次の一手
「待て!」
俺が叫ぶ。途端、ファールンや悪魔達の動きが止まった。
「そうだな……せっかくカレン達が来たんだ。こんなところで決着をつけるのはもったいない」
「……ベリウス様?」
ファールンが問う。やや不満げな顔を伴い――無論、これも演技――首を向ける。
「退かれると?」
「そう口を尖らせるな。決着なら、存分に砦でつければいい」
俺はそう言うと、呆然とするレジウス達へ視線を移す。
その時、俺の聖炎が途切れた。途端に周囲は月明かりだけとなり、凛とした夜の空気が包み始める。
「ここからまっすぐ進めば、俺のいる砦へと辿り着く。そこで決着をつけよう。精々、元に戻す方法を探しておいてくれ」
発言した時、ファールンが横手に来た。するとレジウスが我に返ったようで慌てて俺に駆け寄ろうとする。
「ま、待て――!」
「それじゃあレジウスさん。砦で」
告げた瞬間、俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。瞬間光に包まれ――俺は、砦の玉座に舞い戻った。
「これで最初の戦いは終了ですね」
ファールンが淡々とした口調に戻る。俺は「そうだな」と短く呟いた後、彼女へ言った。
「ところで、あれだけノリノリなのはかなり無理しているのか?」
「……現在の性格が地だとはお伝えしたはずです」
ちょっとだけ憂鬱に彼女は言う。まあ、元々女王の側近を務めていた人だ。無理もない。
「ちなみにですが、上手くできていましたか?」
「ああ、大丈夫だよ。見知った俺でさえ、あれが演技だとは思えなかった」
「……結構、大変なんですけどね」
嘆息するファールン。けれどすぐ表情を戻し、俺へ尋ねる。
「ところでセディ様? 大丈夫でしたか?」
「え、大丈夫って?」
「体にずいぶんと力が入っているように見受けられます」
言われ、俺は気付く――剣を握る右手に、ずいぶんと力が入っている。
自覚すると共に、力を抜く。同時に先ほどの戦いが脳裏をよぎり、背中から嫌な汗が出てくる。
「……正直、かなり怖かった」
「でしょうね。仲間達と戦ったわけですし」
「けど、加減をしていたのはわかったし……少なくとも、殺されるようなことはないと思う。そこだけは安心してよさそうだな」
と、そこまで言った時一つだけ気になることがあった。
「……俺が元に戻る兆候くらい見せた方が良かったかな」
「兆候、ですか?」
「ああ。もう元には戻せないなんて思ったら、ここには来ないかもしれないだろ?」
「その辺りは問題ないと思いますよ。お仲間の雰囲気や、セディ様を見る眼差しからして……間違いなく、元に戻そうとしてここを訪れるでしょう」
「……そう、かな」
俺は呟きつつ、剣を鞘に収めた。そこで右手に痛みが走ったが……我慢だと思いつつ、これからの予定を思い出す。
「で、次からファールンに任せることになる。大丈夫か?」
「お任せください」
彼女は慇懃な礼を示し、俺へ応じる。
「戦況は、上手く作ってみせます」
「わかった。それじゃあ俺は少しだけ休むよ」
俺の言葉にファールンは再度頭を下げ――ふと、
「セディ様、本当に大丈夫ですか?」
確認の問いが来た。
「玉座で決戦することになるでしょうけど……」
「大丈夫だよ。心配ない。それに――」
と、俺は頭をかきながら言った。
「この戦いは悲しいものだけど……それを乗り越えれば、カレン達にとって良い未来が与えられる。そう思うと作戦を成功させないとって思う」
「そう、ですね」
「まあ、なんというか……最初からこんなことをしないのが一番良いんだろうけど……管理のためだ」
「ありがとうございます」
そこでファールンは礼を述べた。俺はそれに苦笑し「必要ないよ」と答え、
「何かあったら連絡してくれ」
言い残し、歩き出そうとする。
「あ、セディ様。一つだけ」
しかし、背後から彼女の声が聞こえた。
「こちらは準備を始めますから……、多少なりともお仲間の観察をお願いします。もし何か懸念事項があれば……ご報告を」
「わかった」
俺は彼女に背中を向けたまま頷き、改めて玉座を出た。
フラウの部屋に戻ると、一度息をつき魔法でカレン達の観察を始める。やはり覗き見みたいでいい気分はしない……けど、作戦だ。仕方ないと割り切る。
最初に見えたのは、座り込んでいるカレンと、それを介抱するミリーの姿。残るフィンとレジウスは辺りに視線を送り、警戒している。
「どうする? 一度戻るか?」
レジウスが一行に確認をする。けれど、カレン達は反応しない。
俺はカレンの態度が気になり、魔法を操作して彼女に接近。すると、肩を僅かに震わせ、俯き顔を覆う姿が目に入る。泣いている――
「……城に連絡して、討伐隊を組織してもらうか?」
さらにレジウスが問う。敵もわかったので、本来ならここで退却してもいい。しかし、
「レジウスさん。俺は先に進むべきだと思う」
反論をしたのは、フィンだった。
「セディが……魔族に変じてしまったことはショックだ。その状況をつぶさに報告して、緊急事態とし勇者を集めるのも一つの手だが、懸念がある」
「懸念?」
聞き返すレジウス。それにフィンは頷き、
「俺達とセディが接触したことは魔王にすぐ伝わるだろう。となれば、奴らはセディを引っ込めるかもしれない」
「しかし、セディは砦で待つと言ったぞ?」
「魔王がどんな判断をするかだが……一つ言えるのは、魔界に引っ込まれたらどうしようもないということだ。それに――」
と、フィンはカレンを一瞥した後さらに続ける。
「こちらの探査魔法の存在もバレたかもしれない……魔法具を外されてしまうか、何かしら処置されれば、魔界に逃げなくともどこにいるのかわからなくなる」
「ここで追わないと、居所が掴めなくなる可能性が高いと」
「そうだ……たぶん、城に戻って報告するような時間はないだろう」
「……砦に戻って、すぐという可能性もあるんじゃない?」
ミリーが声を出す。それにフィンは反応し肩をすくめた。
「そうかもしれないな。けど、セディがいる可能性も十分ある」
「……そうね。私もフィンの意見に賛成する」
同意して、ミリーは静かに立ち上がった。
「カレン。フィンの言った通りよ。ここでセディを追わないと……もう二度と会えなくなるかもしれない」
彼女の言葉に――カレンの動きが止んだ。同時に手を顔から外し、俺の目に泣き顔が見えた。
「……兄さんは、戻るでしょうか?」
「それは誰にもわからない。けれど、今行かないとその可能性はゼロになるかもしれない」
「……わかり、ました」
ローブの袖で涙を拭くと、カレンは立ち上がった。
「先に、進みます」
「よし、その調子」
ミリーは安堵したように声を上げ、今度はレジウスに顔を移す。
「レジウスさん。申し訳ないけど先導してもらえる?」
「いいだろう。お前達が行くと言うのなら、俺も従うまでだ」
――ここでもし引き上げるつもりなら、俺達は悪魔を使って追い立てる予定だった。けれど色々と推測を立てて、砦へ向かって来てくれるらしい。
ひとまず、玉座の決戦は確定だ……俺はカレン達を見据えながらファールンが行う次の一手を思い出す。散発的に魔物をけしかけ、行く手を阻む――思っていると、空間の奥から狼の遠吠えが聞こえた。魔物だろう。
「やはり、素直に進めるわけじゃないか」
レジウスは呟きながら剣を構えた。合わせてフィンも臨戦態勢に入る。
彼らにとっては苦労するレベルの相手ではないはず。ここに来るのも時間の問題だろう。
「カレン! 行くぞ!」
「……はい!」
レジウスの言葉に、カレンは明瞭に応じた。先ほどまでの態度は消え、俺を救うべく強い意志が宿っていた。
――正直、皆を騙しているようでなんだか申し訳ない気持ちになる。とはいえ、大いなる真実を仲間達に話すわけにはいかない以上、仕方ない。
同時に、あれだけ泣かせてしまったカレンに謝りたくなった。けれどそんな顔を出すわけにはいかない……これは、勇者として皆の所に戻る時までしまっておくことにしよう。
「ともかく、まずは目の前の戦いに集中だ」
今はしっかりと作戦を成功させなければならない。俺は余計な感情を捨て交戦を始めたカレン達を眺める。フィンとレジウスが襲い掛かる魔物を倒し、さらにカレンの魔法が悪魔を倒す。
兄さん、待っていて――そういう心の声が聞こえてきそうだった。俺は無意識の内に小さく頷き、仲間が戦う光景を眺め続けた。