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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
女神降臨編
45/428

神々の仕事

 次視界に見えたのは、まっすぐ伸びる川だった。

 川が流れ、左右に森がある場所だった。転移先はいつも人に見つからないよう視界が阻まれた場所だったのだが……開けた場所なので、少し驚く。


「さて、案内するわ」


 アミリースの声。振り向くと笑い掛けている姿があった。


「ああ……で、ここは?」

「セリウス王国にある、山岳地帯の一角」


 彼女が答える。俺は国名を記憶から引っ張り出しにかかった。


 確か、前に訪れたジクレイト王国と同盟を組む小国だったはず。位置的にはジクレイトの西側。ここからさらに西へ進むと巨大な山脈があり、大陸を西と東で隔てている。

 で、この国は領土が山地ばかりで、人口もそれほど多くない。だからジクレイトの庇護の下、国家として成り立っているのだが――


「ここに、勇者候補が?」

「ええ。ほら、聞こえない?」


 彼女が問う。言われて俺は耳を澄ませた。

 どこからか鈍い音が聞こえる。距離は遠いようだが……山が発している音とは明らかに違う。間違いなく、魔法を使用している。


「交戦中か」

「では、こっちに」


 アミリースは手で森を示す。


「セディは魔法を使って身を隠していて」

「ここから?」

「周囲の気配は探るようにしているけど、万が一のため」

「わかった」


 答え、俺は左手をかざした。


「誘え――妖精の箱庭」


 そして魔法を使用。結果、俺の気配は極限まで薄くなった……はず。


「では、こちらに」


 けれどアミリースは俺に視線を送り手をやった。


「えっと、見えているのか?」

「それは神々の魔法だから」


 答えが返ってきた。なるほど、何かしら術式を知っていて対処しているのだろう……納得しつつ、アミリースと共に歩き始めた。

 森の中を、しばし無言で進む。というか俺としては話題もない。女神相手に何を話せばいいのだろうか。


「そういえば、一つ訊かなければいけないことが」


 そこへ、助け舟とばかりに彼女から言葉が。


「セディは、私達の活動をどこまで知っているの?」

「えっと……大気中の魔力管理と、今からやる武具を渡すということの概要くらい」

「なら、魔力管理について話した方がよさそうね」


 どこか楽しげにアミリースは言うと、説明を始めた。


「私達の役目は、基本的には魔力管理が主。とはいっても、やっていることのほとんどは監視なのだけど」

「監視?」

「私達の相手は生物でも植物でもなく、自然そのもの。環境を汚染するような大規模な魔法でも使われない限り、変化はほとんどないと言っていい。けれどもし異常があった場合、転移魔法により急行し、調整を施す」

「具体的にはどんなことを?」

「魔力が枯渇していれば訪れた者が魔力を供給。逆に魔力濃度が高ければ魔力を収束し、他所に放出する」

「それだけ?」

「そうね。けれど世界は広く、なおかつ大いなる真実を知る存在は神界でもほんの一部……仕事に従事する天使や神々は戻っては出てを繰り返していて、ロクに休みも取れないと嘆いているわね」

「……休み?」

「ええ。私達だってちゃんと休息しないと」


 俺の言葉にアミリースは笑った。


「実際、管理初期は激務過ぎてノイローゼにかかってしまった子とかいたみたいだし」

「……そうか」


 人間と同じく、動きっぱなしとはいかないようだ。


「けど、これが大自然を相手に戦うということなのでしょうね……あ、念の為言っておくと、こうした仕事をしているのは、あくまで大いなる真実を知る存在だけ」

「他の神達は?」

「来るべき魔王との戦いに備え魔族の監視、もしくは人間を蹂躙せんとする魔物を倒すなどね」

「魔族はわかるが……魔物を倒すなんてこと、あったっけ?」

「人がいないところで色々と、ね。大いなる真実を知らない神であっても、人間から信奉されるには隠れているのが一番いいと理解しているから」

「なるほどな」


 神も魔族同様色々と苦慮しているようだ――そこまで思った時、一つ訊きたいことができた。


「そうだ、これを機に質問が一つ」

「なあに?」

「神側にとってみると、人間というのはどういう存在なんだ?」


 ――信仰の対象となることの多い神様は、人々にとってみれば雲の上の存在。中には神が人間を助けることなどありはしないと主張をする人もいる。

 隠れているからこそそういう見解になるのも無理もないが、本当のところはどうなのだろうか。


「私達から見た、人間……」


 アミリースは呟くと、口元に手を当てた。


「そうね……大いなる真実を知らない者達から見れば、魔王との戦いに際し協力してくれる存在。そして、知る者から見れば管理の対象に入る存在、といったところかしら」

「抽象的だな」

「明確な解答を持ち合わせている者はいないと思うわ」


 俺の言葉にアミリースは苦笑する。


「そもそも大いなる真実に基づく管理が始まった時、人間という存在はまだまだ発展途上で、大勢を決めるような役割はなかった。けれど管理の過程で繁栄し、中には魔王と間接的に協力する存在も現れるようになった」


 魔物を倒す勇者のことを言っているのだろう。


「私達はあくまで世界の魔力管理を主とするため、同胞と呼ぶようなことはない。むしろ管理の枠組みに入っている生物、というのが一番近いかもしれない」


 管理の対象が違うことで捉え方も違う、というわけか。信奉する人間が聞いたら卒倒するかもしれない話だが――


「ただ、これから変わるかもしれない」


 アミリースは続け、俺を見る。


「……そう、か」


 俺は相槌を打ちつつ、彼女の瞳がどこか期待を帯びているのがわかった。

 彼女も何かしら考えがあって、俺を同行させているのは間違いない。ならば、それに報いる必要はある。


「頑張って勉強するよ」

「その調子」


 どこか嬉しそうにアミリースは告げ、会話は一段落となった。






 その後、いよいよ勇者達のいる場所へと近づく。

 戦いはまだ続いているようで、接近するにつれ爆発音だけでなく喚声や、金属音なんかも聞こえ始める。


「結構、手ごわい相手なのか……?」

「彼らにしてみれば、ということだと思うわよ」


 アミリースからの返答。そうか、まだまだ経験の少ない人物なのか。


「さて、そろそろね」


 アミリースが言う。俺が首を向けた時、彼女は声を発した。


「ここからは別行動。私が彼らの下に現れる姿を見ておいて」

「その後はどうすれば?」

「私が消えた後彼らと距離を取り、再び合流」

「わかった」


 了承すると、彼女は立ち止まって正面を指差し、


「まっすぐ進めば辿り着くから、進んで。あと、バレないとはいえ念の為茂みに隠れて見ているようにしてね」

「ああ」

 頷いた瞬間――彼女の足元に魔法陣が出現し、その姿が消えた。残ったのは真正面から聞こえる戦いの音。

「……さて」


 呟き、俺は今一度自分の姿が魔族であると確認。


「よし、大丈夫だな」


 そして、できるだけ音を立てないようゆっくりと歩み始めた。

 茂みをかきわける音なんかは風によって生じる葉擦れの音でかき消されるので大丈夫だと思うが、足跡までは消せない――直接見られない限り、心配しなくてもいいと思うけど。


 そこから少しの間は移動するだけの時間が続き――やがて正面の戦闘音が鮮明に聞こえ始め、森が途切れているのを目で確認できた。

 俺は気配をできるだけ殺しつつ、戦闘の光景を視界に捉える。そこはどうやら山道のようで、森に沿うように山へ進む道であり――


「やあああっ!」


 聞こえたのはやや高めの男性の声。目には腰に鞘を差し、革製の鎧を着た青年が見えた。年齢は俺よりも少し下だろうか。どこか幼さを残した彼は、魔物へと攻撃を仕掛ける。

 対する魔物は鹿のような体躯と角を持つ、真っ黒な存在。他に見えることといえば地面に黒い塵がいくつもあること。どうやら戦いは終盤らしい。


「はあっ!」


 青年が剣を振り下ろす。対する魔物は素早く退き、その一撃を避けた。


「炎よ!」


 そこへ、青年の背後から声。視線を転じると二人の女性が立っており、さらにその後方には商人らしき人が尻もちついている光景があった。


 俺は女性達に注目する。片方は藍色のローブを着た、黒髪黒瞳の女性。ツリ目で口元に黒子が一つあるのが特徴だ。

 もう一方は白いローブを着ている、銀髪碧眼の女性。肌が透き通るくらいに白く、明らかに他の面々と雰囲気が違う。なおかつ冷淡な瞳を魔物に投げかけており、もう一方の女性と対照的だった。

 彼女達の年齢は青年とほぼ同じくらいで、間違いなく俺よりも年下。そして先ほどの声は、黒髪の女性からのものだった。


 声の瞬間、彼女は右手をかざし、その先から火球が生まれる。ただ、それほど大きくはない。魔力だって、それほど感じない。

 威力の低い魔法であるのが一目でわかり――火球は山なりの軌跡を描き、青年の横を抜け魔物へと直撃。甲高い悲鳴が響き渡ったのだが、倒すには至らない。


「――閉ざせ」


 次に、銀髪の女性の言葉。次の瞬間魔物の背後に退路を阻むが如く結界が出現する。


「ロウ!」


 そして、黒髪の女性による声。直後、名を呼ばれた――青年が吠えた。


「――おおおおおっ!」


 絶叫と共に駆け、両手で剣を握り締め、火球により隙の生じた魔物へ剣を放った。

 それはまたも上段振り下ろし。しかし今度こそ剣戟が直撃し、塵と化した。


「やっ……た……!」


 青年が呟く。俺は心の中で拍手を送りつつ、事の推移を見守る。

 一番後方にいた男性が驚き、ゆっくりと立ち上がる。そこで青年が振り向き、剣を腰の鞘に収め三人へ口を開いた。


「みんな、数は多かったけどどうにか――」


 瞬間、魔物がいた場所辺りから魔力が生じた。途端に青年は気付いたか再度振り返る。


「え……?」


 そして呻く。同時に生じたのは、柔らかな光。それが円形に生じると、包み込むような優しい魔力が周囲を取り巻き始め、あまつさえ光の粒子が周辺に生じる。

 どうやら始まったらしい……青年達は例外なくそこを凝視し、何事かと行方を見守る。


『……勇者、ロウよ』


 反響するような声。青年はビクリと体を震わせつつ、その声に応じた。


「だ、誰……?」

『私は、あなたに微力ながら協力する者です』


 同時に、光の中から人影が出現――剣を両手で抱え歩む、アミリースだった。


「あ、あなたは……」


 声を失う、青年。さらに後方にいる女性達や、立ち上がった男性も言葉が出ず、出現した女神を凝視する。


『魔を狩る勇者として……あなたに、これを渡したく思います』


 アミリースは抱えた剣を青年へ差し出した。


 ――俺は女神から武器を賜った経験が無かったので初めて見るのだが、結構な演出が盛り込まれていて驚かされる。

 青年達から見れば奇跡と呼べる光景――声が響いているのも演出の一つだろうか。さらに後方に彼の仲間らしき人物達や、部外者と思しき男性がいるのも憎い演出。彼らが間違いなく証人として多くの人に青年のことを伝え、彼は勇者となるだろう。


『同じ魔王と戦う者……これを、お受け取りください』


 微笑を浮かべながら、アミリースは語る。青年は一度ゴクリと唾を飲み込んだ後、恐る恐るといった様子で剣を受け取った。


「め、女神様……?」


 そこへ、後方から男性の声。それに反応したのか青年は体を一度大きく震わせる。


「あ、あの……」

『私達はいつまでも見守っています……多くの方を、救ってください』


 アミリースはなおも言う。加えて青年達を優しく包み込むような、母性溢れる気配を発し、笑顔を浮かべた。

 大いなる真実を知っている身からすると騙している気分にもなり、なんというか少しばかり良心の呵責も――


「は、はい……!」


 青年はなおも驚いていたが、彼女の要求にだけは決然と返事をした。

 そして、アミリースの体が青年の正面で光に包まれる。彼はそこで何か口を開こうとしたようだが……それは叶わず女神は消えた。


 残ったのは、静寂。しばし風が木々を揺らす音だけが生じ、青年の腕には一本の剣が。

 先ほどの光景は夢――いや、ここに剣はある、などと青年は考えているのかもしれない。俺はじっと一行を見守り……やがて、


「ロ、ロウ」


 黒髪の女性が声を発した。


「お、俺……」


 青年が応じる。けれど驚きすぎたのかまともに返事できないようだ。

 またも沈黙が生じる。彼らにしてみれば突然すぎる出来事である以上、無理もないとは思う。


 で、俺は……ひとまず目的は達せられた。ここからどうすればいいのだろうか。

 ひとまず退散した方がいいのだろうか。でも沈黙している以上、動けばバレるだろう。しばらく様子を見ようかと思っていると、


「……ん?」


 銀髪の女性が声を発した。その眼は、なぜか俺のいる場所へと向けられる。


「どうしたの?」


 黒髪の女性が問う。けれど銀髪の女性はそれには答えず、じっと俺が隠れる茂みを注視し始めた。

 ――もしかして、気付かれているのか? いや、ありえない。なぜなら俺は神々の魔法具により魔法を使っている。


「……そこにいるのは、誰?」


 しかし彼女は尋ねた。やはり、俺の存在に気付いているのか。先ほどまでは戦闘を行っていたためわからなかったが、沈黙した結果魔力を感じ取ることができるようになったのかもしれない。

 気配隠しとはいえ魔法を使用し続けている以上、魔力を常に放出している……しかし、ファールンでさえ気付かなくらいのレベルなのだが、彼女はわかったようだ。


 少なからず驚きつつ……この状況はまずいと認識する。俺の姿が露見すれば強制転移することになるだろう。しかも今回は一人ではなく複数人。かつ新たな勇者もいる。ここに魔族がいたとすれば、混乱を呼ぶかもしれない。

 けれど、だからといってセディとなって顔を出すのもどうなのだろうか……それをすると引くに引けないのでは――


(セディ)


 悩んでいた時、いきなり頭に直接アミリースの声が響いた。


(女性の一人が気付いているようなので、ひとまず勇者として彼らと接して。魔法に気付くとなると、何か素質を秘めているかもしれない)


 彼女は告げる。俺は言葉を聞いて、意を決した。


「……わかった」


 聞こえているかどうかわからなかったが小さく答え、頭を回転させる。ここから違和感なく彼らと接するには――

 考えながら、まずは魔法を使用したまま姿をセディそのものに変える。格好も黒から青に変え、見た目で魔族っぽさを消す。


 そして最後に、魔法を解除した。


「……いや、すまない。驚かせるつもりじゃなかったんだ」


 言って、立ち上がり彼らに姿を現した。途端に青年や黒髪の女性は驚く。


「あ、あなたは?」


 目を見開いたまま青年が問う。俺はなんとなく彼が情報を処理しきれていないのだと半ば理解できたのだが、


「セディ=フェリウスというしがない剣士だ」


 名を告げ、一礼した。


「セ、セディ……?」


 黒髪の女性が呟く。様子から、俺の名は知っているようだ。


「危なくなれば助けようと思っていたんだが、その必要もなかったみたいだな」


 俺は言いながら、青年が抱える剣に目を移す。


「女神の顕現……俺も初めて見たよ」

「え、あ……」


 さらなる展開に、青年は完全にフリーズしてしまう。そんな彼に俺は苦笑しつつ、一行を見回した。


「ひとまず魔物は倒せたみたいだし……一度、村に戻った方がいいかもしれない。君も、頭を冷やす時間が必要だろ?」


 立て続けに言い放った俺に、青年は小さく頷く。けれど足は動かず。


「……あの」


 そこで、黒髪の女性が声を発した。俺はそちらに首を向け、


「何?」

「セディという名前……もしや……」

「ああ、そうだ。噂の当人だ。信じられないかもしれないが」


 告げると、彼女の体は固まった。これで二名が硬直した。

 さらに苦笑しつつ視線を別所に向ける。青年の握る剣と俺を交互に見ている商人風の男性と、何やらこちらを怪しむような視線を送る銀髪の女性。


 俺は銀髪の女性に気を留め笑い返した。すると彼女は目を僅かに細めると、さっと視線を逸らす。気付いていた以上、俺の行動は怪しいと思ったのだろうか。

 ともあれ、アミリースからの言葉も受けている。ひとまず彼女について調べる必要があるだろう――なおも沈黙し佇む青年達を見ながら、俺はそう結論を導き出した。

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