根城への潜入
見張りをしている人間は、俺が間近に来るまで気付かず――こちらに目を向けた時には、攻撃を仕掛けていた。
俺から見て右にいる見張りをまずは倒す。続いて左。相手は狼狽えながら懐から何かを取り出そうとし――その前に俺の剣戟が直撃し、気絶した。
「よし」
呟くと同時に、気絶した相手の手から何かが落ちるのを目に留める。確認すると、小さな笛だった。警笛か何かなのだろう。
鳴らされなくて良かったと思いつつ、俺は後方にいる兵士達を手招く。すかさず森の中からエクトルを先頭とする一団が飛び出し、門前に陣取った。
「彼らは私達が拘束をしておきます」
そしてエクトルは俺に向かって発言する。
「あと、ここを開けないといけませんが……」
「その必要はありません」
彼の言葉に、俺はそう切り返す。同時にカレンとシアナが森から出て、移動を開始した。
空中浮遊の魔法を使用し、いずれ潜入することになるだろう――考えつつ、俺は門に剣を振るった。木製であるため容易に破壊斬ることができる。
大きさは、人がどうにか通れるくらいのスペース――とはいえ、入り込むには十分な大きさ。
「それじゃあ、行ってきます」
俺はエクトルへと声を掛ける。
「門はおそらく裏側から開閉するタイプだと思いますが……もし開いたら、山賊達に攻撃を仕掛け、出さないようにしてください」
「お任せください」
エクトルは首肯し、左腕をかざした。その手には腕輪。魔法具であり、例え相手が魔法を使っても大丈夫だと、言いたいようだ。
俺はそれを一瞥した後改めて「お願いします」と告げ、中へ侵入した。斬った時の音は大きくなかったので、中にいる山賊に気付かれず、周囲は静寂極まりない。
「さて……」
俺は周囲に目を向け、見張りがいないかを確認。けれど気配はおろか人影すら見えない。
外の警備くらいはいると思ったのだが……そういう人員も確保できないだろうか? 見立て通り二十人くらいの一団ならば、それも仕方ないように思えるが。
「……とりあえず、中に入るとするか」
俺は呟きつつ門正面にある両開きの扉に目を向ける。結構重厚な木製の扉は、侵入者を拒むような雰囲気を漂わせていた。
その時、上部からトン――という音が響いた。目を向けるが人の姿は無い。けれど理解はできた。おそらく、カレン達だろう。浮遊し城壁の上に辿り着き、そこからさらに崖の道へと飛んだ。
あっちは大丈夫そうだ――思いつつ、俺は室内に続く扉に手を掛けた。けれど開かず、門と同様破壊して突破することに決める。
「さすがに、これで敵もわかるよな……」
呟きつつも剣を振り、扉を破壊。両開きの内右側が吹っ飛んだ。
そして、奥を見る。するとそこには――
「な……?」
入り口を見て驚愕する山賊の姿。やはりか。
「あ、どうも」
とりあえず挨拶をしてみた……すると、山賊は突如顔を険しくし、
「――侵入者!」
叫び、砦の奥へと走った。
「よし、追うか」
俺は言うと、室内に入る。廊下が続き、奥にさらなる両開きの扉があり、山賊はそこへと入って扉を閉めた。
気配を探りつつ、足を進める。中は結構広く、扉と扉を繋ぐ道は白く、他は肌色の石が使われている。そして天井は結構高く、道の左右にはそれを支える白い柱が一定間隔で立ち並んでいる。
そこでふと考える。このまま入口付近で待てば、敵が来るだろう……迎え撃つか、それとも自ら行くかで悩む。先に進めば迷う可能性もあるため、突撃するのは危ない。さらにいくら能力に差があろうとも、一人である以上不意を突かれるのは避けたいところ。
「とはいえ、悠長に構えているのもまずいかな……逃げるれかもしれないし」
退路は断っているのでその辺りの心配はないと思うのだが、逃げに徹されるとカレン達はともかく、エクトル達は突破されるかもしれない。ここは俺が突っ込み混乱させ、逃げる機会を失くさせる方が得策だろうか――
と、色んなことを考える間に、突然くぐもった重い音が聞こえた。たぶん、爆発音……って、ちょっと待て。
「爆発って……」
俺はなんとなく耳を澄ませてみる。すると、またも爆発音。方向を特定するのは難しいのだが、とりあえず俺が侵入して何かが起こっているのは間違いない。
ひょっとして内輪もめ――などと考えたのは一瞬。俺は意を決し駆け始める。そして山賊が消えた扉を抜け――左右と正面に通路が続く廊下に入った。
三方向の道はどれもすぐに曲がりくねっており、先が見えない。どれが正解なのか少し思案し……右方向から爆発音が聞こえた。
「とりあえず、言ってみるか」
この時点でなんとなくどういう状況になっているのか理解しつつ、足を右に向ける。角を曲がると上に続く階段があり、それを上ると広いホールが姿を現し――
「ああ、セディ」
と、山賊の一人に手をかざすリーデスの姿を捉えた。やっぱりか。
潜入開始する寸前、あさっての方向を見てシアナに気付かせたのは彼の存在だった。十中八九彼も追随していると悟ったので、たぶん協力してくれるだろうと思ったわけだ。
「来るのが遅いよ。既に十人以上吹き飛ばしたよ」
「十人……半分くらいか?」
「そうだね。実は先んじて砦の様子を窺っていたんだけど、人数は二十三人だ」
「そうか……ま、逃げられると厄介だし、助かった」
「どうも。けど、油断しない方がいいよ。僕が倒したのは全部魔法具を持たない連中だから」
そう言って、彼は気絶した山賊に目を向ける。このホールにいるだけで五人倒れている。
「ここにいない人達は魔法使って眠ってもらい、拘束の魔法は使ってある。あと、観察していて魔法具を持っていたのは三人……頭目らしきいかつい奴と、彼に付き従う人物二人だ」
「わかった。で、ここからどうする?」
「分かれて行動してもいいけど……ああ、さすがに色んな場所で爆発を起こしていたら怪しまれるかな。とりあえず、共に行動しようか」
「了解……しかし、この勢いなら俺が来なくても、リーデスが独断で倒して良かったんじゃないか?」
「君がいるということが何より重要なんだよ。僕が単独で倒したら、山賊が原因不明の壊滅をしたということで、怪奇現象扱いされるじゃないか」
「……ごもっとも」
俺は答えつつ、通路を確認した後……手をかざす。
「捕らえよ――精銀の鎖」
言いながら、手を倒れている山賊に向ける。生じたのは、光によって作られた青い鎖。拘束用の魔法で、効果は半日ばかり続く。
それを用いて、俺は全員を拘束する。これで仮に目覚めても、彼らはここで動けない。
その作業を全員分終えた時、リーデスに問い掛ける。
「で、リーデス。敵がどこにいるか、といったことはわかるのか?」
「この砦は魔力を拡散する建材でも使われているらしく、広域の探査魔法を使うと弾かれてしまうね。だから僕は僅かな気配を頼りに進み、見つけた奴を片っ端から倒しているわけだけど」
「そうか。なら、適当に進むしかないな」
断じつつ、どう動くか考える。既に半分近く倒した。けれど頭目他魔法具を持つ三人を倒さなければ、意味が無い。
「相場としては、一番奥にいる可能性が高いけど……」
「でも僕が荒らしたから、移動している可能性もあるんじゃないかな」
「……そういえば、何でわざわざ爆発系の魔法を使ったんだ?」
「え? だってそうすることで相手は警戒するし、人が固まるだろ?」
「……一網打尽にするためか」
場合によっては逃げられるんじゃないのか?
「退路は塞いでいるんだから、大丈夫だと思うけど」
「……シアナ達はともかく、兵士側が気になる」
「そう? けど見た所、大した使い手じゃないと思うんだよね」
呟くリーデス。彼の判断ならば間違ってはいないと思うが――
「わかった。とりあえず砦の中を散策しよう。で、もし入口付近で交戦する様な気配があれば、そちらに急行する」
「了解。僕は耳を澄ませることにするから、セディは周囲の警戒よろしく」
「ああ」
ということで結論を出し、俺達は改めて行動を開始……そして適当に入った廊下で、山賊三名と遭遇した。
「ぐっ……てめえら!」
山賊は叫び、突撃を開始。獲物は長剣だが、見た所魔法具ではない……ハズレだ。
「――ふっ!」
俺は僅かな呼吸と共に、剣に魔力を込め一閃。それにより発生したのは風の刃――無論、加減は大いにしている。
瞬間、三人が同時に吹き飛んだ。さらに空中で風の刃に触れ苦悶の声を上げる。そして廊下の奥の壁に叩きつけられ……気絶した。
「容赦ないね」
リーデスが感想を述べる。それに対し、俺は彼に言及する。
「他に良い方法があるのか?」
「もちろん。相手に怪我を負わせることなく、気絶させる手段がある」
「……何でそんな技が必要なんだ?」
「大いなる真実を知る幹部は誰もが使えるよ。陛下がそういう技術を僕達にくれるからね。無用な殺生をしないために」
――つまり、人間達を不用意に殺めないようにする措置か。なるほど、極力人を殺さないよう動く大いなる真実を知る幹部達は、手加減のエキスパートなわけだ。
俺はなんだか納得しつつ先ほどと同様に拘束の魔法を使用する。その時、
「さて、記憶も消しておこう」
リーデスは呟き、気絶した一行に歩み寄った。