力の原因
さて、ある程度方針はまとまった。真相に迫ることにしよう。俺は一度部屋に戻りアミリースに状況を伝えた後、静かに行動を開始した。
時刻は深夜とまではいかないが、もうそろそろ眠る時間。疲労がいよいよずっしりと体にのしかかってきたが、ここで立ち止まるわけにはいかないと結論付け、マザークの部屋を訪れた。
「開いている」
ノックの後彼の声を聞き、俺は中へ入った。
「失礼します」
言葉と共に扉を閉めた時、席に着いてお茶を飲むマザークを視界に捉えた。
「む、セディ殿……どうしました?」
「夜分遅く、申し訳ありません。ですが、昼間行った話の続きをと思いまして」
「昼間……パメラの能力の件について?」
「はい……座っても?」
確認を取ると、マザークは対面にある席へ座るよう手で促した。
俺はそこへ着席し、まずは彼からお茶を差し出される。
「カップを余分に持ってきて良かった」
「ありがとうございます……いつもこうしてお茶を?」
「ええ、寝る前の一杯が格別で」
にこやかに答えるマザーク。うん、怪しまれている様子はない。
「それで、パメラの件について何用で?」
マザークが早速問い掛ける。俺はお茶を一口飲んで、カップを置いてから切り出す。
「あの後、よく考えてみたのですが……彼女の戦力、大変貴重なものと思います」
「貴重、ですか」
「ええ。もし天使の力を使用することができたなら、多くの魔族を倒すことができるでしょう。魔王については私も断定できませんが……研究を進めれば、十分可能かと思います」
まずはおだてることから始める。効果はすぐに現れ、マザークは満足そうな笑みを浮かべた。
「勇者殿にお褒め頂いて恐縮です」
「いえ……それで、一つだけ気に掛かったことがあったので、もしやと思い今回訪ねさせて頂きました」
「もしや……とは?」
「違っていたら、申し訳ないのですが」
そう言って、俺は一拍置いた。マザークはカップの動きが止まり、こちらの言葉を待つ構え。
「……もしかして、これは彼の技術なのですか?」
問いに、マザークは電撃を受けたかのように目をかっと見開いた。
「セディ殿……?」
「技術を与える青年の魔法使い……私は、直接お会いしたことはありません。しかし仲間で彼から力を与えられた人物がいたので、もしやと思いまして」
――俺はザイレンからもらった情報を、そう告げることで利用した。マザークは言動から考えて進んで話そうとしない構え。けれど『彼』というフレーズを使い、俺が知っているということを示せば、心を開いてくれるはずだろうという算段だ。
「できれば私がお会いしたいくらいです。もし彼によるものであれば、情報が頂けないかと――」
「申し訳ありませんが、彼の居所についてはわからないのです」
俺の言葉を遮り、マザークは首を左右に振った。
「お力になれず、申し訳ない」
「いえ……そうですか。お答え頂きありがとうございます」
ひとまず相手に関する情報は、なしか。至極残念だがこの辺りは仕方ない。
「ならばマザーク殿……この力について、少し詳細を教えて頂けないでしょうか?」
続いて、俺は要求の矛先を変えた。
「私も『彼』の研究には一定の理解があります……それは仲間も同様です。中には魔力を研究する者もいる。もし実験の内容が仲間の研究と合致すれば、そうした人物の協力を経て、より強力なものになるかもしれません」
この発言は、マザークの目的を意識したものだ。彼は魔族や魔王を憎んでいる。ならその辺りを刺激すれば、乗るだろう。
「……ほう」
目論見通り、マザークは反応を示した。紅茶を一口飲み、俺の言葉を吟味するように考え込む。
少し間を置き……彼は、興味ありげに質問した。
「強力に、ですか」
「ええ。無論、難しいという結論になるかもしれませんが」
「ふむ……」
マザークは口元に手を当て再度思案し、さらにこちらへ幾度か視線を送る。
「……確かに、技術を向上させるには、誰かの協力があった方が早いでしょうね」
「はい。天使の力を用いる技術……これは急速に発展させていくべきでしょう。魔族に対抗する術として」
もう一押し――俺は心の中で断じ、さらに続けた。
「態度から推察するに、先ほどの話は嘘……マザーク殿は『彼』から技術を流出しないよう口止めされているのでしょう? しかし、私は知っていますし秘密は守ります」
「……わかりました」
マザークは深く頷いた。やった――
「いいでしょう。今回の戦いである程度能力の限界も知ることができた。もう一つステップアップする時です」
「はい……では、一つ頼みが。その実験について、お見せしてもらうことはできますか?」
「構いませんよ。ただ研究内容を誰かに話す場合、あなたの信頼における仲間内にだけ留めて頂く必要がありますが」
「それはお約束します」
微笑みつつ応じると、マザークはまるで旧来の友人と再会するような朗らかな声で、言った。
「ではご案内しましょう。実験場は離れにあるのですが、私の部屋から直接向かうことができます。今からでも?」
「大丈夫ですよ」
「では参りましょう。善は急げと言いますからね――」
隠し通路はかなり細い螺旋階段となっており、どこかの柱をくりぬくようにして作られたものだと察せられた。
「魔法による照明はありますが、足元お気をつけて」
「はい」
先頭を進むマザークに頷きつつ、俺は階段を歩む。
いよいよ俺はマザークの案内により、怪しまれることなく実験とやらを見ることになりそうだった。そして同時に、予感を一つ偉大だ。
予感とは、マザークに干渉した魔法使いがジクレイト王国で騎士に力を与えた存在と同一でないかということだ。
同一なのでは、という点については推測の域を出ないので、ジクレイトの件と今回は無関係である可能性もある。けれどもし関係あるとしたら、魔王に反逆する勢力は天使の力をどうにかできる能力を保有していることになる。
これはかなり厄介……思いながら、ふいにマザークに対して疑問を抱いた。
「マザーク殿、まだ距離があるようなのでお尋ねしても良いですか?」
「どうぞ」
「魔法使いが現れ技術を提供されたのはわかりますが……すぐに信用されたのですか? 仲間の場合は最初訝しんだと言っていたのですが」
「無論、私も最初は疑いましたよ。しかし天使の力を有用出来ると知った時、彼を信用しようと思ったのです」
「そうですか……ちなみに、彼はなぜあなたに技術を?」
「わかりません。彼は最初『力が欲しいか』と私に尋ね、技術を見せた。それを見ていく内に、私は信用するようになった。それだけです」
彼は一度首を向け俺に語る。微かに見えた眼は、魔法使いを心底信用しきっている風に見えた。
俺はふとジクレイトの事件を思い出す。裏切った騎士は言動が支離滅裂だと女王は言っていた。ここから操られていたのではという見解を抱いたが……マザークもまたそうなのだろうか。だからこそ現在信用しているのか……いや、操られているとまではいかないにしても、「技術を受け取るのに疑義を抱かない」という感じに意識を操作されている可能性はある。
とはいえ全ては推測――鍵となるのはあのペンダントだ。あれがどこからか見つかれば、確定と言ってよいはず。
もし見つかった場合、どうするか……考えた時、新たな疑問が生じた。こうした技術を与え魔王の力を削ぐようなやり方はわかる。しかし、それならば魔族に限定して干渉した方がいいのではないか。その方が力も高い上、目標達成も早いのでは――
いや、待て……すぐに思い直す。確か魔族は成長できない。それならば魔族だけではなく、将来性を賭けて人間達に技術を与えた、という見方もできなくはない――
「セディ殿」
熟慮している間に、マザークから声がやってきた。
「そろそろ到着します。そこで、まずは驚いて心臓が飛び出ないようにだけ、お願いしたい」
「はい、わかりました」
彼の冗談に俺は苦笑を伴って返答。この表情は半ば演技だったのだがり、マザークは見事騙され、満足げな笑みを浮かべた。
やがて、廊下に一枚の鉄扉が現れる。あれが離れの地下室入口だろう。
いよいよか――心構えと共に扉に近づき、マザークは胸を張りさえしながら扉を開けた。錆びた音と共に開かれ、中が見える。魔法による照明が灯っており、全景を窺うことができた。
第一印象は、雑然という言葉がひどく似合っていると感じた。扉から直線状には通路らしきものがあるのだが、その左右には机と、山と積まれた資料が置いてある。ついでに床にも色々な道具や、これまた資料が散乱していた。食事をしたあの広間くらいの大きさはあるのだが、物が置いてあるため手狭のような気もする。
「片づけていないので、申し訳ないのですが」
マザークは語ると先導して中へ入った。続いて俺が室内に入ると、薬品の臭いがした。
彼の案内従い俺達は、部屋を直進し、一番奥に設置された執務机の前へ辿り着いた。そこだけは資料などもきちんとまとめられ、散らかった部屋の中で唯一整理されていた。
「ここだけは、大事な資料を保管しておくため常日頃整理しているのですよ」
マザークは俺の心を読むように告げながら、俺と机を挟んで立った。
「さて、まずは研究の詳細からでしょうね……まあセディ殿は察しがついているでしょう。だからこそ、この研究が見たいと言った」
「はい」
素直に頷くと、マザークは優しげな笑みを浮かべた。
「嘘をついたことは謝ります。仰った通り、口止めされていましたからね。で、詳細をお話するとこの研究は……わかりやすく言えば、人間の魔力を天使の魔力に変換するものです。体内で生成された魔力を天使のものに変換し放出する。プロセスとしてはそのようになります」
「その力を、パメラさんが?」
問うと、マザークは「まさしく」と答えた。
「最初はそうでした……しかしこれには副次的な効果があり、それこそが真髄と言えます」
彼は嬉々として語る。核心部分なのだろう。
「魔法具は天使の魔力に変換し制御するためだけのものでしたが……ある程度研究を重ねたことでその必要もなくなり……いえ、より正確に言えばパメラの魔力自体が天使のそれへと変わっていきました。現在、魔法具は暴走を防ぐため保険として身に着けているに過ぎません」
魔力が……俺としてはにわかに信じられない話だった。後天的にそうした力を手に入れる可能性はゼロではない。けれど――
「天使の魔力になった理由はあるんですか?」
「ええ、もちろん。私に技術を預けた魔法使いは何も語りませんでしたが、とある魔法具がその変質に利用されているようです」
「魔法具?」
聞き返した時、右方向から足音が聞こえた。即座に振り返ると、直進方向に俺達が通過した入口とは異なる扉と廊下があり、
「セディ様」
白いローブを着た、パメラが入口近くで立ち尽くしていた。
「あ、ああ……パメラ、どうも」
「パメラ、来なさい」
マザークが呼び掛ける。彼女はそれにコクリと頷くと、静かにこちらへ歩み寄った。
「セディ殿がいて驚いただろう。話によると、彼もまた魔法使いを知っているとのことだ」
「そうなのですか」
パメラは目を細め、俺に視線を送りながら答える。
「お父様、事情をお話するのですか?」
「ああ、そうだ……と、セディさん。天使の魔力に変化した点ですが、原因はこれです……パメラ、見せてあげなさい」
「……はい」
俯き加減となってパメラは応じると、まず俺に体を向けた。そして、ローブの襟を手で引っ張り、僅かに下げた。
俺の目には首から下、鎖骨と胸上まで見え――そして、
「これ、は……?」
――グランホークやジクレイト王国の一件で見つけた、あの真紅の水晶体が彼女の体に埋め込まれているのを、しかと見ることができた。