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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
首都動乱編
97/428

屋敷内の攻防

 俺は剣を抜き戦闘態勢に入りつつ、相手には聞こえない程度の声音で呟いた。


「まったく……ディクスからもらった装備じゃなかったら、怪我してたかもな」


 ――着ている衣服も耐火性能を持っている物だったりするため、とりあえず無事。


 俺は息をつき、状況を確認。煙はまだ晴れておらず、なおかつ他の人間が来るような気配もない。

 そして目の前にいる相手は、魔法を使った……ということは、魔力感知をくぐり抜けることのできる魔法が手持ちにあるということ。


 ここからどうするか……窓から逃げるという方法もあるのだが、爆発を起こしてくれたのでまだ目があると思った。おそらく男が放った魔法も、ディクスの放った魔法だと勘違いして、警備の人間が警戒するはずだ。


 となれば、部屋の外にいる人物を倒すことができれば、この部屋を調べることができるはず。

 俺は剣を静かに握り、片膝立ちとなり警戒する。気配はある。正面廊下に佇み、まるで俺のことを誘っているかのような態度。


「さて……慣れない剣で大丈夫かな」


 手加減のやり方はここに来るまでに多少ながら練習はした。けど、相手を殺さず倒すというのは難しく、加減を見誤ればまずいことになる。目の前の敵より、そちらの方が厄介だと、俺は率直に思う。


「来ないのか?」


 廊下の奥で、男性の声が聞こえる。煙はようやく晴れつつあり、直に相手から俺の姿が見えるだろう。

 一度深く呼吸を行い……覚悟を決め足に力を入れた。剣をかざしつつ、一気に煙を抜け廊下に出る。


 そして正面に現れたのは――黒い鎧を着た、傭兵らしき人物。


「ふん」


 男性は俺の攻撃に動じることなく剣をかざす。こちらの斬撃と交錯し、周囲に金属音を撒き散らした。


「多少は、使えるようだな」


 男は言うと同時に俺へ向かって踏み込もうとする。押し返し一気に片を付けるつもりか――俺は、体の外に漏れ出ないレベルの身体強化を施し、逆に弾き飛ばした。


「なに……?」


 興味深く呟く男。反撃されるとは思っていなかったらしい。


「なるほど、外部に魔力を漏らさず制御できるくらいの技法は持っているのか。これは厄介だな」


 彼は言葉と同時に笑みを浮かべた。好戦的で、獣のような顔。

 思わぬ相手に喜んでいる様子。戦闘狂……断じつつ俺は攻勢に出た。横へ一閃すると相手は剣で受け、さらに笑みの度合いを強くする。


「俺を倒し部屋の中を調べようという魂胆だな」


 彼は言いながら俺の剣を弾き後退。その時、俺は気付いた。彼の握る剣。それが、奇妙な形をしている。

 直剣ではなくやや弧を描いている。そればかりではなく、刀身が真紅であるのが明かりの少ない現状でもはっきりとわかった。まるで、持ち主を変えながら幾度となく血を吸ってきたかのようで――


「気になるのか?」


 男が問う。仮面の奥の視線に気付いたか、それとも気配で察したか――


「ここに侵入したってことは、お前はここの主に疑いをもって調べている人間ということだろ? 密偵か何かか?」


 心当たりでもあるのか、彼は問う。けれど俺は答えない。代わりに前傾姿勢となり、威嚇する。

 男は表情を変えぬままギラついた視線を投げつつ、腰を落とした――ここに至り、滲み出る気配が並の傭兵とは異なるのに気付く。少なくとも、ある程度修羅場をくぐってきたと思う――


 そこまで考え、俺はふいに声を漏らした。


「……モーデイル」


 根拠などない発言だったが――彼の表情が僅かに動くのを悟る。


「……やはり、事情は知っているようだな。悪いが、ここで生け捕らせてもらおう」


 男――モーデイルは告げると足を前に出した。俺も対抗するべく彼に迫ろうとする。

 直後、爆音が轟く。場所は――俺達の横手にある廊下。


「――っ」


 ほんの僅か、モーデイルの意識がそちらへ向いた。対する俺はそのまま踏み込み、斬撃を放つ。

 彼はすぐさま視線を戻し、防御に転じる。俺の剣速なら、一瞬動作の遅れた彼に刃が届くと思われた。しかし、


 彼は見事こちらの攻撃を、受け切った。どうやら、一筋縄ではいかない様子。

 資料にあった勇者だが、相当腕は良いらしい……俺は目的地が背後にあるため僅かに躊躇したが……決断した。


 力を入れモーデイルを押し返す。彼は俺の反応に何かを悟ったか目を光らせたが……攻撃の反動が大きかったらしく、動きが僅かに鈍った。

 そこを見逃さず、俺はすぐさま後方に跳ぶ。刹那、モーデイルが何をするのか確信したようで、声を上げる。


「てめぇ、まさか――!」


 声を上げ体勢を立て直し時、俺は踵を返し部屋に突入していた。足を一切緩めず、そのままテラスへと駆け寄り、


「ふっ!」


 剣を窓へ一閃。鍵が壊れガラスの破砕音が響かせながら、窓枠自体も壊れる。

 そこへ半ば飛び込むようにして外に出ると、俺は跳躍した。テラスから飛び降り――下には多数の植木が見え、そこへ着地する。


「……っと!」


 着地した瞬間声を上げる。けれど怪我は無い。即座に植木から出て、走り出す。

 資料は惜しい……が、あれ以上戦っていれば警備の兵士達が現れるだろう。そうなれば資料の回収はさらに困難になる……だから、退くことを選んだ。


 とりあえず俺は失敗ということで、カレン達に期待するしかない――そう思った時、二人のことが気になった。打ち合わせの段階で、危なくなれば見切りをつけて逃げるよう申し合わせてはいる。あの二人が引き際を見誤ることはないと思うので、大丈夫だとは思うが――


「待て、コラ!」


 考えていると、背後から声が響いた。モーデイルの声。しかも茂みに着地したような葉擦れの音が聞こえてきた。

 追っかけてくるのか――心底面倒だと思いつつ、ひたすら足を動かす。外部に発露しない程度の魔力強化を足に施しつつ、モーデイルとの差を大きくしていく。


「くそっ……!」


 モーデイルは追跡を試みようとしていたようだが、俺の方が速いらしく焦燥感を滲ませた声が聞こえてきた。このまま一気に離脱……そう思い入口方向に足をやった時、


 正面から、人影が現れた。


「っ!?」


 剣先を向けつつ、立ち止まる。暗がりで容姿は確認し辛いのだが、白を基調とした騎士服を着ていることと、男性であることだけはわかった。

 相手は相当な威圧感を放っている。モーデイルが所持しているようなものとは異なる――いや、一瞬魔族が襲来してきたとでも思えるような、強く濃い気配。


 一体、こいつは……考える間に、男の口が開く。


「侵入者か」


 続いて高めの声……同時に腰に差してある剣を抜き放った。それと共に俺は我に返り、逃げるための手を考える。

 ここで交戦しているとモーデイルがやって来る――だから走り始め、通り抜けるべく魔力強化を用いて弾き飛ばそうと剣を薙いだ。


 相手が剣をかざす。刀身はやや細身で、柄の部分に手を保護するような円形の鍔が存在しており、サーベルなのだと理解した。

 剣が衝突。そのまま薙ぎ払おうとしたのだが……剣が、動かない。


「――っ!?」


 外部に発露しないレベルとはいえ、魔力強化を施している。それにも関わらずこの目の前の敵は微塵も動かない。

 この一事だけで相手がかなりの使い手であると判断。一転して後退すると彼から距離をとって逃げようとした。


「追いついたぜ――」


 けれど後方からモーデイルの声。しまった!

 俺は逃げようと足を横に移す。けれど正面の男が俺を阻み、


「逃がさないよ」


 決然と告げた。表情はほとんど見えなかったが……俺は、不敵に笑っていると直感した。

 このままではまずい――最悪魔力を解放して離脱する手もあるのだが、屋敷に程近いこんな所で本気を出せば魔力を捕捉されてしまうだろう。こちらは大いなる真実関連で国王とコネがあるにしても……素性が割れてしまえば、厄介なことになりかねない。


 後方からモーデイルが迫り、前方の男がサーベルを俺に向ける。どうやら迷っている暇はない。こうなったら――

 刹那、盛大にガラスの砕ける音がした。それにより男の注意が逸れ、俺はからくも横へ逃れる。


「ちっ!」


 続いてモーデイルの舌打ち。その間に二人の間合いを脱し、このまま逃げようとした。

 そこで、気付く。ガラスの割られた音――それと共に、人影が二つ出現していた。


 カレンと、シアナだ。


「新手か」


 男が呟く間に小柄な方――シアナが男へ接近する。対する彼はサーベルを向け彼女へ威嚇するように構えた。

 直後、シアナの足が跳ぶように動いた。その動作で一気に間合いを詰め、懐に潜り込む。


「――ほう?」


 男が声を上げる。驚愕ではなく、感嘆。

 刹那、シアナの掌底が炸裂する。男はそれをサーベルの腹で受け、数歩たたらを踏んだ。


 その間に俺は彼らの横を抜け、離脱する。カレンもまた俺に続き走り始め、敵を食い止めたシアナも追随する。


「おい、待て!」

「待て、屋敷の護衛を優先だ――」


 モーデイルの言葉と男性の声が聞きつつ、俺達は一目散に屋敷の外へと走る。


「――戦果は?」


 途中カレンが俺へと訊いてくる。こちらが首を左右に振ると、カレンもまた首を左右に振った。駄目だったということだ。

 奪取は失敗――とはいえリーデスの資料があるので、このまま策を実行することはできる。けれど襲撃したことにより敵も警戒し、資料は処分してしまうだろう。こうなったら、屋敷主人でも捕らえて事情を訊くしかない。


 思わず悪態をつきそうになる。けれど俺はそれを押し殺しつつ、屋敷の外へと急いだ。


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