訪れた決着
まばゆい光……魔法や感じ取れる魔力から、それは明らかに攻撃魔法ではない。浄化魔法か類のようだ。
「簡単な、消去法だよ」
フィンが言う。同時に床を蹴り、走った。
「お前を魔族にしたのだとしたら、どういう風に魔王がするか……十中八九、体の内に眠る魔力を変えているはずだ!」
語りながら接近し、俺と剣を合わせた。
なるほど、そうか――俺は神々の魔法具を身に着け戦っているが、魔王に従う行動を示している以上、身体的に変化はしていると仲間達は推測。どこが変わっているのかを勘案した結果、魔力が根源であると推測し、魔族の力を打ち消そうと考えたのか。
「カレン――やれ!」
剣を打ちあう中でフィンが叫ぶ。浄化の光である以上フィンには通用しない。だからこそカレンは遠慮なく魔法を解き放つことができる。
「――やあああっ!」
彼の声に応じるように、カレンは収束する白い光を俺に向け放った。光の塊とでもいうべきそれが俺とフィンを飲み込み、
視界を真っ白に染めた。
「……っ!」
俺は呻きつつ力を入れ、強引にフィンを弾き飛ばす。前すらまともに見えない状況となり上手く加減できず、吹き飛ばすような勢いとなってしまった。まあ、フィンのことだから大丈夫――思いながら、俺は光が収まるのを待つ。
当然ながら俺は人間である以上、こうした魔法は通用しない……一瞬エーレからもらった変化の魔法がなくなるのではないかと危惧したが、そうした感触もない。
なら、どうすれば……この魔法が直撃したら俺は元に戻っているということなのか。それとも、多少時間差があるのが正解なのか。
どのように対応するかで逡巡する。いや、待て。まずい、早く決断しないと――
考えている間に、魔法の効果が終了したしまった。光が消え、吹き飛ばされ尻餅をつくフィンと、魔法を放った構えのまま俺を見据えるカレンを目で捉えた。
「……終わり、のようだな」
そして俺は呟く。沈黙のままではまずいと判断したので、とりあえずそう告げた。
「通用、していないみたいだな」
フィンは言うと、ゆっくりと起き上がる。対するカレンは腕を下ろし、口の端をきゅっと結んだ。
「今のが、二人の作戦か?」
なおも演技として笑みを向けながら、俺は問う。二人は答えなかった。代わりに、厳しい顔を見せる。
食らってみれば拍子抜けもいいところだが、こちらが傷つかないようにと配慮している以上、仕方ないか。しかし、これでやりやすくなったのは事実。俺は頭に作戦を思い浮かべ……一瞬だけカレン達の奥を見た。
そこにはなおも交戦するファールンの姿。けれどこちらの視線を察したか、彼女は一瞬こちらを向いた。
その顔は明確に語っていた――いつでも大丈夫だと。
「それでは、終わりにしよう」
俺は怪しまれないようカレン達に続けて話す。対する二人は戦闘態勢に入る。
落ち着いて観察をしてみると、カレンはともかくフィンは体力が尽きているのではと察せられた。肩で息をして、疲れた顔を隠しきれていない。攻防の時間はほんの僅かだったのだが……きっと、俺を殺さないよう神経をすり減らして戦っていたのだろう。
「抵抗するのか? 特にフィン、そっちはもう限界じゃないのか?」
「……ああ、確かに」
指摘に対し、フィンはどこか自分の状況を楽しむかのように口を開く。
「けど、だからといって逃げるわけにもいかないからな」
「もとより、命は捨てているわけか」
俺はカレンに視線を送る。辛い顔をしていたが、それでも俺を真っ直ぐ見つめる。
「覚悟は、できているようだな」
「兄さん……申し訳、ありません」
言いながら、彼女は両手をかざす。
「もし今のが成功したなら……傷つけずに済んだのですが」
「くどいようだが……言っているだろう? 俺は正気だと」
やれやれといった仕草を示しつつ、俺は剣を構える。
「まあいい……二人の意志がどうであれ、俺のやることは一つしかない。この場にいる四人の首を、陛下に献上するだけだ」
刹那、俺は駆けた。目標はカレン。
「ちいっ!」
フィンがすかさず割って入る。けれど俺は構わず突き進み、同時に剣に魔力を加える。
刀身が輝き、横へ一閃する。対するフィンは防御した――が、衝撃までは殺せず後方に吹き飛び、倒れ込んだ。
「ぐっ!」
「フィンさん!」
カレンが叫んだ――同時に、俺は彼女へ一気に駆ける。フィンが飛ばされながら何事か叫び、後方にいるミリー達がファールンを押し返そうと奮闘する。
しかし仲間達が駆けつけるよりも早く、俺はカレンの首筋に剣を突きつけた。
「終わりだな」
「……兄さん」
両腕を突き出したまま、カレンは動かない。反応できない速度で一気に接近したつもりだったのだが、態度から考え、間に合ったとしても魔法は撃てなかっただろう。
「最後まで、俺を倒すような魔法は使わなかったな」
「……そう、ですね」
カレンは声を漏らした直後、瞳から涙を零す。
「結局、ここまで来て迷ってしまいました」
「一応訊くが、なぜ殺そうとしなかった?」
「……無理ですよ。兄さんを、殺すなんて」
力なく笑う。そして俺の姿をまぶたの裏に焼き付ける気か、じっと見据えた。
「殺意がないままここに来るとは……まあいい。どちらにせよ、これで終わりだ」
俺は無機質な声で告げ、剣を振り上げた。後方で起き上がろうとするフィンが叫び、ミリー達も何事か声を上げる。
力を込め、剣を振り下ろす。カレンは動かない。もしかすると、覚悟をしたのかもしれない。
そして――俺は、途中で剣を止めた。彼女の首筋に刃が触れる寸前で、動かなくなる。
「……何?」
同時に訝しげな声を漏らす――ここからは、俺の中にある演技力だけが頼みだ。
「なぜ……斬れない?」
俺は再度剣を振り上げる。カレンはなおも黙ったまま、腕を下ろし涙を零している。それを見ながら再度剣を振り、止める。
「ぐっ……!」
「兄、さん?」
それを見て、カレンは呟いた。その直後、
「……これは」
小さく呻いた。同時に、後方に一歩後ずさる。
「何だ……これは……?」
そんな風に呟きながら、俺は左手を顔にやる。
「これは……なぜ……」
「兄さん?」
カレンがもう一度呼ぶ。けれど答えず、もう一歩後方に足を向ける。
――無論のこと演技だ。というかこれ、オーバーリアクションじゃないだろうか。正直、演技により冷や汗が出始めた。
頃合いを見計らい元の姿に戻り、気絶したフリをするという計画だったのだが……果たしてこのまま戻って良いものなのか――
「カレン、魔法を!」
そこで、フィンが叫ぶ。口調から、好機だと悟ったのだとわかる。
「浄化の魔法は通用している! もう一押しだ! さっきのような威力は無くてもいい!」
「……わかり、ました!」
カレンはフィンの言葉に応じると、魔力を収束させ始めた。しめた――俺は内心思いながら一歩前に出る。
「させる、か……!」
剣を握り、カレンへ剣を放とうとする。しかし動作はひどく緩慢で、なおかつ苦しそうな表情を見せつける。
攻撃は俺の方が早い。けれどフィンが最後の力を振り絞り駆けている姿を見て、俺はカレンに剣を薙いだ。
「そうはいくか!」
フィンは間合いを詰め、渾身の一撃で俺の斬撃を弾く。そして精根尽き果てたか倒れ、
「浄化――せよ!」
カレンの魔法が発動した。よし、これなら……俺は左の指先に、カレン達にわからないよう静かに魔力を集める。
「おおおっ!」
浄化の光が来る寸前、俺は再度カレンに向かおうとした。けれど結局剣は放てず、カレンの魔法が俺へと直撃する。
瞬間、俺は魔族化を解除し、衣装を黒から青へと変えた。合わせて、膝から崩れ落ちるように体を揺らし、そのままうつ伏せとなって倒れ込む。
「兄さん!」
カレンが叫ぶ。同時に、俺は指先に収束させていた魔法を使用した。
使ったのは睡眠の魔法。対象者――この場合俺――を眠らせるだけの簡単な魔法だ。気絶したフリではすぐにわかってしまう。だからこの魔法を使い、実際に意識を飛ばすという算段だった。
魔法使用直後、まぶたが急速に重くなる。後のことはファールンに任せてあるので、たぶん大丈夫のはず。
意識が急速に深い闇へ沈み込んでいく。そこへ、遠くからこちらに駆け寄ると思しき足音が聞こえ――完全に、意識が途絶えた。