領主の辿る結末
「これで……終わりだな」
俺は今度こそ、という思いで彼に告げる。休息を欲する体をどうにか奮い立たせつつ剣を鞘に収め、睨みつけた。
「あんたの行為を白日の下に晒し、国に引き渡す……それで、全て終わりだ」
「……白日、か」
そこで、マザークは声を出した。こちらの言葉を吟味している様子。
さらには何か逡巡している……俺は散漫な意識をどうにか集中させ、マザークをしかと注目した。
「……そんなことをすれば、パメラのことも露見するだろうな」
やがて、彼は声を発する。俺はそれに眉をひそめた。
「何?」
「そして、パメラの力が周知されれば、間違いなくロウ君達と共に戦うことはできなくなるだろうな」
――その言葉で、俺は目の前の男の魂胆を理解し、はらわたが煮えくり返るような思いとなった。
俺は彼に対し断罪するよう求めている。しかしパメラを罰する気はない――その心理を突き、事実が広まればパメラもまた罪を背負うことになる。だから公表するな……そう言いたいに違いなかった。
どこまでも自分が助かろうと――俺は必死に怒りを抑え、なおも続ける。
「悪いが、隠し通すつもりはない」
「そうか」
マザークは笑みを浮かべた。そして懐から何かを探り、
短剣が、彼の手に姿を現した。
「っ……!」
「確かにあなたの言う通り終わり、だな」
マザークは告げた途端、短剣を自身の首筋に突き立てようとする。
「くっ!」
即座に俺は止めようと動き出す。しかし、今度こそ体は限界だった。
一歩進んだ時、完全に間に合わないと悟る――
「――最後は、こうなりましたか」
次の瞬間、聞き覚えのある声がした。同時に、マザークが手にしていた短剣の刃が砕けた。破片は飛び散らず下に落ち、
「なっ――!?」
突然の事態にマザークは驚愕。それは俺も同じであったが、彼の背後に人影を見出し、そちらへ意識が移る。
立っていたのは、アミリースだった。
「何だ……?」
マザークは呻き、刀身の消失した短剣を見る。続いて気配を察したか、それとも俺の視線に気付いたか、ゆっくりと振り返った。
「アミル、殿?」
「ええ」
彼女が答えた瞬間、部屋全体を取り巻く優しい魔力が生じた。それがアミリースの周囲から発生していると理解した時、俺は何をやろうとしているのか理解した。
「様子を窺っていたのですが……このような結末となって、大変残念です」
そして言葉と共に――服装や髪色が変化し始める。同時に魔力が神々しいものへ変わり、彼女は女神そのものとなった。
「な……?」
突然の出来事にマザークは驚く。けれど目の前にいる相手が何なのかはしかと理解したらしく、
「めが、み……?」
どこか上の空の様子で、呟いて見せた。
「ええ、名はアミリースと申します」
彼女はあっさりと自己紹介を行う。語っていいのかと俺は戸惑うが、アミリースは淡々と話を続ける。
「あなたの所業、しかと拝見させていただきました。そして、この戦いの結末を見て、一つの決断をあなたに下します」
「な、何を……」
マザークは何か予期しているのか――呻くように呟いた。
「め、女神よ、私は――」
「あなたには、しかるべき罰を与えます。それが、あなたが行なってきた所業による結果です」
そして次に発せられた言葉により、マザークの動きが止まった。
「私に関する一切の記憶と、この実験に関する記憶は全て忘却……あなたには今後、領主としての使命を全うしてもらいます」
アミリースはマザークをしかと見据え、決然と言った。
「それをこなすことがあなたのやることであり、罪を償う方法です」
「――お、お待ちください!」
途端に、マザークは声を上げた。それは間違いなく、神々に嫌われないようにする所作だった。
「わ、私は確かに力に溺れましたが、決してあなた方に背約する気など――」
「私達を裏切ること。それがあなたを罰する理由ではありません」
続いて発せられたアミリースの言葉に、マザークは二の句が継げられなくなった。
「ど、どういうことですか……?」
「私達は人間に信仰を求めてはいません……神々のためだからといって、何をしても良いなどというのは幻想であり、私達の望むところではない。そのことだけは、しかと記憶に留める必要がありますね」
アミリースは断じると、どこか悲しそうにマザークへ視線を送った。
「私達が罰するのは、あなたが秩序を乱す行為を行ったから。それが全てです」
「わ、私は――」
どうにか応えようとするマザーク。しかし、アミリースは意見を聞く必要がないと思ったのか両腕をかざした。
「これが、あなたの罰です――申し訳、ありません」
そうして次に聞こえたのは、彼女からの謝罪の言葉と柔らかで暖かい光。一瞬目を瞑ってしまうほどまぶしく、俺は腕をかざし視界を覆った。
やがて……まぶたの裏で光が収束していくのを確認すると――ゆっくりと目を開ける。
そこには倒れるマザークと、無念そうに目を伏せるアミリースの姿があった。
「……私達が本来出るべきことではないと思ったのだけれど」
「アミリース……」
俺は名を告げながらゆっくりと足を踏み出す。満身創痍の中彼女に近づき、尋ねた。
「一体、何を……?」
「魔法使いに関する記憶と、魔族に対する憎しみ……そういったことを封印したわ。後は少しばかり監視をして、様子を見ることにする」
「封印……か。魔法使いに関する情報はいいのか?」
「先ほどの魔法の間に多少なりとも探ったわ。けれど結局、彼の頭の中に情報は無かった……素性を調べるのは無理ね。後やれることとしては、資料を押収し調査することだけね」
アミリースは山と積まれた資料を見ながら語った。先ほどの攻防で喪失してしまった物もあるが……俺は納得し「わかった」と呟いた。
「それで……屋敷に戻るわけだけど、どうするんだ?」
「執事のザイレンさんに任せましょう。私がセリウス王国の密偵だと言って、この研究に関する記憶を消したとするのが妥当じゃないかしら」
「それがよさそうだが……問題起きないかな?」
「私がやったことだから、できる限りのフォローをするわ」
「そっか。なら安心だな」
俺はさらに納得した後、今度はパメラに目を向けた。
「で、彼女はどうする? 記憶を消すのか?」
「いえ、彼女は何も罪を犯していない……被害者だから何かをするつもりはない。けれど魔法具による魔力変化の対策は立てないといけないわ。天使の力を持っている以上、野放しにはできない」
「そっか……とりあえず、彼女を罰するとかはしないんだな」
「ええ。もちろんよ」
アミリースの返答に心底安堵した。と、同時に今度はマザークの処遇が気になる。
「なあ、アミリース……マザークの処遇だけど――」
「納得がいかない?」
「いや……神々としては天使の力を弄んだわけだろ? 罰するようなことはしないのか?」
「魔法具を渡している身なのに、天使の力を使っただけで罰するのも変な話じゃない?」
「……それもそうか」
「まあ、他にも理由はあるのだけど」
「理由?」
「ええ……もし今彼が消えたら、この村が大変なことになるでしょう? それは私達の世界を管理するという目的とは合致しないのよ」
そう告げるとアミリースは俺に解説を加えた。
「平たく言ってしまうと、大気中の魔力管理というのは秩序維持と似ているの。その場所が問題ないよう魔力量を維持する……それで、急激な人間の移動や混乱というのは、少なからず大気の魔力に影響を与えてしまう……急進的な変化をこちらは望んでいない。だから彼を罰することで許し、領主としての役目を全うしてもらう」
「なるほどな……まあ、落とし所としては無難か」
「セディからしたら、良い結末とは言えないかもしれないわね」
そう告げるアミリースに……俺は首を左右に振った。
「いや、神々の代表者としてアミリースが言うなら、回答としてはありだと思う」
「お、本当に? 私は異論があるのではと思っていたのだけれど」
「……もちろん、完全に理解しているというわけでもないよ。けれど、ここで正しい答えなんて見いだせないし……何より――」
と、俺は息をつきつつ、天井を見上げた。
「俺はまだ、人間的な考え方しかできていない。管理手法を学んでいて、人間にとって正しいことが世界にとって正しいというわけじゃないのは理解しているし……今後、管理手法の参考にさせてもらうに留めるよ」
「そう。そこまで達観しているのなら、合格ね」
「……ん?」
彼女の言葉に、俺は眉をひそめた。
「合格って?」
訊いた瞬間、アミリースは満面の笑みを浮かべた。
それを見た瞬間、限りない嫌な予感を覚えた。
「……あのさ、もしかして」
「気付いたみたいね。そう、今回の件……もう一つ裏があるのよ。それはね――」