勇者の復活
「……ん」
次に目を開けた時、まず見えたのは天幕。さらに耳には風の音が聞こえ、なおかつ寝かされているのを理解する。
「……えっと」
俺は見慣れない天幕を見ながらしばし思案し……頭が回転し始めると、計略のことを思い出す。
「とりあえず……予定通りかな」
そう呟き、上体を起こす。それにより掛かっていた毛布が胸の上から落ちた。感触的に下も毛布。その二つに挟まれて俺は眠っていたらしい。
毛布下の床を探ってみると、石でできていた。道の上である事実と天幕を張っていることから、門を抜けた先にある石畳の道のようだ。さすがに砦の中は危ないということで、こうした場所に寝かされたわけだ。
俺は眠気を振り払うように小さく首を振った後、ゆっくりと立ち上がった。
「装備は……」
確認したが、変わっていない。傍らに剣が置いてあったので、とりあえぞそれをベルトに差し……一つだけ変化に気付いた。親愛の儀によりシアナから受け取った指輪……本来擬態していたはずだが、それが元通りとなっている。
「元に戻った時解除されたのかな……前と違って大きな変化だから、カレン達が外してもよさそうなものだけど……俺が倒れて、気付かなかったのか?」
さらに呟きつつ、とりあえず他に異常がないかを確かめ……ふいに、外から声が聞こえた。
「で、どうする? 街まで戻るのか?」
「兄さんが目覚めてからにしましょう。騎士の皆さんと共に確認し、周囲に魔物はいませんから……多少はゆっくりできます」
フィンとカレンの声だった。会話でどういう状況なのか把握できた。
ファールンには、事前準備としてこの国――セリウス王国の王様と掛け合ってもらい、騎士団を派遣するよう依頼を行った。当然ながら王に今回の計画については話していない。王へは「勇者が砦に向かって来ている。対応はこちらで行うが、勇者達が怪我を負った時に備え、騎士団を派遣し援護してくれ」と伝えた。
これは俺が元に戻った後、眠っている間にどこか変な所に行ってしまわないようする意味合いもある。騎士団が来たとあらば、カレン達はセリウス王国の首都へ行くことになるだろう。
そしてファールンと協議し、首都でエーレから指示を貰うよう段取りを行った、はずだ。ここからは彼女がいない以上、実際に行って確認するしかない。
「作戦は順調だな……」
そう零した――瞬間、目の前の天幕が開いた。驚いた俺は固まってしまい、
カレンと目が合った。
「あ……」
咄嗟であったため声が出ない。まずいな、どうする――
考えた時、カレンが視線を変えないまま手で口元を覆う。そして瞳から涙を零し、
「――兄さん!」
声と共に、彼女は俺の胸に飛び込んできた。俺は対応に遅れ、彼女の行動に驚くしかない。
「カ、カレン……」
「良かった、です……本当に……」
そうして俺の胸に顔を埋めうわ言のように呟く。さらに両肩が僅かに震えているのがわかり……相当無理をしていたんだと、改めて認識する。
「カレン……その……」
対する俺は声が詰まる。どう言ったものかわからない。
「しばらく、そのままにしといてやってくれ」
今度はフィンの声。首を向けると、安堵の表情を浮かべる彼の姿があった。
「ようやく盛大に泣ける場所が見つかったみたいだからな」
「……フィン、俺は」
「何も言うなって。それに、顔を見ていればなんとなくわかる」
フィンは肩をすくめて、俺に尋ねる。
「記憶、あるんだな?」
「……ああ。今思えば熱に浮かされていたような感じだ」
「そうか。まあ戻れたんだから良しとしようぜ」
ずいぶん軽い口調……けれど、悩み抜いた末の言葉のような気がした。
その辺を追及しても良かったが、俺は別の話題を切り出すことにした。
「ミリーやレジウスさんはどうした?」
「外で騎士とやり取りしている。俺達のことを聞きつけたセリウス王国の騎士団が、駆けつけてくれたんだ。この天幕も彼らの物だ」
「そうか。礼を言わないと」
「その辺りは任せておけって。それじゃあ、俺はミリー達に目覚めたことを言ってくる」
「わかった。あ、フィン」
「ん、どうした?」
「飛び蹴りは覚悟しないといけないよな?」
なんとなく冗談っぽく問う。するとフィンは笑った。
「心配するなって。俺がフォローしといてやる」
陽気に返答すると、フィンは俺達に背を向け天幕を閉めた。
残された俺は、カレンに視線を送る。すると、上目遣いの彼女と視線が重なる。
「……あっ」
そこで我に返ったのか、カレンはすぐさま俺の体から離れた。
「す、すいません……起きたばかりだというのに」
さらに顔を真っ赤にして……なんとなくだが、シアナを思い出す。
「いや、大丈夫だよ。それよりカレン……ごめん」
俺は言って頭を下げようとした。けれどカレンは首を振る。
「いえ、兄さんが謝るようなことは一切ありません」
さらに流し足りなかった涙が瞳から出る。カレンはそれを袖で拭い、
「いつまでも、泣いてばかりではまずいですよね。兄さん、大丈夫ですか?」
「ああ……気分もかなりいいよ。カレンの魔法のおかげだな」
そう言って、俺は肩を軽く回す。
「二度目の魔法を受けた時、体に憑りついていた何かが剥がれた気がしたよ……きっと、あれが魔王の魔法だったのかも」
「そうですか……まだ注意をする必要はありますが、とりあえず大丈夫のようですね」
「ああ……それで、状況は?」
「あ、はい。説明します」
カレンは頷き、俺へ話し始めた。
「兄さんとの戦いが終わった後、騎士の方々がやって来ました。今は砦入口前に天幕を設置し、兄さんの介抱をしていたところです。おそらく、このままセリウス王国首都へ行くことになると思います」
「そうか……で、魔物は周囲にいないのか?」
「いません。兄さんが倒れた後、あの堕天使も姿を消しました」
「魔王へ、報告しに行ったんだろうな」
告げると――カレンは、神妙な顔つきで俺に問う。
「魔王を……見たんですか?」
あ、しまった。その辺の言い訳考えていなかった。
「ああ、そこなんだが……」
俺はどうにか言葉を紡いで間を持たす。とりあえず、怪しまれた様子は無い。
「実は……さっきから思い出そうとしているんだが、姿形がボヤけている」
「魔法か何かによって、記憶を封じられているといったところでしょうか」
「たぶんな……俺は魔王の城にいたはずなんだが、そうした記憶も靄がかかっているような感じだ」
とりあえず、こう言っておけば問題は出ないだろう。
「すまない。結局情報については収穫なしだ」
「兄さんが戻って来てくれただけで十分ですから」
にこやかに返すカレン。そして、
「あと、捕らわれていた人がいました。その人物を保護しましたよ」
「え、捕らわれた人?」
驚き聞き返す。それは予定外の内容だ。
「はい。砦の一角に牢屋があり、そこに一人」
……砦に来て色々と見回った時、そこに人はいなかった。ということは、派遣されてきた魔族だろう。
なるほど、そうやって理由をつけて旅に同行させる気か……理解すると、さらにカレンへ告げる。
「俺が魔族となっていた時、牢屋に誰かを入れた記憶もないな……その人と会わせてもらえるか?」
「わかりました。ではこちらに」
カレンは手で天幕の入口を示した。
俺達は外に出る。瞬間、太陽の光が降り注ぎ思わず手をかざす。
「あ、大丈夫ですか?」
心配して呼び掛けたカレンへ、俺は頷く。
「急に光が入っただけだ……今、時間的には朝?」
「あの戦いの後……翌日の、昼前ですね」
結構眠っていたらしい。俺は「わかった」と答えた後、目を慣れさせるために周囲を見てから……移動を再開した。
途中、向かってきた騎士とすれ違う。俺のことを見ると彼は小さく一礼し、横を通り過ぎた。
「彼らには、兄さんが新たな魔族と衝突していた、とだけ伝えてあります」
そこで、カレンの解説が入る。
「さすがに、魔族になっていましたとは言えませんし」
「無難だと思うよ。警戒をもたれたりするのもまずいだろう」
賛同した時、門の前に辿り着いた。そこにはミリーとレジウスがフィンと話をしている光景があった。
「ミリー」
俺は二人に近づき、ミリーの名を呼ぶ。彼女はすぐさま気付きこちらを一瞥し――安堵の息を漏らした。
「ようやく復活したわね、このトラブルメーカー」
「……それは無謀なことをする俺への嫌味か?」
「当然でしょ」
と、彼女は肩をすくめる。けれどそれ以上突っかかる様子は無い。良かった、飛び蹴りは食らわずに済みそうだ。
「復活したみたいだし、ようやく一段落ね」
「それはいいんだけどさ……カレンから聞いたんだが、牢屋に捕らわれていた人というのは?」
「その辺を歩き回っているわよ。結構元気みたいだし、問題なさそう」
と、そこへ後方から足音が聞こえた。
「あの人」
ミリーは俺の真後ろを指差す。反射的に振り返り、相手の姿を確認。
見覚えがあった。黒髪に黒い瞳。さらに身長は低く白いローブを着た女性……って、
「シアナ!?」
思わぬ出現に、俺は名を呼んでしまった。