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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
女神降臨編
59/428

力を手にした理由

「それこそが、パメラの魔力を天使のものに変えた魔法具です」


 絶句する俺に対し、マザークは鼻息荒く答えた。


「パメラにその魔法具を付与した結果、次第に魔力が変容していきました。結果としてパメラの力は大きく変化し、見た目からも希少な雰囲気を兼ね備えるようになり――」

「マザーク殿」


 俺は冷静になるよう自制しながら、彼に声を発する。


「魔法具を埋め込むという処置はある程度理解できますが……危険は、ないのですか?」

「ふむ、勇者殿はそこも気になりますか。確かに場合によってはお仲間に付与する可能性もある以上、尻込みするのも仕方ありませんね」


 マザークは大したことでもないように答えるが……俺としては異常事態としか感じられなかった。


「確かに体に負担は掛かります。しかしそれは変化する間だけの話です……ただ、一つの問題を上げるとすれば、魔力が変質し始めた時暴走しないよう薬を飲まなければならなくなることでしょうか」

「……その薬は、今も彼女は飲んでいるんですか?」

「いえ。今は安定していますから……ただ変化当初は臥せることも多かった」


 微笑んだマザークに対し、俺は理解した。

 彼はこうした研究にのめり込んだ結果、感覚がマヒしてしまっている。人に魔法具を埋め込むなどあまりに無茶な行動のはずなのだが、そんな風に思っている様子は無い。


 いや、もしかすると技術を差し出した魔法使いがそうしろと言ったのか……ともあれ現実に目の前の彼女は魔法具を体に入れている。これは、何としても止めなければならない。

 そして同時に、俺はパメラのことが気に掛かった。


「……彼女は」

「ん? 何でしょうか?」

「彼女は、それでよかったのですか?」


 やや抽象的な問い――だが、マザークは意を介したようでにこやかに答えた。


「無論です。パメラは自分から望んで力を手に入れようとしたのです」


 聞いて、俺はパメラに注目した。

 彼女は襟を正し俺を見据え、多少戸惑った色を見せながらも頷く。


 本当かどうなのか疑わしい……というより、俺の目からはマザークがそう言っているから同意しているようにしか見えない。


「……なるほど、わかりました」


 けれど俺は頷いた。するとマザークはにんまりとしながら続ける。


「セディ殿から見れば心苦しいとお思いかもしれませんが……これが後の平和に繋がるとあれば、と私は考えております」


 こんなやり方で戦うことを、果たして人々が望んでいるのか――そこまで考えた時、ふとこの力を与えた存在について気になった。ジクレイト王国の件を含め、人間相手で二つ目のケースだ。最初は魔族に対してだけだと思っていたが……魔王を打倒するという帰結に辿り着くのであれば、どのような相手でも構わないと思っているのかもしれない。


 さらに前提が間違っている可能性も考慮する……天使の魔力を作り出す技術が魔族からもたらされたなどとは考えにくい。そしてジクレイト王国の件から魔族側の技術も教えている。

 となれば、敵は魔族と神、両方に関係があるということなのか……それとも――


「セディ殿?」


 呼び掛けられる。俺は我に返り、首を小さく振って応じた。


「あ、すみません……この研究についての可能性を頭の中で検討していたんです」

「そうですか……実験の詳細を知り、評価としてはどうでしょうか?」


 正直胸糞が悪くなったのだが……臆面にも出さず、答える。


「可能性のある研究だと思います」

「そうですか。よかった」


 マザークはどこか誇らしげに語ると、唐突に歩き始めた。


「その他の資料を持ってきましょう。仲間の方が参考にする物としてお持ちください」


 そう言って、彼はパメラが現れた廊下の奥へと消えて行った。

 取り残された俺とパメラはそちらへ視線を送り沈黙する。けれどやがて……パメラがこちらを向き、小さく頭を下げた。


「申し訳ありません」

「……なぜ、謝るんだ?」

「お父様は、お母様が亡くなられて以後、大きく様変わりしてしまいました。そしてのめり込んだ研究の話になると、一人で突っ走るようになり……」


 傍若無人な振る舞いに申し訳ないと思っているらしい。俺としては、それどころではないのだが。


「……パメラさん。質問いいですか?」

「はい、どうぞ」


 問い掛けに、パメラは顔を引き締めた。おそらくどういう質問なのか予期している。


「パメラさんは……本当に、これでよかったんですか?」

「はい」


 決然と答える。先ほど質問した時と比べずいぶんと雰囲気が違う。突発的な質問ではないため、誤魔化せたということだろう。


「私は……力を手に入れたく思い、研究に参加しました」

「この実験に協力したいと申し出たのは、パメラさんから?」

「はい、そうです……」


 と、何かを思い出したように瞳が惑う。俺の目からは、秘密を抱えているように見えた。


 彼女がそうまでして戦った理由……母親が魔物に殺されてしまったため、というのは十分正当な理由になる。

 けれど、違和感がある。マザークは研究にのめりこむことで憎悪膨らむ精神を安定させたのだろうと想像できる。けれど彼女は一歩引いた見方をしているように思える、だから憎悪や復讐心以外に精神的支柱があってもおかしくないはずで――


「……パメラさん、もう一つだけ質問させてほしい」


 頭の中で解答を見つけ、俺は声を出した。


「それさえ本当のことを聞ければ、後は何も尋ねない」

「……どうぞ」


 ――ここで、質問の仕方はいくつもあった。けれど普通に質問して真意を訊けるかどうかわからない。

 だから結論として……嫌な質問方法を選択した。


「君は……ロウの助けになるからと言われ、研究参加を強要されたんじゃないのか?」


 途端――パメラの体がビクリと震えた。やはり、か。


「そうなんだな?」

「違い……ます」


 力なく答えるパメラ。視線を漂わせ、誤魔化すのに頭を巡らせている様子。


「おそらくマザーク殿は君の気持ちを察していて、戦うことで傍にいられるからと言ったんじゃないのか?」


 心を探るような嫌な質問だった。けれど、これこそ重要だったので尋ねた。


 彼女に施された研究は、間違いなくエーレ達の逆鱗に触れるだろう。彼女に魔王討滅の意志はなくとも、マザークとの連座制で何かしら罰せられるかもしれない。

 ならば、俺がやることは言質をとること。明らかに強要されて研究に参加した彼女に、罪を与えないために。


「……違い、ます」


 パメラは弱弱しく首を振る。見た目ではもう明らかだった。

 だからこそ、俺は駄目押しをする。


「君のその魔法具について、俺は一つ知っている」

「え?」

「ジクレイト王国の事件に関わっていたと言っただろ? その事件の首謀者が、全く同じ物を所持していた」


 断言した俺の言葉に――パメラは、今度こそ言葉を失った。


「その人物が使用していたのは別の手段……悪魔に対して用いられていた。このことからその魔法具は天使と魔族、どちらにも使用できるのがわかる……悪魔に使うことができるなんて、どう考えてもおかしいだろ?」


 パメラは声を出せずただ俺のことを凝視する。その表情は俺にとって心苦しいものであったが、なおも続けた。


「君の状況を鑑みてはっきり言うけれど……俺は、この屋敷に調査のためやって来た。この国の王から、マザーク殿のことを調べて欲しいと言われ、来たんだ」

「……お父様は、どうなるんですか?」


 やや掠れた声で彼女は問う。自分のことではなく父親の心配……俺は慎重に言葉を選びつつ答えた。


「何かしら裁定は降ると思うけれど……たぶん、良い結果にはならない」


 俺の言葉に、彼女は俯く。けれど少しして顔を上げ、


「……私は、何をすればよいですか?」

「父親を救うために?」

「はい」

「本当のことを話して欲しい。嘘がバレれば、さらに罪は重くなる」


 その言葉に、パメラは悲しそうな瞳を見せた。沈鬱な面持ちで、さらに唇を震わせる。


「俺の言ったことは、本当なんだな?」


 最後に、問い掛ける。やや間を置いて――彼女はコクリと頷いた。


「けれど、私の願いを叶えてくれた一面もあるんです」

「願い?」

「私は……ずっと、戦う力を望んでいた。ロウさんの隣にいたかったから」


 悲しいと、単純に思う。想いを伝えることができなくて、だからこそせめて傍に、と思ったのだろう。


「だからこの魔法具の力は、私が求めていたものでもあったんです」


 言った彼女は、顔を上げた。涙目となった瞳で、じっと佇む俺を射抜く。


「私が……お父様の代わりに、というのはできないでしょうか?」

「主犯がマザーク殿である以上、難しい……でも、君の意思は尊重するよう進言はしてみるよ」

「ありがとう、ございます」


 パメラが答えた時、マザークが戻ってくる。笑みを伴い、ひどく上機嫌で俺に話し掛ける。


「資料を持ってまいりました……と、いかがしましたか?」


 空気を察知したのだろう。マザークは笑みを消し問い掛けた。

 そんな彼に、俺は少なからず苛立ちを覚えた。娘を実験の糧にした……それも、彼女の想いを踏みにじって。


 彼を止めなければならない。さらに欲しい情報は得た。だから俺は口を開く。


「……マザーク殿。俺はあなたのことを色々と知り、同情を抱いた点もあります。そして魔族を恨むのもわかりますし、気持ちも理解できます。大変、辛かったと思います」

「急に、どうしましたか?」


 マザークが訝しげに問う。けれどパメラは意を介したようで、はっとなるのが俺にもわかった。


「けれど……だからといって、自らの欲望のために他人の感情を踏みにじるのは、許せない」


 そうはっきりと宣言し――俺は、剣を抜いた。


「マザーク殿、私はあなたに謝らなければならないことがある……剣を抜いた以上、多少なりとも理解できるかと思いますが」

「……嘘、だったと?」


 マザークは険しい顔つきで俺を見返す。


「先ほどまでの言葉は、嘘だと?」

「あなたが出会った『彼』を探しているというのは事実ですよ。ですが、目的は真逆です」


 そこで俺は改めて、マザークへ告げた。


「私は……彼を捕らえることを目的としています」

「……なぜです?」


 マザークからの問い掛け。俺の態度を見て動揺はさして示していない。


「パメラさんに使われた力は、悪魔に適用されていたこともあったためです」


 はっきりと告げたことに対し――マザークは絶句した。


「その様子だと、やはり知らなかったようですね。この力は悪魔を呼び出すような力も保有している」

「……そのような研究をする彼を追っているというわけですか」


 マザークはゆっくりと言葉を漏らした。同時に納得したように頷く。


「話を聞く限り……私の得た技術は、正とも負ともつかないもの、というわけですね」

「そういうことです」


 俺は頷きつつ、切っ先をマザークへ向け続ける。ここからの言葉は、なんとなく予想できた――


「ならば、何の問題もありません」


 きっぱりと、マザークは述べた。


「青年がどのような目的で私に技術を託したのかはわかりませんが……彼の想定を、上回れば良いだけの話」


 やはりな、と俺は思った。結局の所、彼は研究を妄信しているのだ。この力が魔王を倒すと思い、邁進している。聞く耳だって持っていないだろうから、説得だって無理だ。


「そうですか……ならば」


 俺は眼光鋭く相手を睨み、静かに言い放った。


「あなたを力づくで止めさせてもらいます」

「ふむ、仕方ありませんね」


 対するマザークは飄々とした態度を見せ――突如、近くにいたパメラが呻いた。

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