手にした力
ラダンの発言を受け、俺は彼へ肉薄する。全力の剣戟。だがその寸前、ラダン体に魔力が吸い込まれた。
それは、エーレ達が観測していたであろう淡い魔力――まさかそれこそ、『原初の力』だったと言うのか!?
「君達には一つだけ落ち度があった」
俺の剣を、ラダンは平然と受けた。
「それは私が『原初の力』を……一度で全て回収しようなどと考えていたことだ」
「力は、手に入らないはずじゃないのか!?」
「本体は、な。しかし漏れ出る力については例外だ。それを長年かけて集積し、今私の身の内に宿した。その結果が――これだ!」
一瞬の出来事だった。地底から魔力がせり上がってくる。それが地上に到達した瞬間、ラダンの足下から噴き上がった。
「なっ……!?」
ミリーが驚愕の声を上げながらラダンと距離を置く。フィンもまた同じ行動だった。あれは、確実にヤバい……そう認識するだけの力を持っているのは間違いない。
「セディ、どうするんだこれ……?」
フィンが問い掛けてくる。さすがに俺も言葉をなくす他ない。
そもそも、対抗できるのか……やがて魔力が収束していく。地上へ出た魔力は全てラダンに収束した。
その気配は……先ほど彼自身が語った内容としては、地表に現れたのは『原初の力』において極一部。だが、それでも――驚異的な力であることは間違いない。
「さて、魔王や主神はどう応じる?」
――エーレからの連絡はない。いや、俺は何が起こったのか克明に理解する。
「結界か?」
「そう名付けるほど強固なものではないさ。ほんのわずか……紙一枚ほどの薄さを持った膜とでも言うべき結界を周囲に構成した。無論、外部から干渉を受ければあっさりと破壊される程度のものではあるが、魔王や神が直接ここに干渉することを防いでくれる。さすがに奇襲は避けたいからな」
つまり、エーレから応答がないわけではなく、ラダンの仕業でこの周辺を隔離した……とはいえ、口上からすれば破壊は可能な様子。ただ今、背を向ければラダンの力が間違いなく降り注ぐ。
「さて、勇者セディ……もう一度だけ問おうか。私と共に世界を変えないか? 従ってくれれば、この場は矛を収めよう」
「答えは示したはずだ……というより、それは脅しか?」
「頭の良い君ならば、状況を容易に把握できるだろう。先ほどまでは、私にとって君達は脅威だった。しかし、今私は『原初の力』を一部ではあるが手にした……もはや、敵ではなくなった」
俺が味方になるのなら天使や仲間の命は見逃すと言いたいようだ……まあ、力を手にしてしまえば自由にできるのだから、ここで仕留める必要性などないってわけだ。
「これは私なりの温情だ。もし『原初の力』を手にしたのであれば……私と君の直接対決は避けられないだろう。ならば雌雄を決しても良い」
……ここで絶望的な戦いをするか、それとも力を手に入れてから全力で戦うか……エーレからの連絡は来ない。薄い膜とラダンは言ったが、神魔の力が利用されているのだろう。さすがにこうなってしまっては、外部から干渉するにはクロエが頑張るしかない。
とはいえ、それは俺達にとって有利材料を吐き出すということを意味する……エーレとしても決めあぐねているか。俺はこの中でどう立ち回るべきか――
「……あんたを倒すには、従った方が最適なんだろうな」
俺はラダンへ発言する。彼も「そうだ」と同意し、
「現状で勝てるなどと思わない方がいい。神魔の力……私は『原初の力』を一部ではあるが得たことで、この力を完璧なものとした。擬似的なものも、私の技法を真似した君も、通用しないと断言しよう」
――俺は呼吸を整える。まさしく絶望的な状況。だが、俺の答えは一つだった。
「なら答えを言おう……ここで決着をつける」
「ほう? わざわざ勝率の低い方を選ぶか?」
「そうだな……無論、何の根拠もなく選んだわけじゃない。単純な話だ……これ以上、お前に『原初の力』を触れさせるわけにはいかないからだ」
――事実、俺とラダンは力を手にしたら決戦に入るだろう。だが、その戦いは圧倒的にラダンが有利だ。なぜならそれは、彼の方が力に対してアドバンテージがあるから。
俺はきっと、何もできずに負ける……そんな予感がする。もっとも現在の状況だって似たようなものだ。どちらがマシなのか……選べと言われたら、今の方が良いとさえ思えたから、選んだだけだ。
「ふむ、なるほど……勇者としての直感か、それとも予感か。まあいい。それならそれで仕方がない。『原初の力』についてはまだ扉を開くことはできないようだが……力の一端を手にした以上、潜伏する必要もない。思うがままにやらせてもらおう」
俺達を始末した後、魔王や神々を――あるいは、再び自分の手足となれる存在を探し、神魔の力を与える……か。その凶行を、俺が止めなければならない。
対峙するだけで感じられる圧倒的な力。ほんのわずかとはいえ『原初の力』を目の当たりにして……なるほど、ラダンが全能になれるなどと語るのも頷ける。恐ろしい力だ。しかしそれでも、逃げるわけにはいかない。
「なら、ここで止める」
俺の言葉にラダンは笑う。ただそれは嘲笑などではなく、俺の行動に対し敬意を表しているような顔だった。
「ここにおいて、勇者としての本分を全うするか」
「そんなつもりはない……ただ、あんたの行動を止めたいだけだ」
「シンプルでいいな……わかった、それでは始めようか……勝ちの決まった戦いを」
まだ、勝敗はついていない――心の中で呟く。恐ろしい力を目の当たりにしているというのに、ずいぶんと思考は冷静だった。
思えば、魔王と出会う前……絶望的な状況はいくらでもあった。そうした経験が、平静を保つために役立っているのかもしれない。俺は呼吸を整える。ここに至り、魔王や主神でさえ対応できない事態。だが、やるしかないと思った。
「勝負だ――ラダン!」
「受けて立とう、勇者セディ!」
それはまるで、勇者と魔王の物語――その中に出てくる一場面のようだった。俺を地を蹴る。世界の――いや、今の世界を救うための戦いが、ここに始まった。