不安と調査
マザークの話から解放されたのは夕方近く。個人的にはフラウと戦っていた時より疲れた。
「やれやれ……」
ため息を吐き出しつつ、ようやく部屋に戻った。とはいえこれから夕食のはずであり、昨日と同様会食になるだろう。精神的な疲労は溜まり続けると考えていい。
「とりあえず、報告は済ませるか」
俺はベッドに腰掛け、シアナと連絡をとる。左手をかざし魔法が発動すると、前方の空間が円形に歪み、彼女の部屋が見えた。
『ん?』
そして空間の奥から声。シアナだと見当をつけつつ待つ構えをとり、
横からシアナが覗き見るように出現した。
『あ、セディ様……お疲れ様です』
「お疲れ」
『なんだか、体が重そうですけど』
「午前中に魔族討伐で、午後から領主との話し合いだからな……で、そっちの状況は?」
『今、結構バタバタしています』
俺の質問にシアナは苦笑を交え答えた。
『まさかフラウがやられるとは思わなかったので……』
「だろうな。砦の方はどうなっているんだ?」
『緊急でリーデスが入って対応しています』
「リーデスが……待機中だったっけ?」
『セディ様がアミリース様と城を出てから別の仕事をしていたのですが……それを中断し砦に回る必要が出てしまいました』
「その言い方だと、不都合があるみたいだな」
『はい。お姉様が大慌てです』
右往左往するエーレを想像し、俺は彼女と同様苦笑した。
「そうか……で、こっちはアミリースの指示に従って彼女を調査するということでいいんだよな?」
『はい』
「砦の方は大丈夫なのか?」
『リーデスがいますし、お姉様によってフラウも数日中には復帰できますから、大丈夫かと』
「よし、それじゃあエーレによろしく伝えておいてくれ」
『はい。セディ様もお気をつけて』
短い会話の後、空間が正常に戻った。
「大変だな、エーレも」
呟きつつ……ふと、ベリウスを倒した時もこんな感じだったのだろうかと思ったりする。表には一切出さないが、彼女も結構な苦労を背負い――
「いや、魔王である以上ある意味当然か」
そんな風に結論付け、俺は部屋を出た。まずは情報収集だ。
「グランホークの時のように、取っ掛かりを見出さないと」
フラウを倒した力……それがどういったものなのか確かめるには、とにもかくにも情報がいる。
「ひとまずロウ君達に訊くとしようか」
手近な人物から。屋敷にはいるはずなので、探すことにした。
その途中で、侍女に会釈をされる。彼女にロウ達の居所を尋ねると、ロウとケイトは客室に。そしてアミリースは部屋に戻っていると情報を得た。
俺はロウ達のいる場所を教えてもらい、移動を再開。すぐ部屋に到達し、扉をノックした。
「どうぞ」
ケイトの声。俺は「入るよ」と一声掛けてから入室した。
室内はソファが向かい合って設置され、入口の反対側がテラスとなっている縦長の部屋。ケイトは扉と向かい合うソファに座っており、反対側にロウはいるのだが。
「……さすがに、もたなかったか」
扉を締めようとして一言。ロウはソファで横になり寝息を立てていた。
「ごめん、ここは退散する――」
「構わないですよ。どんなに話しても起きませんから」
ケイトの発言。俺は彼女と眠っているロウを交互に見つつ……とりあえず扉を閉め、そろりと彼女へ近づいた。
「ごめん、少しばかり訊きたいことがあって」
「パメラのことですね?」
予想していたらしい。俺は頷くと、彼女の横手に回った。
「ケイトさんは直接見ていないからわかり辛いと思うけど……彼女の魔法は、単なる魔法具の力には見えなかった」
「私も同感です。普段見ていて、魔族を倒すほどの力はなかったはず」
ケイトは複雑な顔をしながら、眠っているロウへ視線を送る。
「ロウは深く考えていないようですけど……パメラは普段から無茶をしていると思うんです」
「無茶?」
「はい……今回は主にロウが敵を倒していたためそれほど負担は無かったようですが、長期戦となると前触れなく倒れるようなケースもありましたし」
「倒れる……?」
嫌な予感がしてくる。ケイトもこちらの表情を見て、顔を曇らせた。
「魔法具の大量使用により負担がかかっていると本人は言っていました。そして今回、今まで以上の力を発揮した。きっと今だって倒れ込んでいるはずです」
「そう、か」
帰る間に表情の変化は見られなかったが……朝方気配が変わっていた以上、何かしら処置が行われたのだろうか。
「本当に、あの力は使って良いものなのでしょうか」
不安を零すケイトはロウを一瞥し、さらにここにはいないパメラのことを思ったのか、遠い目をした。
なるほど――俺は彼女がパメラに対しどう思っているのかをなんとなく理解する。時に倒れ、無理をするようなことをしているパメラ。ロウはきっと自分のことで手一杯だろうから、私が見ないと――そういう風に考えているのだろう。
「……領主と話し合ったところによると、あの力は実験段階のものらしい」
そこで、声を発する。実験段階、という言葉に反応したかケイトは俺を見て眉をひそめた。
「実験、ですか」
「響き的に嫌な感じもするけど……突然死するようなことはないと思う……というか、彼女の場合は大気中の魔力を集めるタイプだから、その力を行使するために体に負担がかかっている、ということだと思う」
「そう、ですか」
煮え切らない表情のケイト。事の核心がわからないためか、不安は消えない様子。
「私にできることは、ロウやパメラを援護してできるだけ負担を軽くすることだけ……それで、本当にいいんでしょうか?」
「君の力は、きっと大きく意味を持っているよ。でなければ、ロウ君やパメラさんが君を信頼するはずがない」
「そうだといいのですが」
俺の言葉にケイトは答え、こちらに尋ねた。
「すいません、愚痴っぽくなってしまいました……それで、訊きたいこととは?」
「パメラさんの能力について聞きたかったから、もう大丈夫だ。ありがとう」
「わかりました。あの、パメラについて何か調べるんですか?」
「あの力が何なのか少し興味があって。領主も詳細は教えてくれなかったし」
と、濁して俺は応じた。ここで『領主が嘘をついている』などと言えば彼女が色々と調べ出しかねない。それは危険なので、ひとまず誤魔化しておくことにする。
「ただ天使の力みたいだし、パメラさんに害を与えるようなものではないと思うよ。体に負担がかかるのは少し問題かもしれないが……それを言ってしまったら、俺達だって同じだ」
「それはまあ、そうですが」
ケイトは引っ掛かりを覚えたのか頬をかきながら言う。というかはぐらかされた、と顔に書いてある。
「……何かわかったら君にも報告するよ」
そうした顔に対し、俺は口添えする。ケイトは渋々といった様子で「わかりました」と応じ、沈黙した。
「あ、それとケイトさん。今日もきっと、夕食に案内されると思う」
会話が途絶えたので、なんとなく別の話題を振ってみる。するとケイトはがっくりとうなだれ、
「そう言い渡され、ここで待っているんです……できれば家に帰って休みたいんですけど」
「だと思った。けど、マザーク殿が納得しないと思うよ」
「でしょうね」
「……ん」
そこで、ロウが目覚めた。ゆっくりを目を開き周囲を見回し、俺がいることに気付いたのか目線がこちらを向いて止まった。
「セディさん……?」
「顔色を窺いに来たんだ。眠れた?」
「ええ、はい」
彼はゆっくりと上体を起こし、肩や首を回し始める。顔をしかめている所を見ると、ソファで眠ったため痛みがあるのかもしれない。
「そろそろ、夕食ですか?」
「だろうね。きっと質問攻めに遭うと思うけど」
「覚悟はしておきます」
彼の言葉に、俺は笑みを浮かべながらアドバイスをした。
「ま、二回目だし精神的にも多少は慣れている。大丈夫なはずだよ――」
そうロウ達へ告げてみたのだが、結局二人は食が進んでいない。ただ一度目と比べれば緊張度合いは幾分マシだろうか。
「パメラがお役に立ててなによりだ」
会話の折、マザークは俺達へ告げる。ロウは小さく頷きつつ、彼の隣にある席へ一瞬目を移した。
会食は以前と同じ席順。向かい合うマザークの位置も同じ。しかし異なる点もある。パメラがいない。
「気になるのかい?」
マザークは視線に気付いて問い掛ける。それにロウは「はい」と答え、
「あの、やっぱり体に負担が……?」
「ロウ君が目撃した力を使うには、多少なりとも魔力を削らなければならないからね。今は体を休めているだけだ。心配いらない」
領主の言葉にロウは安堵した様子を見せる。ケイトもそれに小さく頷きつつ、スープに口をつけた。雰囲気的に、色々と考えている様子だ。
そして俺は、領主に「良かった」と応じた。
「それで、セディ殿。これからどうされるおつもりですか?」
ふいに、こちらに話が飛ぶ。俺は動揺は見せずマザークに笑みを浮かべ、
「特に予定はないんですよね……抱えている仕事もありませんから」
「ふむ、でしたらこの屋敷にしばらく滞在しても構いませんよ。部屋も自由に使ってください」
結構な待遇……魔族を倒したお礼、ということだろう。説明では俺は罠にはまらずロウ達と協力して魔族を倒したことになっている。その事実が大きい。
「アミル殿はいかがされますか?」
「私は薬草を採りに行き、適当な時期を見計らい帰ろうかと」
「そうですか。それまでは部屋を使ってください。あ、もしよろしければ今後も訪れていただければ部屋を用意します」
「ありがとうございます」
アミリースは丁寧に頭を下げた。
――調査するのにタイムリミットのようなものは存在していないようだ。けれど魔族を倒した噂から俺のことが広まるのは間違いない。それを以前の仲間達が知ったら、ここに来るに違いない。
問題はジクレイト王国の時と同様「いつ」なのかわからないこと。今日の午前中魔族を倒したことから、午後には四方に話が飛び交っているだろう。人や物流の速度を考慮すると……早ければ明日の昼前にはこの国の首都くらいには到達するだろう。そこに仲間がいたなら急行してくるだろう。そうなれば、調べるのは難しくなる。
だとすれば――今日しかないだろうか。幸いパメラも休養をとっているようなので、見つからないよう動けるかもしれない。
「マザーク殿」
そこで俺は彼女が動けるかどうかの確認にかかる。
「パメラさんの容体ですが……」
「セディ殿は心配性ですな。普段から魔法具を使用されているからこそ危惧を抱くのでしょうが」
と、俺の質問にマザークは笑みを伴い応じた。
「無論魔族を倒すほどの力を収束させた以上、知らず知らずの内に体に負荷がかかっているはず。しかし日常生活は送れます。今は念の為安静といったところです」
「わかりました。申し訳ありません。差し出がましい言葉を」
「いえ、間近で力を見たあなたがそう言うのは当然でしょう。お気になさらず」
どこまでも明るい口調で答えるマザーク……あまり余裕はなさそうだ。朝から動きっぱなしで疲れてはいるが、やるしかない。
「マザーク殿」
そういうわけで、さらに声を発する。
「そろそろ、私は部屋で休ませてもらおうかと思います」
「お、そうか」
彼は答えつつ、窓を見る。日が暮れたのに気付いたのか、俺達へ申し訳なさそうな顔をした。
「もう夜か。いやはや、朝から動いていた以上疲れていて当然だな」
言いながら、彼は手をパンパンと鳴らした。
「馬車の用意を」
傍らにいる侍女が反応し、すぐさま広間を出ていく。ロウ達の迎えを用意するのだろう。
「ロウ君、ケイト君」
そして、彼は最後に二人へ告げた。
「これからも、この村の発展のため戦ってもらえないだろうか」
確認するような問いを発すると、ロウが彼と目を合わせた。
「はい、もちろんです」
決然と答える。そこだけは、しっかりと。
はっきりとした返事にマザークは満足そうに頷いた。
「よろしく頼む……勇者、ロウ」
その言葉で、会食はお開きとなった。
先んじて俺とアミリースが退席する。ロウ達は迎えの馬車が来るまで、しばしマザークと歓談するはずだ。
「アミリース」
俺は広間を出た時、小声で彼女に話し掛けた。
「噂から、以前の仲間達がここに来ないとも限らない……今日中に調べるつもりだ」
「私も賛同するわ。けれど、体は大丈夫?」
「まだいけるよ」
動きっぱなしである以上、疲労がゼロというわけではないが、それでも魔物や悪魔に後れを取るレベルではない。
「部屋に戻ったら行動に移す。そっちは?」
「私はあなたの分身でも作って、侍女なんかが来たら上手く誤魔化すようにするわ……調査は全て、お願いできる?」
「わかった。分身はさすがにそっちにお願いするしかないし、請け負うよ」
意見はまとまり、そこからは無言で廊下を歩み――やがて辿り着いた部屋に入り、俺は準備を開始した。
「誘え――妖精の箱庭」
魔法を使用し、気配を消す。とりあえず動き回る人に注意を払いながら調べることにしよう。
俺はそっと扉を開けた。覗き込むように廊下を見回し、誰もいないことを確認すると部屋を出て静かに扉を閉めた。
音は発するので忍び足で移動をする。直後、正面から侍女がこちらへ歩いてくる。当然俺に視線を移す素振りは無く、黙ったまま横を通り過ぎる。
改めて魔法が効いていることを認識しつつ、なお突き進む。床は絨毯であるため露骨に音を立てない限りは大丈夫なのだが、注意するに越したことはない。
そして少しずつ部屋を離れ――どうしようか迷った。第一に、屋敷を散策していていないのでどこに何があるのかわからない。
いっそのことマザークの部屋なんかを調べるべきだろうか……いや、急ぐとはいえ失敗は許されない状況。見つかるリスクの高いそうした行動は、後回しでもいいだろう。
「……そうだ、魔法具」
そんな中、一つの回答に行き着く。魔法具を研究している場所を設けているはずだ。そしてきっと、誰にも見つからないようにやっているのではと推測する。
なら相場は地下だが、退路が少ないだろう。見つかってはならない状況で、袋小路になるかもしれない。
それもまたリスクかもしれない――思案しつつ、移動を再開した。
「ひとまず、調べられる場所から行ってみよう」
そういう結論に達する。無理せずとも情報を得られれば一番良いし、屋敷を見回る間に情報が見つかるかもしれない。
というわけで、俺は侍女がせわしなく動く中、屋敷を探索し始めた。