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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
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要塞の戦いと魔王の歴史

 戦いは、至極こちらが優勢だった。やはり相手側も準備が整っていなかったか――それとも、これが相手の配慮なのか――城門はあっけなく解放され、さらに城外の敵をかなり短時間で殲滅した。前の戦いではここまで来るのに時間が掛かったが、今回はほとんど障害無く、フィンが容易に合流できる程、こちらのペースだった。


 俺はと言えば、ベリウスとの戦いで覚醒した力を存分に発揮していた。以前と比べ遥かに大きい力で敵を易々と倒していく。その姿を見て、ミリーやカレンは目を丸くする。


「あんた一人でも十分じゃない?」


 ミリーが冗談っぽく、そう言ったほどだった。


 こうしてさしたる苦労もなく、城外は制圧した。気持ち悪いくらい順調。だが、これで終わるはずもない。

 城内潜入前に、仲間内で協議に入る。城内入口の手前に佇み、最初俺が口を開く。


「罠があると考えるのが、妥当かな」

「そうね」


 ミリーが入口をじっと見据えながら、同調する。


 ここで頭を巡らせる。進撃を続け仲間達と一緒に玉座へ進んでも、相手は何も話さないのが予想できる。話をするにしても俺が一人になっている時だけだろう。大いなる真実を、無闇に口外しないために。

 だとすると、罠か何かを利用して俺を孤立させるとしか考えられない。


「セディ、どうするんだ? どこから入る?」


 フィンは近くにいる騎士達に目をやりながら尋ねてくる。彼らは念の為要塞を調べ回っている。俺もフィンと同じように彼らへ視線を送りつつ、返答した。


「きっとどこから入っても、同じじゃないか? 俺達にはどこに罠があるかなんてわからないし……一応、魔法具を使って探知くらいはできるけど」

「それで露見する程甘くは無いでしょうね」


 ミリーが肩をすくめる。以前の戦いならば、敵は力で押し潰そうとしたらしく、罠らしいきものは皆無だった。


 今回の場合はどうなのか。俺は大いなる真実の件と、戦いが優勢である状況を勘案し、城内へ繋がる入口――両開きの大扉を指差しながら、フィンに告げる。


「どちらにせよベターなやり方は、体力や魔力のロスが少ない最短距離を駆けること。すなわち、正面突破だ」

「結局、それかよ。まあ、俺も賛成だ。前通ったルートだしな。わかりやすい」


 フィンは答えると、先頭を切って歩き始める。


「俺が先導するぞ」

「ああ」

「前みたいな無茶はするなよ?」

「……特攻したことか?」


 前の戦いでは、敵の攻撃を突破し俺が一人で玉座に到達した。そこへフィンが援護に入り、ベリウスと対峙した。


「言っておくが、前は偶然敵の猛攻をかいくぐって玉座に着いたんだからな? 同じような真似はするなよ? 今度こそ孤立するぞ」

「大丈夫だって」


 俺が手をパタパタと振り応じる。しかし、フィンはジト目でこちらを見た。信用されていないようだ。


「……そうだな。渡しておくか」


 そこでフィンは嘆息混じりに言うと、右の袖をまくった。彼の右手首には綺麗な紋様のブレスレットがはめられている。それを外すと、俺に突き出した。


「つけとけ。剣の能力が大幅に向上する奴だ」

「え、ちょっと待て。それを外したらお前の攻撃力が落ちるじゃないか」

「俺のことはどうだっていいんだよ。お前みたいに孤立して戦うような馬鹿な真似はしないからな。ほれ、もらっとけ」


 半ば押し付けられるようにブレスレットを受け取る。フィンは渡すと肩をすくめ、続けた。


「セディ、死ぬなよ」

「……縁起でもないな」

「こういう場面を幾度となく経験してきたが、なんか嫌な予感がしてな。なんというか、今回は敵さんの動きが読めない」


 ――もしかするとそれは、大いなる真実が理由なのかもしれない。


 フィンは通常とは違う戦いの空気を、機敏に察している。確かにこれは魔王側が犠牲を出さないように、そして話をするための戦い。通常とは明らかに趣の異なるものであるのは自明の理。


「いいかセディ。お前は勇者だ。それははっきりと自覚しておけよ。死ににいくような真似だけは、絶対にするな」

「ああ、わかっている」


 俺は頷きブレスレットを右手にはめた。


「フィン、ありがとう」

「よせよ。お前に死んでほしくないだけだ。実を言うと、戦友として俺はお前を誇りに思っているからな。こんなところで死んでもらっちゃ、他の奴らに自慢できなくなる」

「言ってろ」


 俺が笑うとフィンは笑い、先行して大扉へ向かった。ミリーもまた彼に従うように歩んでいく。


「兄さん」


 すると今度は、カレンの声。俺は首をやりながら聞き返す。


「どうした?」

「先ほどの話についてです」


 先ほど、とは俺が隠し事をしている件だろう。


「魔王軍幹部の襲来……私は、幹部が遅かれ早かれここに舞い戻って来たと思うのです。ここは魔界へ通じる門の近く……ですから。それが今回の襲来と関係していると推測します」


 どうやら戦闘の最中色々と考えていたようだ。不安を払拭するために。


「確かにそうだけどさ……だけど、俺が無茶をしたせいで色んな人達に不安を与えているのは事実だろう?」

「人々に不安……ですか」


 カレンは俺を一瞥し、断定的に言った。


「魔王を滅ぼすことができれば、そうした不安も消えます」

「……ああ」

「しでかした事を悪いと判断できるのは、過去と認識した時からです。今はただ信じて進むしかありません」

「そう、だな」


 その言葉に賛同した。時折カレンは(いさ)めるような発言する。だがそれは、決して(とが)める物言いではなく、俺を心配するが故の言葉。


「ですから、兄さんも下手に考える必要なんかありません」

「……わかった」


 答えながらも、心の中で苦笑した。


 カレンの言う通り仲間に話したことが真実なら、うじうじ悩んでいない。しかし、突き進もうとしている道が誤っているとしたらどうなるのだろうか――だが、ここでカレンに話すことはできない。

 俺は話を切り上げ歩き始めると、すぐに扉の前に辿り着いた。厳戒態勢の騎士や魔法使いの姿を見て剣を構え、来るかもしれない魔物の攻撃に注意を始める。


「準備はいいか? 行くぞ――」


 フィンが言い放ち、大扉に手を掛けた。仕掛けはないらしく、彼の力に従いゆっくりと開き始める。


 その隙間から暗闇が現れ、太陽に照らされ僅かに中が見えた――直後、俺は目を見開き――フィン達は慌てて後方へ下がった。

 次の瞬間、大扉が勢いよく開け放たれた。さらに轟音と共に扉の右側が吹っ飛び、誰もいない地面に衝突し、重い音が耳を打つ。その場にいた全員が例外なく戦闘態勢に入る。


 大扉の奥には、人間を倍する巨人のような悪魔が、大群となって待ち構えていた。


「――全員、散開!」


 俺は反射的に指示を出した。同時に悪魔達が数に物を言わせ突撃してくる。


 ミリーは突撃を避ける。カレンは後方にいる騎士達に何かを叫ぶ。フィンは突撃する一部の敵をさばき、一体を打ち倒す。そして俺は――大群にも構わず突っ込んだ。

 目の前の悪魔の群れを見て、ここで止めなければ後方にいる騎士達が危ない――そういう判断だった。


「兄さん!」


 カレンからの制止する声。だが無視して走り、目前に迫る悪魔へ剣を薙ぐ。すると一刀の下に消滅した。


 さらに二撃、三撃と繰り出し、それら全てが敵を一撃で屠っていく。本来の力に加え、フィンからもらったブレスレットの効果だ。新たな力により、悪魔を紙のように斬ることができた。

 斬り進めやがて広間の中に入る。そこには埋め尽くさんばかりの悪魔達。全てが俺よりも巨体で、無数の眼光が俺を見下ろしている。


「セディ!」


 ミリーの声が聞こえた。彼女は俺の横に到達すると剣を構える。後方を見るとカレンの姿の他、猛攻を食い止めるフィンや騎士達の姿。しかしそうした光景が、扉を突破した悪魔により遮られる。


 退却、進撃――どうするか。状況から逡巡した、その時――


「セディ! あんたは難しく考えられない性質なんだから――ここは思いっきりやっちゃいなさい!」


 ミリーが激を飛ばした。俺は苦笑した後、剣を握り直す。そして、叫びながら敵を片っ端から倒し始める。


 力がさらに増幅し、斬撃の余波ですら悪魔が消滅する。だが、城外を守るはずの存在まで待ち伏せさせていたのかもしれない。数は一向に減る気配がない。

 囲まれながらも剣を振り、どんどんと滅ぼしていく。敵の攻撃は繰り出す前に倒すか、ミリーの援護により事なきを得ていく。立ち止まるのは危険――追いすがろうとする悪魔達をすり抜け、奥へ突き進む。


 やがて一枚の扉が見えた。記憶では、ここを抜けると玉座に繋がる左右に伸びる廊下があったはず。俺とミリーはそこを目指し懸命に進む。

 扉を視界に捉えてから、瞬きするほどの僅かな時間だったかもしれない。しかし途轍もなく長い時間だと感じながら――扉の前に辿り着いた。俺はミリーの手を引っ掴んで扉をこじ開け抜ける。


 そして扉を閉め――途端に、静寂が生じた。


「……はあ、はあ……」


 俺は急速に疲労感を覚え、扉と反対の壁まで来ると、それを背にして座り込む。隣ではミリーもまた同じように、荒い呼吸で座り込んでいた。


 扉を見ると、先ほどの悪魔の群れが嘘のように静か。念のため剣を握り注視してみるがなんの気配も生じない。やがて俺は静かに剣を下ろし、回復に努めることにした。


「……なんか、夢中でここまで来ちゃったけど。大丈夫だったかな」


 ミリーが息を整えながら言う。言葉の端々から不安を覗かせている。

 俺は一度深呼吸をした後、ミリーに尋ねた。


「そうだな……どうする?」

「元来た道を引き返すのは危険すぎるし、このままここで待つか前に進むしかないんじゃない? 待つにしても、カレンならどうにかするだろうし、しばらく待っていればここには来るとは思う」


 確かにカレンの魔法であれば、あれほどの数であっても一掃するのに時間は掛からないだろう。さらに言えば、突破した廊下には魔物の姿はない。このまま一休みしていても問題ないかもしれない。


 けれど、ここで立ち止まっていては話が聞けない。だから、俺は静かに立ち上がる。

 剣を握り締めていた右腕に少し痛みが走る。それを紛らわすように、ミリーに言った。


「このまま待機するのも危ない気がするし、進もう」

「……了解」


 ミリーは賛同した。不服そうな様子だったが、指示には従う。きっと危ない状況になれば、自分が止めればいいと考えているのだろう。


 俺達は廊下を歩き出す。城内は暗いが、どこかに光源があるのか、薄暗いながら視界は確保できている。


「セディ、念のため明かりは無しね」

「わかってる」


 承諾しつつ、目を凝らしゆっくり進む。何事もなければ、このまま玉座に到達できるだろう。


 しかし、これではまずい。大いなる真実――相手は、俺だけと話がしたい。

 どうするか――思案し始めた時、周辺から気配が生まれた。俺とミリーは即座に立ち止まる。音は聞こえない。しかし魔力だけは感じ取れた。


「お出ましね」


 ミリーが呟くと、気配が僅かに濃くなる。壁や床を這いまわるように魔力が駆け巡っている。だが、その気配は膨れ上がることなく、こちらを品定めするように生じたり消えたりしている。


「ミリー、敵が出現したら俺がやる」

「わかった」


 了承の言葉を受け、俺は剣に力を込めた。剣先に魔力が生まれ、それが大気に発露すると――気配が膨らんだ。


 直後、変化が生まれる。床から黒い何かが生じた。それは俺の体はあろうかというサイズの、漆黒の腕。

 俺は攻撃される前に一閃する。剣先が衝突すると、刃が触れた所から塵と変化していく。それほど強くはない――理解すると、さらに魔力が膨らむ。さらには、廊下中に気配が生じ始める。


「――ミリー!」


 声を上げながら、さらに剣戟を加え腕を消滅させる。眼前には俺に襲い掛かるさらなる黒き腕。加えて壁や床の至る所から魔力が発し、湧き始める。圧倒的な数に対し、俺はひたすら剣を振るう。


「くっ!」


 後方でミリーが苦戦する声。背後を確認すると、彼女は後退させられていた。

 互いの距離が僅かに離れている――認識した時、俺達を阻むようにして、さらなる多量の黒い腕が生まれた。それは一挙に視界を覆い尽くすほどの多さ。


 俺は目を見張った。出現の仕方もそうだが、数が尋常ではない。一気に生じた腕に対して、思考を奪われる。だが本能的に剣だけは動かし、間近の腕を倒す。


「セディ! 私は一度――!」


 数に押されたか、ミリーの声が聞こえた。おそらくカレン達が来るまで逃げに徹するのだろう。


 俺は心の中で「わかった」と言いながら、なおも迎撃する。強化された一撃が広範囲に及び、腕を何本も同時に滅する。しかし、際限なく出現し続ける。そして、俺が力を入れる度に数がどんどんと増えていく。


「……力?」


 そこで思い至る。いや、待て――もしかすると、これは――


「そうか……敵の罠か……!」


 理解すると剣の動きを止めた。すると、腕の動きもピタリと収まる。俺は剣を握る力を弱め、魔力の発露も中断する。すると腕はさらに力を弱め、床や壁に吸い込まれて、やがて元の廊下が出現した。


「魔力に反応して発動するトラップか……」


 言いながら後方を見る。ミリーの姿はなかった。おそらく大広間を抜けた扉辺りまで戻っているのだろう。タネはわかったので、本来ならば引き返すべき所だ。


 しかし、俺は玉座方向に足をやる。


「……行くか」


 小さく呟く。廊下には俺の靴音だけが響く。そこで、背後から魔力を感じ取る。大扉に戻ってなお、ミリーは戦闘を行っているのかもしれない。


 戻るべきか――音を聞いて一瞬だけ迷った。しかし、もしここで戻りミリーと合流すれば話をする機会を失うことになる。だから彼女の無事を願いつつも、剣を収め玉座へと歩き始めた。






 そこから先は何の障害もなく、目の前に両開きの大扉が現れる。そこはベリウスと戦った、あの玉座の部屋。修繕されたのか、前来た時のような重厚な扉が出迎えてくれた。


 俺は無言のまま扉に手を置き、前方に押した。鍵の類は見られず、力によって扉が動く。部屋は前と変わらず暗い世界。しかし玉座周辺だけはたいまつが焚かれ、そこに座る相手が入口からもはっきりと見えた。


「ようこそ、セディ=フェリウス」


 やや高めの、男性の声。俺は何も返答しないまま中に入ると、扉が閉まる。相手をしかと確認すると、とても綺麗な顔立ちの青年だった。


 たいまつによってキラキラと輝く銀色の髪に、真紅の瞳。さらに黒いマントに貴族服のような衣装。ヴァンパイアを想起させる風貌をしているのだが、取り巻く魔力はそれらとは異質だった。以前戦った、最高クラスの幹部ベリウスのそれと、何ら遜色の無い強い力を秘めていると確信できた。


「大いなる真実を聞いたと知り、ここへ案内した。無事一人で辿り着いて安心したよ。仲間がいたなら、話せないからね」

「仲間は、無事なんだろうな?」

「もちろんだ」


 青年は頷いた。


「大広間に精鋭を密集させたからね。聖炎を使う君の妹でも、突破には時間が掛かっているようだ。君の相棒とでもいうべき女性は、君達が座り込んだ扉の前で佇んでいる。敵を警戒しているのと、君が帰って来るのを待っているんだろう」

「そうか……」


 俺は言いながら拳を握りしめ、話を切り出す。


「悪いが、王から聞いてもまだ信じられない点が多い……いくつか質問させてもらいたいんだが、いいか?」

「ああ、どうぞ」


 青年は俺に臆することなく同意した。


「俺達を……殺さないのか? 幹部を倒した、管理の障害となる人間だぞ?」

「あなた方に放った刺客がその答えだよ。実際僕達は一度君達を脅かそうとした。しかし、君が大いなる真実を知った時から方針を変更してね。口を封じるよりも、交渉したほうが良いと判断したんだ」

「交渉……?」

「大いなる真実を知り、世界の舞台裏で仕事をしないか、という話だ。君の力を見込んでね」

「誘い……か」


 即座に理解した。倒すのが難しく、さらに大いなる真実を知ってしまったため、懐柔方向に舵を切ったのだろう。とはいえ、それで全てが収まるはずもない。


 こちらの心情を察してか、彼は続ける。


「君がフォシン王に伝言を託しこの場に来たのは、大いなる真実に対し少なからずショックを受けているからだと推測する。確かに大いなる真実は、世界の根幹そのものをひっくり返す可能性すらある危険な情報だ。だからこそ、真実を知っている者は秘密を洩らさないよう細心の注意を払っている。君に教えたケースは、特例だと考えてもらっていい。王もきっと、話した方が良いと思ったんだろう」

「どういうことだ?」

「君の名声と天秤に掛けて、君をこのまま殺すのも問題が生じる……偉業を達成した人物だからね。勇者の中でも魔王討伐に近い人が死ぬのは、民衆に混乱をもたらすかもしれない。そして君が大いなる真実という単語を知り目の前に現れた……だから、こうした結果となった」

「問題、か」


 自嘲気味に笑う。青年は眉をひそめ、尋ねようとする。しかし、俺は彼の言葉を遮って声を上げた。


「多くの人は俺に魔王を倒して欲しいと願っているが、それは別に俺じゃなくてもいいんじゃないか?」

「ずいぶんと、卑屈な考えだね」


 青年は肩をすくめ応じた。


「けれど確かにそうだ。でも、混乱する可能性があるというだけでも、根拠になる。なぜなら、王は国の秩序と平和を守るのが使命だからね」

「つまり無用な混乱を避けるため、俺をどうにかするより説得しようと考えたのか?」

「そういうこと」


 青年は首肯し微笑んだ。妙に愛嬌のある表情なのだが、嫌な迫力もある。


「君はある意味選ばれた人間なんだ。魔王の腹心を倒せる力を手にし、大いなる真実を知らせても良いと僕らが認めたほどに」

「……わかったよ。それじゃあ二つ目の質問だ」


 俺は一度深呼吸をしてから、改めて尋ねる。


「魔族が神に依頼をして、武具を与えていると王から聞いたが……」

「それは本当だよ。実際、魔王と神は数か月に一度話し合いを行っている」


 神と魔王が話し合い。冗談としか思えない。


「さらにそれなりに才のある人間に武具を与え、魔物達を狩ってもらうようにする。ただ、あまりに力を持っている人間には与えられるケースはほとんどないかな。無闇に突出した人物を作り出すのは、もしもの可能性があるからね。ただ君達の場合は……」


 青年は記憶を呼び起こそうと一度天井を見上げ――やがて、顔を向ける。


「確か遺跡からの武具を身に着けていたかな? あれは魔王が神と戦争をしていた頃に使われていた強力な武器だ。多くの遺跡は国が管理――つまり、本来はそうした遺跡品も国がしっかり管理し守るようにしているんだけど、君達の場合は偶然が重なり手に入った、言わば例外だ」

「……そういうことか」


 納得した。俺は神や女神を先見性が無いと評価していたのだが、違うらしい。

 力をあまり持たない人に武具を渡すことで、バランスを取っているようだ。そして渡された人物達は、選ばれた者と認識し進んで戦おうとするはず。


 傍から見れば、魔王や神々に利用されてしまっている。だがそれが平和に繋がるとしたら、否定はできない。


「じゃあ次だ」


 俺は追及せず、さらに質問を重ねる。


「なぜ、神と魔王は戦わず世界を管理しているんだ?」

「これには理由があるんだよ」


 青年は俺に難しい表情を示した後、語り始めた。


「昔、神と魔王は戦っていた。君達が今のように大きな国を持たないような大昔の話だ。神々と魔族は自分達の力で別々の平行世界を形作り、そこを拠点としてこの世界上で戦いに明け暮れていた。それこそ、この世界全体の景色が激変してしまう程に」

「その戦いを、終結させたのは何だ?」

「この世界の危機だ。戦い続けたことで世界が軋み、弊害が生まれ始めた。様々な天災や、魔物の大量増殖。最初神々はこの世界を魔族の物とするため、戦争とは違う手を取ってきたという認識だったらしい」


 説明する声音はやや重い。俺は青年の話に内心頷いた。そのような展開ならば、神々がそう考えてもおかしくない。


「最初変だと気付いたのは魔族側……陛下だった。増殖する魔物は、自分達が生み出したものではない。だからこそ、原因を調べ始めた。結果として、戦争による衝突を繰り返したため、魔力が甚大に増え魔物が増加していること。そして様々な天災が生じていることを突き止めた」


 彼は一度言葉を切った。そして慎重に、言葉を選ぶように続ける。


「そして、それを鎮めなければさらなる悲劇が生まれるとわかった。陛下は決断し神々に休戦を持ちかけた。最初神々は歯牙にもかけなかったが、事態が重くなりつつあることを認識し、やがて同意した。そこに至るまでかなりの年月が経過し、世界の状況は悪化の一途を辿ったらしい」

「その後、どうなったんだ?」

「陛下と神は裏で契約を交わし、戦争は終結した。互いに痛み分けという形でね。そして双方が信頼できる存在を集め、世界の回復に努めた。結果として世界は元通りとまではいかないまでも、危機的な状況は脱した。しかし一つ大きな問題があり、大いなる真実を大々的に明かせなかった」

「……なるほどな」


 俺は青年の言葉に察しがつき、先んじて言った。


「話すにはあまりにも戦争を起こし過ぎた……といった所か?」


 答えると青年は最初驚いた顔をした。だがすぐに表情を戻し、はっきりと頷く。


「そう。神々や魔族にも感情がある。大いなる真実を公表しても、あらゆる存在が手と手を取り合うなんて、絶対にできない。むしろ知って、離反する存在が出現し、自分達の意志で世界を我が物と画策するなんて可能性も考えられた。だから周知させるには、手遅れだったんだ」

「だから、今もずっと公表していないと?」

「そうだ。実際君達人間の間にも様々な見解や、政治信条を抱いた人がいるだろう? それと一緒さ。魔族と神々は本質的に相容れない存在……これは君達人間だってわかっているはずだ。この前提が崩れたならば、人間達だってどうなるかわからない。もし神々が善で、魔王も善ならば、人間達は何を憎めばいい?」

「憎む必要なんかあるのか?」

「当たり前だ。光あるところに影があるように、善は悪を必要とする。人間に感情がある以上、必ず憎むべき相手は必要だ。でなければ人間はあらゆるものを憎むようになる。非常に危険なんだ」


 同意したい心境となった。俺は魔王を倒すという目標――根源的には、憎しみを抱いていた。魔物に親を殺された事実――それに端を発しているのは間違いない。

 だが大いなる真実を知り、勇者として魔王を倒すという目的が消えた先には、口にできない焦燥感だけが残された。やり場のない感情は俺を鬱屈とさせ、仲間からも心配されるほどになってしまっている。それをひた隠し続けることでどのようになるのか――正直、想像できない。


 こちらが無言でいると、青年はさらに続ける。


「人っていうのは、時に理不尽な事象を理不尽な怒りで発散する必要がある。その標的が僕達となる。魔物の総大将であり、頂点である魔王。これほどわかり易い憎悪の対象は無い」

「役目を、全うしているだけだと?」

「そういう魔族もいるという話だよ。大いなる真実を知らない魔族は、基本陛下から命令されたこと以外は自由気ままにやっている。君達には申し訳ないが、陛下が全ての魔族に厳命で、人間を殺させないようにするなんて無理なんだ。それには理由を語る必要があるけど、何よりその理由が話せない。それでは魔族達も納得いかないし、命令を受けなくなる可能性もある。その先に待っているのは権威を失った陛下と、制御の効かなくなった魔族だけだ」

「それは、自分達の役割を肯定しろと言っているのか?」


 世界そのものを管理するために、少々のことは見逃せ――俺には、そう言っているように聞こえた。

 その問いに、青年はあっさりと頷いた。


「僕らは世界を管理するのが目的だ。大いなる真実を知らない魔族達が問題を起こし多くの人が犠牲になったとしても、世界の崩壊を防ぐために必要なら、見捨てるしかない」


 納得がいかなかった。何か方法はないのか。


「魔王は……全てを理解し、管理しているのか?」


 俺は質問の方向を変えた。魔王の内面に踏み込んだ質問。すると、青年は意外な言葉をこちらにやった。


「なら、直接聞いてみればいいんじゃないか?」

「何?」

「実を言うと陛下からお達しがあってね。君と話がしたいらしい。もし君が望むなら、今すぐ会えるように手筈を整える」


 唐突な提案。俺は青年の顔を見て少し考え、良い案だと思った。今ある疑問や溜まっている感情を吐き出すには、てき面かもしれない。


「だが、悪いけど決断にほとんど時間が無い。話している間に、君達の仲間が馬車馬のように押し寄せてきているから」

「え?」


 俺の呟きに青年は手をかざした。すると前方の空間が歪み、こことは違う景色が見える。

 カレンやミリーが漆黒の腕を蹴散らしながら廊下を突き進んでいる光景。俺はふと耳を澄ませた。遠くから爆音や金属音が近づいてくる。


「ここに仲間が来たら交渉は決裂だよ」


 青年は映像を消しながら言う。俺はどうしようか迷ったが、考えている間にも音が近づいてくる――そこで、自分の意志を改めて確認した。自分が持つ様々な焦燥を解決するための方法は、一つしかない。


「……仲間は、無事に帰してくれ」


 僅かな間の後、相手に告げた。青年はにこりと微笑み、


「君も、無事に帰すことを約束しよう」


 はっきりと答えた。直後、俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。生じた白い光が、部屋全体を照らし始める。


「それじゃあ、少しの間僕に任せてくれ」


 青年が腕を振り、さらに魔力が膨れる。魔法陣の光が垂直に伸び、俺を包み――完全に光で視界が見えなくなる寸前、後方の扉が開け放たれる音を、しかと聞いた。


 振り向く。入口付近に仲間達の姿があった。


「――――!」


 俺を呼んでいるらしい、誰かの声が聞こえた。しかし、何を言っているのか上手く聞き取れない。俺は心の中で「ごめん」と謝り、魔法陣の力に身を委ねる。


 体は光に包まれ、視界が白で埋め尽くされた時――意識は途絶えた。


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