最後の剣
全身全霊の剣戟が、ラダンへ向け一閃される。それに対し相手は、
「この局面で、まだそれほどの力を出せるか!」
驚愕と称賛が混ざったような声音と共に、剣をかざし俺と真っ向からぶつかった。いや、より正確に言えば受けるしかなかった。ラダンも『原初の力』を無理矢理制御している状態であり、下手すれば暴走して終わる。回避などの行動を取るにも、対応が遅れてしまっていた。
ここまでは俺にとっても想定内……ギリギリと剣同士が噛み合い、双方が止まる。後はこの状況を維持した状態で、仲間が――
「……まったく」
ミリーの声がした。刹那、俺から見て右方向から彼女の姿が。
「いっつも、最後はこんな形よね!」
「同感だ!」
そして左にフィンの姿。双方とも武器に俺と同じく全身全霊の魔力を乗せている――ラダンも意図は悟ったらしい。
「最後は仲間達の力というわけか!」
「今のお前にはない力だろう!」
「確かにな! しかし、この私に刃など――」
フィンとミリーの剣戟が入った。刹那、ラダンの顔色に変化が表れる。
「なに……!? これは……!?」
「成功、ですね……!」
後方からカレンの声がした。それと同時に周囲の魔力状況を把握し、何をやったか確信する。
カレンはあくまでフィンとミリーの補助を行っている。つまり両者の剣に付与魔法を行使したわけだが……それを地面を介し、カレンの魔力が常時武器に乗っているような形だった。ミリー達の剣には全力のカレンの魔力……さらにレジウスの魔力も混ざっている。二人はミリー達を全力で支援し、隙を作ろうとしている。
本来、神魔の力と言えど『原初の力』を有したラダンには通用しないはず……しかしカレンは常時付与魔法を与えることで強化の度合いを高くし、なおかつ……ラダンと戦闘を開始して、魔法を改良したのだろう。俺がラダンの力を斬って見せたように、何かしらの方法でラダンの魔力を傷つけるべく魔法を付与しているのだ。
「なるほど、いかに隠れていようとも私の魔力を狙い撃ちするように……確かにこれでは反撃することは難しい。しかし、無茶をやっていることは確かだ。いかに優れた魔法使いとはいえ、地面を介し強化魔法を行使するなど、そう長くはもつまい?」
ラダンの言う通りだった。背後にいるカレンの魔力が急速に減りつつあるのを俺は背中越しに理解する。声を掛けたいがこの状況下ではそうもいかない。心の中で鼓舞しながら、俺は一歩足を前に出す。
一方でラダンはフィンとミリーの刃を受けてなお、俺の攻撃を防ぎ続けていた。この状況……長く維持できればいずれラダンが力尽きるだろう。けれどこちらは全員が死力を振り絞っている。数分ともたない程度のもの。
だが……これで……歯を食いしばった瞬間、ラダンは俺の目を見た。
「限界が近いか……! ならばこの勝負、わたしの勝ちだ!」
その瞬間、俺は一つ悟った。ラダンの瞳。そこには俺の仲間であるカレンやレジウスの他、ミリーやフィンさえも映っていなかった。ただ俺だけを……この俺さえ倒せばいいという確信により、意識的に他の物事を除外した。
だからこそ俺は、さらに力を振り絞った。二撃目を放てるかわからない。だがそれでも……ラダンが俺だけを倒すために、意識を向けさせること……それこそが、紛れもなく勝機だった。
俺の一転攻勢を見て、ラダンはこちらの策が全てであると悟ったらしい――ここまでラダンは奇襲を警戒し続けた。そこに油断は一切なかった……けれど、今この時、
「まだ、だ……!」
「耐えるか! しかし、もう終わりだろう!」
俺の言葉にラダンは叫ぶ……間違いなく、この瞬間、彼の思考は俺以外のものを全て消した。
ならばと俺はさらに剣へ力を込める。魔力が上がっているのかもわからない。しかし、今やらなければ……ほんの少しでも気を逸らさなければ、勝つことはできない!
こちらの行動にラダンは醜悪な笑みを浮かべた。トドメを刺すか、それともこのまま耐えるか。フィンとミリーの剣が当たっている状態でなお、ラダンは勝負が決まると確信している。
――この瞬間しかなかった。俺は戦場を俯瞰できたわけではないが、断言できる。このタイミング以外に、奇襲が成功する可能性はない。
そしてそれを……エーレが見逃すはずはなかった。
俺は瞬きを一度した。刹那の時間。けれど目が開いたその瞬間、ラダンの背後にクロエが立っていた。
彼女は無言で、大剣を掲げ全身全霊の剣を――ラダンの背中へと叩きつけた!
「っ……!?」
ラダンの顔が驚愕に染まる。まさか、このタイミングで――そういう気持ちがはっきりとわかる。それと同時に俺は声を張り上げた。剣同士が激突し衝撃波が拡散。それが響かせる轟音が生まれており、俺の声など誰かの耳に届く前にかき消える。
けれど俺は……もう一度声を上げ、最後の力を振り絞る。この一瞬――ここに全てを賭けろ! 今できなければ、世界はラダンに奪われる!
「セディ!」
直後、俺の名をミリーが呼んだのをはっきりと耳にした。轟音の中で明瞭に聞こえたのは、幻聴かそれとも……わからなかったが、俺を鼓舞する意味合いがあるのだとわかった。
「やっちまえ!」
フィンが叫ぶ。彼は笑みを浮かべ俺を見据え、背中を後押しする。
「兄さん!」
そしてカレンの声が――振り返らずともわかった。俺を安心させるような、大丈夫だと励ますような表情なのだと……そして最後に、ラダンの向こう側にいたクロエが、
「――終わらせましょう」
俺は剣を振ることでみんなへ返事した。ここまでで全てを振り絞っていたはずだった。けれど、限界の向こう側……体の奥底から魔力が噴出し、刀身へ収束していく。
ラダンはクロエの剣戟を受けて、体を硬直させていた。後少し……数秒にも満たない時間があれば、動けたかもしれない。だがそれより先に俺はラダンの体へ向け剣を薙いだ。その一撃は、ラダンの奥底にあった彼自身の力を、確実に――砕いた。
「あ――あああああああっ!」
声が響く。断末魔にも似たその声と共に、大量の力がラダンの体から放出される。
それは紛れもなく『原初の力』……それが天へと昇華していく。
そうして――勇者ラダンにまつわる戦いは、終わりを告げたのだった。