信じる
剣が交錯し、斬撃が飛び交う。俺はラダンの剣をギリギリのところでかわしながら、相手の目を見据えていた。
狂気さえ宿すラダンの瞳。ただその奥にあるのは、消えていない野望の炎。俺に全てをさらけ出したかもしれないラダンは、最後の戦いだとして全力で応じる。
とはいえ彼自身、自らの魔力が俺の剣により減ったため、魔法で得た『原初の力』を完璧に制御できていない。もし力が真正面から来たのなら、俺は耐えることが難しかったかもしれないが、多数の綻びがあり、ラダンはそれを制御しながら戦っている。だからこそ、多少なりとも隙が生まれる。それにより俺はラダンの剣をかわし続けている。
ただ、それでも隙は精々回避の余裕を生み出す程度のものだった。なおも執拗に追いすがるラダンの刃。俺はそれを避けながら反撃に転じ、時には弾き飛ばすのだが……一手足らない。ラダンを追い詰めていることは間違いない。しかし、俺には決定打を打つのが現状難しい。
「力が弱まれば、私の勝ちだぞ!」
そしてラダンはなおも猛然と攻めかかる。後退した瞬間、俺から手痛い反撃が来ることを予想しているのだろう。ここで俺がとれる選択肢は二つ。持久戦に持ち込むか、それともラダンの魔力を再度斬るために攻撃を行うか。
現在ラダンの魔力は『原初の力』を盾にしている。もしラダンを終わらせるのであれば、『原初の力』ごと斬らなければならない。神魔の力を持っているとはいえ、さすがに厳しいのが現状。まして今の俺は体力も魔力も消耗している。捨て身の一撃で届くかどうかもわからない以上、博打はやりたくない。
かといって仲間達も援護は難しい……『原初の力』を制御することに綻びが生じているにしろ、やはり俺以外にラダンに傷を負わせることができない。むしろ下手に介入すれば、仲間が切って捨てられる可能性がある。フィンやミリーはたぶん、俺が窮地に陥ったら身を挺してでも割って入るだろうけど、逆に言えばそのくらいしかできない。
ならば持久戦……とはいえ、何の策もなく、援護を期待するのも難しい現状で耐え忍ぶのは自殺行為だ。こちらが受けに回ったと悟ればラダンは今以上の猛攻を仕掛けてくるに違いない。リスクはあるだろうが、『原初の力』を一時暴走させても構わないという形で突撃してきたなら……ラダンも無事では済まないだろうが、俺の方は致命的になるかもしれない。
そうであれば、現状攻守が入れ替わっているような今の戦況を維持して、勝ちを見出さなければならない……これについては考えがある。現在ラダンは無理矢理『原初の力』をまとめながら戦っている。ということは、その制御にダメージを与えれば、こちらの勝ちだ。
もちろんラダンはそれを理解しているだろう……彼の魔力が動きを止めるか、それとも何かしら動揺を誘うとかして、ラダン自身の魔力を無防備にする……そんな状況を狙うしかない。
奇襲……というのであれば心当たりはある。それは俺とは別に神魔の力を持つ存在であるクロエだ。エーレやアミリースはつぶさに戦況を見ているのは間違いなく、俺がどういう手を使おうとしているかも、ある程度はつかみ取っている……はずだ。であれば、クロエを瞬時に転移させる手法を生み出していてもおかしくはないし、俺が決定打を与えられるタイミングで転移させる……クロエの剣が効かなくとも、神魔の力を持つ者の攻撃だ。ラダンとしても大きく動揺するに違いない。
しかしこちらからコンタクトをとることはできず、完全に相手に任せっぱなしになる。魔王や女神を信じる……と言えば聞こえはいいが、実質丸投げに近い。
エーレ達としても好機を見逃さず動きたいところであり……逆に言えば好機と判断したタイミングでなければ、実行に移すことは難しい。ということは、俺が自らの手で作り出さなければならない。しかし現状で可能なのかどうか。
体はできる、と応じた。とはいえ決断はできるだけ早くしなければならない。もう一度……もう一度だけ、ラダンの猛攻をしのぎ、反撃に転じる。相手が怯んだその瞬間に奇襲を成功させ、さらに俺の剣がトドメを刺す……実質二回、全身全霊をくぐりぬけなければならない。二度目は間違いなく、力を振り絞るものであり、それで決まらなければ負けといっても差し支えないだろう。
現状を維持し続けるのは良くない。かといって、成功するかもわからない策を用いるかどうか……しかし現状無い頭で考えて導き出されたのはそれだけだ。このまま戦い続けても結局は運否天賦なのは変わりがない。ならば、可能性の高い方策に……余裕のある今のうちしか実行できない。
俺はなおも執拗に降り注ぐ剣戟をかわし、弾き勝機を見出す。ラダンの笑い声が大きくなり、視界全てが目の前の存在だけになる。
――ここからは、俺が信じるかどうかの問題だ。本当にエーレ達は準備をしているのか。そして仲間達もそれに呼応するのか。フィンやミリー、カレンの力だっておそらく必要だ。クロエの剣戟だけでは足りない可能性があるから、それを埋めるために仲間の力がいる。
けれど、呼び掛ける暇さえない。少しでも他に気を取られればラダンが攻め寄ってくる。力を暴走させる寸前でありながら、彼はなおも俺に勝つべく振り絞っている。それに全力で応じなければ、俺もすぐに剣を取り落とすだろう。
剣が噛み合い、俺とラダンは同時に互いの剣を弾く。余力はもうほとんど残されていない。二度か三度……打ち合う相手に、決めなければいけない。
「さあ、これで終わりか!」
ラダンがなおも詰め寄る。彼としても、俺が持ちうる策を吐きだしたいはずだ。それを破れば、勝ちに繋がるのだから……ここで歯を食いしばった。覚悟を――決める。
「なら、今度こそ終わりにさせてもらう!」
「来い!」
こちらの宣言に、ラダンは前のめりで応じる。俺はそれに対抗するべく、剣に魔力を込める。
それは、間違いなく全力――これまでにないほどの力であり、俺が決着をつけるべく仕掛けるのだと理解したことだろう。
だから後は……信じるだけだ。仲間達が、呼応してくれるかどうか。俺は声を張り上げ、突撃を始める。ラダンとの決戦――その最終局面が、ついに訪れた。




