仲間と師匠
「よく俺がここにいることがわかったな、カレン」
そうして俺は素顔を晒し、カレンへ告げた。
対する彼女は――うわ言にように、声を発する。
「……にい、さん」
「驚くのは無理もない。久しぶりだな、元気にしていたか?」
陽気に語って見せる俺。けれど内心は緊張の真っ只中。
「お前が来るとは予想外だったよ。ようやく目の上のたんこぶがいなくなったと思ったらこれだ。俺も運が無いな」
「……目の上の、たんこぶ?」
ミリーが告げる。顔は驚愕に満ちていたが、カレンよりは冷静さを保っているように見えた。
「ああ、そうだ。ここから先にある砦で俺は、魔族として活動していたんだよ。けれどやろうと思えば砦の主を叩き潰せた……陛下からの厳命でしなかったけど、イラついて仕方が無かった。結果的にそいつを別の勇者が倒してくれたおかげで砦の主になることができたが……結果が、これだ」
と、俺は肩をすくめてみせる。
――この説明で、もし仲間がロウ達と出会った時つじつまが合うはずだ。両者が遭遇する可能性は低いが、それでもやっておくべきことだった。
「……配下? 陛下? 何を、言っているの……?」
そしてミリーは尋ねる。言葉の意味を理解していない――いや、正確には理解していながら信じられないような気持ちなのかもしれない。
「そうだ、ミリー。陛下のために動くことこそが、今の俺にとって至上命題」
「その陛下ってのは、どこぞの国の王じゃないみたいだな」
フィンが重い声音で告げ剣を構える。戦闘態勢。一番最初に動揺から脱した。
「一応確認するが、どこのどいつだ?」
「訊かなくてもわかるだろ?」
挑発的に答えつつ、俺は四人へ告げた。
「俺にこうして力を与えて下さった……魔王、その方だ」
その言葉に――立ち直ったフィンは俺を睨みつける。
「セディ……お前、本気で言っているのか?」
「もちろんだ。ああ、それと一つ。訂正しておくべきことがある」
俺はヒュン、と一度素振りした後、言った。
「俺の名前はセディじゃない……陛下の重臣、ベリウスだ!」
言い放った直後、俺はフィンへ剣を振りかざした。
同時に魔力を解放する。カレン達からもらった魔法具を結集させ、なおかつシアナの魔法具を加えた一撃。
「フィン、退け!」
たまらずレジウスが叫ぶ。まともにぶつかりあっては勝てないと踏んだのだろう。
そのセリフが欲しくて俺は全力を出した。レジウスや冷静さを取り戻したフィンがいる以上無理に戦おうとしないはず……つまり、防戦に徹するだろうというのが俺の読みだった。
「ちっ!」
フィンは彼の進言に従い舌打ちしながら後退。同時にカレンの肩を掴み、未だ呆然とするその体を後方に移す。
「よりによって最悪の結末だったな……!」
その中レジウスは先頭に立ち叫ぶ。食い止める腹積もりのようだ。
「おい、フィン。動揺しているカレンとミリーを引き上げさせろ」
「え?」
「逃げろって言っているんだよ」
「ま、待ってください……」
焦点の定まらない瞳でカレンが掠れた声を上げる。
「兄さんを、助けないと……」
「アホか! 目の前にいるこいつが正気だと思っているのか!」
「正気だよ、レジウスさん」
叫び声に対し、俺は冷酷に応じる。
「レジウスさんの思い出も、全て胸の中にある……あんまり格好は変わってないな」
「言ってろよ……ともかく、フィン! さっさと引き上げろ!」
「させないさ」
と、俺は左腕をかざし、告げた。
「来たれ――煉獄の聖炎」
「なっ!?」
声に、誰もが驚く。その中で際立ったのはレジウスの声――同時に、俺達の周囲に金色の炎が生じ、円形に包む。
「神々の炎だが……カレン達にも効くように調整してある。これで逃げられない」
「お前……!」
レジウスが驚愕とも憤怒ともつかない表情を見せる。けれど、こちらは至極淡々に告げる。
「陛下に従っているにも関わらず、神々の魔法を使えることに驚いている様子だな……まあ、そうやって戦うことこそが、俺の役割だからな」
「なるほど……神々の加護を受けた勇者を魔王の配下とするわけか」
レジウスは怒りの表情を見せ、俺に言う。
「ここで決着をつけるというわけか?」
「もっと楽しもうじゃないか、と誘ってみるわけだよ。それに、こちらには皆と戦いたい者もいるし」
「戦いたい……?」
「そうだ――来い!」
と、告げた瞬間俺の横にズドン、という重い音が響いた。目を向けると、そこには――
「お前の出番だ。復讐したいとか言っていたな?」
「はい、ありがとうございます」
笑みを湛えた――無論、演技――のファールンがいた。
「あんた……!」
すぐさまミリーが気付く。ベリウス絡みの事件で現れたあの堕天使だと思い出したようだ。
「あの時はやむなく退却したそうだが、こいつの実力は折り紙つきだ」
「覚悟しなさい」
攻撃的な笑みを向けファールンは言う――正直、事情を知らなければ後ずさるくらいしたかもしれない迫力。
彼女の表情に、ミリー達は表情を硬くする。例外はカレン。今なお俺に信じられないような視線を向け、放心状態となっている。
「――カレン!」
見るに見かねたフィンが声を上げる。
「しっかりしろ! 逃げるぞ!」
フィンは叫ぶが、カレンは無反応。そこでミリーが彼女へ向き、
カレンの頬に平手が炸裂した。
表情が驚愕に変わりそうになった。けどぐっと耐え笑みを見せたままにする。
「思い切りがいいな、ミリー」
加えて茶化すように言った。けれどミリーは無視してカレンに叫ぶ。
「呆けるのもいい加減にしなさい! あいつをどうにかするにはあんたが頑張らないでどうするの!?」
その言葉に――カレンは一度息を呑み、やがて小さく頷いた。
「……わかり、ました」
全てを飲み込み、カレンの表情は元に戻る。そして俺へと視線を投げ、悲しそうな色を見せつつ、
「兄さん……」
「来る気になったか、カレン」
俺は軽く剣を素振りし、前方にいるレジウスを無視するよう彼女に声を掛けた。
「正直、カレンのことは心配していたよ……そして、会えばそうなるだろうと予想はついていた」
優しげな声に……カレンは目を僅かに細めた。途端に泣き出しそうになる――しかし、寸前でぐっと堪えた。
「兄さん……絶対に、戻してみせます」
「やれるものなら。それに繰り返すが、俺は正気だ――」
瞬間、レジウスが間合いを詰める。一歩で刺突が届くまでに到達し、刃の先端が俺へと迫った。
対するこちらは反応できた――しかし、剣の腹をファールンが横から弾く。
「厄介な堕天使だな……!」
「私はベリウス様をお守りするのが役目なので」
妖艶な笑みを向けつつファールンが応じる。きっと、危なくなったら援護するという意思表示だろう。
よし、とりあえずなんとななりそうだ……いくとしよう。
俺は剣に魔力を込め突撃を敢行。まずは正面のレジウス。膨大な魔力を収束させ向かっていく。
レジウスはそれに苦笑いを浮かべ――俺と距離を取る方向に軸足を移した。
「さすがにその力は受けられないな」
現状で、一番冷静なのは彼かもしれない。俺はすぐさま足を止め、レジウスを見据える。
「冷静だね」
「お前もそうだな、セディ。追撃してくれば返り討ちにしてやろうと思っていたんだが」
「仮にも師匠だからね。警戒くらいはするさ。それと、さっきも言ったけれど、俺の名前はベリウスだ」
「やれやれ……理性があるっていうのは、つくづく厄介だな――!」
吠え、レジウスは詰め寄る。俺は再度魔力を込め迎撃の構えを取る。
しかし今度は退かなかった。カレン達の動向を見て自分がやらなければならない――そんな風に判断したのだろう。
けれど、レジウス自身も完全に動揺は脱し切れていない。なぜなら――
「ふっ!」
僅かな呼吸と共に、レジウスは剣を振る。対する俺は正面から打ち合い――すかさず弾いた。
「ちっ!」
レジウスは舌打ちと共に再度薙ぐ。けれど、それもまた叩き落す。
――彼の剣もまた、精彩を欠いている。いつもなら正確無比な剣筋で圧倒するはずだ。
けれど、それをしない……というよりはできないのだろう。彼自身迷っている。カレンが言ったように、戻せるかもしれない――
俺としては、そうした手を緩めてくれること自体ありがたかった。生死の戦いとなればどう転ぶかわからない。けれど、こちらはファールンの援護もあるし、相手は殺そうとしない。作戦通り。
レジウスがさらに剣を放つ。魔力を研ぎ澄ませ、鋭く尖った剣閃を俺へと向ける。
確かに強力な一撃――しかし、容易く迎撃できる。
「手を抜いているみたいだけどさ……どうしたんだ?」
俺はレジウスに問う。すると心外だ、とでも言いたげにレジウスは俺を見た。
「何だと?」
「俺達の間には大きな力の差があるけど、レジウスさんはそれでも魔族を倒してきた。さらに俺の手の内は知り尽くしているはず。なら、俺の癖でも突いてさっさと仕留めればいいだろ?」
そう――そもそも俺の師匠であるからこそ、剣の腕は上だ。さらにこちらの剣技は全て彼仕込み……ここまで来れば、打ち崩せる手だって考え付くはず。
無論、そうしない理由はわかっているが、今一度確認しておく必要がある……こちらは、絶対に失敗できない作戦だから。
「それをしないのは、レジウスさんもカレンと同じように考えているというわけか?」
「……ああ、そうだな」
あっさりと認めるレジウス。俺に対し苦笑を向け、口を開く。
「それに……魔族になっちまおうが、お前は俺の弟子だ。しかも寝食を共にした時間はお前の養父よりも長い……息子同然のお前を、そう簡単に殺すことはできない」
――俺としては、非常に嬉しい言葉。
「戻せる、なんて可能性があるかどうかわからないが、まあできる限りのことはやらせてもらうぞ」
「どうぞ、ご勝手に」
その時、新たな悪魔が俺達の近くに飛来する。さらにファールンが好戦的な眼差しを向けながらフィン達へ迫ろうとする。
「覚悟!」
ファールンが吠える――これが、次の作戦に関する合図だった。