、シアナと共に部屋を出た。靴音が多少響き、隣で扉の閉まる音が聞こえ――
「……私としては、是が非でも貴族を捕らえたいところだが」
元の口調に戻ったディクスが言った。
「セディも認識していると思うが、怯えている以上、貴族は一連の実験を引き起こした存在のことを、多少なりとも知っていると考えられる」
「じゃないと、警戒なんてしないだろうからな……」
「ああ……しかし、解せないのはなぜそこまで恐れているのか、だ。単に武器供与を受けていただけなら、傭兵を集めるなどといった真似はしないはずだ」
「事件首謀者の見えない所で、何か悪事をやっていたとかか」
「悪事か……」
「それで、捕らえたいといっても騎士は動いているんだろう? どうするんだ?」
俺の問い掛けに、ディクスは困った顔する。
「警戒し出したという一報を聞いた時には、既に王へ話していたためどうにもならなかった。それがなければ私が一人で貴族の下へ行って尋問していたところなんだが……」
「そうか……とすると、城に捕まった後色々訊くということか? 記憶を読み取れば良いんだろ?」
「そうだな……資料を手に入れることもできなかった。そうした証拠は隠滅されているだろうし……後は貴族が死なないことを祈るしかないな」
「縁起でもないこと――」
「十分あり得る。貴族が兵を集めているような有様なのだから」
ディクスの言葉に、俺は唸るしかなかった。
とすれば、後は騎士とのにらみ合いの結果どうなるかによって動き方を変えればいいか。
「なら、話し合いは終了だな。ディクスはこれからどうするんだ?」
「もう少し情報を集めてみる。念の為、リーデスも借り受けて調べるが、いいか?」
「リーデスが承諾したなら良いんじゃないか?」
「なら、調べよう」
ディクスは踵を返し、部屋を出た。そして一人残され……一つ、大きくため息をついた。
「潜入というだけでもややこしいんだけどな……」
それがさらに輪を掛けてややこしくなりそうな情勢――一つ言えるのは、これは貴族やモーデイルを始めとした勇者を捕らえただけでは終わらないだろう、ということだった。
それから少しして、また眠る。二度寝して起きた時、陽もそれなりに高くなっていた。とはいえ朝の範疇は出ず、とりあえずシアナやカレンと共に一階にある酒場兼食堂で朝食をとる。
「……睨み合いの状況が続いている」
そうした中、戻ってきたディクスが俺の隣に座り告げた。
「騎士の呼びかけにも貴族は応じない構えのようだ」
「余程武器提供者を恐れているんですね」
カレンはパンをかじりながらディクスへ言う。
「騎士はどのように布陣しているんですか?」
「屋敷の敷地を囲んでいるような状況だ」
「となると、制圧は時間の問題だと思いますが……それに、いくら勇者を雇い入れたといっても、国に反逆した以上、雇った勇者達だって動揺するでしょう」
「ところがそういうわけでもないらしい……どうも、モーデイルを始めとした勇者は、勝つ気でいる」
「……勝つ?」
カレンは眉をひそめ聞き返す。ディクスは小さく頷くと、説明を始めた。
「勇者達は全員、貴族から渡された強力な武器を所持している。それにより騎士達も対応に苦慮しているようだ」
「だからといって、籠城ではどう考えても勝ち目が……」
「屋敷内で何やらやっているらしい。もしかすると逃亡準備を進めているのかもしれない」
ディクスの言葉に、カレンは唸った。
「逃亡……ですか」
「そう、逃亡。陽が完全に出て以降、屋敷内から物音が聞こえるようになった。それによる騎士達の推測だ」
「どちらにせよ、捕まるのは時間の問題だろ」
俺は肩をすくめつつ言った。強力な武器を所持しているとはいえ……訓練を積んだ大勢の騎士を突破するのは難しいはず。
そう思うと同時に、資料は破棄されただろうと改めて思った……俺達が知りたかった情報は手に入れられず……けれど、今の所実害が生じていない。資料のことは惜しいが、今後は貴族が暴走し騒動を巻き起こした前に防ぐことを優先すべきだろう。
「しかし、貴族に武器を提供した人物というのは、誰なのでしょうか……?」
ふいにカレンは呟いた。
「可能性として考えられるのは、西側諸国の工作員とかでしょうか」
「魔族、という可能性もあるな」
そう言ったのは、他ならぬ魔族であるディクス。
「恐れている……西側諸国の人間に対し危惧しているというより、魔族に色々と協力し、何かやらかしたため警戒している、という方が私的にはしっくりくる」
「魔族……そうかもしれませんね」
カレンも納得の表情で応じた。
「ともあれ、現時点で私達の出番はなさそうですね……」
「騎士がいる以上は、言っても追い返されるだけだろうな。私達にできることは、情報を集めることくらいだ」
ディクスは言うと、俺達を一瞥した。
「……全てが終わったというわけではないが、とりあえず一段落ということになりそうだ。協力、感謝する」
「私達は当然のことをしたまでですから」
カレンは笑い掛けながらディクスへ応じた。
「放っておけば大事になっていたことは間違いないでしょう。騒動は起きてしまいましたが、クーデタなど国の根幹を揺るがす出来事を防げたというのは良かったはずです」
「そう言ってもらえると助かる……とりあえず私は、情報収集に専念しよう。セディ達は宿で待機していてもらって構わない。もし何かあれば……連絡する」
彼の言葉に俺達は一様に頷いた。ひとまず昨夜の襲撃に関わる話は、終わりを迎えたようだった。