墜ちた勇者
走り肉薄しようとする俺に対しラダンは立ち止まったままだった。周囲では天使達が攻撃を行うべく準備を始める……が、相手は神魔の力で塗り固めている。攻撃が通用するとは思えない。
「この戦場において、君が紛れもなく切り札であり、私を倒せる唯一の人間だ」
迫る俺にラダンは告げる。まだ動いていない……いや、これはおそらく――
「だから示してみせよう。さあ、その剣で私を討て」
あえて刃を受けるか。ならば――
「――はあああっ!」
上段に剣を掲げ、ラダンへ向け振り下ろす――! 刹那、白い衝撃波が剣先を伝い、ラダンに触れた直後に彼の体を飲み込んだ。
全力の剣戟。今の一撃は間違いなく竜すらも平然と両断するであろう威力。しかし、
「理解はこれでしたはずだ」
白い光の向こうからラダンの声。遅れて彼の姿が見え、俺の剣を右肩口に受けて平然としている姿があった。
「神魔の力……それを模倣したのは称賛に値する。だが、あの時点で私の力は完成していなかった」
「今は違うと?」
刃を振り下ろした状態で問うと、ラダンは微笑む。
「そうだ……『原初の力』を得たことで、完成した」
彼は剣を振った。俺はすぐさま自分の剣を引き戻してそれを受ける。途端、凄まじい力が腕を通して伝わってきた。
俺の体が容易に吹き飛んだ。後方からカレンの呼ぶ声が聞こえる。とはいえ予測していたため、どうにか態勢を維持したまま地面に足を着けた。
「兄さん、ご無事ですか!?」
「ああ、問題ないさ」
剣を構え直す。ラダンはそんな俺の反応に対し、笑みを見せたまま、
「勝てないと理解したはずだが……それでも戦うのか?」
「そうだな」
「無謀としか言えないが……先に言っておくが、私はまだ全力など出していないぞ」
ラダンが悠然と歩く。そこへ、天使が背後から奇襲を掛けた。
転移か、それとも瞬足か――どこから来たのか背後から迫る天使に対し、ラダンは承知していたかのように背後を薙ぎ払った。天使はそれを剣で受けるのだが――次の瞬間、その体が大きく吹き飛んだ。
「神魔の力を持たぬ者では、こういう風になる」
ドン! と、天使が地面へと打ち付ける音。俺みたいにバランスを取ることも、受け身すらできなかった様子。
「勇者セディ、君は私から得た神魔の力を用いることによって、この力をある程度相殺できている……君の仲間達も付与魔法が維持される限り、戦うことはできるだろう。しかし所詮そこまでだ。私に刃を突き立てることなど不可能であり、また同時に傷を負わせるなど夢のまた夢だ」
ミリーとフィンが俺の左右を陣取る。とはいえラダンが迫って攻撃を仕掛けられたら、止める手立てはないだろう。
「そして、もう一つ……この状況を打破できるかもしれないのは間違いなく勇者セディ……君がさらなる成長を遂げることだ。現時点で君が持つ神魔の力は、君の魔力によって変質しつつあるようだ……もし私の模倣ではなく、完全に我が物とできたなら、今の私に刃が届くかもしれない。もっとも、それは確率的に非常に低い話だが」
悠然と語った後、ラダンは周囲をぐるりと見回す。天使達が遠巻きに武器を構えているが……誰一人として動かなかった。
「取り巻きに意味はない。例え天使が増え、さらに魔族がやって来ても同じ事だ。現状私は警戒している。こうして話をする間も、何が来ても良いように準備はしてある。勇者セディ、ここまで語れば私が何を言いたいのか理解できるだろう?」
問い掛けに俺は応じない。だがラダンは小さく頷いた。
「君が覚醒し、一太刀入れることができたのなら、場合によってはそれが勝機となるかもしれない……その道筋へ至るまでに効果的なのは奇襲……そう、神魔の力を持っている人間による奇襲だ」
ラダンはなおも語り続ける……ただ、クロエのことを言及しているわけではない。
「おそらく、一人か二人……最低でも君と同じように能力を持った勇者がいるはずだ。根拠などないが、まさか魔王や主神が君だけに頼ろうとするといった脆弱な策を用いるとはとても思えない。必ず期待を掛ける君の負担を和らげる何かを見出す……となれば当然、他に神魔の力を使用できる存在を見出すことが、何よりの近道になる」
クロエのことはわかっていない……しかし、最初からラダンは警戒している。俺達がやって来て、緊張を緩めなかったのは、そうした奇襲を警戒してのことだろう。
「私の策はそうした人間のあぶり出しも兼ねていたが……ふむ、どうやら君達は隠し通せたらしい。君の仲間が神魔の力を使うくらいならば、私の予測の範疇だろうとして偽物対策に使ったのだろうが……本命の人物はまだ隠してある。ここについては見事と称賛しておこうか」
ラダンはそう告げた後にもう一度周囲を見回した。この戦場にクロエなどの姿はない。たぶんこの近くに転移したとしてもすぐに気付かれるだろう。
なら、絶対に気付かれない可能性としては……思案していると、ラダンはなおも続けた。
「魔王としても、それが間違いなく現状における切り札とするならば……十中八九、ギリギリまで隠し持っておくはずだ。となれば、勇者セディ。この場は……突破口が見つかるまでは、この場にいる者達で対処するしかない」
「最初から、援軍なんてあてにはしていないさ」
一歩前に出る。反応にラダンは満足したのか深く頷き、
「それでこそ勇者か……今の私はさしずめ魔王か。それもただの魔王ではない……世界を破滅させる、墜ちた勇者……物語にしても出来過ぎだな」
刹那、ラダンが動いた。先ほどの天使に類するほどの速度であり――俺達へ肉薄した。
刃が向けられる。俺はそれを神魔の力を高め真正面から受ける! 凄まじい衝撃が、魔力が迸ったが、俺は耐えた。
「さすがだ――しかし、例え君とて、私に反撃することなどできないだろう!」
追撃。凄まじい魔力を伴いラダンの剣戟が迫る。俺はそれに対し全力で応じる――同時、カレンの付与魔法が俺の体を包み込む。
彼女の支援により、俺はラダンの追撃を受けることができた――とはいえ、限界がそう遠くない場所にあることも理解できた。ならば、決断しなければいけない。このまま支援を期待して防戦に徹するか、それとも抵抗を試みるのか――