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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
女神降臨編
49/428

変化と助言

『……そうですか、大変ですね』


 歪んだ空間の奥で、シアナは俺の説明に感想を漏らす。


 会食が終わり、俺は部屋に戻りシアナに報告を行った。ちなみにアミリースも何やら報告があるらしく、部屋に閉じこもっている。


「いや、最も大変なのは勇者になったロウ君だな」

『確かに……なんというか、これからの苦難が予想されます』

「領主の無理難題を聞くために、か」

『はい』

「そうかもしれない」


 魔族をずいぶんと憎んでいるマザークの顔を想像し、俺は同意した。


「で、シアナ……俺はしばらく単独行動になるけど」

『はい。アミリース様もいますし、お姉様も了承すると思います』

「そちらの進捗状況はどう?」

『進んではいますが、明確な情報を得られるのはもう少し先だと思います』

「そうか」


 解析に時間が掛かるのだろう。その間に今回の騒動を解決するのが理想的だ。


「で、シアナ。ここからが本題だけど、この国の魔族について」

『あ、はい。私も記憶にあるのでご説明します』


 シアナは頷き、俺に語り始めた。


『まず結論からですけど……セリウス王国にいる魔族幹部の名はフラウ=ヴィステル。彼は大いなる真実を知る魔族です』

「お、そうなのか。なら話は早そうだな」

『はい。私が連絡して、事情を説明しておきます』

「頼むよ」

『で、具体的にどうしますか? もしセディ様と勇者一行が出向いた場合……こちらとしては勝ちます? 負けます?』


 ――その言葉で、俺は苦笑してしまった。


『セディ様?』

「ああ、いや……ごめん。なんだか悪い気がして」

『勇者ロウに?』

「ああ……まさかこんなところで八百長しているとは思わないだろ?」

『確かにそうですが……自信をつける良い機会と捉えることもできますよ』


 自信――確かに、彼に魔族を倒させることによって、勇者としての自信や箔をつけるというのも一つの手。それにより以前にも増して魔物を倒すようになれば、こちらとしても非常に嬉しい。

 とはいえ、まだ女神から武具を貰って一日も経過していない。戦闘経験はあれど勇者としての経験はほぼゼロの彼に、そこまでやらせるのは酷な気もする。


「うーん……そうだな、ひとまず場の流れに沿うことにするよ」

『わかりました。フラウには言っておきます』

「お願いするよ」

『はい、では――』


 そう言った所で、ドアがノックされた。慌てて俺は魔法を解除しようとしたのだが、


「アミルです。入っても?」


 アミリースの声。俺は魔法を解除しないまま「どうぞ」と答えた。

 扉が開く。現れたアミリースは部屋を一瞥して、空間が歪んでいるのに気付いたらしくすぐに扉を閉め、こちらに寄って来た。


 そして俺の隣に立ち空間を覗き、


「シアナ様ですか。どうも」

『アミリース様……って、それ、変装ですか?』

「ええ。髪色と服装を変えただけで、ずいぶんと印象が違うでしょう?」

『はい。別人に見えます』


 俺からすれば、バレバレな気もするのだが……けどロウやケイトからは怪しまれていないので、大丈夫か。

 それに似ていると気付いてもイコールにはならないだろう。女神がいきなり旅装姿で登場なんて、事情を知らない人間からすればナンセンスすぎる。


「ふむ、シアナ様はこちらには来ないのですか?」

『はい。情報の解析もあるので』

「ですが、転移魔法ですぐに来ることはできますよね?」

『え? まあ、はい』


 突然、話が変な方向へ進む。俺はアミリースの言葉に首を傾げ、


「なら、今伝えておく必要があるかもしれません。これから夜を迎えますし」

「……おい、待て、アミリース」


 口上から嫌な予感がして呼び止める。すると彼女は、


「え、何?」


 どこかすっとぼけた声色で反応した。


「なんというか……やめにしないか?」

「何を言い出すんですか? 大変重要でしょう?」

「いや、まず根本的に、俺達の関係は――」

「婚約者でしょ?」


 がっくりと肩を落とす。馬耳東風だ。


「親愛の儀を済ませ、なおかつ多くの魔族に認められている状況なのに、本人達は否定しているというのは変わった構図ね」

「……一つだけいいか?」


 俺は限りない徒労感を覚えながら、アミリースに言った。


「どう解釈してもいいけど……変な噂は立てないでくれよ」

「……わかった」


 なぜ不満顔で返答するのだろうか。あんたはエーレか。


 俺は精神的に大きく疲労しながらシアナへ視線を戻す。歪んだ空間の奥では、ちょっとばかり顔を赤くする彼女がいた。


「えっと、シアナ。話を戻すけど」

『あ、はい』


 彼女は声を掛けられて気を取り直し、俺の言葉を待つ。


「大いなる真実を知る魔族であることから、やり方はいくらでもある。だから幹部に連絡してくれればどうにかするよ」

「それと並行して彼女の調査ね」


 アミリースのまともな意見。俺は頷き、次にシアナへ問い掛けた。


「彼女の調査をしてある程度類推できた段階で、見切りをつけようと思う……判断がシビアかもしれないけど、大丈夫だよな?」

『問題ありません。フラウにも言っておきます』

「もし倒すことになったら、リーデスと同じように転生させるのか?」

『に、なると思います』

「わかった」


 当事者が了承するかは俺にとってみれば疑問だったが……ここで問答しても始まらない。


「じゃあ、そういうことで。シアナ、頼んだ」

『はい』


 元気よく頷いた直後、空間の歪みが消え、部屋が元に戻った。


「……ねえ、セディ」


 ふいに、アミリースが声を発する。首を向けるとどこか興味ありげな、嬉々とした顔があった。


「本当の所、どう考えているの?」

「……あのさ」

「エーレには話さないから」


 いや、そんな風に言われても。

 俺は困った顔をしつつアミリースを見返す。なんというか、説明をしないと引いてくれなさそうな雰囲気。


「……正直、環境が激変しすぎて考えがまとまらないというのが、本音」

「それは、今の状況が大変ということ?」

「そうだ。管理のことを憶えるだけで、精一杯なんだよ」


 肩をすくめながら俺は答えるが……アミリースは口元に手を当て、


「そう……確かに勇者という立ち位置で色々と混乱することもあるわね」

「だろ? だから結論は落ち着いてから」

「ふうん……」


 アミリースは納得したような、していないような顔を見せる。なんだか物申したい雰囲気だが、彼女はそれ以上言及することなく、


「わかった。そういうことならとやかく言わない」


 あっさりと引き下がった。

 良かった……俺は内心安堵したが、この話には続きがあった。


「でもセディ、一つだけ言っておく」

「ああ、何だ?」

「あまりに結論を先延ばしにすると、きっと灰になるだろうから頑張ってね」

「……わかってるよ」


 エーレの顔を想像し、俺は頷く。

 結局は、そこに行き着くのであった。






 アミリースが部屋を出た後、特に何があるわけでもなく屋敷で適当に過ごし、就寝した。


 そして翌朝、起床して準備を済ませた後、朝食をとる。ちなみに食事は侍女が台車で運んできた。こっちとしては気が楽で良かった。


 食べ終えると部屋を出てアミリースと合流し、玄関ホールへ赴く。そこには静かに立つパメラと、自信に満ちた笑みを持つマザークがいた。


「お待ちしておりました」


 笑みを絶やさず領主が言う。俺は「おはようございます」と挨拶をして、彼らに近づいた。

 そして次の瞬間、パメラを見て違和感が体中に奔った。


「……え?」


 さらに瞳が合い、確信を抱く。

 違う。何かが違う。


「気付きましたか、セディ殿。さすがですね」


 俺に感嘆の声を発するマザーク。


「魔法具の調整により、大きく力を強化したのです。ただ昨日と変わらない雰囲気を持たせるよう調整したのですが……それでも気付くとは」


 何……? 俺は驚きつつパメラを見た。


 格好自体は何も変わっていない。そして、ロウやケイトからすれば、気付かないであろう、微細な変化であるのは間違いない。

 けれど俺からすれば取り巻く魔力が昨日とは異質。白だった世界が突如黒に変化したとでも言うべき程、違う。


 魔法具の調整だけでこれほどのことができるというのか――これが真実だとすると、マザークは相当な研究を重ねた人物であり、国から教えを請われてもおかしくないと思うのだが。


「何か、ありますか?」


 無言でいる俺にマザークが問う。こちらは少し慌てて彼に視線を送り、


「いえ……先ほど、強化と言いましたよね?」

「はい。これならあの砦にいる魔物に対抗できるはずです」


 決して称賛したわけではないのだが、俺のコメントに彼は胸を張った。


 そこで、アミリースの顔を確かめる。表情は少なく、ただじっとパメラを観察していた。驚いている、という雰囲気ではない。むしろ予期していた風にも見えるのだが……何か知っているのだろうか?


「で、セディ殿。実は朝方、ザイレンから報告が来ました」


 考える間に、マザークは話し始めた。


「勇者ロウと、その従士のケイト……二人は魔族征伐を行うとの回答でした」

「そう、ですか」


 あの二人は大丈夫だろうか――赴く時、色々と話しておくべきだと思った。


「わかりました……彼女の雰囲気を見れば、確かに戦力に足り得るでしょう。討伐に、向かいます」

「はい。パメラを、頼みます。それと、アミル殿、またお越しください」


 マザークは優雅に一礼する。どこか芝居がかったその行動に、俺は多少の違和感を覚える。


「お気をつけて。パメラ、セディ殿やロウ君をしっかり援護してきなさい」

「はい」


 承諾し、パメラは俺達を先導し始めた。それに追随し、屋敷を出る。さらに無言のまま森の中を進む道へと入り、


「さて、私も手伝うとしようかな」


 アミリースが声を発した。その言葉に、パメラは驚き彼女を見た。


「アミルさんも?」

「ええ。仲間のセディさんが戦うのであれば」

「しかし、アミルさんはあまり戦えないと仰っていませんでしたか?」

「無理はしないから。それに、私の治癒魔法は必要となるはずだし。大丈夫、迷惑を掛けるつもりはないから」


 ――会話から、たぶん神官か何かと偽って村を訪れていたのだろう。おそらく、接している過程で、パメラの変容に気付いたのかもしれない。

 そしてアミリースが調査するべきだと進言した……魔族の力なら、エーレが反応してもおかしくないので、パメラは神々に対する何らかの力を保有しているのかもしれない。


 人間の中にも先天的にそうした力を保有している者がいる。神々の血が入った人間が突如覚醒したり、生活環境や境遇によって特殊な魔力を引き込んだ記録は残っているし、旅先で遭遇したこともある。

 だから天使や女神の力が目覚めるという可能性はゼロではない。パメラの祖先にそうした系譜があったとすれば、十分考えられる。


「アミル、彼女に何かしら血が入っているのか?」


 俺は正面にいるパメラに気取られないよう小さな声でアミリースに尋ねた。


「調査というのは、天使とかの力が入っている可能性があるからだろ?」

「……そう、ね」


 なんだか歯切れの悪い言葉。違うのだろうか。


「私も、完全に見極めてはいないの」


 続いて俺にそう告げた。なるほど、それを今からの戦いで判断するというわけか。


「わかったよ。ちなみにアミリースは戦うのか?」

「戦闘はあなたに任せる。私はあくまで後方支援ということで」

「了解」


 戦闘しているところなんかを見たかった気もするが……人目のあるところで本気は出せないだろうし、仕方ないか。

 会話をしつつ、やがて俺達は森を抜け村へと出る。そこで視線を巡らせ、入口付近にロウとケイトが立っているのを目にした。


「ところでパメラさん、討伐はいいけれどどうやって行くの?」


 ふいに、アミリースが尋ねた。昨日事情はザイレンから聞いているが、念の為だろう。


「私が作成した転移魔法陣を使います」


 答えが来た――のだが、どこか重い声。

 見た目は一切変わっていないが、声についてはどうも隠しきれていない。何やら辛そうにも感じられるのだが――


「えっと、大丈夫?」


 そんな様子に声を掛ける。するとパメラは俺を一瞥した後首を左右に振り、


「魔法具の使用で多少戸惑っているだけですから」

「そうか……体調が悪くなったら、言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 礼を告げられる。その声もやはり重い――けれど、彼女は歩き出した。俺達は無言で追随する。

 少ししてロウ達へ近づく。待ち構えていた二人は、昨日と同様緊張した面持ちであったが覚悟は決めているらしく、ロウについては精悍(せいかん)な顔つきを見せていた。


「セディさん、おはようございます」

「おはよう……大丈夫かい?」

「はい。行けます」


 決然と応じるロウ。態度を見て、俺は逆に気に掛かった。


「昨日とはずいぶん様子が変わったな……肝が据わったとというか」

「食事の後、色々考えたので」


 ロウは答えると、俺と視線を合わせさらに続けた。


「ここで逃げていたら、きっと癖になって魔物とも戦えなくなるような気がして」

「逃げ癖がつくってことか」

「はい……俺は本来、臆病ですから」


 照れ笑いを浮かべるロウ。そんな彼に、横にいるケイトが小突く。


「もうちょっとビシッと決めなよ」

「そうは言っても、これが俺だから」

「心配ねぇ、なんだか」


 語るケイトであったが、瞳の奥に身を案じる色を俺は見逃さなかった。

 うん、これはフォローしておいた方がいいかもしれないな。


「ロウ君、一ついい?」


 俺が発言すると、彼は小さく頷き言葉を待つ。


「まず、絶対に無茶はしないこと。敵がいるところに一人で突っ込むなど、絶対単独行動は避けるように」


 これは俺も気を付けないといけないのだが……ロウはこちらの言葉に「はい」と景気よく返事をする。


「よし……次に、もし怖くなったり、絶対に勝てないと踏んだら、迷わず逃げろ」

「……え?」


 途端、ロウは目を丸くした。俺はそんな彼に忠告するよう説明を加える。


「勇者とは人に称えられる存在であり、悪である魔物や魔族から絶対に逃げてはならない……そういう風に考えているかもしれない。けれど、それは詭弁だ」

「詭弁……ですか?」

「そう、詭弁。勇者を是が非でも戦わせるための言葉だ。本当の勇者とは状況を見極め、必要とあらば撤退する……戦場では、逃げることも勇気の一つだからね」


 解説すると、ロウとケイトは同時につばを飲み込んだ。あまつさえパメラも俺へ視線を送り、言葉を待っている。


「そしてロウ君は臆病と言った……恐れる感情というのは非常に重要だ。戦いというのは常に恐怖と向かい合う必要がある。自分の心の中にある恐怖と常に格闘しながら、魔物と戦わなければならない。恐怖に打ち勝ち強敵を倒すことも重要だが、それと同じようにどう転んでも勝てないような相手に遭遇した時、どうにか逃げることもまた重要だ」

「……わかりました」


 神妙な顔つきでロウは頷く――まあ、俺も人のこと言えた義理じゃないけど。

 でも目の前に新人の勇者がいる以上、これからのことを考えアドバイスはしとかないと……ここまで関わった以上、彼には頑張ってほしいし。


「それじゃあ、行こうか。えっと……」

「私が案内します」


 俺の言葉にパメラは応じ、歩き出す。


 それに追随しようとして……最後にふと、首だけ振り向いて村を見る。農作業を始めようとする男性が動き始めており、ひどくのどかな光景。

 こういう景色を守りたいがために、ロウは戦っているのだろう――思いながら、俺は村に背を向け、歩き始めた。

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