帰還後
――危機を脱した後、俺達は途中人目のない所で着替えを済ませ宿へと戻った。一応宿の人には見つからないよう魔法を使っての配慮。これで、大丈夫のはず。
「それで、結果は駄目だったと」
俺の部屋に集まり、カレンが言う。位置は例によって俺がベッド。二人が椅子。
「ああ……怪しい場所もあったしそれらしい資料も見つけた。けど、詳細な資料を探していたら襲撃された」
「作戦は失敗というわけですか」
シアナは小さく嘆息。けどリーデスの資料があることを考えれば、半ば演技に近いものだろう。
「こちらも色々と回ってみましたが、資料は見つからず……セディ様の訪れた場所が、正解だったのでしょうね」
「……やってしまったか」
頭を抱えつつ、俺は言う。
「まあ、敵にこちらの正体が露見するようなことはしていないし、ここに踏み込まれるようなことにはならないと思うけど――」
そこまで言った時、俺はシアナが複雑な表情をしているのに気付いた。何か考え込むような所作に、思わず声を出す。
「シアナ……何か気になることが?」
「……セディ様、最後に遭遇した人物ですが」
「え? ああ、後方にいた人物はモーデイルだよ。名前を呼んでみたら反応したし間違いない」
「あの場に用心棒としていたということか」
カレンが言う。俺はそれに小さく頷く。対するシアナはさらに質問を重ねた。
「もう一方の騎士みたいな方は?」
「……国の騎士じゃないのか? それとも、何か心当たりが?」
シアナがそんな顔をするということは、何かあるのだろうか――
「……いえ、たぶん気のせいだと思いますから」
歯切れの悪いシアナの返答。対する俺は気になり声を掛けようとした。その時、
ノックの音が聞こえた。どうやらディクスが帰って来たらしい。
俺はすぐさま立ち上がり扉を開ける。そこには予想通りディクスの姿。パーティに出席した以上正装していたはずだが、どこかで着替えたのか今は革鎧姿。
「ただいま」
「ああ。気取られなかったか?」
「大丈夫だよ。尾行をつけられるような真似はしていない」
言うとディクスは入室し、扉を閉めた。
「首尾はどうだった?」
「……怪しい資料は見つけたが、奪うことはできなかった」
「そう」
端的に告げた瞬間、彼は目の光を少し強くした。
「リーデスが監視していたため、事情はある程度把握しているよ」
小声で俺に言う。把握――なら、ディクスがカレン達にどう説明するか予想できた。
「……話していなかったけど、屋敷には結構な人数用心棒がいた。だから資料を奪取できない可能性も危惧していた」
そう言いつつ、彼は懐を探る。そして中から取り出した物は、
「襲撃者となれば、君達を追い回すだろうと予想をつけていた。だからこそ、こうして私が上手く立ち回ることができたわけだ」
ディクスは述べると、テーブルに近づき資料を置いた。それは、リーデスが保有していた資料の一部。山賊に関わる念書。
「これは……」
カレンは文面を目でなぞり、口元に手を当てた。
「よく、見つけましたね」
「偶然だよ。さすがに念書なんて見つかると思っていなかった。けど、これは大変重要な証拠だ。何せ、国に対する明確な反逆だからね」
――残念ながら資料を掠め取ることはできなかった。けど悔やむ間に先に手を打ち、別の手で資料確保を行わなければならない。
「今から城に行き、このことを報告する。念書を提示すれば例え夜でも騎士団は動くだろう。これを見つけられたのは君達のおかげだ。本当にありがとう」
「俺達はただかく乱しただけで、ほとんどオイヴァの功績だけどな」
俺が言うと、ディクスは笑みを浮かべた。
「卑屈にならないでくれよ。ともあれこれで情報は手に入れた。今から行ってくるけど、念の為警戒を続けてくれ」
そう言い残し――彼は俺達の返答を待たず部屋を出た。
残された俺達はしばし扉を注視し……やがて、
「……仮眠でもとる?」
カレンが口を開いた。
「交代で休めば眠れるけど」
「私は大丈夫ですよ」
すかさずシアナが言及する。
「魔法を使えば、疲労を抑え込むことは可能ですし」
「……そう? 兄さん、どうする?」
「お言葉に甘えさせてもらおうかな」
俺は疲れた声で言うと、息をついた。屋敷における行動は短い時間であったが、疲労が全身に存在している。
同時に屋敷の出来事を思い返す。最後に遭遇した相手――シアナも何か懸念があるようだが、あの男と対峙した時、本能的に体が苦戦を予想した。そしてあの場で使用できる力を出し切った。結果、相手は俺の剣を防いだ。
もしや、魔族なのか……? シアナに訊こうにも、カレンがいる手前まずい。ここはひとまず飲み込み、休息に努めた方が良いだろう。
「カレン、どちらが先に休む?」
「兄さんの方が疲れているみたいだから、先に」
「わかった……悪いな」
答えると、俺はベッドで横になる。
「何かあったら起こしてくれ」
「うん」
「わかりました」
二人の言葉を受けると、俺は目を瞑る。屋敷に潜入しただけにも関わらず、体は休息を欲するべく、あっさりと意識を手放した――
次に目が覚めたきっかけは、またしてもノックの音だった。
目が自然と開き、天井が目に入る。上体を起こすと、机に突っ伏して眠るカレンと、扉を開くシアナがいた。
「失礼するよ」
そして入って来たのはまたもディクス。そちらに目を移すと同時に、窓の外が僅かながら明るいことに気付く。夜明け前、といったところだろうか。
「休息は済んだかい?」
ディクスは部屋に入り俺に問う。体の感触を確かめ、体力が回復していると悟ると頷いた。
「ああ。というよりシアナ。起こしてくれても良かったのに」
「私は平気ですよ。魔法で体の維持はできます」
魔族故に――そこまで言わなかったが、文脈で察した。俺は「わかった」と答え、ディクスへ尋ねる。
「戻ってきたということは、何か進展があったのか?」
「ああ。しかも悪い方向に」
悪い――彼の言葉に俺は眉をひそめる。
「あの爆発で要人が死んだとか?」
「そんなヘマはしていないさ……屋敷の主が、突如動き出した」
言うと、ディクスは扉にもたれかかった。
「さっきも言った通り、かなり悪い方向で」
「詳しく聞かせてくれ」
「雇っている傭兵や勇者をかき集めはじめた。しかも、パーティーの面々を追い返して」
「それって……?」
「こちらが資料を提示して……というにはいくらなんでもタイミングが早すぎる。話によると屋敷の主は怯えた様子を見せていたと言うし、別な理由があるのだろう」
怯えた……? 俺としては首を傾げる他なく、シアナも同様の顔を見せている。
「ところで、カレンさんは寝ているのかい?」
ふいにディクスが問い掛ける。カレンは机に突っ伏し寝息を立てているのだが――
「……お兄様、何かしでかす気ですか?」
「そんなことしないさ、悪い」
ジト目のシアナにディクスは落ち着けとばかりに手をつき出す。
――もしかすると、寝ていたらこの場で作戦会議を始めたのかもしれない。けれどシアナはカレンがこの場にいるということで警戒し、ディクスの主張を断った、といったところか。
「で、今は様子見といったところだな。王に報告して、深夜にも関わらず騎士が動いている……が、相手の動きが性急すぎて、それでも追い付いていないというのが現状」
語ると、ディクスは肩をすくめた。
「ここで、一つ仮説を立てた……怯えていたという証言から考えるに、もしかすると彼は勘違いをしているのかもしれない」
「勘違い?」
聞き返したのはシアナ。それにディクスは頷きつつ、言及を行う。
「おそらく武器を提供している貴族本人が、武器提供者を恐れ警戒しているのでは、ということだ」
――武器提供者。この場合だと、大いなる真実を知る、事件首謀者か。
「セディの話によると、敵は武器に関する研究を行っていた節がある。だとすると、貴族は武器提供者には無断で武器に関する研究を進め、それを確認もしくは警告しに襲撃された、とでも考えたのだろう」
「なるほど……ただ籠城し始めたとなれば、厄介だな」
俺は呟く。今はまだ兵を集めている段階だろう。このまま人員が揃い雲隠れされるのが一番厄介だ。
「……なら、私達はどう動けば?」
そう問い掛けたのは俺やシアナではなく、カレンだった。のそりと顔を上げ、ディクスへ問う。
「いつから起きていた?」
「戻ってきた時から意識はありましたよ」
そう言って小さく欠伸をする……危なかった。
「敵が勘違いしているのであれば、ここに踏み込まれる可能性は低そうですね」
「だろうな。今は様子見で、王の要請に従い派遣された騎士と睨み合っている状況だろう。念書が手に入った以上、王も許すことはできないはずで、籠城しても時間の問題だと思うが……」
肩をすくめるディクス。確かに彼の言う通りなのだが……ここで、俺は相手の動向について思案を始めた。