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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
6/428

大いなる真実

 ――そして俺達が宿に戻ってきたのは、夜になってからだった。


「大丈夫か?」


 カレンのいる部屋に入ると、声を掛けたのはフィンだった。俺達は互いに顔を見合わせた後、頷く。


「……正直、ここまでクロだと断定できるのは意外だったよ」


 半ば疲れた声で、俺は言った。ベッドで横になっているカレンが眉をひそめると、今度はミリーが口を開く。


「諜報活動に使う魔法を使えば気付かれないのがわかったから、会話が聞き取れるくらいの位置で監視をしていたんだけど――」


 ミリーの言う通り、俺達は接近して尾行を行った。堕天使は道を色々と曲がり、最終的には城に赴いた。門番とは顔見知りのようで、城門の兵士は敬礼をした後すぐに彼女を通した。


「で、相手は城に入るとそのまま廊下を進んで、最後は王様の部屋へ入ったわけ」

「……城にまで入り込んだんですか?」


 カレンが驚き尋ねる。ミリーは小さく舌を出しながら答えた。


「結局誰にも見咎められなかったし、ね……それで、私達はそのまま帰ってきた。聞き耳を立てるのも一つの方法だったけど、長時間いると誰かに気付かれないとも限らないから」

「賢明ですね。しかし、どうやら確定のようで残念です」


 カレンの言葉に俺は沈黙した。心の中ではどこかで、俺が推測していたような結末にならないと思っていた――あるいは、そう思いたかったのかもしれない。


 潜入を終えた後色々考えた。その中で王様が魔王に人質を取られているという可能性も浮かんだ。しかしミリーによると、王族他親族の類がさらわれたなどという話は聞かないらしい。やむなくという可能性も、否定されている状態だ。


 俺が無言を貫く中、ミリーはさらに話を進める。


「一応、他人の空似とかいう可能性も考慮していたんだけど、彼女部屋に入ると突然変身を止めたのか、魔族の気配を出しちゃったし……」

「どっちにせよ、堕天使が王様の部屋に入り込んだのは間違いない」


 俺は小さい声を出した。すると、カレンの表情が曇る。


「私は、大丈夫ですから」


 俺に向け言う。そこで仲間達を見た。全員が全員、こちらを注視している。


「……なんだよ?」

「いえ、何でもない」


 ミリーが代表して答える。だが俺は仲間達の心情を察する。紛れもない王の裏切りについて、無茶しないよう警戒しているのだ。


「それで、どうするんですか?」


 少し遠慮がちにカレンは問うが、答えに窮してしまう。


「どちらにせよ……」


 そこで俺に代わり、ミリーがカレンに答える。


「大いなる真実、という言葉がある以上、何かしら私達も動かないといけない」

「大いなる真実?」

「尾行の間にセディから聞いた。ベリウスが最後に呟いた言葉だって」


 ミリーの言葉にカレンは首を傾げる。()に落ちないようだ。


「なぜ、魔王の幹部が王との関係をそう表現するのですか? 彼らにしてみれば、人間との契約なんて取るに足らない存在では?」


 以前俺が疑問に思った点に言及する。確かに魔族の所業を見れば、カレンの言う通りだ。俺は同調し、声を上げる。


「確かに、重要なことのように聞こえるな。考えられるとしたら、例えば……この国では魔王に特別な便益を図っているとか」

「魔族、及び魔王は人々を滅ぼすのが目的のはずです。もし便宜を図っているとしても、王様は最終的に殺されるように思います。王様だって理解しているはずですが……」

「そうだな。だけどここの王様は愚かなのか、それとも自分は大丈夫だと考えているのか。殺されないのを良いことに、好き放題やっているという見方もできる。もし危機に陥った時、神々が都合よくやって来るとは思えないけど」


 ――魔王は、積極的に人間を滅ぼすようなことは基本的にしない。理由は神々の存在。魔王が出張れば神の軍勢が対抗するためにやって来る。実際、そうした歴史も存在する。


 とはいえ魔王と手を組む存在を神が護るとは思えない――考えていると、フィンが発言した。


「しっかし、面倒だな。その堕天使と王は今日の件もあるし、俺達をどうやって殺そうか相談しているのかもしれないぞ」

「……そうだな」


 俺は同意しつつ、ため息をついた。


 王が魔族と協議し勇者を討とうとする。この上なく滑稽だが、そうとしか考えられない状況。また同時に、王の行く末を案ずる。魔王を倒す旅の中で、魔族に籠絡され協力姿勢となった人間の末路に遭遇したことがあった。


 そのケースは、王が魔族から多大な利益を得て重税すら国民に負わせていた。最終的には王も利用済みとされ魔族に死を与えられている。これはかなり大きなニュースにもなり――俺達が解決したため、名を広めた要因でもあるのだが――この国の王だって知っているはずだ。

 心の中で、堕天使を見つけた時に似た怒りの感情が生じる。目の前には操られ、ベッドで休むカレン。仲間達を傷つけたことと、末路を予見できるはずなのに魔王と手を組む王。その二つが、俺の中で濁流となって感情を揺り動かす――


 そうした過程で経た結論を、言葉によって吐き出した。


「その辺りのことは……どっちにしろ訊くからいいさ」


 俺の発言に仲間達は注目し、代表してミリーが口を開く。


「訊くって……まさか、潜入する気?」

「そういう無茶はしないで欲しいと、私達は思っているのです」


 カレンが追随する。しかし俺は反論した。


「だからといって、手をこまねいているだけじゃ、ただやられるだけだ。昼間諭されて俺は様子を見ようとしていたけど……堕天使によって監視されているような状況で、安全もあったものじゃない。こちらから、何かしら手を打たないと」


 主張に二人は沈黙し――俺はさらに続ける。


「別に堕天使と一戦やらかそうというわけじゃない。堕天使がいなくなったところへ、俺が潜入して王から事情を聞くだけだ……これだけでも、かなりの抑止になるから。他のことはしないし、王様に危害を加えたりもしない」

「……本当に?」


 ミリーが念押ししてくる。俺は即座に頷いた。


「そうだな……ミリー。俺は別所で待機しているから、城を見張って堕天使が飛び立つところを確認した後、合図を送ってくれ。合図はいつもの奴でいい」

「セディ、どうやっても行く気?」

「ああ」


 はっきり答える俺に、ミリーはため息をつき――やがて根負けしたか、白銀のブレスレットを外し、差し出した。


「あんたもこれは使えるでしょ? これで城に入りなよ。魔力を増幅させる機能もあるから、窮地に陥ったら自由に使えばいい」

「悪い、ミリー」

「気を付けてください、兄さん」


 説得は無理だと判断したのか、カレンも注意を促す程度に留めた。俺は再度頷き、ドアノブに手を掛ける。


「それじゃあミリー、頼むよ」

「了解」


 承諾の言葉を聞くと、俺は先んじて部屋を出た。






 合図――小さな白い光を確認した場所は、城に程近い名も無き空き地。


「さて、行くか」


 呟き、ミリーから借り受けたブレスレットの力を引き出す。


「誘え――妖精の箱庭」


 声を発した瞬間、気配が極限まで薄くなった――はず。一人で使用するとどうなっているかイマイチわからないのが、欠点と言えば欠点だ。


 一度深呼吸をした後、城へ歩き始める。街は暗く、住民も寝静まる時間帯。しかし、城の周りはかがり火もあるため、比較的明るい。その光を目指し進み続け、それほど経たずして城門に到着した。

 夜でも門番は当たり前のように扉の左右にいる。だが術が効いているため、俺が近づいても見向きもしない。そこで突然城門が開いた。中から数人の騎士が城から出てきた。門番が敬礼し声を掛ける。


「お疲れ様です」

「ああ、ご苦労」


 街を警備する人員だろう。門が開いたので、俺は横をすり抜け城内に侵入する。


 ミリーと一緒に歩んだ道を、一目散に進む。少し急ぐ必要があった。ミリーと行動した時は、バレても時間的に誤魔化せた。だが深夜にもなって入り込んだのがわかれば、言い逃れも難しい。

 さらに王が俺達を脅かす相手かもしれない以上、最悪この一件で反逆者扱いにする可能性もあった。絶対見つかってはいけない。


 辺りに気を払いつつ城内を進み――何事も無く王の部屋の前に来た。自分以外の気配は無い。堕天使の気配も当然ながら無い。大丈夫だと認識すると、ドアをノックした。


「開いている」


 王の低い声。静かに扉を開け、部屋に入る。


 中は綺麗な絨毯や高そうなソファに、柔らかそうなベッドなど高級な家具や調度品がある。しかし色合いは非常にシンプルで、柄物が絨毯くらいしかない。そのせいか、想像よりも質素な印象を俺に与える。

 王は執務のためか、机に座り書類に目を通していた。照明は机の上にあるカンテラと、白い魔力の光で照らすシャンデリアの二つ。


 王が開いた扉を見る。そこで訝しげな視線をやった。王の目からは俺の存在は見えていないはず。気付かれないようにゆっくりと扉を閉めると、王の瞳は困惑の色を映した。


「誰か、いるのか?」


 警戒する声で、王が尋ねる。そこで術を解いた。唐突な出現に見えたであろう俺という存在に、王は瞠目する。


「……そなたは」

「大いなる真実の詳細を、窺いに来ました」


 端的に来た理由を告げようと、それだけ言う――途端に、王は絶句した。

 なぜその言葉を知っている――紛れもなく、視線で俺に尋ねていた。


「魔王腹心ベリウスが、最後に漏らした言葉です。相手は俺に聞かれているとは思いもしなかったでしょうが……」


 王は黙ったまま視線を送り――やがて静かに目を伏せ、俺に尋ねた。


「ここに来ている魔王配下のことは……知っているのだな」

「はい。それとあの堕天使が、俺達の仲間を操ったことも、です」

「秩序を守るため、仕方が無かったとしか言いようがない」

「な――」


 王の言葉に、叫びそうになった。だが慌てて口をつぐむ。今まで溜まっていた怒りが噴き出しそうになる。

 俺は怒りでわめこうとするのを自制し、問い掛ける。


「秩序……とは?」

「魔王とはあの堕天使を通して連絡を取り合っているだけだ。その折、そなた達がベリウスを倒してしまった。私は立場上、魔王を脅かす存在を止める必要があった」


 止める――言い方は穏やかだったが、殺意があったのだろうと推測できる。


「大いなる真実について、私の知ることは話そう。そなたが欲するなら、罰も受ける。しかし大いなる真実については、他言無用でいてもらいたい」

「なぜそこまで、魔王の庇い立てをするんですか?」


 尋ねながら、怒り以外に困惑が湧き上がり始めた。王は大いなる真実の露見に心底恐怖を抱いているようだ。なぜなのか。


「違う、庇い立てをしているわけではない……事情を知れば、私が魔族と関係を持っていることが理解できる」

「魔王との関係性……それが大いなる真実ですか?」

「そうだ」


 王は頷き、意を決したように語り始める。


「そなた達は間違いなく魔族や魔物……そして何より、魔王を憎んでいるだろう。だがそれは魔王の策略でもある。無秩序の魔物達が生み出した、犠牲による人々の負の感情を、魔王が全て受けるための方便に過ぎん」

「……え?」


 思わず聞き返す。策略? 方便?


「ここからは、仲間にも話さないでくれ。頼む」


 王は俺に頭を下げ、懇願する。その姿に、王の威厳は感じられない。そうまでして、隠したい情報とは――


「そなた達が魔王と呼ぶ存在は、世界の破滅など望んでいない。むしろ世界を救うために動いている。彼ら――魔王とその配下は、魔物達を管理、制御する役割をこの世界で担っている。私は、その秩序を維持するために、ただ協力しているだけだ――」






 一瞬、王の告げた言葉の意味が分からなかった。内容にただただ驚愕し、話を聞き続けることしかできない。


「魔物とは魔王の配下ではなく、大気に含まれる魔力が固まり生じる存在。何一つ出現に法則性の無い魔物達を、魔王の配下は倒し数を管理しているのだ」

「……何を……言って……」


 かろうじて、王に答えた。反論しようにも頭の中がかき回され、思考が定まらない。常識外れの内容に、何も言い返せない。


「この事実は魔王腹心の中でも一部しか知らない。そのため魔王の意志に従いつつも、人間達を滅ぼそうと動いている魔族いる。しかし、大いなる真実が大々的に露見すれば、魔物だけではなく、そうした魔族まで完全に制御ができなくなる可能性がある。さらには、人間と魔族の間には深い溝ができている。こうして手を取り合って世界を守っていると知れば、余計な軋轢を生むだけだ。だからこそ、知らせてはならない」


 俺は声が出ず唾を飲み込んだ。気付けば喉がカラカラに乾いている。不快感を抱きながらも、黙って王の言葉を聞き続ける。


「人間達も真実を知ったからといって、納得しないはずだ。むしろ、こうした真実そのものを疑い、大きな混乱をきたすのは必定だ。だからこそ、私達は大いなる真実を秘匿し、これを乱す存在に対処してきた」


 だから、俺達を――言おうとして、やはり音が出ない。


「そなた達にとっては最大の脅威であるはずの魔王だが、この世界を維持するための役目を担っている。だからこそ、私達は動いた。無論、そなた達を支持する多くの民衆から、恨まれるのも覚悟の上だ」

「……そんな、馬鹿なこと……」


 唇を震わせながら、ようやく声が出た。自分でも驚くほど乾ききった声。


「確かに、今言ったことを証明するのは難しい」


 王は説明を加える。さらに、沈鬱な表情で話を続ける。


「だが、後日になればわかる。そなた達には申し訳ないのだが、要塞で倒したベリウスの後任が、数日中にやってくる手筈となっている」

「……え?」

「ベリウスの鎮座していた要塞に、新たに幹部が着任する。現在要塞は、我が国の騎士や兵士が駐屯しているが、後任の魔族はそれを破って制圧する計画だ。怪我人は出るかもしれないが、犠牲は一切出さずに」


 その言葉に、俺は王を見続けるだけ。

 幹部を倒した意味とか、魔王から考えた俺達の存在価値等、頭に巡ることは色々とあった。けれど、質問がまとまらない。そんな中でも、王は説明を進める。


「私は魔王と連携し、世界……いや、私の場合はこの国の秩序を維持するのが目的だ。そなた達は後任の幹部を倒しに行くはずだが……私としては、それを止める必要があった。だからこそ魔王と結託し、そなた達を――」

「――ちょっと、待ってください」


 俺は次の言葉を制した。思考を必死に整理し始める――尋ねるべきことをいくつも頭の中に浮かべながら、どうにか口を開く。


「一つずつ、訊いてもよろしいですか?」

「ああ。構わない」

「まず、この国には王以外に大いなる真実を知っている人間はいるのですか?」

「いや、知っているのは私だけだ。必然的に折衝も私がやる」


 王しか知らないというのは、この話がいかに重要なのかを物語っている。俺は一度深呼吸をしてから、胸に手を当てながら尋ねる。


「では……なぜ魔王達は俺達勇者を野放しに? 魔王からすれば命を脅かす俺達のような存在は、邪魔ではないのですか? なぜ一挙に倒さないのですか?」

「魔王から言わせれば、勇者は同胞という認識だ」

「どう……ほう……?」


 さらなる驚愕の言葉が出た。同胞とはどういう意味だ。


「私も全てを知っているわけではないが、魔物達は大気中に含まれる魔力が結合し生まれ、さらに大気の魔力を食うことで体を維持する。人間達を襲うのは体内の魔力を食うためでもあるらしいが……ともかく、魔物には世界の魔力を食う役目があり、魔物が減りすぎると世界の魔力が無尽蔵に増え、やはり支障をきたす。しかし、人や動物達がこの世界で暮らすためには、魔物をある程度倒し管理する必要がある。魔王は絶対的な力を持っているが、魔族が人前で大々的に魔物を倒すわけにもいかない。必然的に人の目がある場所では、人間達が倒さなければならない。そこで出てくるのが勇者だ」


「……まさか」


 (うめ)きに近い言葉に対し、王はゆっくりと頷いた。


「魔王や魔族を倒すために、勇者は魔物を倒すことで訓練を積む。勇者は魔物の数を一定にするという役目だけで言えば、魔王と同じ志という訳だ」


 俺にとってみれば無茶苦茶な主張だった。だが、荒唐無稽に思われるその言葉を、王はひどく真剣に語っている。その姿を見て、唖然(あぜん)となる。


「驚くのは無理も無い……だが、これは紛れもない真実だ」

「待ってください……では、女神や、神はどうなるんですか?」


 俺は左手にある指輪を見せる。女神の力を抱いた魔法具。これが勇者にもたらされるという事実は、何を意味しているのか。


「それについても明瞭だ。神や女神は魔物とは別に、この世界に存在する大気中の魔力管理を行っている。時に魔王の要請を受けて、勇者の数を増やすべく武具も与えている」


 衝撃的だった。全てがグルだったというのか。


「そなたの事情は知っている。遺跡から武具を持ち出したという話だが……おそらく、女神や魔王側から見て例外だったのだろう。結果的に例外だったそなた達が、魔王の側近を破る結果となった」

「なら俺達は……これから、どうすればいいのですか?」


 目の前が真っ暗になりそうな心境の中、俺は尋ねた。大いなる真実――それは紛れもなく、混沌を呼び込む恐ろしい情報だ。


 王は質問を受け、嘆息しつつ答える。


「そなた達にも起こすべき行動があるだろう。ここにそなたが来たという事実がある以上、私はこれ以上関知しない。ただ、ここに潜入したことを仲間達は知っているだろう。そこだけはうまく誤魔化してもらいたい」

「魔王討伐に向かっても、良いということですか?」

「ああ。しかし魔王が絶えれば世界に多大な混乱をもたらす。人間達の僅かな至福と引き換えに、世界が崩壊するだろう」


 死刑宣告でもされている気分だった。俺達が今まで進んできた行動そのものを否定している内容――しかし、この真実を周知すれば凄まじい反応が出ることは間違いないし、混乱しか生まないだろうというのも、わかる。


「だが、この真実に関して私の意見もある。それも告げた方が良いだろうか?」


 王は付け加えるように告げた。俺はただ頷く。


「魔王はあくまで管理者だ。即ち善悪などで括るなどできはしない。世界の秩序を維持するため、この国に大きな被害をもたらす場合もある。しかし、それは全てこの世界そのものを護るために必要な事柄だ。私自身が、納得をしなくても」

「なぜ、魔王はそのようなことを……?」

「私にもわからん。だが過去の歴史が関係していると、側近から聞いている」


 王の言葉はひどく重い。だが意気消沈している様子は無い。あくまで淡々と、冷静に説明しようと腐心している。


「そなたが大いなる真実を知ってどのような行動に出るかは任せよう。しかし知った以上、魔王を滅ぼせばどうなるか……それだけは肝に銘じておいてもらいたい」

「……フォシン王」


 俺はゆっくりと息を吐きながら、王へ伺う。


「一つ、頼み事をしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「大いなる真実に関する内容はわかりました。ですが、俺も完全に納得していません」


 前置きをすると、俺は王に要望した――






 城から戻って来たのは、深夜に大分入った時間。宿の一階にある食堂には、カンテラをつけてカレンが待っていた。


「兄さん」

「ただいま、カレン。大丈夫なのか?」

「はい。昼間眠ってしまったので、目が冴えてしまって」


 カレンの目の前の机には、湯気の立つコップが一つ置かれていた。ホットミルクのようだ。


「他の二人は?」

「上にいます……どうしましたか?」


 問いに答えたカレンは、心配そうに俺を見つめた。


「何か、あったんですか? 少し顔が青いようですが」

「いや、戦闘は起きなかった。だけど――」


 俺はカレンと対面するように椅子に座り、説明を始めた。

 内容は「王は洗脳されていて、無意識に魔王に便宜を図っている。その記憶は王自身にも無い」というものだ。


 話を終えると、カレンは沈鬱な面持ちで告げる。


「では、これ以上王を調べたとしても……」

「情報は出ないと思う。しかも、王の部屋に魔法具が置かれていた」

「魔法具?」

「王の部屋に入った人間を感知する物だ。慌てて破壊したけど、たぶん魔王側に気付かれたな。俺が来たことを」


 失敗した、という表情と共に疲れた声で語る。もっともその声色は、理由は違えど本心からのものだ。


「だとすると、私達を……」

「どうだろう。一度襲撃に失敗しているし、攻撃してくるかはわからない」


 答えた時、階段から靴音が聞こえてきた。目をやると帰ってきたことに気付いたのか、ミリーがいた。


「その顔だと、浮かない結果だったみたいね」

「……まあな。フィンはどうした?」

「私達の部屋で本を読んでる」

「そうか……俺は休ませてもらうけど、いいかな?」


 俺は告げながら、席を立った。


「ええ、いいわよ」

「おやすみなさい。兄さん」


 二人の言葉を受け、俺は階段を上り自室に入る。部屋には当然ながら誰もいない。


「……大いなる真実、か」


 呟きながらベッドに向かい、倒れ込むように身を投げた。シーツに顔を埋めながら、王の話が頭の中を駆け巡る。


(だが、後日になればわかる。そなた達には申し訳ないのだが、要塞で倒したベリウスの後任が、数日中にやってくる)


 王の言葉――以前なら幹部が来たとしても、倒せばいいだけの話だ。だが、それが無意味どころか、却って人々に危害をもたらす可能性があるとすれば、どうすればいいのだろうか。


「これで、本当に良いのだろうか……」


 俺は王に頼み事をした。王の話が本当であれば、魔王側にすぐ伝わるはず。だが王の話が信じられない自分もいる。今回の頼みは、それを確認する意味合いが非常に強い。


「魔王を、倒す……か」


 昼頃フィンやミリーと話していたことが、遠くなった気がする。

 今こうして眠ろうとしているが、世界には今も魔王を倒そうと戦い続ける勇者がいるはずだ。それは間違いなく人々のためだが――魔王を倒すこと自体は世界に害悪をもたらす。ひどく矛盾した話だ。


「どうすれば、いいんだろうな……」


 ベッドの上で仰向けになり、呆然と呟く。

 どうすれば正しいのか。何が答えなのか――俺がこうなっている最大の理由は、目的を失ったためだ。


 魔王を倒すという目的を失ったため悲しく、怖い。目指していたものが突如消え、奈落の底に放り出された思いだ。


「とりあえず……眠ろう」


 投げやりな気持ちになりながら、眠る準備をするため起き上がる。今はひとまず疲労を回復させよう。そう思うことにした。

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