西側の問題
――シアナによると、西側の諸国には魔族の影響が強い国もあるらしい。
「戦乱が続くことによって後継者不在となり、王政が機能していない国もありますから」
そう解説しながら、容赦なく彼女はチェックメイトをかける……予想通り、強い。けれど絶対的というわけではなく、五戦やってどうにか一勝もぎとっている。
「そういう国は、大いなる真実を知る魔族が管理していると?」
駒を初期位置に直しつつ問うと、シアナは小さく頷いた。
「といっても、後継者がころころと変わる西側では、大いなる真実について話せないケースが多いですね。そういう場合は、王様に成り代わって運営します」
「……それ、バレたらどうするんだ?」
「魔族が支配していた、とバラし勇者にやられます。そうして彼らが統治を……成功しないケースもありますが、これにより民衆が一つとなり国が正常となるケースもありますので、要観察ですね」
そういうことか……魔族も色々と大変なんだな。
「無論、そういう国が全てというわけではありません……そして今回の見えない勢力は、西側を根城にしている可能性は十分あります」
「やっぱりか……血なまぐさいところに身を置いた方が、バレにくいだろうし」
「はい。ですが向こうでできないこともあります。それが、実験です」
「どういうことだ?」
駒を動かしつつ俺は問う。シアナは的確にキングを狙うべく駒を進めつつ、なおも話す。
「向こうは敵国の技術開発などに相当目を光らせています。そして何か新たな技術を手に入れたとわかれば、調査を行う。それが出自の怪しいものとわかれば、私達の耳にも入るような仕組みになっています」
「耳に入る……なぜそういうことをしているんだ?」
「小国の半分が焦土と化すような魔法が開発されたこともあるので、監視するようにしているのです」
「なるほど……実験は、警戒の少ないこちら側の方がしやすいと。だから、こっちで色々やっているわけか」
「はい」
頷いた彼女の手が止まる。チェス盤上の俺の戦法に、戸惑っているらしい。
「ふむ……そうきましたか……それで、いずれセディ様にも赴いてもらうかもしれません」
「西側に、か……まあ、別にいいけど」
俺自身、山脈を越えたことがないので多少なりとも興味はある……観光気分で行くべき場所じゃないと思うけど。
「で、今回は勇者の調査か……」
「不本意ですか?」
シアナは駒を進め終え俺に尋ねる。こちらは盤を見ながら……首を左右に振った。
「力を得るために勇者になった、という人間だっているくらいだ。誰かに勧められ誤った武器を握るくらい、仕方ないさ」
「達観していますね」
「……人間は、たぶんシアナが想像しているよりも複雑で、なおかつドス黒いと思うよ」
答えながら駒を進め、ポーンを倒す。それにシアナは呻きつつ、返答する。
「人間は、非常に厄介だというのは承知していますよ」
「厄介?」
「ええ。魔族だって各々が野心や決意を持っていますが、どういう形であれお姉様――魔王という絶対的な存在に従っています。神々も魔族同様絶対的な存在に従っていますし、他の亜人種も同じでしょう。けれど人間は、王が統治したからといってすぐさま平服するようなことは少ない。宗教などを生み出し、王とは別の存在を信奉する場合もある……つまり、人はまとまりがなく、バラバラという見方ができます」
語りながらシアナは駒を進める。防戦の構え。
「そのため魔族に襲われた場合でも連携が取れない、ということがあります。さらに言えば、私利私欲のために勇者を後ろから刺したりもします……けれど、そういう欲があるからこそ人間はバラバラであっても繁栄できた、と考えます」
「なるほど……欲、か」
「そして、今回の敵はその欲を利用し実験を行っている」
「うん、確かに。関わった事件の面々は力を求めていたからな。その欲を利用したんだろう」
「そう考えると、今回の敵は人間に近しい存在なのかもしれません……あ」
シアナが驚く。俺がチェックをかけたためだ。
「えっと……待ったかけちゃだめですか?」
「駄目」
「うー」
唸りつつシアナはどう動くか思案する……その時、
「戻ったよ」
カレンが帰ってきた。
「とりあえず来てくれることに……って、チェス?」
「ああ。現在俺が負け越している」
「うー」
シアナは盤をにらみ考え込んでいる。それを見たカレンは小さく笑い、俺の隣まで来た。
「詰所に行き、事情を説明した……結果としては、兵を出してもらえることになったよ」
「そうか。ちなみに人数は?」
「未定。早馬で連絡を取ってもらえるらしいけど、具体的な数までは出せないって」
「そうか」
「で、方法だけど……私達と先発の兵士が山賊の住処に進入。そして全部倒した後、後続の兵士が賊達を捕らえにやってくる……ということでいいよね? というか、そういう風に説明しちゃったんだけど」
「いいんじゃないか?」
「とはいえ、実際に山賊と戦うのは私達だろうけど」
――たった三人で挑むのか、とか意見があるかもしれないが、メンバーは魔族幹部と戦ってきた勇者と魔法使い。そして魔王の妹というラインナップ……問題は起きないだろう。
「よし、兵士の方は大丈夫そうだな。で、出発はいつにするか言ったのか?」
「兵士の人数が判明次第、とは言ったけど……」
「明日状況を把握し、それを早馬で伝え兵士が来るように段取りをつける……そうだな、明後日かな」
「最速でも、そうなるかな」
そこでシアナの駒を進める音。見ると、結構キツイ場所に駒を置かれていた。
「ぐ……今度は俺が悩む番か」
「……シアナさん、次は私と勝負を」
「はい、構いませんよ」
微笑み応じるシアナ。そうした光景を見つつ、俺はチェス盤を睨み、考える。どうやら今日から明日にかけては、休息ということになりそうだった。
――それから二日後、いよいよ俺達は出発することになった。先発する兵士の姿はない。別所で合流する予定となっている。
「お気をつけて」
街の兵士に見送られ、俺達は街道を歩き出す。静養を済ませ、完全に体力は回復。万全の態勢で戦うことができそうだ。
「では、早速だけど戦う時の編成を決めよう」
歩き出してすぐカレンが話し出す。それに対し、俺が意見を提示した。
「俺とカレンの立ち位置は決定しているし、シアナをどうするかだけだろ?」
「そうだね。シアナさんはどうする?」
――瞬間、カレンの目が僅かに光る。提案にどう反応するか注視している様子。少しは警戒は解こうと言っていたはずなのだが、やはり懸念は完全に拭えないようだ。
「私は、お二人の意見に従いますよ。ただ、盾になれというのは嫌ですけど」
「カレンの補助でいいんじゃないか? 前衛は俺一人で十分だろうし」
「……そうだね」
こちらの意見にカレンは賛同。顔にはそれが無難だ、と書いてある。
「それじゃあカレンの補助役をメインにして、状況に合わせ適宜対応ということで」
「わかりました」
俺の言葉にシアナは嬉しそうに頷く。すると、
「遊びに行くんじゃないんだよ?」
カレンのキツイ一言が。
「……すいません」
これにシアナは表情を戻し、小さく頭を下げる。
「あ、もちろん目的地に着いたらこのようなことはありませんから」
「それはわかっているさ……ところで、カレン」
俺はフォローを入れつつ、カレンに話の矛先を向ける。
「山賊と戦う場合なんだが、加減できるのか?」
「私の方がどうにかできる」
「その加減って、全身大やけどとかそういうレベルじゃないよな?」
――俺は賊討伐に随伴した時のことを思い出す。それにはもちろんカレンも同行し……あやうく、山賊を始末しそうになっていた。
彼女曰く「人間相手に加減がイマイチわからなかった」とのこと。人相手に攻撃する魔法もあるにはあるが、その時は結界なんかを構築できた使い手がいたため、上手く調整ができず、結界を叩き割り大けがを負わせてしまったわけだ。
「私もその辺りは対策しているよ。心配しないで」
多少口を尖らせながらカレンは語る。本人がそう言っているのならば、信用するしかないか。
「それに、私から言わせれば兄さんの方が大丈夫なのか、心配だけど……」
カレンは言うと、さらにシアナへ視線を向ける。
「ついでに、シアナさんも」
「……シアナは援護に徹するからそれほど問題ないと思う。で俺はと言うと……」
改めて考えると、カレン以上に不安かもしれない――
「まあ、なんとかなるだろ」
「そんな適当に……」
「今考えても仕方ない。山賊の戦力もよくわかっていない状況だ。それを見てどう立ち回るか考えるさ」
「……兄さんがそう言うのなら、特に文句は無いけど」
カレンは歎息。それで話を切り上げ歩くことに専念する。
以後は、簡単な雑談を挟みつつ山へと進む。直線距離としては、昼までに到着する程度なのだが、山に入る以上はそれなりに時間が掛かることを覚悟した方がいいだろう。
「理想的なのは夕方前に到着して撃破。夜に兵士がやってきて敵を全部捕らえる、といったところかな」
俺は皮算用的な発想で呟く。それにカレンは小さく頷き、
「ま、そんな都合良くいくとは思えないけど」
「だろうな……ちなみにカレンはどこで時間食うと思う?」
「移動時間」
即答だった。うん、俺も同意。
「兵士から、山賊の根城についての情報はもらっているし、途中で合流するし大丈夫だとは思うけど……」
「その時はその時……そうだな、時間に余裕を持たせるため、山道に入る前まで少しばかり急ぐか」
「賛成」
「私も同意です」
シアナも了承。それにより、俺達の歩みが少しだけ速くなる。
「……さて」
その途中、シアナの呟きを聞いた気がした。首を向けると、カレンを見て何かを吟味している様子。
どうしたのか――多少気になったが、カレンもいる以上訊くことはできない――考えていると、シアナの顔がこちらを向いた。そして俺の表情を見て、綺麗な微笑を浮かべる。
顔には、どこか含みを持たせた気配がある……もしや、何か気になることがあったのだろうか。
とはいえ口に出すことはできず、俺は彼女の笑顔を気にしつつも二人と共に歩き続けた。