表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
7/428

言伝と正答

 翌日からは、情報収集という名目で全員自由行動とした。無論事情を知らない仲間達は警戒の色を強くする。


 それから数日。ひとまず何事も無い日常が俺達に訪れていた。


「敵の動き次第で出方が変わるな」


 仲間達との昼食の席で、俺の隣にいるフィンは言った。彼の言葉に、俺の前に座るカレンが同調するように首を縦に振る。


 俺の説明から――仲間にとってみれば、王は単なる操り人形であり、魔王が手を引いているという認識。通常ならば即座に王の洗脳を止めるべく動くのだが、背後に魔王の陰がある以上、迂闊に行動できないと結論付け、静観を決め込んでいる。


 全員が無言でいると、フィンは俺に話を向けてきた。


「セディ、ここの王様も用済みとなれば殺されるのか?」

「……わからないな」


 首を左右に振る。


 同時に王の言葉を思い出し、大いなる真実を知る観点から検証してみる――もしかすると、俺が真実を知ったことで処罰があるのかもしれない。

 だが魔王は魔物の管理を行い、世界の秩序を正していると王は語っていた。処罰があるとしても、死を与える程とは思えない。


 考えつつ、俺は仲間達に語る。無論、大いなる真実を基にしない話だ。


「問題は、街中で新たな敵が出現しないか、だな」

「刺客、ということか?」


 フィンの問いに俺は「そうだ」と答えると、今度は彼の前に座るミリーが口を開いた。


「一度襲撃に失敗している以上、前と同じようなやり方はしないと思うけど」

「だといいな」


 俺はミリーの意見に対し、淡々と応じた。


 そこでふと、大いなる真実に基づく魔王の行動を考える。大いなる真実によって魔王の行動に対する新たな解釈を得た。今まででも理屈で説明はできたが、大いなる真実ありきでも十分理由となっている。

 そもそも魔王が多数の軍勢を連れてきたからといって、急進的に攻めるようなことはしなかった。理由付けとしては、神々との衝突を避けるためとなっているが、そもそも世界の秩序管理を目的とするなら攻め込む必要などない。おそらく軍勢は、こちらが無理に行動を起こさないようにするための抑止力なのだろう。


 加えて、俺達が魔王の幹部と戦ってきた相手――特に最後の幹部であるベリウスは、戦いの最中「退け」と何度も言っていた。奴が俺達を見くびっていたという解釈も可能だが、こちらの能力を悟り、魔物討伐をさせるために殺さないようにしたと考えることもできる。

 反面、大いなる真実を知らない魔族は、勇者を容赦なく殺している。実際幹部討伐に向かい亡くなった勇者がいる以上、こちらもまた真実だ。


 様々な解釈が浮かんでは消える。その中で、俺は依頼の件を考慮し仲間達に話す。


「あと数日、様子を見よう。もしかすると魔王側はこちらの警戒を察知し、動きを中断している可能性がある」


 言いながら、やるべきことを胸中で整理する。

 今すべきことは、王の言った後任の幹部が現れるかどうかを注意すること。そして、言伝がきちんと届いているかどうか。その二つだ。


 提案すると、今度はミリーが声を上げた。


「わかった。それじゃあ私は、他に怪しい話がないか調べることにする」

「無理するなよ、ミリー」

「当然よ。あんたじゃあるまいし」


 ミリーは俺にウインクして見せた後、立ち上がり店を出て行く。


「兄さん。私は魔王討伐の準備をします」


 次にカレンが言葉を発する。俺は「ああ」と了承しつつ、言及する。


「カレン。何かあったらすぐに連絡を」

「はい。兄さんも気を付けて」


 カレンは言いながら一瞬、俺に心配するような視線を投げかけたが、それを振り切り店から出て行った。

 残ったのは俺とフィン。こちらが無言でいると、フィンが窺うように尋ねてくる。


「大丈夫か? ここ数日様子が変だが」

「……さすがに、気付いているか」

「ああ。当然、カレンやミリーも、な」


 さっぱりした口調で答えた。俺自身は隠しているつもりなのだが、バレバレらしい。


「王の所に赴いた時、何かあったんだろ?」

「それは俺が説明したので全部だよ。下手すれば魔王にも関わる話だ。嘘をつく理由は無いだろ?」

「それはそうだが」


 フィンは納得していない様子。まあ、当然だろう。

 だが俺は、話を中断し立ち上がる。


「俺も少しばかり調べてみる」

「わかった。気を付けろよ。俺もミリーとは別口で調べてみる」

「頼む」


 小さくと告げた後、外に出た。街は相変わらずの盛況っぷり。人々が笑い歩く姿がそこかしこで見受けられる。


 俺は人の流れに沿うように歩き出した。とはいえ、今は事後報告を待つような状態である以上、何もすることが無い。どうするか――考えながら歩いていると、後方から喚声が聞こえてきた。街の入口方向だ。


「何だろう?」


 立ち止まり振り向いた。大通りを一頭の馬が人をかき分け進んでくる。乗っているのは銀の鎧を着た騎士。馬や身なりから結構上の階級のようだ。


 馬は人ごみのため速度が遅い。そして、騎乗している騎士は進めないため焦っているように見えた。彼の表情を見て、俺はとある予感がした。即座に騎士の下に駆け寄る。


「すいません、何かありましたか?」


 近づいて問い掛けた。騎士はこちらを一瞥し――見覚えがあったのだろう。驚きの視線を返した。


「あなたは……! 良かった。あなたにもご報告せねばならないことが」

「どうしましたか?」


 返したところで、ここが白昼の大通りであるのに気付く。下手に会話をすれば噂が立ってしまうかもしれない。

 そう思った時、視界の端に何かが映った。


「――っ!」

「セディ殿?」


 俺の視線が別に向いたのを見て、騎士が尋ねる。だが咄嗟に答えられず――一度唾を飲み込んで、口を開いた。


「……ああ、すいません」


 前置きし、さらに一拍置いて騎士に告げる。


「ひとまず王にご報告を。俺に用件があるなら別途お願いします」

「わかりました」


 騎士は頷き、そのまま馬を進め始める。

 俺は彼とすれ違うように大通りを走り出す。視界の端によぎった何かは路地に消えていた。ひたすら足を動かし人影のあった場所に入ると、目的の相手が佇んでいた。


「お待ちしておりました」


 前に交戦した堕天使――それも、街で見かけた時の旅装姿。俺は少なからず警戒を抱きながら、相手に尋ねる。


「俺に、何か言うことがあるんだよな?」

「ご伝言です」


 事務的な口調で話す相手。だが、無機質というより俺にしかと伝えるため、緊張を帯びている風に見える。


「この度、新たに要塞の主に就任した方からの」


 やはりかと、俺は思った。先の騎士はベリウスを倒した要塞に、新たな魔族がやって来たことを報告する人間だったのだろう。


「大いなる真実、セディ様がお聞きになったと要塞の主は知り、驚愕しております。つきましては、あなた様とお話がしたいとのことです」

「……そっちから、水を向けてくるとは」


 俺は苦笑しながら呟いた。相手は間違いなく魔族。それも魔王に連なる幹部。そんな相手が俺と話がしたいと要求してくるなど、大いなる真実を知らなければ冗談だと笑い飛ばしていただろう。


「わかったが、一つ条件がいる」

「はい。なんなりと」

「当然俺達はあなた方を、討伐するために動く。仲間や討伐隊の処遇は……」

「それに関しては主も了承しております。必ず全員、無事に返すと」


 どこまで信用に置けたものかわからない。しかし、俺は相手に保証を確約させる手段がないのも事実。そこで念押しするように、相手に話す。


「俺はそっちを全面的に信用しているわけじゃない。こちらもできる限りの安全策を取らせてもらうが、いいか?」

「はい」


 丁寧な口調で返される。俺は頷き、堕天使は小さく一礼をして、足元に魔法陣を出現させた。


「要塞で、お待ちしております」


 そう言い残し、堕天使は消えた。


 俺は深く息を吐き、俯く。使者がああしてやって来た以上、王が嘘をついている可能性は低くなった。

 騙りをしている可能性は決してゼロではないが、そんなことを魔王と王が結託してやる理由が思い浮かばない。


「……戻るか」


 八百長同然の行為に対し、心に棘を刺すような痛みを覚えた。良心の呵責だろうか。だが、それは一体誰に対してのものなのか、すぐにに判らなかった。


 少しして、仲間達に対する感情だと気付く。魔王と隠れて話をしている。それは仲間を裏切っているような気がする――しかし魔王のやっている所業が、人々の平和を維持するためだとしたら、どう考えたらいいのだろう。


「……やめよう」


 声を発し、歩くことに集中する。今は考えても仕方が無い。むしろ魔王軍幹部と話ができるのであれば、それを聞き頭を整理し、結論を出せばいいはず。


 その後大通りを適当にウロウロして時間を潰した後、宿に戻る。すると先ほどの騎士が宿を訪ねていた。さらに仲間達も全員いて、神妙な面持ちで俺を出迎える。


「お待ちしておりました」


 騎士が言う。俺は椅子に座り騎士から事情を聞く――魔族から奪った要塞を再び占拠されたという、既にわかっていた話。


 俺は仲間の表情を窺う。フィンとミリーは憮然とした面持ち。そしてカレンは俺を心配するような眼差し。

 騎士に視線を戻すと、彼は険しい顔つきで話し始める。


「要塞には駐屯していた騎士や兵士がいましたが、全員が退却しております」

「被害は?」

「怪我人が少々……とはいえ、要塞を制圧するのが目的だったらしく、追撃はありませんでした」


 死者はいないらしい。王の言葉通りだ。


「わかりました。みんな――」

「わかってるさ」

「そっちを優先でしょ? セディ、私も準備に入るよ」

「兄さん、私も同意です」


 仲間達は呼び掛けに応じると、すぐさま行動を開始する。ミリーは外へ。フィンは二階に。騎士は俺達に一礼した後、足早に宿を去る。残されたのは、俺とカレン。


「新たな問題ですね。それほど相手はあの場所を重要視しているのでしょうか」

「……そうだな」


 相槌を打つ。とはいえこうして奪われた以上、俺達は向かわなければならないし、多くの人はそれを期待しているはずだ。


「準備が整い次第行こう。カレン、大丈夫か?」

「兄さんこそ。このところ心労が絶えないとお見受けします」

「王様が傀儡だったことに衝撃を受けただけさ……それを止めるためにも、戦わないと」


 その言葉に、カレンは力強く頷いた。


 俺の心の中ではまだ、様々な感情が駆け巡っている。だがそれを無理やり押し殺し、準備を始めようと決意した。






 それから数日後、俺達は要塞へと出発した。出陣の報告のため謁見した時、王はこちらを見定めるような視線を送っていた。俺はそれに何も応じず、城を出て討伐へ赴く。


 要塞までは馬で三日程度の距離。道中魔物や魔族に襲われることもなく進軍を続け――まさに辿り着こうとしていた。今は森を突き抜けるような道を行軍している。ここを抜ければ目的地は目と鼻の先だ。

 同行するのは仲間の他、急遽選抜された国の兵士や騎士。そして魔法具を使用する――魔法使い達。総勢百人を超える部隊。その中には以前要塞を攻略した騎士や兵士の姿もある。経験者という観点から見れば、精鋭と言えるかもしれない。


「とはいえ、実質戦うのは俺達だろうな」


 俺は馬上で呟く。


 ベリウスと交戦した時を思い起こせば、騎士や兵士達は魔物達を食い止めるだけで、ベリウス本人とは俺や仲間達で戦っている。兵士や騎士は女神の力を持った装備を持っていない以上、やむなしだろう。

 そこで、俺は大いなる真実を頭に浮かべる。


「……そういえば」


 以前の戦いを思い返す。


 勇者の加護――以前の戦いも犠牲者は出なかった。もし魔王の幹部で大いなる真実を知っている場合、彼らは極力人間を犠牲にせず戦うのかもしれない。つまるところ、俺が幹部を倒す予定外があったとはいえ、実際は兵士や騎士に対しては相当の加減がされていたと考えられる。

 そこまで思案した時、徒労に近い感情を覚えた。なぜ戦っているのか――本来なら怒りに身を任せてもいい状況。しかし、不思議と湧かなかった。


「大丈夫?」


 様子を見ていたのか、隣で騎乗するミリーが声を掛けてくる。俺は頭をかきながら、彼女へ答えた。


「そっちこそ、どうなんだ?」

「絶好調よ」


 ミリーは笑顔で快調をアピールした。


「それなら何よりだ。前衛任せてもいいか?」

「セディがやれと言うならやるけど? 戦法とかは考えているの?」

「戦法?」

「前は敵の戦力なんかも情報として掴んでいたから、作戦を立てられたけど」

「……そうだな」


 俺は騎士や兵士の様子を見やる。人数は前要塞を攻めた時と比べ少ない。さらに今回敵の情報は無い。大いなる真実を知らなければ、不安要素ばかりの戦いだ。


 だが街で出会った堕天使の話が通っていれば、どういう攻撃を仕掛けようと魔族はこちらに死者を出さないよう行動するはず。ならば正面から突入しても大丈夫だろう――そう最初考えた。


 いや、待て――そこで自分が大いなる真実という、疑念を抱く話を根拠にしている点に気付く。魔族や王が騙りをしている可能性もゼロとは言えない。最悪俺を殺すために、策謀を巡らしているかもしれない。ここは本腰を入れて要塞攻略をするべきだと判断し、ミリーに口を開く。


「敵だって城に入ってまだ数日しか経過していない。こちらを迎え撃つ準備も整えていないだろう。そこを突く」

「でも、戦力は相手の方が上だと思うけど?」

「そうだな。だとすれば、前と同じように短期決戦で行くしかない。長期戦に持ち込まれれば、戦力の少ない俺達の方が早く疲弊する」


 提言にミリーはしぶしぶといった雰囲気で頷いた。他に何か策があるわけでもないが、全面的に賛同する気配も無い。俺自身もベストな選択ではないと感じているが。


「でも、セディ。このまま特攻しても勝ち目がないと思うけど、どうするの?」

「前と同じルートで城壁を越え、敵を叩こう。俺やカレンがいれば、魔物は容易に迎撃できるし問題ないはずだ」

「前と同じか……ま、あまり選択肢も無いし、贅沢言っていられないか」


 ミリーは前を向いた。直後風が吹き抜け――森を抜けた。丘の上であり、目指すべき存在が見下ろす形ではっきりと見える。


 正面には厚い城壁に囲まれ、鎮座する要塞。その要塞の背後と右手には鋭い頂を持った山がある。進んできた森は丘の上から、要塞を避けるように左右に広がっている。要塞の前方は草もあまり生えていない荒野。だが要塞の右側だけは、俺達が右手に見てきた森が山に沿うように続いている。

 一見すると見晴らしの良い場所だが、物々しい要塞という存在が、否が応でも緊迫感を与えてくる。


「いよいよか……前と比べて緊張の度合いは少ないけど」


 ミリーは肩を回しながら言う。俺はそんな彼女を少し咎めた。


「ミリー、気を引き締めろよ」

「わかってる」


 俺達は馬を降りる――同時に、要塞の入口が開いた。


 こちらの進軍を察知したか、入口から魔物達が多数出現する。俺達を倍するくらいの身長を誇る巨人や、双頭の狼。さらにはコウモリの翼を持った空飛ぶ悪魔など、多種多様な魔物が目に入る。

 俺はじっと魔物を見据える。フォシン王によれば、魔物は魔王とは無関係に生み出される存在――いや、さすがに自分の要塞の守護くらいは個々に生み出しているだろう。そう考えるとあれらは全部制御できている、と考えてもよさそうだ。


 兵士や騎士がにわかに警戒を始める。魔物達はこちらを威嚇するだけなのか、進もうとはせず待ち構えている。周りの騎士や他の仲間達から見れば、ずいぶん用心深い相手だと感じられるはずだ。

 魔物達の動向を見た後、俺は後ろを向く。カレンとフィンが馬を降り指示を待っていた。


「カレン」


 呼び掛けると、彼女は小さく頷き目を閉じる――

 カレンは魔法具により広域の気配探知ができるため、近辺に敵の気配はあるかどうか探るのだ。これは戦闘前常にしてきたこと。これをすることで、背後からの奇襲などを察知してきた。


「セディ、前みたいにどこぞの抜け穴から潜入するってことでいいの?」

「ああ」


 ミリーの確認に俺は頷いた。


 ベリウスとの戦いは、集めた情報から要塞の端に抜け穴があるとわかり、そこからの潜入を敢行していた。前の作戦は兵士達が門前で陽動を行い、俺達仲間とその他精鋭が要塞に侵入。そこから魔物を倒しながら門を開き、挟撃するというやり方。今回もそれを使わせてもらう。


「ひとまず、近くに魔物の気配はありません。抜け道も問題なさそうです」


 カレンが目を開き告げた。俺はすかさずフィンに指示を出す。


「フィン。前と同様騎士や魔法使いと連携して門を開城してくれ。俺は敵の数を減らすのに終始する」

「了解。無茶するなよ」

「しないよ。最後の敵と戦う力を温存しておかないといけないし」

「わかった。俺は先行しているぞ」


 フィンは戦闘準備を進めるため、騎士の下へ向かう。次に俺は残るミリーとカレンに声を発する。


「ミリーとカレンは、俺と一緒に魔物の殲滅を行う」

「わかりました」

「わかった。私も騎士さんと準備をしているから」


 ミリーは言うと、フィンとは異なる他の騎士へ呼び掛けを始めた。


 彼女やフィンの動きを眺めていると、俺は小さく息をついた。これからの戦いは、前とは大きく違う。どちらかというと、精神的な疲労が多い。

 具体的には言えないが、鬱屈した何かを心に抱いていた。この戦いは、勝利するためのものではない。どうにかして、幹部と話をするための戦い――


「兄さん」


 頭を巡らせていると、近くに控えていたカレンが口を開く。顔を向けると、不安を抱く瞳が俺を射抜いていた。


「どうした?」

「少し話が」


 態度を危惧したものだろうと予想はついた。黙ってまま、カレンの言葉を待つ。


「……兄さんは、色々と心の中に溜め込むことが多いですし、そうなれば話さないのはわかっていますから、何も言いません。ただ……」


 カレンは一度言葉を切った。俺は言わんとしていることを理解しながらも、無言のまま。


「多くの人の期待を一身に受けているのはわかります……けど、無茶はしないようにしてください」

「……大丈夫だよ。危険な真似はしない」


 カレンの言葉に笑って応じる。だがそれでも表情は変わらない。


「セディ」


 そこへ騎士と話をしていたミリーが、名を呼んだ。


「私とフィンは先に行く」

「わかった」


 了承すると、ミリーはフィンや騎士、さらに魔法使い数人を引き連れ森の中へ入った。ここから右手の森を進めば、山に沿う森の中を突っ切り要塞の横に辿り着く。これが以前の戦いでも利用した経路だ。


 俺はカレンに行こうと告げようとした。だが、彼女が不安を抱えたままの表情に、口が止まる。


「カレン……嫌な予感でもするのか?」


 尋ねても、俯き加減のまま答えない。再度問おうとした時、カレンは意を決したように話し始めた。


「兄さんが、すごく辛そうに見えたんです」

「俺が?」

「口を閉ざし、心労を抱いているようなご様子……調査のために城に入った以降です。きっと、ミリーさんやフィンさんも気付いておいでだと思いますが……」

「……そうだな」


 俺は同意した。カレンの瞳が悲しそうに揺れる。


「私にも、話せないようなことなんですか……?」


 純粋な疑問。兄妹である自分にも話せないのか――目で問いながら、不安そうに胸元を手で押さえ、言葉を待つ。


 ――何も言わなければ、決して追及されないだろう。


「……カレンが思っているような、厄介事ではないよ」


 けれど言った。きっとカレンは、理由がなければ納得はしないと思ったからだ。そんな取り繕うような考えに対して自己嫌悪に陥りそうになり――それも隠し、話す。


「実を言うと……魔法具の存在は、部屋へ入る前に気付いたんだ。でも、俺は真相を暴くことに固執してしまい王の部屋に踏み込んだ。それが結果として、幹部の出現を招いてしまったと……俺は考えている」

「そんな……」


 カレンは首を振った。だが、俺は構わず続ける。


「どちらにせよ、俺が原因で状況が悪化したと言える。けど静観したままだったら、また襲われる可能性があった。どっちが正解だったのか、俺にはわからなくなってさ」

「兄さんは……間違っていません」


 確信を込めた言葉で、カレンは言う。


 俺はもしかすると、そう言って欲しかったのかもしれない――もし、俺が操られていた王を殺してしまったとしても、魔族と手を組んだ相手を打ち倒したと、不可抗力だと肯定するかもしれない。


 ならば大いなる真実を知った時、仲間はどう考えるのだろうか。魔王を倒せば世界が混乱するとしたら――それでも魔王を倒すという所業を肯定してくれるかもしれない。あるいは魔王を倒した名声を利用し、魔王に変わる何かを生み出せるかも――そんな風に、言ったかもしれない。


 けど、俺は無理だと心の中で断定した。自分が世界そのものを管理するなどという真似が、到底できるとは思えない。自分は魔王に成り代わるようなことなどできない。ならば、魔王を倒すのは正しいのだろうか。混沌を呼び込むとわかっていながら討伐しようとするのは、間違っているのではないか。


「なあ、カレン」


 思案の中、気付けばカレンに尋ねていた。


「もし間違った選択をした場合、俺は今までどうしていた?」


 その問いに、カレンは首を傾げた。


「間違った選択、ですか。私が思うに……兄さんは誤った道を歩んできたとは思えないのですが……」

「……そうか」


 カレンの答えに不安を覚えた。カレンは魔族や魔王との戦いで、俺の出した答えは間違っていないと考えているようだ。きっとミリーやフィンに聞いても同じだろう。


 だが今、岐路に立たされている。完全な間違いかもしれない魔王討伐という所業。それを成すべきかどうか。


「……兄さん」


 カレンが声を上げる。こちらの沈黙に耐え切れなかったのだろう。


「いや、ごめん。少し不安になったんだ。別に、今回だけの話じゃないよ」


 俺は誤魔化すように返答すると、改めて話す。


「カレン。もし戦いが終わったら、また話をしよう。俺もまだ、明確な結論が出ていないんだ」

「……はい」


 同意の言葉を聞くと、俺は無言で歩き始める。カレンはその後ろを追随し始める。


 先行するミリー達に追いつくため、要塞を横目に森へ入った。少しすると、進んでいるミリーが見えた。彼女はこちらに気付くと、小さく手招きをする。


「話は終わった?」


 近づくと、彼女は俺に尋ねた。


「ああ。悪いな」

「そういうグダグダした思考をもうちょっと直しなさいよ。ま、詮索されるのは嫌でしょうから私は何も言わないけど」

「私は、兄さんが道を踏み外しそうになった時だけ、諌めることにしていますし」


 カレンがミリーに合わせて告げる。俺は苦笑した。


 結局、無理に追及しようとする人間はいないというわけだ。なんだか否定的な言い方だが、今までそうやって来たし、もし何も知らなければずっとそうだったはず。その状態で魔王を、倒していたかもしれない。

 しかし、前提がひっくり返れば受ける言葉も大きく変わる。今まで正しいと信じてきたことが突然変わってしまったら、どう考えればいいのだろうか――


「……やめるか」


 誰に聞こえるわけでもない声量で呟き、思案をやめた。全ては新たな魔王軍幹部と出会ってから――そう結論付けて、城へ進む。


 やがて、遠い所から風に乗って喚声が聞こえてきた。次いで爆音や獣の咆哮が生じる。陽動側の戦いが始まったようだ。


「急がないと」


 呟いた時、森を抜け目的地に着いた。人がかろうじて二人通り抜けられる程度の、要塞にとってみれば非常に小さい亀裂が正面にある。これが以前使用していた抜け道だ。


 そこには先行していたフィンと、騎士や魔法使いがいた。


「セディ」

 フィンから呼ばれる。俺が首を向けると彼が口を開いた。


「指示通り動く……が、やばそうだったら引き返せよ」

「言われなくてもそうするさ」


 俺の言葉にフィンは笑うと、先に潜入する。続いて騎士や魔法使いが入り込む。残ったのは俺とミリー、そしてカレンだけ。しばし留まっていると城内から魔物の雄叫びが聞こえてきた。こちらも始まった。


「行こう」


 俺は言い、剣を抜く。ここからが本番――今までとは大きく異なる複雑な感情を胸に秘め、亀裂へ入り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ