新たな事件
翌日、特に何事もなく昼を迎える。俺は自室にいながら警戒するため鎧を着て、剣を差していたのだが、徒労に終わったようだ。
「これで終わるとも、思えないけど」
俺は呟き視線を対面にいるフィンに移す。彼も赤い鎧を身に着け、戦闘できる態勢。
そして部屋にいるのは二人だけ。カレンとミリーは一緒に買い出しだ。
「堕天使が事のあらましを魔王に報告していてもおかしくないけど」
「街まで来るようなことは無いだろ」
フィンが返答する。確かに魔王は街そのものを直接襲撃するようなことは無い。神々の存在を気にかけているというのが、人々の見解だ。
「俺達の出方としては、堕天使が関連する人物――王様かどうかは知らないが、そいつがアクションを起こすかどうかだな」
フィンが言うと、俺は同意しつつ聞き返す。
「なあ、誰が主犯だと思う?」
「難しい所だな……情報が少なすぎる」
「そうだな……ひとまず、静観かな」
「それしかないだろ」
様子見ムード。フィンの言う通り情報が無い――ふと、魔王腹心であるベリウスの言葉を思い出す。堕天使の存在と相まって、何か繋がっているのではと考える。
「なあ、フィン。大いなる真実って言葉、聞いたことあるか?」
「……大いなる真実?」
俺の疑問にフィンは眉をひそめた。
「なんだそれ?」
「魔王腹心ベリウスが、今際の際に言っていた」
「それが堕天使の件じゃないのか? 王と魔王が繋がっているという」
「やっぱりそうかな……」
俺もフィンと同じ見解だった。王と魔王が繋がっているという話――それこそが大いなる真実だと。
だが魔王やその腹心は、人間を滅ぼそうとする非情な存在だ。魔物が俺の親を殺したように、行動がそれを証明している。
なのに――ベリウスは相当重要なことのように言っていたように感じた。人間を滅ぼそうとする存在でありながら、どこか人間を慮っている風に聞こえた。
「ま、その辺りも魔王との戦いで判明するさ」
考える間に、フィンが陽気に告げる。俺は確かにと胸中で呟き、思考を中断した。
「ところでセディ。この街を出るのはいつにする?」
フィンが話題を変えてくる。俺は少し思案して、答えを示す。
「色々と準備があるだろ? 次はいよいよ魔王と戦うわけだ。魔界に入る以上、抜かりないようにしておきたい」
――魔王の住む場所を俺達は魔界と呼んでいる。世界にはここから北以外にも、魔界へ通じるポイントがあるため、色々な場所から魔界に赴くことはできる。
だが魔界に行けば魔王が入り口を封鎖し、この世界へ戻れなくしてしまう。その事実を、魔王に挑戦し生き残った勇者の記録を読み、俺達は理解していた。
だからこそ、準備はしっかり行わなければならない。
俺はふいに窓を眺める。窓から太陽の光が差し込んでいた。それをじっと見つめていると――
「……ん?」
外の声が聞こえてきた。何やら騒いでいる。俺は歩を速めてテラスを開けた。下に見える大通りには、一方向を見つめ後退する街の人々がいた。
「何だ……?」
眉をひそめ注視する。テラスのある場所と反対方向に人々は目をやっているが、俺にはその詳細は見えない。気になり確認しようと踵を返す――直後、爆発音が耳を打った。
「フィン――!」
「一騒動だな」
フィンも素早く立ち上がる。俺達は共に部屋を出て、階段を下り宿の外に出た。街の人々が見ている方向を確認する。そこには――
「――カレン!?」
城へ進む大通りの真ん中に、カレンが立っていた。
同時に、魔力が大気に滞留しているのを把握する。先ほどの爆発は、カレンが放った魔法のようだ。
さらに相対するように剣を構えるミリーの姿がある。戦闘を行っている様相に、俺は全力で二人の下へ走る。
「カレン! ミリー!」
声を掛けるとミリーは振り返る――瞬間、カレンが右腕を振った。指先に淡く白い光が生まれ、光弾が生じ放たれる。
「防げ――女神の盾!」
俺は反射的に叫び、青い結界を生み出した。光弾は結界に着弾すると。僅かな抵抗の後消失する。それを確認すると、俺はミリーに叫んだ。
「一体、どうした!」
「わからない。いきなり攻撃してきたのよ」
ミリーは困惑した面持ちで応じる。周りは動揺する露店の商人や、固唾を飲んで見守る野次馬がいる。さらにミリーの足元には、買った物と思しき食料や雑貨が散乱していた。
「一体……」
俺はカレンを見て――あることに気が付いた。
表情は無機質で、感情らしきものは見受けられない。その中で大きく特徴的なのは、瞳の色。碧眼の瞳の内、俺達から見て右側が血のような真紅に変貌している。
「操られているのか……?」
呻きながらカレンを観察する。当の彼女は俺やフィンがやって来たことで警戒しているのか、動きを止めている。
そこで俺は仕方なく剣を抜き、住民に呼び掛ける。
「危険です! 避難してください!」
叫んだ瞬間、俺達を囲むように結界が生まれた。
「俺はサポートに徹するぞ」
フィンの声。首を向けると、俺の真後ろにフィンがいた。彼はさらに自分を囲むように結界を生み出し、自身を隔離する。
「戦闘でロクな加減はできないからな。ここは街を守ることに終始する」
「わかった。ミリー」
「了解」
俺の言葉にミリーは答え、改めて剣を構える。彼女の剣は、俺の握る剣の半分程度の長さしかない。それを逆手に握り、カレンを見据える。
ミリーのスタイルは回避を優先させた剣技。カレンのような派手さは無いが、高位の魔族を打ち倒した実績もある。
「どうしてこうなったかわからないけど、目の前にいる私を障害として排除しようとするのは、やり過ぎよね」
ミリーは呟くと同時に、一瞬こちらを向いた。こんな状況下で軽口を叩くミリーに、俺は少なからず苦笑する。
直後、カレンが動く。先ほどと同じように腕を振り指先から光が生み出すと、光弾と化して放たれる。
俺とミリーは左右に分かれ回避する。俺が右でミリーが左。光弾は結界に衝突すると消失し、俺達は挟み込むようにカレンに迫る。
カレンは首をミリーへ向けた。すかさず腕を向け、再度光弾を放つ。
「ふっ!」
それに構わずミリーは、短い声と共に剣を薙いだ。逆手に握る剣が光弾を弾き飛ばす。その隙に俺が一気に詰め寄る。悪い――思いながら、剣の柄で彼女の脇腹を叩こうとした。
直後、カレンは左手をかざし――風が生まれる。突風と呼んで差し支えないそれは、結界内を渦巻き俺達の動きを止める。これには耐え切れず、俺は後方へ跳んだ。
「はっ!」
後方にいるフィンの声が聞こえ、突如風は上に流れた。見ると上部分の結界だけを解除し、風を解放している。
次にミリーに視線をやる。彼女も風に耐え切れなかったか、俺と同じようにカレンから間合いを取っていた。
「どうも、心の中でせめぎ合ってるみたいね」
ミリーが呟く。最初俺は意味を図りかねたが、カレンを改めて観察し、察した。
もしカレンが操られているのだとしたら、もっと強力な魔法――聖炎だって使う可能性がある。だが先ほどから光弾や突風といった、結界で容易に抑えきれる魔法しか使っていない。
俺は魔力を感じ取るため意識を集中する。目に見えるわけではないが、相変わらず魔力が滞留している。その魔力は、光弾や風を使ったことでさらに増している――それも、かなり膨大に。
即座に理解する。カレンが先ほどから使用しているのは、見た目よりずっと強力な魔法。しかしカレンは操られていながら自制し、無理やり威力を殺している。だが魔力だけは抑え込めず、放出しているのだろう。
同時にわかったことがもう一つ。無理に魔法を行使しているため、カレンの魔力が少なくなってきている。
「操って無理やり魔法を使っている弊害かな?」
ミリーもまた同じことを考えているらしく、誰に言うわけでもなく呟いた。
カレンは無表情のまま、両手を俺達に向ける。手のひらが発光し、今までとは比べ物にならない魔力が収束していく。だがそれも本来のカレンの意志によって揺らぐ――が、今度は少しずつ膨らんでいく。
「ミリー!」
「わかってる!」
こちらが叫ぶと同時に、ミリーは剣を持たない左手をカレンに突き出した。
その手首には白銀のブレスレット。それが僅かに白く輝くと、俺も左腕を前に出す。瞬間、指にはめられた青い石の指輪の力が発動する。
「防げ――女神の盾!」
声と共に結界が生成され、相対するようにカレンの光が打ち出された。
それは俺達の身長程はある巨大な光弾。その大きさでも結界を張れば防げると確信できたが、防御を一切しないカレン本人が巻き込まれてしまう――
「包め――天使の鳳翼!」
そこでミリーの魔法が発動する。それは多数の、青く輝く光の帯。それらがカレンの生み出した光弾に巻き付き完全に覆い――爆発した。
光が漏れ出し一瞬視界が遮られる。さらにくぐもった爆発音が鼓膜を震わせ、衝撃による振動が体を支配する。
その魔法は光弾を青い帯で包み、爆発を抑えこむもの――やがて光が先に収まり、視界が開ける。目の前は粉塵が支配していた。
「吹け――調和の風」
横でミリーが魔法を使用し、煙を巻き上げる。その奥に見えたのはなおも超然と立つカレンの姿。だが、
「完全に無傷……とはいかないか」
ミリーが呟く。言葉通り、カレンの体にはあちこち傷ができていた。
魔法を使う腕はところどころ袖が破れ、白い肌を見せている。足や肩の一部からは僅かに血が滲んでいた。だがそれでも、目は虚ろで何も感じていないらしい。
「でも確実に魔力が落ちてるわね。このまま使い続けたら危険かも」
ミリーが鋭く告げる。俺の目から見ても危険な状況に陥ろうとしているのがわかる。このまま戦闘を続ければ魔力を使い果たし倒れる。しかもカレンは操られている状況。もしかすると使い果たしても無理やり絞り出し、最悪死ぬまで術を行使する可能性も否定できない。
「ミリー、決めよう」
「ええ」
返答と同時に、俺は結界を解いた。カレンは再度両手をこちらへ向け魔力を集中させようとする。だが、先ほどの魔法で浪費したせいか、収束が遅い。
今度はこちらの方が早かった。俺は剣の腹の部分をカレンへ向け放つ。すると彼女は攻撃を中断し回避に移った。そこへミリーが懐に飛び込み――剣の柄の部分で脇腹を打った。
「――かはっ」
短い声が俺にも聞こえる。カレンは一撃によりその場に崩れ落ちる。倒れると俺は剣を放りカレンを診る。傷は多少あるが、無事であるのは確認できた。
戦いが終わったためフィンが結界を解く。すると街の人々のざわつく声が聞こえてくる。俺は困惑する住民を見ながらどうするかと思案し始めた時――城側から騒がしい声が聞こえた。目をやると城の騎士や兵士がこちらへ突き進んでいる。騎士が近づき俺達の存在に気付くと、目を見開いた。
「あなた方は――」
俺達を知っている様子。なら話が早いと、口を開いた。
「おそらく、魔族の仕業です」
「魔族……?」
「仲間が操られていた……どんな力なのかはわかりませんが」
俺の言葉に騎士は驚き、何事か尋ねようとした。だが彼は、周辺にいる人々を見回した。
「ここで話すのはまずいでしょうね……わかりました。お仲間を連れて、一度戻ってください。要件は後ほど」
「助かります」
礼を告げ、カレンを抱えた。俺の剣をミリーが拾う。フィンは俺とミリーを一瞥すると、先導するように歩き始めた。
宿に戻りカレンをベッドに休めた後、一階に戻る。騎士がやって来ており、俺が代表し一階の食堂で簡単に経緯を説明した。無論昨日の堕天使の件は話さない。
一方フィンとミリーは、念の為宿の周囲を見回っている。
「……事情はある程度把握しました。しかし、なぜこんな街中に?」
説明を終えると、騎士はそう感想を漏らした。俺は彼の目を見ながら答える。
「そこを、究明しようかと思います」
「わかりました。ただご無理はなさらないよう……」
「本当ならば、街を出たほうが良いのかもしれませんが」
その言葉に、騎士は首を左右に振った。
「それこそ、魔王側の思う壺ではないでしょうか」
「……そうですね」
街中で何かしら騒動を起こし、俺達を孤立させる――そんな風に魔王側が行動している可能性もある。
「勇者殿、私達も警戒に当たりましょう。正直、効果があるのかわかりませんが」
「お願いします」
要望すると騎士は一礼し、宿を出て行った。
入れ違いに、フィンとミリーが宿に戻ってくる。
「どうだった? 特に街の様子は?」
問う間に、二人は俺と対面する形で座る。質問に答えたのはフィンだった。
「怪我人はいないらしい。それと混乱はさほどなく、あっという間に平常通りだ。魔界の門が近いため魔物が単体で迷い込んでくるケースとかもあるらしいし、住民は慣れっこなのかもしれないな」
言葉に胸を撫で下ろした。何より負傷者がいないことが、救いだった。
「だが、俺達の方は出方を変える必要が出て来たな」
フィンは意見する。ミリーも賛成らしく、小さく頷き神妙な顔つきとなっている。
「で、どうするセディ」
問い掛けに、俺は無言となる。
騒動が一段落し、落ち着いたところで心に起こり始めたのは、怒りに近い感情だった。
「仲間思いのお前だからな。無茶な行動をしないか不安だよ」
「……俺は」
拳を握りしめ、俯く。正直な所まだ堕天使の件と繋がりは確定していない。だが、そうじゃないかという推測が、怒りを募らせる原因となっている。
俺の心情を察したか、今度はミリーが口を出してくる。
「セディ。行動にするにしても、カレンが落ち着いてからにしなよ」
「……ああ、それもそうだ」
「しばらくは注意を払う程度で、カレンの回復を待つ。治ったら、身の振り方を考えればいいよ」
「わかった」
素直に頷いた。カレンは魔力を大きく失いベッドに臥せている。さらにまだ敵の術中かもしれない以上、下手に動くのは危険だ。
俺が無言となると、ミリーはさらに尋ねてくる。
「ところでセディ、カレンの容体は?」
「眠ってるよ。結界を部屋全体に張ったから、襲撃されることは無いはず」
俺はゆっくりと息を吐き、二人へ言った。
「少し、カレンの様子を見に行くよ」
「ああ」
「いいよ」
二人が了承すると、席を立ち階段を上がる。心の内に生まれ始めた怒りをどうにか抑えながら、カレンの眠る部屋に入る。
間取りは俺やフィンの部屋と同じ。ミリーとの相部屋なので、ベッドは二つある。その奥側でカレンが眠っていた。近づくと、音に気付いたのかゆっくりと目を開けた。
「ごめん、起こしたか」
俺の言葉にカレンは首を向ける。最初、驚いた。そして次に申し訳なさそうな表情を示した。
「ごめん、なさい……私が、不甲斐ないばかりに」
「記憶はあるのか?」
「おぼろげに、ですが」
「そっか……カレンが、謝る必要はないよ」
言いつつ、近くに置いてある椅子をカレンの枕元に置き、座る。
「恨むべきは、操っていた敵だ……で、体調の方はどう?」
「少し、体が重いです……」
「無理矢理魔法を使っていたからな。仕方が無い。幸いなのは、住民に被害がなかったことかな」
「そうですか……良かった」
「それで、なぜこうなったんだ?」
俺の問いにカレンは天井を見上げ、語り始める。
「買い物をしていて、女性と目が合ったんです……そしたら意識が一瞬飛んで、後は断片的に兄さんやミリーさんと戦っていた記憶が……」
「そうか」
相槌を打ちながら、考える。
敵は街の警備を潜り抜けカレンを操った。特に気になるのはカレンの方。俺達は普段から洗脳の魔法なんかを防ぐ処置を施している。それを無視しカレンを操ったとなると、相当な力量だ。
頭の中で推測を立てている中、カレンが続ける。
「それで、はっきりと気付いた時には、この部屋に」
「魔法か何かだろうな」
そう結論付けた。カレンも首を縦に振る。
「……兄さん」
「何だ?」
「大丈夫ですか?」
問われて、俺はカレンを見た。心配そうな表情をしている。
「何で俺の心配をするんだよ?」
答えると、カレンは小さく笑った。
「ひどい顔をしていますよ、兄さん」
言われ、俺は思わず顔に手を当てた。
それでどんな表情なのかわかるはずもなかったが、意識が自分の体の方に向く。変な風に力を入れていたのか、手とか足が少し痛いことに気付いた。
「兄さんのことですから……きっと、私を心配したか、怒りを抑えようとして我慢しているんですよね?」
「……まいったな」
俺は苦笑し、カレンの問いにはっきりと頷いて見せた。指摘通り、怒りを必死に堪え、かなり力が入っている。
「大丈夫ですよ、兄さん。幸い魔力が減少しただけなので、二日もあれば回復できます」
「そう、か」
それでも煮え切らない返答をすると、カレンは再度心配そうな表情を示した後、俺に語る。
「私を含めた仲間を、兄さんが大切にするのはわかります。けど、私もミリーさんも、フィンさんも戦うために兄さんと共にいるわけですから、このくらいで不安を抱いたり、怒りを感じていたりしていては身が持ちませんよ」
「ああ、わかってる」
言って、頭を撫でた。カレンはくすぐったそうに微笑むながら、話し続ける。
「でも、ベリウスの時も私達のことをきっかけに倒した……ひょっとすると、私達を想う力が、兄さんに力を与えるきっかけなのかもしれませんね」
「そういうのに、頼りたくはないな」
正直な感想を述べた。仲間が危機に晒され、覚醒して倒すなんて所業、俺にとっては心臓が飛び出るくらい怖いやり方だ。
運に頼りすぎているし、何よりそんな状況が魔王との戦いで到来するとは思えない。
俺の言葉を聞くと、カレンもまた頷いた。
「そうですね。やっぱり危険でしょうから……私はひとまず、ゆっくり休んで体調を戻します。回復したらどうするか、改めて決めればいいと思います――」
そこまで告げ、言葉を止めた。俺が突如、窓の方向を見たためだ。
「どうしましたか?」
質問に俺は応じなかった。窓の外は澄み渡る快晴。時刻はおそらく昼過ぎ。そんな中ふと視線を向け、空が瞬いた気がしたのだ。
気に掛かり、椅子から立ち上がると足を窓へ向けた。カレンも俺の様子に何かを感じ取ったのか、押し黙る。
窓を開いてテラスに出る。眼下は混乱が収まり、いつもの街の姿を取り戻している。青空はどこまでも続き、良い洗濯日和。だが、この平和な光景の中で嫌な予感を覚える。
「兄さん……?」
後方からカレンの声。返事をしないまま、大通りを見下ろし人々が流れる様を観察する。
店の出先で客寄せをしている店員。露店の品物を覗いている女性。買い物袋を抱えた、拙い足取りの男性――人々が生活する大通りの中で、魔力を感じた。
本来魔力を持つ人間が誰かなど判別できない。しかし魔力を多大に持った人外が、こちらに視線を送っている気配くらいは、感じ取ることができる。
「……見つけた」
俺は呟く。途端に体から色んな感情が沸き立つ。その衝動に任せ、即座に部屋に戻り窓を閉めた。
「兄さん?」
「すぐに戻る」
カレンに答え、部屋を飛び出し一階に。ミリー達は同じ場所で話し合いをしていた。俺が姿を現すと即座に注目し、フィンが口を開く。
「おい、セディ。どうした?」
「敵だ。明確な気配を見つけた」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ、次に声を発したのはミリー。
「で、すぐに追おうというわけ?」
「街中で戦うような真似はしないが、少なくとも昨日の堕天使と関係しているのかどうか調べないと」
「その時点で、一戦交えることになりそうだけど」
ミリーは言いつつ、嘆息しながらも席を立つ。
「フィン、セディは止まりそうにないし、カレンの見張りをしてなよ。私とセディだけで行く」
「わかった。任しとけ」
フィンの了承を聞いて、俺とミリーは宿を出た。
大通りには笑いながら行き交う人々。彼らを掻き分け、気配のした方角に足を向ける。
「あんまり無茶はしないでよ」
「わかってる」
釘を刺すミリーに、俺は低い声で答える。
先ほどカレンからも諌められたばかり。だがそれでも、心の激情が止まらない。カレンの助言で冷静さを取り戻したかに見えたが、目前に敵がいる状況では、もう抑えられなかった。
「ま、こんな風に宿を飛び出したんじゃ、自制もいかないか。やばくなったら私が押さえるから、思うように行動しなさい」
「……悪いな」
ミリーに言いつつ大通りを歩き続ける。感情の赴くままに、怪しい人物がいないかを注意する。
人々から見れば奇異に映ったかもしれない姿だが、構わず続けた。とにかく相手の尻尾を掴まないといけない――心の中で断言しながら大通りを進む。
やがて、注意が人々の笑う姿などに向き始める――喧騒の空気に当てられ、少しずつではあるが体の中にあった感情が収まっていく。
宿を出てしばらくして、ふと立ち止まる。置いてきたカレンが気に掛かった。
「やっぱり、性急だったかな」
「また始まった」
ミリーはがっくりとしつつも、フォローを入れる。
「いいんじゃない? カレンの容体を見て、なおかつ近くに敵がウロウロしているなら、追うのはやむなしでしょ。仲間を思うが故の行動でしょ? ただ、あんたはもう少し感情的にならず冷静に考えなさい」
「わかってるけどさ」
「で、衝動的に動いて後で後悔するのもやめなさい」
ぴしゃりと強い口調で言うミリーに、俺は苦笑しつつも頷いた。
「前から言われてたな。そんな風に」
「優柔不断は嫌われるよ。まあ、あんたの場合相手が魔族や魔物だし、警戒するのは仕方が無い。慎重になるのも当然ね……それによって間違った選択をしてこなかったわけだし、いいんじゃない?」
「……例えば?」
道すがら、興味本位で訊いてみた。
「そうね、以前南の国――サルファンで同じように魔王腹心の討伐に向かう時、あんたは少し躊躇ったわよね? あの時私もフィンもすぐに向かうべきだと主張した。原因は、別の勇者が討伐に向かおうとしていたから。別に早さを競うわけじゃないけど、先んじられるのは癪だったから。で、結果は罠にかけられ勇者は再起不能になって帰ってきて、彼らからの情報を元に腹心を倒した。今思えば、あんたはそういうのを嗅ぎ取る能力を持っているのかもね」
「嫌に褒めるじゃないか」
「魔王を倒しちゃったら天下人だし、上から目線で物も言えないかなぁ、と思って」
軽口のミリーに、俺は肩をすくめた。
それが清涼剤となって心を冷静にさせる。そういえば、ミリーは小さい時からこうやって俺を諭しているような気がする。そう考えると非常にありがたい。
「ごめん、ミリー。なんというか、カレンと話をしている最中敵が近くにいるとわかって、仲間を傷つけられた以上行動しないと……そんな風に感じたんだ」
話すと、ミリーはわかっているという面持ちで頷いた。
「そういう性格だから、私もカレンも、フィンだってついて来ているわけだし、良いと思うよ」
「……そっか」
「加えてあんたがもうちょっと、行動に自信を持ってくれれば完璧なんだけど――」
話し続けている時、ふいに言葉が途切れた。
「ねえ、もしかしてあの人じゃない? 不思議な気配がする」
ミリーがある一点を指差した。見ると路地に入っていく道に、一人の女性。
長い黒髪に、一般的な旅装姿。遠目ながら、見覚えがあった。女性は間違いなく、昨日の堕天使と同じ顔をしている。
「あれだ、追うぞ」
「待った」
ミリーは突如俺の手を引いて、堕天使のいる場所とは別の路地に入る。そしてそこから様子を窺い始める。
「何だよ?」
「警戒しているっぽい。キョロキョロと見回しているし」
指摘され、俺も相手の態度に気付く。
先ほど違和感に気付いた時、俺はテラスから見回していた。当然こちらを注視していた堕天使も見ていたはず。だとすれば気を払うのは当然だ。
「こんな街中だと飛ぶこともできないし、変に気配を読もうとすると誰かに見つかるかもしれない。怪しい行動は避けるでしょうね」
「その言い方だと、アレを使うつもりだな」
俺の言葉に、ミリーはニヤリと笑う。
「人通りの少ない道を選ぶだろうから、使っても気を付けないと」
ミリーは左腕をかざした。彼女の左手首には先ほどの戦いで使った白銀のブレスレット。魔法具の一種で、カレンと同じく様々な魔法を行使できるタイプの物。
「誘え――妖精の箱庭」
瞬間、突如彼女の気配が極限まで薄まる。遅れて俺の体にも魔力が張り付いた。大気にある魔力と同調し気配を殺す魔法。ミリーがちょくちょく利用している術であり、諜報活動をする場合に用いる。
「さて、行こう」
「これでバレないのか?」
「保証はできないけど、こっちも女神にまつわる魔法具だからね。ヘマをしない限りは大丈夫だよ」
俺達は大通りに出る。人々はこちらを気にすることなく道を歩く。ぶつからないよう注意を払いながら、堕天使と思しき女性がいた路地の前まで来る。見ると女性は先に進んでいた。
「バレたら尾行は中止ね」
「ああ」
承諾し進み始める。ただひたすら、女性の姿を追って――