彼女達の目論見
「……良い案だとは思うが、質問いいか?」
彼女の言葉に対し、俺は口を開く。するとミリーは予期していたのか、先んじて話し始めた。
「何でこんなことを言い出すか?」
「ああ」
「簡単な話よ。ジクレイトになら、セディのように魔族になった人間の文献があるかもしれない。体調は戻ったと言っても、魔王や魔族がそう易々と勇者を手放すとは思えない」
……つまり、俺のことを調べることにしたのか。
俺は一度仲間達をぐるりと見回す。フィンやレジウスはミリーに同意見らしく、神妙な顔つきで頷いていた。
なら……俺はひとまず、話を合わせることにする。
「そうか。悪いな、ミリー」
「いえいえ。魔王が何か仕掛けてくるのであれば、対応するのは当然でしょ?」
「そうだな。それじゃあ、ジクレイトに行くメンバーは――」
「私は反対」
そこでカレンが割って入った。口調は相変わらず元のまま。どうやらこのまま押し通すらしい。
「兄さんは魔族に狙われる可能性がある。そうした状況下で、人数が少なくなるのは得策ではないよ」
「そう? でもセディの件に関することを調べる必要だってあると思うけど」
ミリーが反論。するとカレンはそれに頷く。
「その点は理解できる。けど――」
「カレンが言いたいのは、全員でジクレイトに行くということ?」
さらにミリーの問い。対するカレンは口が止まった。
できればそうしたい、という思いが俺には透けて見えた。シアナのことをよく思っていないカレンなら、そのように主張するのはまあ理解できる。現状、シアナの意見に流されさらに仲間が分かれるという状況。面白くないのだろう。
「でもセディはマヴァストへ行くと決めているわけだし」
ミリーはさらに意見する。ここにきて、なんとなくミリーが聞き分け良いように感じる。普段ならカレンと共に反対意見を述べてもいいはずなのだが。
「ミリーさんはそれで納得できるの?」
今度はカレンの質問。俺と似たような疑問を抱いているらしい。
「単に効率を重視しただけよ。ま、他にも理由はあるけどね」
そう言って――一瞬だけ視線を別の場所に移す。俺はそれをめざとく見つけ、シアナを見たのだと察した。
ああ、そうか……俺はミリーの意図を深く察した。つまり、シアナのことを調べるつもりなのだ。なんだかんだで、怪しいとは思っているらしい。
まあカレン達から見ればシアナは、いきなり登場した人物。さらに俺からの説明を聞いてはいるが、魔族化していた以上記憶を改変されていてもおかしくない……疑う根拠は、そのくらいだろう。
「……わかった」
沈黙を置いてカレンが反応。ここにきて同意する構え。どうやら彼女も俺と一緒でミリーの視線に気付いたらしい。
「では、二手に分かれることに……ミリーさん、人選は?」
「そんなの聞くまでもないだろ?」
フィンが言う。彼はミリーとレジウスを一瞥した後、口を開く。
「俺とミリー。そしてレジウスさんの三人でジクレイト王国へ行く」
「となると……」
俺はカレンとシアナを見る。
カレンは当然俺と共に行動するよう考えているだろう。だから、人選は決まりきった結果と言える。
「私とシアナさん。そして、兄さんの三人でマヴァストへ」
「そう、だな」
俺は結構不安を抱いたのだが……ぐっと押し殺す。そんなことを言っていては、決まるものも決まらない。
「セディ、カレンのこと頼んだわね」
ミリーが言う。頼んだ、というのは「三人で行動する内に、シアナとカレンの関係を解決しておけ」という意味だろう。
俺だってできればそうしたい……が、今回の任務より大変なのではないか……そんな風に思えた。
その後、俺は念の為体に異常がないかを医者へ行き診てもらった。結果は、何も無し。カレン達は安堵した様子だったが、今後要注意と判断したのか、
「カレン、お願い」
と、ミリーが最後に言葉を残すこととなった。
そして翌日、俺達は早速出発することとなり、宿の前で全員の準備が終わるのを待っていた。
俺の隣にはミリー。フィンやレジウス、そしてカレンやシアナはまだ来ていない。
「……なあ、ミリー」
二人きりなので、俺はここぞとばかりに彼女の思惑を尋ねることにする。
「進んでジクレイトに行くのは、シアナのことを調べるためか?」
「何だ、わかってるじゃない」
ミリーは誤魔化すことなく頷いた。
「別にセディの言葉を信用していないわけじゃないわよ。けど、この世界に戻って来て傍にいたのは事実でしょ?」
「……それは」
「私だって何もないことを祈っている。納得いくまで調べたら、そっちに合流するから」
――ミリーの瞳は、強い。説得しても無駄だと悟った。
「それにカレンは絶対セディから離れる気は無いだろうし、フィンやレジウスさんはそれほど深く考えていない様子……やるとしたら私しかいないでしょ」
「そうかも、な」
俺は呟きつつ、了承の言葉を彼女に投げる。
「いいんじゃないか。納得するまでやれば」
「突き放した物言いね……ま、許可貰ったし、しっかり調べてくるとするわ。で、そっちは――」
と、ミリーは含みのある笑みを浮かべる。
「彼女達が殺し合いしないように見張っとくように」
「縁起でもないこと言うなよ……」
俺が発言した時、宿の入口が開きカレンとシアナが姿を現す。
「お待たせしました」
にっこりとシアナが言う。邪気のない表情で、それを見たミリーが嘆息した。
「見た目は、本当に良い子ね」
「見た目だけか?」
「セディの言葉を信用するなら、間違いなく中身も良い子だと断言できるわよ」
小声で会話をしているので、シアナには聞こえていない。実際彼女は俺達が視線を向け口が動いているのを見て、首を傾げている。
「ま、いいわ……あ、合流についてだけど、私もカレンから探査魔法を教わったから、それを使うよ」
「わかった。こちらが先に終わればカレンの魔法を使うわけだな」
「そういうこと」
彼女が応じた時、フィンとレジウスも姿を現す。
「よし、ミリー。行くか」
「ええ」
フィンの呼び掛けにミリーは応じると、彼の近くまで歩み寄る。
「セディ、頑張ってね」
「ああ……ミリーも」
俺は頷きつつ――ボロを出しているわけではないし、問題ないはずだと思った。いざとなれば、ジクレイト王国の女王もフォローしてくれる……というのは、他力本願か。まあ、大丈夫だろう。
そうしてミリー達は足早に移動を開始。やがて、その姿が人混みに紛れ……見えなくなった。
「……それじゃあ、行くか」
俺は気持ちを切り替え、シアナへ視線を送る。そしてできれば険悪になった二人をどうにかしようと思いつつ――
シアナを睨んでいるカレンの姿が目に入った。
「……いきなりか」
「兄さん、私はまだ納得していないから」
カレンは厳しい目で俺を見る。反面、シアナはちょっとばかり申し訳なさそうに俺へと小さく頭を下げた。
「それに、懸念だってあるよ。シアナさんはそれなりに心得があるみたいだけど……もし魔族と戦う場合、戦力になるの?」
「……俺やカレンで守りつつ、戦えばいいんじゃないか?」
「そう言って、もしシアナさんが一人になってしまったら、是が非でも助けに行くでしょ? 私は、そういうのをやめてほしいと思っている」
カレンはどこか悲しそうな瞳でこちらを見る。
「確かに仲間のことを心配するのはわかる。けど、もっと自分を大事にしてほしい」
「……カレン」
――きっと、俺を心配しての発言なのだろう。ここで大丈夫だと言えればいいのだが、魔族化までしてしまった手前、説得力は皆無だろう。
俺はチラとシアナを見る。すると彼女は大丈夫だと力強く頷き、
「カレンさん」
口を開いた。
「孤立する様な真似は絶対にしないと、お約束いたします」
「……本当に?」
「はい」
「けど……もし魔族と単独で遭遇した場合、戦える?」
「……はい」
やや躊躇ったが、シアナは頷く。一瞬どう返答しようか迷ったみたいだな。
正直、どう答えればカレンが納得するのか俺にもわからない。現時点で最大の障害は彼女なので、上手く説得できれば良いのだが――
「本当に、戦えるの?」
確認の問い。同時に――カレンは、瞳に何か思いついた色を見せた。
「はい、大丈夫です」
「なら、証明できる?」
唐突な問い。意表を突かれた質問だったのか、シアナは口をつぐんだ。
そういうことか――俺はカレンが何を言いたいのか理解する。
「例えば私と勝負して、実力を見せてもらうことはできる?」
カレンは、俺にとって予想通りの問い掛けを発した。
「で、できます」
すかさず応じるシアナ。ならばと、カレンは大きく頷いた。
「それなら今から、私と勝負をして。もし私の判断で駄目だと思ったら……私の指示に従ってもらう」
――つまりマヴァストへ行くことは確定であるため、今度は主導権を握るべく動き出したわけだ。
「……勝負、とはどのように?」
シアナが問うと、カレンは一瞬俺のことを見た。こちらが止めると思って牽制的な視線を放ったのだろう。
対する俺は、事の推移を見守ることにする――正直、カレンは勝負をしなければ収まらないだろう。シアナには申し訳ないが、旅を円滑にするためにはやっておく必要がある。
俺が無言でいると、カレンはこちらから目を離しシアナへ視線を注ぐ。そして、口を開いた。
「私と一対一で戦う……それで、どうするか判断する」