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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
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新たな事件

 翌日、特に何事もなく昼を迎える。俺は自室にいながら警戒するため鎧を着て、剣を差していたのだが、徒労に終わったようだ。


「これで終わるとも、思えないけど」


 俺は呟き視線を対面にいるフィンに移す。彼も赤い鎧を身に着け、戦闘できる態勢。

 そして部屋にいるのは二人だけ。カレンとミリーは一緒に買い出しだ。


「堕天使が事のあらましを魔王に報告していてもおかしくないけど」

「街まで来るようなことは無いだろ」


 フィンが返答する。確かに魔王は街そのものを直接襲撃するようなことは無い。神々の存在を気にかけているというのが、人々の見解だ。


「俺達の出方としては、堕天使が関連する人物――王様かどうかは知らないが、そいつがアクションを起こすかどうかだな」


 フィンが言うと、俺は同意しつつ聞き返す。


「なあ、誰が主犯だと思う?」

「難しい所だな……情報が少なすぎる」

「そうだな……ひとまず、静観かな」

「それしかないだろ」


 様子見ムード。フィンの言う通り情報が無い――ふと、魔王腹心であるベリウスの言葉を思い出す。堕天使の存在と相まって、何か繋がっているのではと考える。


「なあ、フィン。大いなる真実って言葉、聞いたことあるか?」

「……大いなる真実?」


 俺の疑問にフィンは眉をひそめた。


「なんだそれ?」

「魔王腹心ベリウスが、今際の際に言っていた」

「それが堕天使の件じゃないのか? 王と魔王が繋がっているという」

「やっぱりそうかな……」


 俺もフィンと同じ見解だった。王と魔王が繋がっているという話――それこそが大いなる真実だと。


 だが魔王やその腹心は、人間を滅ぼそうとする非情な存在だ。魔物が俺の親を殺したように、行動がそれを証明している。

 なのに――ベリウスは相当重要なことのように言っていたように感じた。人間を滅ぼそうとする存在でありながら、どこか人間を慮っている風に聞こえた。


「ま、その辺りも魔王との戦いで判明するさ」


 考える間に、フィンが陽気に告げる。俺は確かにと胸中で呟き、思考を中断した。


「ところでセディ。この街を出るのはいつにする?」


 フィンが話題を変えてくる。俺は少し思案して、答えを示す。


「色々と準備があるだろ? 次はいよいよ魔王と戦うわけだ。魔界に入る以上、抜かりないようにしておきたい」


 ――魔王の住む場所を俺達は魔界と呼んでいる。世界にはここから北以外にも、魔界へ通じるポイントがあるため、色々な場所から魔界に赴くことはできる。

 だが魔界に行けば魔王が入り口を封鎖し、この世界へ戻れなくしてしまう。その事実を、魔王に挑戦し生き残った勇者の記録を読み、俺達は理解していた。

 だからこそ、準備はしっかり行わなければならない。


 俺はふいに窓を眺める。窓から太陽の光が差し込んでいた。それをじっと見つめていると――


「……ん?」


 外の声が聞こえてきた。何やら騒いでいる。俺は歩を速めてテラスを開けた。下に見える大通りには、一方向を見つめ後退する街の人々がいた。


「何だ……?」


 眉をひそめ注視する。テラスのある場所と反対方向に人々は目をやっているが、俺にはその詳細は見えない。気になり確認しようと踵を返す――直後、爆発音が耳を打った。


「フィン――!」

「一騒動だな」


 フィンも素早く立ち上がる。俺達は共に部屋を出て、階段を下り宿の外に出た。街の人々が見ている方向を確認する。そこには――


「――カレン!?」


 城へ進む大通りの真ん中に、カレンが立っていた。

 同時に、魔力が大気に滞留しているのを把握する。先ほどの爆発は、カレンが放った魔法のようだ。


 さらに相対するように剣を構えるミリーの姿がある。戦闘を行っている様相に、俺は全力で二人の下へ走る。


「カレン! ミリー!」


 声を掛けるとミリーは振り返る――瞬間、カレンが右腕を振った。指先に淡く白い光が生まれ、光弾が生じ放たれる。


「防げ――女神の盾!」


 俺は反射的に叫び、青い結界を生み出した。光弾は結界に着弾すると。僅かな抵抗の後消失する。それを確認すると、俺はミリーに叫んだ。


「一体、どうした!」

「わからない。いきなり攻撃してきたのよ」


 ミリーは困惑した面持ちで応じる。周りは動揺する露店の商人や、固唾を飲んで見守る野次馬がいる。さらにミリーの足元には、買った物と思しき食料や雑貨が散乱していた。


「一体……」


 俺はカレンを見て――あることに気が付いた。


 表情は無機質で、感情らしきものは見受けられない。その中で大きく特徴的なのは、瞳の色。碧眼の瞳の内、俺達から見て右側が血のような真紅に変貌している。


「操られているのか……?」


 (うめ)きながらカレンを観察する。当の彼女は俺やフィンがやって来たことで警戒しているのか、動きを止めている。


 そこで俺は仕方なく剣を抜き、住民に呼び掛ける。


「危険です! 避難してください!」


 叫んだ瞬間、俺達を囲むように結界が生まれた。


「俺はサポートに徹するぞ」


 フィンの声。首を向けると、俺の真後ろにフィンがいた。彼はさらに自分を囲むように結界を生み出し、自身を隔離する。


「戦闘でロクな加減はできないからな。ここは街を守ることに終始する」

「わかった。ミリー」

「了解」


 俺の言葉にミリーは答え、改めて剣を構える。彼女の剣は、俺の握る剣の半分程度の長さしかない。それを逆手に握り、カレンを見据える。

 ミリーのスタイルは回避を優先させた剣技。カレンのような派手さは無いが、高位の魔族を打ち倒した実績もある。


「どうしてこうなったかわからないけど、目の前にいる私を障害として排除しようとするのは、やり過ぎよね」


 ミリーは呟くと同時に、一瞬こちらを向いた。こんな状況下で軽口を叩くミリーに、俺は少なからず苦笑する。


 直後、カレンが動く。先ほどと同じように腕を振り指先から光が生み出すと、光弾と化して放たれる。

 俺とミリーは左右に分かれ回避する。俺が右でミリーが左。光弾は結界に衝突すると消失し、俺達は挟み込むようにカレンに迫る。


 カレンは首をミリーへ向けた。すかさず腕を向け、再度光弾を放つ。


「ふっ!」


 それに構わずミリーは、短い声と共に剣を薙いだ。逆手に握る剣が光弾を弾き飛ばす。その隙に俺が一気に詰め寄る。悪い――思いながら、剣の柄で彼女の脇腹を叩こうとした。


 直後、カレンは左手をかざし――風が生まれる。突風と呼んで差し支えないそれは、結界内を渦巻き俺達の動きを止める。これには耐え切れず、俺は後方へ跳んだ。


「はっ!」


 後方にいるフィンの声が聞こえ、突如風は上に流れた。見ると上部分の結界だけを解除し、風を解放している。

 次にミリーに視線をやる。彼女も風に耐え切れなかったか、俺と同じようにカレンから間合いを取っていた。


「どうも、心の中でせめぎ合ってるみたいね」


 ミリーが呟く。最初俺は意味を図りかねたが、カレンを改めて観察し、察した。


 もしカレンが操られているのだとしたら、もっと強力な魔法――聖炎だって使う可能性がある。だが先ほどから光弾や突風といった、結界で容易に抑えきれる魔法しか使っていない。


 俺は魔力を感じ取るため意識を集中する。目に見えるわけではないが、相変わらず魔力が滞留している。その魔力は、光弾や風を使ったことでさらに増している――それも、かなり膨大に。

 即座に理解する。カレンが先ほどから使用しているのは、見た目よりずっと強力な魔法。しかしカレンは操られていながら自制し、無理やり威力を殺している。だが魔力だけは抑え込めず、放出しているのだろう。


 同時にわかったことがもう一つ。無理に魔法を行使しているため、カレンの魔力が少なくなってきている。


「操って無理やり魔法を使っている弊害かな?」


 ミリーもまた同じことを考えているらしく、誰に言うわけでもなく呟いた。


 カレンは無表情のまま、両手を俺達に向ける。手のひらが発光し、今までとは比べ物にならない魔力が収束していく。だがそれも本来のカレンの意志によって揺らぐ――が、今度は少しずつ膨らんでいく。


「ミリー!」

「わかってる!」


 こちらが叫ぶと同時に、ミリーは剣を持たない左手をカレンに突き出した。


 その手首には白銀のブレスレット。それが僅かに白く輝くと、俺も左腕を前に出す。瞬間、指にはめられた青い石の指輪の力が発動する。


「防げ――女神の盾!」


 声と共に結界が生成され、相対するようにカレンの光が打ち出された。

 それは俺達の身長程はある巨大な光弾。その大きさでも結界を張れば防げると確信できたが、防御を一切しないカレン本人が巻き込まれてしまう――


「包め――天使の鳳翼!」


 そこでミリーの魔法が発動する。それは多数の、青く輝く光の帯。それらがカレンの生み出した光弾に巻き付き完全に覆い――爆発した。

 光が漏れ出し一瞬視界が遮られる。さらにくぐもった爆発音が鼓膜を震わせ、衝撃による振動が体を支配する。


 その魔法は光弾を青い帯で包み、爆発を抑えこむもの――やがて光が先に収まり、視界が開ける。目の前は粉塵が支配していた。


「吹け――調和の風」


 横でミリーが魔法を使用し、煙を巻き上げる。その奥に見えたのはなおも超然と立つカレンの姿。だが、


「完全に無傷……とはいかないか」


 ミリーが呟く。言葉通り、カレンの体にはあちこち傷ができていた。


 魔法を使う腕はところどころ袖が破れ、白い肌を見せている。足や肩の一部からは僅かに血が滲んでいた。だがそれでも、目は虚ろで何も感じていないらしい。


「でも確実に魔力が落ちてるわね。このまま使い続けたら危険かも」


 ミリーが鋭く告げる。俺の目から見ても危険な状況に陥ろうとしているのがわかる。このまま戦闘を続ければ魔力を使い果たし倒れる。しかもカレンは操られている状況。もしかすると使い果たしても無理やり絞り出し、最悪死ぬまで術を行使する可能性も否定できない。


「ミリー、決めよう」

「ええ」


 返答と同時に、俺は結界を解いた。カレンは再度両手をこちらへ向け魔力を集中させようとする。だが、先ほどの魔法で浪費したせいか、収束が遅い。


 今度はこちらの方が早かった。俺は剣の腹の部分をカレンへ向け放つ。すると彼女は攻撃を中断し回避に移った。そこへミリーが懐に飛び込み――剣の柄の部分で脇腹を打った。


「――かはっ」


 短い声が俺にも聞こえる。カレンは一撃によりその場に崩れ落ちる。倒れると俺は剣を放りカレンを診る。傷は多少あるが、無事であるのは確認できた。


 戦いが終わったためフィンが結界を解く。すると街の人々のざわつく声が聞こえてくる。俺は困惑する住民を見ながらどうするかと思案し始めた時――城側から騒がしい声が聞こえた。目をやると城の騎士や兵士がこちらへ突き進んでいる。騎士が近づき俺達の存在に気付くと、目を見開いた。


「あなた方は――」


 俺達を知っている様子。なら話が早いと、口を開いた。


「おそらく、魔族の仕業です」

「魔族……?」

「仲間が操られていた……どんな力なのかはわかりませんが」


 俺の言葉に騎士は驚き、何事か尋ねようとした。だが彼は、周辺にいる人々を見回した。


「ここで話すのはまずいでしょうね……わかりました。お仲間を連れて、一度戻ってください。要件は後ほど」

「助かります」


 礼を告げ、カレンを抱えた。俺の剣をミリーが拾う。フィンは俺とミリーを一瞥すると、先導するように歩き始めた。






 宿に戻りカレンをベッドに休めた後、一階に戻る。騎士がやって来ており、俺が代表し一階の食堂で簡単に経緯を説明した。無論昨日の堕天使の件は話さない。


 一方フィンとミリーは、念の為宿の周囲を見回っている。


「……事情はある程度把握しました。しかし、なぜこんな街中に?」


 説明を終えると、騎士はそう感想を漏らした。俺は彼の目を見ながら答える。


「そこを、究明しようかと思います」

「わかりました。ただご無理はなさらないよう……」

「本当ならば、街を出たほうが良いのかもしれませんが」


 その言葉に、騎士は首を左右に振った。


「それこそ、魔王側の思う壺ではないでしょうか」

「……そうですね」


 街中で何かしら騒動を起こし、俺達を孤立させる――そんな風に魔王側が行動している可能性もある。


「勇者殿、私達も警戒に当たりましょう。正直、効果があるのかわかりませんが」

「お願いします」


 要望すると騎士は一礼し、宿を出て行った。

 入れ違いに、フィンとミリーが宿に戻ってくる。


「どうだった? 特に街の様子は?」


 問う間に、二人は俺と対面する形で座る。質問に答えたのはフィンだった。


「怪我人はいないらしい。それと混乱はさほどなく、あっという間に平常通りだ。魔界の門が近いため魔物が単体で迷い込んでくるケースとかもあるらしいし、住民は慣れっこなのかもしれないな」


 言葉に胸を撫で下ろした。何より負傷者がいないことが、救いだった。


「だが、俺達の方は出方を変える必要が出て来たな」


 フィンは意見する。ミリーも賛成らしく、小さく頷き神妙な顔つきとなっている。


「で、どうするセディ」


 問い掛けに、俺は無言となる。

 騒動が一段落し、落ち着いたところで心に起こり始めたのは、怒りに近い感情だった。


「仲間思いのお前だからな。無茶な行動をしないか不安だよ」

「……俺は」


 拳を握りしめ、俯く。正直な所まだ堕天使の件と繋がりは確定していない。だが、そうじゃないかという推測が、怒りを募らせる原因となっている。


 俺の心情を察したか、今度はミリーが口を出してくる。


「セディ。行動にするにしても、カレンが落ち着いてからにしなよ」

「……ああ、それもそうだ」

「しばらくは注意を払う程度で、カレンの回復を待つ。治ったら、身の振り方を考えればいいよ」

「わかった」


 素直に頷いた。カレンは魔力を大きく失いベッドに臥せている。さらにまだ敵の術中かもしれない以上、下手に動くのは危険だ。


 俺が無言となると、ミリーはさらに尋ねてくる。


「ところでセディ、カレンの容体は?」

「眠ってるよ。結界を部屋全体に張ったから、襲撃されることは無いはず」


 俺はゆっくりと息を吐き、二人へ言った。


「少し、カレンの様子を見に行くよ」

「ああ」

「いいよ」

 二人が了承すると、席を立ち階段を上がる。心の内に生まれ始めた怒りをどうにか抑えながら、カレンの眠る部屋に入る。


 間取りは俺やフィンの部屋と同じ。ミリーとの相部屋なので、ベッドは二つある。その奥側でカレンが眠っていた。近づくと、音に気付いたのかゆっくりと目を開けた。


「ごめん、起こしたか」


 俺の言葉にカレンは首を向ける。最初、驚いた。そして次に申し訳なさそうな表情を示した。


「ごめん、なさい……私が、不甲斐ないばかりに」

「記憶はあるのか?」

「おぼろげに、ですが」

「そっか……カレンが、謝る必要はないよ」


 言いつつ、近くに置いてある椅子をカレンの枕元に置き、座る。


「恨むべきは、操っていた敵だ……で、体調の方はどう?」

「少し、体が重いです……」

「無理矢理魔法を使っていたからな。仕方が無い。幸いなのは、住民に被害がなかったことかな」

「そうですか……良かった」

「それで、なぜこうなったんだ?」


 俺の問いにカレンは天井を見上げ、語り始める。


「買い物をしていて、女性と目が合ったんです……そしたら意識が一瞬飛んで、後は断片的に兄さんやミリーさんと戦っていた記憶が……」

「そうか」


 相槌を打ちながら、考える。

 敵は街の警備を潜り抜けカレンを操った。特に気になるのはカレンの方。俺達は普段から洗脳の魔法なんかを防ぐ処置を施している。それを無視しカレンを操ったとなると、相当な力量だ。


 頭の中で推測を立てている中、カレンが続ける。


「それで、はっきりと気付いた時には、この部屋に」

「魔法か何かだろうな」


 そう結論付けた。カレンも首を縦に振る。


「……兄さん」

「何だ?」

「大丈夫ですか?」


 問われて、俺はカレンを見た。心配そうな表情をしている。


「何で俺の心配をするんだよ?」


 答えると、カレンは小さく笑った。


「ひどい顔をしていますよ、兄さん」


 言われ、俺は思わず顔に手を当てた。

 それでどんな表情なのかわかるはずもなかったが、意識が自分の体の方に向く。変な風に力を入れていたのか、手とか足が少し痛いことに気付いた。


「兄さんのことですから……きっと、私を心配したか、怒りを抑えようとして我慢しているんですよね?」

「……まいったな」


 俺は苦笑し、カレンの問いにはっきりと頷いて見せた。指摘通り、怒りを必死に堪え、かなり力が入っている。


「大丈夫ですよ、兄さん。幸い魔力が減少しただけなので、二日もあれば回復できます」

「そう、か」


 それでも煮え切らない返答をすると、カレンは再度心配そうな表情を示した後、俺に語る。


「私を含めた仲間を、兄さんが大切にするのはわかります。けど、私もミリーさんも、フィンさんも戦うために兄さんと共にいるわけですから、このくらいで不安を抱いたり、怒りを感じていたりしていては身が持ちませんよ」

「ああ、わかってる」


 言って、頭を撫でた。カレンはくすぐったそうに微笑むながら、話し続ける。


「でも、ベリウスの時も私達のことをきっかけに倒した……ひょっとすると、私達を想う力が、兄さんに力を与えるきっかけなのかもしれませんね」

「そういうのに、頼りたくはないな」


 正直な感想を述べた。仲間が危機に晒され、覚醒して倒すなんて所業、俺にとっては心臓が飛び出るくらい怖いやり方だ。

 運に頼りすぎているし、何よりそんな状況が魔王との戦いで到来するとは思えない。


 俺の言葉を聞くと、カレンもまた頷いた。


「そうですね。やっぱり危険でしょうから……私はひとまず、ゆっくり休んで体調を戻します。回復したらどうするか、改めて決めればいいと思います――」


 そこまで告げ、言葉を止めた。俺が突如、窓の方向を見たためだ。


「どうしましたか?」


 質問に俺は応じなかった。窓の外は澄み渡る快晴。時刻はおそらく昼過ぎ。そんな中ふと視線を向け、空が瞬いた気がしたのだ。


 気に掛かり、椅子から立ち上がると足を窓へ向けた。カレンも俺の様子に何かを感じ取ったのか、押し黙る。

 窓を開いてテラスに出る。眼下は混乱が収まり、いつもの街の姿を取り戻している。青空はどこまでも続き、良い洗濯日和。だが、この平和な光景の中で嫌な予感を覚える。


「兄さん……?」


 後方からカレンの声。返事をしないまま、大通りを見下ろし人々が流れる様を観察する。


 店の出先で客寄せをしている店員。露店の品物を覗いている女性。買い物袋を抱えた、拙い足取りの男性――人々が生活する大通りの中で、魔力を感じた。

 本来魔力を持つ人間が誰かなど判別できない。しかし魔力を多大に持った人外が、こちらに視線を送っている気配くらいは、感じ取ることができる。


「……見つけた」


 俺は呟く。途端に体から色んな感情が沸き立つ。その衝動に任せ、即座に部屋に戻り窓を閉めた。


「兄さん?」

「すぐに戻る」


 カレンに答え、部屋を飛び出し一階に。ミリー達は同じ場所で話し合いをしていた。俺が姿を現すと即座に注目し、フィンが口を開く。


「おい、セディ。どうした?」

「敵だ。明確な気配を見つけた」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせ、次に声を発したのはミリー。


「で、すぐに追おうというわけ?」

「街中で戦うような真似はしないが、少なくとも昨日の堕天使と関係しているのかどうか調べないと」

「その時点で、一戦交えることになりそうだけど」


 ミリーは言いつつ、嘆息しながらも席を立つ。


「フィン、セディは止まりそうにないし、カレンの見張りをしてなよ。私とセディだけで行く」

「わかった。任しとけ」


 フィンの了承を聞いて、俺とミリーは宿を出た。

 大通りには笑いながら行き交う人々。彼らを掻き分け、気配のした方角に足を向ける。


「あんまり無茶はしないでよ」

「わかってる」


 釘を刺すミリーに、俺は低い声で答える。

 先ほどカレンからも(いさ)められたばかり。だがそれでも、心の激情が止まらない。カレンの助言で冷静さを取り戻したかに見えたが、目前に敵がいる状況では、もう抑えられなかった。


「ま、こんな風に宿を飛び出したんじゃ、自制もいかないか。やばくなったら私が押さえるから、思うように行動しなさい」

「……悪いな」


 ミリーに言いつつ大通りを歩き続ける。感情の赴くままに、怪しい人物がいないかを注意する。


 人々から見れば奇異に映ったかもしれない姿だが、構わず続けた。とにかく相手の尻尾を掴まないといけない――心の中で断言しながら大通りを進む。

 やがて、注意が人々の笑う姿などに向き始める――喧騒の空気に当てられ、少しずつではあるが体の中にあった感情が収まっていく。


 宿を出てしばらくして、ふと立ち止まる。置いてきたカレンが気に掛かった。


「やっぱり、性急だったかな」

「また始まった」


 ミリーはがっくりとしつつも、フォローを入れる。


「いいんじゃない? カレンの容体を見て、なおかつ近くに敵がウロウロしているなら、追うのはやむなしでしょ。仲間を思うが故の行動でしょ? ただ、あんたはもう少し感情的にならず冷静に考えなさい」

「わかってるけどさ」

「で、衝動的に動いて後で後悔するのもやめなさい」


 ぴしゃりと強い口調で言うミリーに、俺は苦笑しつつも頷いた。


「前から言われてたな。そんな風に」

「優柔不断は嫌われるよ。まあ、あんたの場合相手が魔族や魔物だし、警戒するのは仕方が無い。慎重になるのも当然ね……それによって間違った選択をしてこなかったわけだし、いいんじゃない?」

「……例えば?」


 道すがら、興味本位で訊いてみた。


「そうね、以前南の国――サルファンで同じように魔王腹心の討伐に向かう時、あんたは少し躊躇ったわよね? あの時私もフィンもすぐに向かうべきだと主張した。原因は、別の勇者が討伐に向かおうとしていたから。別に早さを競うわけじゃないけど、先んじられるのは癪だったから。で、結果は罠にかけられ勇者は再起不能になって帰ってきて、彼らからの情報を元に腹心を倒した。今思えば、あんたはそういうのを嗅ぎ取る能力を持っているのかもね」

「嫌に褒めるじゃないか」

「魔王を倒しちゃったら天下人だし、上から目線で物も言えないかなぁ、と思って」


 軽口のミリーに、俺は肩をすくめた。


 それが清涼剤となって心を冷静にさせる。そういえば、ミリーは小さい時からこうやって俺を諭しているような気がする。そう考えると非常にありがたい。


「ごめん、ミリー。なんというか、カレンと話をしている最中敵が近くにいるとわかって、仲間を傷つけられた以上行動しないと……そんな風に感じたんだ」


 話すと、ミリーはわかっているという面持ちで頷いた。


「そういう性格だから、私もカレンも、フィンだってついて来ているわけだし、良いと思うよ」

「……そっか」

「加えてあんたがもうちょっと、行動に自信を持ってくれれば完璧なんだけど――」


 話し続けている時、ふいに言葉が途切れた。


「ねえ、もしかしてあの人じゃない? 不思議な気配がする」


 ミリーがある一点を指差した。見ると路地に入っていく道に、一人の女性。

 長い黒髪に、一般的な旅装姿。遠目ながら、見覚えがあった。女性は間違いなく、昨日の堕天使と同じ顔をしている。


「あれだ、追うぞ」

「待った」


 ミリーは突如俺の手を引いて、堕天使のいる場所とは別の路地に入る。そしてそこから様子を窺い始める。


「何だよ?」

「警戒しているっぽい。キョロキョロと見回しているし」


 指摘され、俺も相手の態度に気付く。

 先ほど違和感に気付いた時、俺はテラスから見回していた。当然こちらを注視していた堕天使も見ていたはず。だとすれば気を払うのは当然だ。


「こんな街中だと飛ぶこともできないし、変に気配を読もうとすると誰かに見つかるかもしれない。怪しい行動は避けるでしょうね」

「その言い方だと、アレを使うつもりだな」


 俺の言葉に、ミリーはニヤリと笑う。


「人通りの少ない道を選ぶだろうから、使っても気を付けないと」


 ミリーは左腕をかざした。彼女の左手首には先ほどの戦いで使った白銀のブレスレット。魔法具の一種で、カレンと同じく様々な魔法を行使できるタイプの物。


「誘え――妖精の箱庭」


 瞬間、突如彼女の気配が極限まで薄まる。遅れて俺の体にも魔力が張り付いた。大気にある魔力と同調し気配を殺す魔法。ミリーがちょくちょく利用している術であり、諜報活動をする場合に用いる。


「さて、行こう」

「これでバレないのか?」

「保証はできないけど、こっちも女神にまつわる魔法具だからね。ヘマをしない限りは大丈夫だよ」


 俺達は大通りに出る。人々はこちらを気にすることなく道を歩く。ぶつからないよう注意を払いながら、堕天使と思しき女性がいた路地の前まで来る。見ると女性は先に進んでいた。


「バレたら尾行は中止ね」

「ああ」


 承諾し進み始める。ただひたすら、女性の姿を追って――

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