彼女からの提案
「一つ、いいですか?」
「ん、どうぞ」
「じ、実は私……マヴァスト王国に知り合いがいるんです。それで、手紙に西側の人と関わっていると書いてありました」
「西側の……?」
「はい。その人は剣士で……その……もし何か悪事に手を染めていたら――」
――なるほど、これこそがエーレの指示なのか。
シアナが言う以上、おそらくそちらに行ってくれとエーレは言いたいはず。となればマヴァストへいくのは決定だ。問題は、彼女から切り出した以上カレンが納得するか否か。
「その可能性は低いと思う」
早速カレンが反応。これはずいぶんと難儀だ。
「西側の人だって全部が全部悪い人というわけではないでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「手紙にはどう書いてあったの?」
カレンが詰問する。それにシアナは僅かに委縮する。
見た感じ、文面などは深く考えていなかったようだ。先ほど口論した時とは逆の状況。
「えっと……」
シアナは思い出すフリをするつもりなのか、視線を逸らす――そこでなんとなく察した。
歯切れが悪いのは、きっと嘘を言うことに慣れていないからだろう。このまま静観しているとまずい展開になりそうだ……俺はフォローを入れる。
「……まあいいじゃないか。ひとまずミリー達と合流しよう」
「よくないよ」
すかさずカレンが俺に目を向け述べる。
「兄さん、この人は自分本位の意見で私達をマヴァストへ連れていかそうとしているんだよ?」
「いや……カレン。シアナは気になったことを言っただけだろ? 別に行けと言っているわけじゃない」
擁護する言葉――直後、カレンは険しい顔をした。態度からわかる。肩を持つのが気に入らないようだ。
「兄さんは、なぜこの子の意見に賛同する雰囲気なの?」
「賛同って……」
「私が何も言わなかったら、兄さんは行ってみようと言っていたでしょ?」
――カレンがいなければ、そういう風に口裏を合わせていたと思う。
「そこが納得いかない」
「……それは」
どう応じようか……とりあえず、何かしら理由をでっち上げないとまずそうだ。
「……そうだな、わかった。理由は話す。けど、他の仲間には黙っていてくれないか?」
俺は頭で色々と考えつつ、カレンに告げる。
「黙っていてくれ? なぜ?」
「余計心配されるだろうから」
前置きに、カレンの顔が曇り、心配する雰囲気を見せる。
「何か、あったの?」
「……約束してもらえるなら、話すよ」
「わかった」
即答。仲間達に黙っておくのは忍びないが、何かあるのなら聞かなければ――そういう顔。
「……言っていなかったが、俺はシアナに助けられたんだ」
と、シアナへ目を向けながら口を開く。当に彼女は、体をピクリとさせる。話を振られるとは思っていなかったのだろう。
「実は、この世界に戻って来た時、俺はかなり負傷していた。下手すると死んでしまうかもしれない状況で……近くにあった村で助けられ、そこに来訪していたシアナに魔法を使ってもらい、助けてもらった」
「彼女が、治癒を?」
疑わしげに、カレンはシアナへ目を送る。
「ああ。彼女は学者の娘さんで、それなりに心得がある。その中で治癒系の魔法は得意分野の一つだ」
言ってしまい……俺は少しばかり後悔した。以前リーデスから魔族は修繕とか浄化とか、そういう魔法が不得意だと聞かされていた。治癒魔法だってその一種だろう。もし実演する場合、ボロが出ないだろうか。
けれど、ここまで話した以上押し通すしかない。
「で、その恩から俺は彼女の頼み事を請けた……そして別れ、縁が切れたはずなのに彼女は俺を心配し砦まで駆けつけてくれた……そうだな、確かにカレンの言う通りかもしれない。俺は、シアナに礼をしたいんだ」
「セディ様……」
視線を向け、俺の名を呼ぶシアナ。
「別にそこまでして頂かなくても……」
「いや、これは俺がしたいからやっているだけだ。シアナは気にしなくてもいい」
言いつつ、再度カレンに目を戻す。
「と、いうわけだ」
「……言い分は、わかった」
理由を聞き、幾分険しい表情が和らぐ。けれど、完全に納得はしていない。
「兄さんは優しいから理解はできる。けど――」
「俺の様子を見るというのなら、旅をしながらでも問題はないだろう?」
意見すると、カレンは押し黙った。反論できないようだ。
とりあえず、押し込めるか……そんな風に考えた時、旗色が悪くなったと感じたカレンは、まとめに入った。
「わかった。けど、ミリーさん達の意見も聞かないと」
「わかっているよ。さて、ひとまず合流としよう」
俺は二人へ言い、歩き始める。こうして、俺達は宿へと向かった。
「マヴァスト、ねえ」
街でフィン達と合流し、宿に入り作戦会議ということで部屋に集まった。そして一連の説明を終え――フィンが呟いた。
三人部屋の一室はさすがに六人も入れば狭い。テーブルに備えられた三つの椅子は女性陣が陣取り、扉を背にしてレジウス。窓際にフィン。そして三つの内中央のベッドに俺が腰掛ける。
「確かに西側の奴らが入り込んで、良くない噂はあるな」
「治安は悪いわけじゃなかったはずなんだがな」
答えたのはレジウス。彼は腕を組み、扉に背を預けながら告げる。
「訪れたことはあるが、西側の人間だって色んな種類がいる。俺が出会ったのは気さくで良い人ばかりだった」
「酒飲みは大抵馬鹿騒ぎして、誰構わず馴れ馴れしくなるって」
ミリーが提言。それにレジウスは肩をすくめる。
「……で、セディ。お前の結論としてはそちらに行くと」
「特に目的もないし、シアナが言うから」
「そうか……まあ、お前の命を助けたという恩もあるからな。協力してもいいだろう」
同意の言葉。加えてフィンも「だな」と賛同を示す。
残るはミリーだが、彼女もまた似たような顔つきなので、大丈夫だと思った。
となれば、問題はカレン一人。
「ねえ、行くのは良いんだけどさ」
そこで、ミリーが表情を変え俺に言う。
「ジクレイト王国の方も気にならない? レナから聞いたけど、セディも関わったことがあるんでしょ?」
「ん、まあな……とはいえ、あの騒動は例外みたいなもので、通常は俺なんて必要ないくらいに戦力整っているからな」
「そりゃそうだけど……」
「何か気になるのか?」
問うと、ミリーは難しい顔をした。
「ほら、セディが魔族化したように、魔王側も何か変わった動きをしている……レナによると、ジクレイトの一件は騎士のせいらしいけど、魔族が関与している可能性は十分にあると思う」
――レナからどこまで聞いたかわからないが、結構鋭いな。確かにあれは魔族……とも、現状では言いきれないかもしれないか。何せ、天使の力だって関わっている。
ともあれ、裏があるのは間違いない。ミリーもその辺りを懸念しているようだ。
「そうかもしれないな……実際、悪魔も出現していたし」
「でしょう? セディがシアナさんの件を気に掛けてマヴァストに行くのは良いと思うけど、そっちもなんだか心配なのよね」
ミリーは頬をかきつつ告げる……俺が魔族になったなんて大事件が起こった以上、思慮深く考えるのは当然か。
ふいにカレンへ目を向けると、こちらを窺うような顔を見せていた。なんとなくだが……ミリーの考察を口実にして、シアナの一件を無しにしようとか考えていそうな気がした。
意固地になっているとしか思えないのだが……元来、カレンってこういう性格なんだよな。
「あの、一つ良いですか?」
次に声を発したのは、シアナ。小さく手を上げつつ意見する。
「その、王様が懸念として上げたのは二つですよね? でも、魔王や魔族と関わっている可能性は、ジクレイトの方が高そうです」
「そうね」
ミリーが同意。するとシアナはさらに話を進める。
「それで考えたんですけど、王様がこの二つの話題をセディ様に振った事……それ自体、何か思慮があると思えませんか?」
「……つまり、マヴァストに関しても魔族が関与していると言いたいのか?」
フィンが問うと、シアナは小さく頷いた。
「はい。セディ様の功績は王様も知っておいでのようですし、もしかすると話さなかっただけで、何か心当たりがあるのかもしれません」
「……確かに、王様が言う以上、魔族と関わりのある案件なのかもしれない」
今度は俺が同意した。シアナが口を開いたので、乗っかることにしたのだ。
「そう仮定するなら、重要性という観点でどちらに行くかというのは考えられないな……どっちにしろ、両方とも気になるのは確かだ。マヴァストの件が解決したら、ジクレイトへ行ってもいいかもしれない」
「あ、セディ。そういうことなら一つ案があるんだけど」
今度はミリーが手を上げた。俺は彼女に顔を向け、言葉を待つ。
「せっかく大人数いるんだからさ、別行動にしない?」
「は? 別行動?」
「丁度六人だし、三人ずつに分かれて調べましょうよ」
ミリーは至極真面目に言う。けれど俺は眉をひそめるしかない。まさか、二手に分かれるなんて案が出るとは思わなかった。
「ジクレイトの件は私達が行ってどうこうなるものだとは思えないけどさ……でもセディが関わった案件だし、情報収集はしておいた方が良いと思うの」
「そうかもしれないが……」
「分かれるのは、片方に行って長期間拘束される可能性もあるから。なら、分かれてそれぞれ行動する方が効率がいいはず」
――ミリーにしては、ずいぶんと思い切った提案。俺としては驚く他なかった。