二つの事象
結論としては、俺とカレン。そしてシアナが行くことになった。
あの場はひとまずミリーが仲裁して、事なきを得た。まあ軋轢が生じているので全面的な解決とはいかないのだけれど。
「二人とも、城に入ったら喧嘩はやめてくれよ」
右にカレン、左にシアナと並んだ状態で俺は言う。シアナは「はい」と明瞭に答えるのだが、カレンは口を堅く結び彼女を睨む。
「……カレン」
一応注意してみるのだが、表情は変わらない。
「……あのー」
今度はシアナの言。矛先はカレン。大丈夫だろうか。
「よろしくお願いします……カレン様」
「気安く名前を呼ばないで」
言って、そっぽを向くカレン。これは重症だな。
「シアナ、ごめん」
代わりに俺が謝る。シアナは平気なのか「大丈夫ですよ」と答えたのだが、
「兄さんが謝る必要はない」
カレンからさらに声……口調、戻っていないな。
「カレン、頼むからその態度は城で見せないでくれよ」
「わかってるよ」
口を尖らせカレンは答える。これは、しばらく治りそうにないな。
「……すいません」
途端、シアナが謝る。まあ一部分彼女がやってしまった面もあるのだが……退くことはできなかったわけだし、非難することもできないな。
とりあえず一つ明瞭なのは、早速問題が発生してしまったということ。時間が経てば解決するかもしれないが、それがいつになるのか――
考える間に、城へ到達する。外壁と同様白く染められた城門を見ながら、俺は今一度左右を見回す。
「二人とも、気を引き締めてくれ」
「はい」
「うん」
シアナとカレンが返事をした後、俺は門近くにいる兵士へ近寄りお礼を言いに来たと述べる。場合によっては時間を改めて……という旨まで伝えると、兵士は「お待ちください」と言って、連絡のため城内へ入っていく。
さて……王はおそらく魔族側から指示を受けているだろうから、中には入れてもらえるだろう。そこから任務を言い渡され俺達は旅に出る……長期戦になりそうだ。
シアナはこの辺りのことを理解しているのだろうか……とはいえカレンが警戒している以上、二人きりになって話をするのも難しいかもしれない――と、待て。
ふいにシアナへ目を向ける。それに気付いた彼女は小首を傾げたが……カレンがいる手前質問はできなかった。
よくよく考えると、俺はともかくシアナが行動を起こすのは問題が出るのでは……首謀者がどのような相手かわからないが、大いなる真実を知っている可能性がある。魔族として活動し始めた俺はともかく、シアナのことを知らないはずはないだろう。
ジクレイト王国の件など、短期間であれば露見する可能性は低いだろう。しかし、今回のように長期間……場合によっては大いなる真実を知らない魔族と遭遇する可能性もあるため、こちらが動いているのがバレるのでは――
「お待たせいたしました」
兵士からの声。向くと戻って来ていた。
「お入りください」
「……はい」
俺は疑問を飲み込みつつ、承諾。続いてカレンとシアナへ目配せをして、歩き出す。
中は外壁同様白い。なおかつ絨毯は薄い灰色で、壁面などと溶け込むような物。これでもかというくらい白を強調している。
道中、もう一度だけ二人を一瞥する。カレンは無表情。そしてシアナは城の内装に興味があるのか、やや視線を漂わせている。シアナに対しては謁見中は動かないでくれよと心の中で呟きつつ、俺は玉座への道を歩んだ。
「……私としては、当然のことをしたまでだ」
そして謁見に入り、礼を述べると王からそのように告げられた。
王は赤い法衣と白ひげ、王冠と典型的なまでの王様。その中で俺達は礼を示した後、彼の言葉により立って話をしている。
「ジクレイトの話も遅まきながら昨日、知った。そなたを失うことは我ら人間にとっても大きな損失だろう。助けに入って当然だ」
「ありがとうございます」
頭を下げ、はっきりと礼を示す。
「しかし、私としては今回皆様方にご迷惑を掛けたのも事実……つきましては、何かしら問題があれば、助力になりたいと思います」
俺は話を向けてみる。勇者として返し方としてはアリだし、カレンに疑われるようなこともないだろう。
「ふむ、そうか……」
と、王は右手であごのひげを触りながら口を開く。
「そうだな……この国で現状さしたる問題は無い。はこびる魔族も、そなたが倒してしまったわけだからな……とはいえ、私の耳に二つほどよからぬ噂が入っている。もしそなたが何かしたいと申すなら、民のためそちらに注力してもらえないだろうか」
「はい」
頷く俺。そこでふと右方向――カレンの立つ場所から視線を感じた。きっと不安を感じたのだろう。しかし、言ってしまった以上引っ込めるわけにもいかない。彼女も否定的な意見を出すことができず、無言に徹している。
「二つ、とはどのような?」
「一つはそなたがいたジクレイト王国の話だ。事件以後、どうやら女王が色々と騎士を動かしているらしい」
「騎士が動いている……それ自体は、さほど問題というわけではないのでは?」
「城を守護する役割を持つ聖騎士が大々的に動いているとなると、何かあるとは思わないか?」
聖騎士――なるほど、それなら何かあるのかもしれない。きっとレナなんかも動いているだろう。ただ情報だけでは、前の事件と関連があるのかわからない。
「ジクレイトで起こった古竜の騒動と関係あるかどうかはわからんが……もしかすると、事件は終わっていないのかもしれんな」
王の言葉は重い……俺は小さく頷きつつ、二つ目を促した。
「それで、二つ目は?」
「うむ。ここより北に位置するマヴァスト王国の話だ」
マヴァスト――セリウス王国と共にジクレイトと同盟を組む小国だ。けれど大きく異なる点がある。それは、山脈を越えるための交通網が発達している点だ。
大陸は東西を中央の山脈が遮っており、交易なども非常に難しい。けれど例外と言える場所が、このマヴァスト王国だ。山越えできるような道が続く場所を領土に構えており、大変ではあるが馬車なども通行できるくらいで、東西を繋げる交易路となっている。
そのため非常に商業が盛んな国でもあり、小国ながら都市の規模も大きい――無論、問題もある。西側の厄介事を引き込む場合もある。
「知っているかと思うが……山脈を越えた西の諸国は、十年程前まで戦争を行っていた」
王は語る。それにこちらは小さく頷いた。
俺達のいる東側は、ある程度平穏が保たれている。対する西側は、小国が乱立し群雄割拠の様相を呈している。
「西側の国には、魔族の侵攻がやってきてもおかまいなしに戦っているような、ならず者の国家もある。当然マヴァストもそうした人間達を呼び寄せる。西側から見れば東側は非常に平和だ。ならず者にしてみれば、これ以上の獲物はない」
平和ボケしている人達を襲う、というわけだ。
「そして現在、マヴァストでは西側の者達が集まり、何か動きがあるらしい」
「何か、とは?」
「詳しくはわからない。一つ言えるのは、マヴァスト王国が非常に迷惑しているらしいこと……ここから、私達東側の人間にとって厄介事であると予想はできる」
なるほど……俺は「わかりました」と答え、
「ひとまず、どうするかは考えます。また決まり次第、ご報告を――」
「構わない。さらに言えばそなたに強制しているわけでもない……旅の都合もあるだろう。仲間達の考えもあるだろう。それらを考慮して、考えてくれ」
告げて、王は言葉を止めた。これで話は終了した。
そして俺達は玉座を出て、城の外へ。同時に大きく息を吸い、緊張を解く。
「さて……話を聞いた以上、どうする?」
俺は二人を一瞥して問い掛ける。カレンは神妙な顔つき。対するシアナは話すタイミングを窺っている雰囲気。
「私は、できれば兄さんにはゆっくりしてもらいたい」
先に発言したのはカレン。
「ゆっくり?」
「今まで魔族として活動していた以上、何が起こるかわからない。少し様子を見たいと思っていたし、何より休んでほしいと思っていたんだけど……」
「話を聞く限り、即魔族と戦闘することはなさそうだし、大丈夫じゃないか?」
楽観的な俺の意見に、カレンは口をつぐむ。
「ひとまずフィン達とも相談だな。現状俺は旅の目的もないわけだし、意見を聞いてみたい」
「……あの」
そこで、今度はシアナが声を発した。