黒の剣
そこから多少迷った後外に出ることができた。場所は砦の上部。ひとまず見回せる場所が良いと思ってここに辿り着いたわけだが――
「……あっちか!」
俺は当該の場所を見つけた。砦の入口ではない。崖上へと到達する、もう一本の道。
間違いなくカレン達が交戦している……大丈夫だとは思うが、ひとまずそちらに向かおうと足を移し、
「どうしたの?」
「――うおっ!?」
背後にリーデスが立っていたので、飛びあがった。
「お、驚かせるなよ!」
「普通に歩いてきただけじゃないか。さっきも言った通り、もう少し周囲に気を配らないと。というか、よく今まで無事でいられたね?」
「……大概仲間がいたからな」
「あ、そう。ところで……」
リーデスは一歩前に出ると、崖を見て呟く。
「シアナ様達が戦っているようだね。残りの賊かな……? よし、セディ。援護しに行くんだ」
「わかってるさ」
言いながら俺は移動を開始しようとした。けど、
「セディ、どこに行くんだ?」
「え? どこって、崖に繋がる道に……」
「そんな悠長にしていたら戦いが終わるよ。僕が魔法で連れて行ってあげるよ」
と、彼は腕をかざそうとした。けれど俺は待ったをかける。
「ちょっと待て。そんなことをせずとも俺が――」
言った直後、突如体が浮いた。
「おい――!?」
驚く間に俺の体が突如、崖の道へとすっ飛ばされた。
「頑張ってくれよー」
他人事みたいな言い方でリーデスが言う――俺は、崖に激突するんじゃないかという恐怖に駆られ、口が動かなくなった。
思考が停止する間に、砦の上部から一気に崖の道まで到達する――リーデスの魔法は崖の道に入り込んだ瞬間突如止まり、何事もなく着地した。
「……死ぬかと思った」
大袈裟なのだがそう呟きつつ……すぐさまカレン達のいる場所を見る。彼女達は俺の挙動に眼もくれず、山賊と交戦していた。
俺は息を整え直してから、そちらへ走り出す。道は精々馬と人が並んで通れるくらいの幅で、結構狭い。そして崖側には木製の柵が設置されており、余程のことがなければ落ちなさそうな気配。
「カレン! シアナ!」
俺が呼び掛けた瞬間、カレンの魔法が向かってきた山賊を打ち倒す。そして振り向き、
「……兄さん!? どうしてここに!?」
「砦は制圧した。後は、ここにいる敵を倒すだけ――」
言うや否や、後続の一人が剣を掲げて突撃する。その刀身は炎をまとい、一目で魔法具であるとわかった。
「魔法具持ちというわけか……!」
「けれど、それほどでもありません――」
シアナは告げると、掲げた山賊へ向かって間合いを詰めた。動作は非常に俊敏で、相手が瞠目し動きを止めてしまう程に、一瞬で接近。
「ふっ!」
彼女の掌底が山賊の腹部に直撃。勢い良く吹き飛び、あっさりと押し返す。
よくよく見ると、既に彼女達の周辺には四人倒れている……戦局は、こちらが圧倒的に優勢のようだ。
「まさか外から帰って来る敵を迎え撃つとは思わなかったよ」
カレンは呟きながら腕をかざし魔法を放つ。そして迫ろうとしていた山賊をまたも倒し、
馬のいななきが聞こえた。
「逃げる気か?」
俺は言いつつ崖上に続く道へ視線を移す。
「カレン! 俺は先行するから、倒れている人の拘束を頼む!」
「わかった!」
彼女の声を聞くと同時に俺は駆け出す。倒れている人を踏まないように進み、崖に掘られた道の出口へと進む。すると、
目の前に広がるのは山岳地帯……砦の上部分に当たる場所。
視線を巡らせると、先ほど倒れていた人と同数の乗り捨てられた馬。加え、真正面に乗馬した山賊が計三人。他には、誰もいない。
「……ちっ」
俺を一瞥した山賊の舌打ちが聞こえた。目を向けると三人の内中央にいる人物は赤いバンダナを巻いた二十代半ばくらいの男性。鋭い目つきをしつつ、鞘に収まった剣を肩に担ぎ左手だけで手綱を操作していた。残り二人は類型と言って差し支えないような風貌……俺は、中央の人物に目を向ける。
「あんたが頭目、という雰囲気でもないな。さっきの奴の方が威圧感があった」
「……全滅したということか」
言いながら、彼は下馬した。同時に険しい顔で俺を見据えながら、
「二人は逃げろ――」
「そういうわけにはいかない」
俺は断じると、左腕を振り上げた。
「来たれ――煉獄の聖炎!」
放ったのは金色の炎――それが俺や山賊達を取り巻くように形成され、円を描くように周囲から隔離する。ただし、後方――砦へ繋がる入り口だけは封鎖しない。
「これで、逃げられないな」
「魔法具……それも、女神の武具を使う勇者か」
男性――リーダー格の男は睨みながら告げると、他の二人へ指示を行った。
「お前達、覚悟を決めろ……どうやら、正念場らしい」
言葉と共に、残り二人も馬を降り、剣を抜く。
対するこちらはじっと相手の動向を窺う。リーダー格の男は担いだ剣を腰に差すと、静かに引き抜いた。
その所作を見ながら――俺は、はたと気付いた。彼の握る剣。それは――
「……ずいぶんと、悪趣味な剣だな」
漆黒の、リーデスと確認したあの剣だった。
「こちらの魔法具と違って、魔王の力でも含んでいるのか?」
「……さてな」
肩をすくめる男性。警戒している素振りを見て、今度は彼が笑みを浮かべた。
「そうだな……丁度良い。それほど真価を発揮できなかったし、性能を確かめるのに丁度よいな」
男は告げる……そこで、俺は目の前の相手がどのような面々なのかおよそ推察がついた。マヴァストで捕り物をしてきた人物達だろう。資料があったことを考えれば、本来の住処を捨ててこちらに戻る予定だったようだ。
そして、目の前に彼らがいるということは、マヴァスト側は捕らえることができなかったということ……どちらにせよ来た以上、俺達で倒すしかない。
男が一歩近づく。途端、その右腕から烈気とでも呼ぶべき気配が生じた。
「それなりの魔法は使えるようだが……この剣の前には、一切通用せんぞ!」
自信ありげな声と共に、男は踏み込んだ。足は結構速く、魔力強化はできるのだと理解する。
そして繰り出されたのは横薙ぎ。俺は剣戟を真正面から受け――鈍い金属音が響き渡る。
「……ほう!?」
男が驚く。もしかすると、今の一撃で胴体を両断する気だったのかもしれない。
「やるな、貴様――」
声を発する間にこちらが反撃。剣を捌くとお返しとばかりに横薙ぎを放った。
それを男は受け流す。武器破壊を狙ったのだが……難しいと悟り、ひとまず後退した。
「なるほど、少しは楽しめそうだ」
あくまで余裕の相手は、さらに力を入れたか周囲の魔力が濃くなる。強力な剣を手に入れたがため、自信に満ちているといったところか。
「兄さん!」
そこへ、拘束を終えたらしきカレンの声。対する男は一瞬目を向け、
「まあ、お前一人というわけでは、さすがにないだろうな」
言った後――剣の先端を地面に押し当て、すくい上げるように斬撃を放った。
結果、切っ先から黒い魔力が地面を伝い、それが一筋の刃を化して俺達を襲う。
黒き刃から感じられるのは、明確な魔族の気配――剣に眠る魔族の力を放出したというわけか。
この一撃は避けても良かった……が、俺は刀身に力を注ぎ対抗した。迫る刃に同様の一撃――こちらは白い剣戟を放ち、双方が衝突する。
衝撃音と共に両者の刃が見事に相殺され……いや、若干だが俺が押し勝ち、衝撃波が相手側に拡散した。
「なるほど、やるようだな」
男はなおも余裕の口調で呟く。反応に俺は他に手があるのかと注視しようとした、その時、
「――光よ!」
カレンの魔法が男へ向け放たれた。
それはシンプルな光弾で、俺の横を抜け彼へ到達しそうになる。
「ふん」
だが相手は容易に剣で弾く……そして、
「おい!」
彼は突如叫んだ。どうやら後方にいる面々に呼び掛けているようだが――
思考する間に取り巻きの二人が突如手を合わせた。祈るような仕草に思えた時、彼ら二人から魔力が発せられる。
魔法か、それとも――こちらがどう対応するべきか悩む間に男が動く。先ほどと同じように地面に剣を走らせ、黒い斬撃を生み出した。
けれど今度は複数。どうやら後方にいるカレン達を狙っている様子で……俺は、その全てを押し返すべく魔力を込め振り抜こうとした。
そこで、気付く――僅かながら、動きが鈍っている。
「っ!?」
気付いた時には黒き刃が間近に来ていた。このまま全てを消し飛ばすべく薙いだとしても、全部の刃を相殺するのは難しいと判断。場合によっては防ぎ切れず直撃する――俺は迫りくる一つだけに的を絞り、防御した。斬撃は押し返すことによりあっさりと消滅し、事なきを得る。
けれど俺の横を二筋の刃が通り過ぎ――両手を合わせる取り巻き二人へ視線を送った。
あの二人のやっていることが読めた。おそらく大気中の魔力に呼び掛け、俺達の動きを制限する障壁を作っている。とはいえそれはあくまで動きを鈍らせる程度……けれど、男にとってはそれで十分ということか。
そこで俺は振り向いた。二筋の刃に対し、カレンは迎え撃つ構えだったが、
シアナが、突如カレンの前に躍り出た。
「っ!?」
瞠目した次の瞬間、彼女は刃を真正面から受ける。衝撃波が体を走り、小柄な体が地面から離れ、空中へ――
「シアナさん――!」
カレンが叫んだ直後、前方から気配。すぐさま視線を転じ、男が接近する様を視界に捉えた。
「よそ見してんじゃねえよ!」
勝利を確信したような笑みと共に、剣を振る。対する俺は一歩対応が遅れた――が、
魔力を瞬間的に込めた。それも、本気で。
刹那、男の顔が驚愕に染まる――目の前に相対する俺の力量を理解し、体を強張らせた。
そこへ、黒き剣へ向かって斬撃を放つ。男は剣で防御したが、刀身をあっさりと両断。彼の切り札と思しき剣は、あっさりとその価値を失くした。
「な――」
男が呻く間に、畳み掛けるように胸部に一撃。これは無論加減をしたものであったが、男にとっては十分な攻撃となり、その場に倒れ伏した。
直後、後方にいた取り巻き二人が目を見開く――間に、走った。間合いを詰め、彼らが行動を起こす前に一閃。それにより取り巻き二人も倒した。
そして周囲で燃え上がっていた金色の炎が消える。加え、男が持っていた黒き剣が、力を失くしたのか塵となって、消えた。
「――シアナ!」
戦いが終わったと確信した後、俺は彼女に呼び掛ける。体はカレンの横を抜け倒れ込んでいた。
「……大丈夫です」
対する彼女はゆっくりと起き上がる。土埃を体についていたが外傷は無いらしい。
「そうか、良かった……カレンは?」
「私も大丈夫」
答えたのを聞くと、俺は改めて視線を男達へ移す。その後方では彼らの乗っていた馬が首を振りつつ歩き回っている姿があった――