元に戻すために
仲間達がいよいよ、というところでエーレから連絡が来た。今度はシアナを介してではなく、彼女から直接だ。
「そっちからでも連絡できたんだな」
『ああ。報告に使う魔法具の詳細はこちらも把握しているからな。それを利用すればこういうこともできる』
「そうなのか。けど、そっちから連絡するのは危険なんじゃないのか? もし俺の近くに人がいたら……」
『ファールンが連絡を寄越してきたため、あなたの傍に誰もいないことは了承済みだ。事情はある程度ファールンから聞いている……辛いか?』
どうやら俺のことを慮って連絡したらしい。どこか悲しそうな瞳を向け、俺へさらに言う。
『本来は、大いなる真実が露見しうる可能性は排除しておきたい。しかし、重大な事件が発生し、なおかつ頼める魔族もいないため、セディに頼るしかない』
「エーレが気に病む部分じゃないさ」
彼女に対し、俺はしっかりと答えた。
「それにこれは作戦だからな……きちんとやるさ。後は、合流してからバレないよう、今以上に気をつけるよ」
『そうか……だからといって神経を使い続けるのはよくないぞ』
「わかっているさ。ところで、シアナはどうした?」
『現在他に仕事をさせている。あなたのことも心配していた』
「問題ないと伝えておいてくれ」
『了解した』
答えると――ふいに、エーレは笑った。
『セディ、城に戻ってきたらお茶でもしよう』
「お、労ってくれるのか?」
『ああ……仲間と行動する以上、長期任務になるだろう。もし戻れば、少しばかり休みも与える』
「ずいぶん優しいな。何かあったのか?」
『失敬だな』
問いに対し、エーレは不服そうに言い募る。
『同士として動いてくれていることを感謝しているだけだ』
「……俺は弟子入りしたつもりなんだけどさ」
『私としては、同士だ』
他の魔族が聞いたら飛び上がりそうな発言だ。とはいえ、信頼してくれているのはわかる……結構嬉しい。
『それに、シアナもあなたのことが気に入っているからな。ずっと離れたままにしておくと、忘れられそうだ。気を付けるべきだな』
「……えっと」
その点については非常に返答しづらい。困った顔を示すと、エーレは破顔した。
『ああ、すまない。別に茶化しているわけでは――』
言い掛けた時、突如エーレは笑いを収め、何かを思いついたような顔をした。
『そうか……その手があったか』
「ん? どうした?」
『いや、こっちの話だ。ではセディ。作戦の成功を祈っている』
「ああ、わかった――」
言って、俺は作戦後どのように動くか指示を仰ごうとした。けれどエーレは手を振り、空間が正常に戻ってしまった。
「……遅かったか」
呟きつつ、どうしようか考える。ついでに、最後思いついた顔をしていたのも気になる。
「まあ……いいか」
エーレのことだし心配はいらないだろう。そんな風に思いつつ、俺は一度伸びをした。
その時、部屋にファールンがやって来る。
「セディ様。お仲間が砦に到達しました」
「ん、そうか……門辺りで戦っているのか?」
「はい。鉄門は開いているので、彼らは直に城内へ入るでしょう」
「わかった。それじゃあ予定通り城内に敵は出さないようにして、玉座に入れてくれ」
「了解いたしました」
ファールンは頷き、短距離転移で消えた。
「よし、準備するか」
俺は言いながら傍らに置いてある剣を手に取る。準備、といってもそれほど多くない。装備の確認と、これから行う作戦について再度振り返るくらいだ。
ただ、ここからが重要……絶対に演技をしているとバレてはならない。
考えると、体に力が入る。何しろ作戦のために戦う相手は気心の知れた仲間達。玉座で俺を戻そうと一挙手一投足を観察するだろう。その中で、毛ほども違和感を与えてはならない。
「正念場というやつか……」
呟きつつ、変な戦いだと改めて思う。戦いに勝つのではなく、バレないよう仲間の所へ戻る、というのはずいぶんと奇妙だし、さらに神経を使う。
「けど、これが終わればとりあえず楽できるかな……」
少なくとも精神的負担は減りそうだ。それに、仲間達とまた旅ができるというのも、悪い気はしない。
思うと自然に頬が緩む――と、いけない。すぐさま思い直し、一度両頬を叩いて気合を入れた。
「こういう顔は今回の作戦が終わってからだ……行くぞ」
自分に言い聞かせるよう言って、俺は部屋を後にした。
そして――いよいよ玉座にカレン達が訪れる。
「待っていたよ」
玉座に座り、表情を作りながら扉を開けたカレン達へ告げる。先頭で入って来たのはフィンで、俺に対し苦笑を見せた。
「……ずいぶんと、似合っているじゃないか」
「俺も魔族としての威厳が出始めたということか?」
「嬉しそうだな」
「これで、より陛下に気に入ってもらえるだろうからな」
返答に、フィンは顔をしかめる。同時に静かにため息をつき、中へと入る。
遅れてレジウス、カレン、ミリーと続く。その誰もが固い表情を示し、それでいて俺を真っ直ぐ見据えている。
「覚悟はある、というわけだな」
ゆっくりと――俺は玉座から立ち上がる。そして立てかけてあった剣を手に取り、鞘から抜き、構える。
「陛下は言っていたよ。もし仲間が来たなら、殺せと」
俺の言葉に、誰もが沈黙し言葉を待つ。
「そして過去を断ち切り、忠誠を誓えと言っていた……それが早くも到来して、幸運だとさえ思っている」
「減らず口はそれだけか」
フィンが言う。悲哀はない。俺に対し、憤怒の表情だけを見せている。
「後悔させてやるぜ」
「できるものならな……来い!」
叫んだ瞬間――フィン達の背後、扉の前にファールンが出現した。カレン達はそれにすぐさま反応し、散開する。
「決着をつけるぞ!」
俺はファールンに叫んだ瞬間、彼女の黒炎が玉座への道を貫く。しかし左右に逃れたカレン達は無傷で避け――レジウスが叫ぶ。
「手筈通りに行くぞ!」
「ええ!」
彼の言葉にミリーが反応し、ファールンへ斬りかかった。同時にレジウスも軸足を彼女へ移す。
加え、こちらにはフィンとカレンが向かい始めた。なるほど、ファールンの存在があった以上、二手に分かれて戦う算段を立てていたのか。
二人の内、フィンを先頭にして走る……最中、カレンが告げる。
「兄さん! 絶対に――元に戻します!」
「やれるものならな! 来い!」
俺はカレンの言葉に応えると階段を一足飛びで駆け下り、真正面から突撃するフィンに対し剣を薙いだ。
彼はそれをからくも受け流す。けれど威力を殺しきれなかったか苦悶の表情を浮かべ、数歩後退した。
「ちっ! やっぱ力は上か……」
「元々俺の方が上だろ。無理するな」
「言ってろよ!」
フィンは叫び、再び切り込む。対するカレンは俺達と距離を取って立ち止まる。俺は笑みを浮かべながらカレンに視線を送ると、ほんの僅かに悲しそうな顔を見せ……すぐに表情を戻した。
同時にフィンの剣を弾く。突撃していながら、隙が生じないよう動いているのがわかる。カウンターを狙っているのか……それとも、フィンが俺を食い止める役目を担い、動かないカレンが何かやるのか。
ここからは、作戦の読み合いとなってくる。俺を元に戻すというのが前提ならば、必ずカレン達は作戦を組んでいるはず。そこを上手く利用して元に戻る、というやり方もできなくはない。
要は相手の計に乗っかる――口で言うのは簡単だが、それを違和感ないようにするというのは、かなり大変だ。
できればとっかかりでもつかめればいいんだが……心を乱してボロを出させるか? いや、理性を取り戻したカレンの所業だ。隙は決して見せないだろう。
そんなものを期待できる程、生易しい相手じゃない。
「おらっ!」
自らを鼓舞するように叫びながら、フィンはなおも突撃する。カレンはまだ来ない。俺は必死に笑みを作りながら、フィンの剣を受けた。
当然ながら、フィンも必死だ。けれどその瞳にはカレンを信頼し、俺を元に戻そうとする意志が窺える。けれど、フィンが何か仕掛けを施すとは思えない……ここは時間を稼いでいると見てよさそうだ。
「やあっ!」
今度はミリーの声。視線を移すと彼女がファールンへ横薙ぎを決めている光景。けれどファールンは上手くいなし、僅かに後退する。
大丈夫そうだ……思いつつ、俺はフィンの剣を防ぐ。正直、表情を変えないままいるのがしんどくなってきた。
さらに相手の手を待つのは精神的に疲労する……そんな風に考えた時、カレンが動いた。目を閉じ、魔法具に魔力を収束させ始める。
相当精神を集中させ、魔法具に魔力を集めている。あのカレンがここまでのことをしないといけないレベルの魔法――
「気になっているみたいだな!」
フィンの声。俺はすかさず視線を戻し、放たれた斬撃を防ぐ。
「普段のカレンじゃないからな……何をするつもりだ?」
「話すかよ!」
フィンは叫びながら追撃。こちらはそれを余裕で弾くと、反撃しようと動く。
「ちっ! 深追いは厳禁か!」
彼はすぐさま後退。そしてカレンを庇うように立ち、剣を構え直し俺を睨みつける。
「この上なく厄介だな……お前の魔法具は」
「魔法具が無ければ、俺に勝てるとでも言いたげだな」
「技量は俺の方が上……とは、言えないな。以前決闘して、決着はつかなかったな」
「ならここで雌雄を決すればいい」
「いや、それは……お前が元に戻った時のためにとっておくさ!」
叫び、なおも俺に攻撃。首筋には汗が噴き出て、肉体的に限界が近いことを俺は肌で感じ取ることができた。
長期戦ではなく、短期決戦の構えらしい……もしカレンの魔法が通用しなければどうするのか気になったが、フィンはそういう心情を飲み込み、彼女を信じ俺と戦っているようだ。
「――おおおっ!」
気を奮い立たせ、フィンは一閃する。一目見て、今まで以上に鋭く重い一撃だと理解できた。
防ぐか、それとも避けるか――考える中で体は勝手に動いた。その一撃を剣に衝突させ、動きを鈍らせた瞬間後方に跳ぶ。
「残念だったな」
俺は嘲笑に近い顔を示しながらフィンへ言う。しかし、
「ああ。けど、それで良かったのさ」
フィンは、笑った。時間稼ぎ完了――そういう顔。
「……ありがとうございます、フィンさん」
沈黙を守っていたカレンの声。俺はすぐさま彼女に視線を移し、問う。
「ようやく戦う気になったのか?」
俺は余裕を持たせた顔で尋ねる。すると、
「ええ……これで、終わりです!」
カレンは叫び、両腕を掲げた。
「浄化せよ――悠久の悪魔!」
言葉の直後――彼女の両手から溢れんばかりの白い光が生じた。