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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
女神降臨編
57/428

彼からの情報

 すっかり夜の帳が下りた時間、ロウ達は既に帰り侍女達もほとんどが姿を消す。その中で俺は足音を立てないよう注意を払いながら行動し続ける。


 正直な所、朝から動きっぱなしであるため体が休息を欲していた、注意力も散漫となり、気付けば侍女が間近に迫っていたということもあった。

 仮眠でもとるか一瞬考えたが、せめて何か取っ掛かりでも見つけておきたかった。深夜は明かりもまともに使えなくなる。その状況では今以上に調査は困難になるだろうし、怪しい場所の目星くらいはつけたい。


 とはいえ屋敷を一通り回ってみたが……どこに何があるのかを記憶するので精一杯だった。一度はマザークを見つけ、リスク覚悟で部屋に入り込んだりもしたのだが、彼がいる時点でまともに調べることができなかった。ちなみにその時は侍女がノックをしてお茶を持ってきたことで、見つからずに抜け出すことができた。

 後は研究の相場とされる地下……けれど見つからない。怪しいところはいくつもあったが、全部外れに終わった。


 そして……頭の回転も鈍り始めているのか、少しばかり宙に浮いている感覚すら生じ始める。


「一度、どこかで休んだ方がいいのか……?」


 部屋に戻るべきか――そう考えた時、目の前の廊下からザイレンが進んでくるのが見えた。


「ザイレンさんか。あの人のところに情報はあるかな……」


 彼は執事でも領主に対し長い間仕えていることだろう。もしかすると領主の研究に深く携わっている可能性も。

 手としては、マザークの部屋と同様彼に続いて潜入することか。とはいえきっかけがなければ出られなくなるので、覚悟はいる。


「でも……他にありそうな候補もないよな」


 呟きつつ、彼の部屋に行くことを決める。ザイレンは俺の横を通り過ぎ、その後を静かに追うことにした。


 少し進んだ先の部屋の前で彼は立ち止まり、扉を開けた。そして扉を閉める寸前、一気に中へ潜入。どうにか成功した。

 俺は息を殺しながらザイレンが扉の傍を離れるのを逐一観察しつつ、部屋をぐるりと見回した。


 広さとしては客室を二部屋繋げたくらい。長く仕えている身であるためか、待遇がよいのだとわかる。

 床は柄物の絨毯が敷か、入口から見て左手の壁には俺の腹部くらいの高さをもった棚が配置。その上には花が植えられた花瓶が置いてある。


「しかし、本当に倒してしまうとは、な」


 ザイレンの呟く声。目を向けると執務机に備えられた椅子に座り、嘆息していた。


「にわかには信じられなかったが……あの者がもたらした技術は、本物だったということか」


 技術――呟きから、彼が何かしら事情を知っていると確信する。

 俺はザイレンをじっと注視するが、それ以上言葉を発さなかった。そこでひとまず彼から視線を逸らし、次の行動を考え始める。


 こちらから見て机の右側にはベッド。そして左には本棚がある。もし何か資料があるとすれば本棚だろう。しかし、ザイレンが座る位置と近い。下手をすると勘付かれる恐れがある。

 侍女などが訪れない限り怪しまれず出られないので、このまま寝入るまで待機するか……そう思った時、(ひじ)に何かが触れた。


「えっ?」


 思わず呟いた時、それが花瓶であったことに気付く。即座に反応し手を伸ばしたが遅かった。

 花瓶は絨毯の上に落ち、水が思いっきり零れた。音はほとんどせず、花瓶も割れはしなかったが、水がどんどんと漏れる。俺は慌てて水が零れないよう花瓶を立てた。


「何……?」


 だが、その行動が裏目に出た。見ると真正面にいるザイレンは驚愕し顔をひきつらせていた。一部始終見ていたに違いない。


「そこに……誰かいるのか?」


 ザイレンは立ち上がり、俺のいる場所を注視しながら近くに立てかけてあった剣を手に取る。対する俺は花瓶から手を離し、どうするか散漫な頭で思案し始めた。


 まずい。これは非常にまずい。花瓶が落ちるならまだしもそれを立てるなどという行為をしでかした以上、ザイレンはこの部屋に誰かがいると確信しているだろう。

 人を呼ぶ可能性もあるため、場合によっては逃げられるのだが……賊ということでパメラが連れて来られれば一巻の終わりだ。


 当身でも食わらせて有耶無耶にするという手段も考える。ここを誤魔化せばアミリースがフォローしてくれると思うので、俺が犯人である可能性は考慮されないだろう……しかし魔族を倒した直後にこれである以上、魔王の手先などと考えるかもしれない。

 そうなるとマザークは護衛依頼をする可能性がある。予定はないと言ってしまっているので、断る理由もなく引き受けるしかなくなる……その間に噂を聞きつけ俺の下に仲間が来るかも……そうなると、輪を掛けてまずい。


 なら方法は一つ――すなわち、俺がここにいる理由をでっち上げるしかない。


「……こうなってしまっては、仕方ありませんね」


 最初に、声を出した。途端にザイレンの動きが止まり、聞き覚えのある声に眉をひそめる。


「その声は、セディ殿?」


 声と共に、俺は魔法を解除し姿を現す。


「ですが……あなたなら事情を話してもよさそうですね」


 そう言いつつ俺は花瓶を拾い、元の場所へ戻した。


「セディ殿……なぜ、ここに?」


 ザイレンは剣を構えつつ、俺に尋ねる。警戒しているのは至極当然であり、もし下手なことを言えば、先ほど考慮した以上にまずい展開となる。

 対する俺は決然と言った。


「密偵ですよ、領主の」


 事もなげに言ったその言葉に――ザイレンは目を見開いた。


「密偵……?」

「ザイレン殿は事情をお聞きしているかどうかわかりませんが……私はロウ君達と出会った時、茂みに隠れていました。それは様子を見ていたということで認識されましたが、実際の所は検分していたのです。セリウス王国からの依頼で」


 セリウスという名を出した時点で、ザイレンの表情が固まる。よし――俺は賭けに勝ったと胸中思った。


 先ほど呟いた言葉から、ザイレンはマザークがどのような研究をしているか多少なりとも理解している。加え「信じられない」というフレーズが出たということは、何かしら思う所があったのだろう。

 もしかするとザイレンはマザークの研究に対し疑義を抱いているのでは――そういう薄い根拠だったのだが、成功した。


「そういう表情をなさるということは、心当たりはあるようですね。そうです、私はセリウス王国からの依頼で、領主マザークの研究……特にパメラさんについて調べて欲しいと依頼を請け、この村に赴きました」


 ザイレンは声を発さない。黙ったまま、俺を見据え続けている。


「あのパメラさんにどのような技術を施したのか……実を言うと、魔族を倒した帰りにパメラさんにその力の源泉を尋ねました。合わせてマザーク殿からも伺い……見事に食い違っていました。さらに私としては、双方の説明が荒唐無稽のように思える……嘘をついた以上、彼らに直接聞いても話はしないでしょう……ここから考えるに――」


 俺はザイレンと目を合わせながら、詰問するように告げた。


「今回の研究は、決して悟られてはならないような危険なもの……そういう見解で、よろしいのですね?」


 ――この時点で誰かしら人が呼ばれると厄介なことになるのだが、ザイレンは動きを止め、俺を凝視するだけ。セリウス王国という国名と俺の名声。そしてマザークの研究に関して色々と勘案し、発言の真偽を見極めているように思える。


 長い沈黙が生じる。言うべきことは言ったので俺は待つしかなく……ふいに、ザイレンの顔が俯いた。


「……今回の件、国はどう処理すると?」

「秘密にしている明確な事情があれば、それを聞いて裁定を下すと」

「そう、ですか……」


 ザイレンの肩の力が抜ける。俺の嘘を信じてくれたようだ。


「マザーク様は、どうなりますか?」

「それを判断するのは、私の仕事ではないのでわかりません。ですが」


 俺は追い立てるように話す。あまり心労を与えたくは無かったが、ここで押し込まないとどうなるかわかったものではないので、仕方ない。


「隠し立てすると、最悪この屋敷に住まう人達にも罰があるかもしれません」

「……わかりました」


 ザイレンは剣を机の上に置き、顔を上げ俺に視線を送る。


「私が知っている情報を、話しましょう」

「ありがとうございます」


 礼を示す。俺としては嘘で塗り固められた状況なのでヒヤヒヤしっぱなしだ。


「あなたの情報を聞き、場合によっては研究がどのように成されているのか確認しなければなりませんが……ザイレン殿は、何か知っていますか?」

「申し訳ありませんが、詳しいことはわかりません。ともあれ、経緯は把握しております。まずはそこをお話しましょう」


 ザイレンは前置きをした。俺は重要な話ということで疲労も吹き飛び、言葉を待つ。


「事の始まりは、奥方が亡くなられた後……失意に暮れ魔王に憎悪を向けるマザーク様に、一人の魔法使いが訪ねてきました」

「魔法使い?」

「はい。申し訳ありませんが人相はわかりません。ただ……一つ言うと、ひどく優しい声音に加え、ひどく穏やかな雰囲気でありました」


 彼はそこまで語ると、沈鬱なため息をついた。


「どうやらその魔法使いはマザーク様の噂を聞きつけ、何かしら技術を授けた……その力の詳細は先ほど言った通りわかりませんが、以後パメラ様が魔法具を持つようになりました」

「技術、ですか……それ以後、他に変化はありましたか?」

「パメラ様が時折寝込むことが多くなりました。小さい頃は病弱で臥せることもあったのですが……それにしても多すぎる」


 この時点で、俺はマザークの技術とやらがパメラに集中しているのだと断定する。単なる魔法具の組み合わせならば大丈夫だと思うが、さすがに寝込むようなことがある以上体に負担がかかっている。体に何かしら力を加えているのは間違いなさそうだ。


「魔法使いについて、他に情報はありませんか?」

「特には……出自などを聞くこともできませんでしたし」

「人相はマザーク殿なら知っている?」

「仮面を着けていた、と仰っていました」


 ふむ、これ以上魔法使いの情報は出なさそうだ……考えると同時に、俺はジクレイト王国であった騒動を思い出す。

 先の事件においても魔法使いという単語が出てきた。もし同一の人物であるとしたら、魔王を倒すべく暗躍する存在がここにも取り入ったという線が濃厚となる。


 ただ、今回の場合は天使。その違いでどうにも引っ掛かる。


「セディ様」


 思案していると、ザイレンからさらに声が。


「一つだけ……マザーク様が、技術の実験等について管理されています。私は技術について知識はありませんが、場所に着いては把握しております」

「実験している場所ですか」

「はい。この屋敷を北に進むと小さな小屋があります。その地下で、実験を」

「小屋にはどうやって行くんですか?」

「外に出て森の中に。ただ、マザーク様は自身の部屋に隠し通路があるようでして、地下から直通らしいのですが」

「なるほど……わかりました」


 俺は小さく頷くと、頭の中で結論をまとめる。

 ここから領主の部屋に忍び込むか、小屋へ行って入り込むか……とはいえ、どちらにしてもリスクが高い。ザイレンについては知られてしまってもどうにかなった。けれど領主に露見してしまうのはさすがにまずいだろう。


 となると最善の方法は、マザークに取り入ることだ。ザイレンから手に入れた情報を上手く使えば、聞き出せるかもしれない。魔族討伐から帰ってきた直後の質問ではぐらかされたが……上手く立ち回れば、話してもらえるだろう。


「ま、やるだけやってみよう」

「どうなされました?」


 ザイレンが問う。俺は「何でもありません」と答えた後、


「お話頂きありがとうございます。マザーク殿には、少しの間秘密にしてください」

「わかっています……良い結果を期待しております」


 彼は頭を下げる。それに少しばかり罪悪感を感じつつ……俺は部屋を後にした。

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