正義と悪
「……勇者ラダン。アンタに忠告したことがある」
「ほう、何だ?」
「確かに『原初の力』は膨大だろう……だが、世界を幾度となく改変して、力がどこまでも正常に動作するなんて、誰が保証する?」
ラダンは沈黙する――そもそも、彼だって『原初の力』がどのようなものか、あくまで情報の上でしか知らない。
「俺から言わせれば、そうだな……先ほどの変革。これは考えが違うと思うし、なおかつ力を手に入れた結末は、容易に想像できる」
「ほう、違う? 想像できる? どういうことだ?」
「なら力を手に入れた結末から話そうか……アンタは幾度となく失敗を繰り返し、結局自分の理想を手に入れられないまま、力を使い果たす」
断言に、ラダンは口を閉ざす――その未来だって、考えていないはずはないのだ。
「まあ、これはそんな可能性はないと断言されれば、平行線に終わる話だ。俺の主張もアンタの主張も、現時点では空論だ。証明するには実際に『原初の力』を起動させるしかないからな。なら、もう一つ……変革という言葉。革命とは何か。確かに血塗られた歴史だ。だが、本当の変革というのは……そういう物事を指しているわけじゃない」
俺はこれまでのことを振り返る。大いなる真実、魔王と神々……それと共に世界を駆け巡る日々。
「変革というのは、少しずつしか動かない……いや、そういう風にしかできないものだ。急進的なやり方が失敗するなんて、わかりきっている。革命は魔王討伐と同じだ。元凶を倒したから全てがハッピーエンドなんて、あるはずがない」
「だから、違う方法でやると?」
「そうだ。傍から言わせれば、それは革命なんて呼べるものではないかもしれない……だが、人間も、魔王も、神々も、そうやって変わっていく以外にない。この世界は確かに不条理だ。間違ったことが正当化され、正しいことが黙殺される。でも、それこそが人間なんだ……悲しいと表現すべきことかもしれないが、それを受け入れてなお、俺達は進まなければならない……それを絶対、忘れてはならない」
「だからこそ君は、変えるために魔王と手を組んだ」
「ああ、その通りだ」
「それが手遅れになるとしても?」
俺は返答に間を空けた。ラダンを見据え、
「……今いる人々を救うことを前提にすれば、アンタの言う通り手遅れだろう。もちろん斬り捨てるつもりはないさ……できる限りのことをするつもりでいる」
「君の主張は、まさしく勇者の王道をいくものだろう。あるいは、勇者として最適な、完璧な答えと言えるかもしれない」
俺としては到底そんな風に思うことはできないが、少なくともラダンの中ではそういう風に認識したらしかった。
「勇者セディの考え、しかと聞き入れた。私も本来、大いなる真実を違う形で知れたなら、同じようにしていたかもしれない」
「……自分は運がなかったとでも言うつもりか?」
「言わないさ。だがこうは考える。私は上手く立ち回ることができれば、君のように活動できたかもしれない、と、だがそうはならなかった……結果、私と君が対峙している」
一時、静寂が訪れる。風が俺達の体を撫で、俺はラダンを見据える。相手は周囲を包囲されている中で超然としているが……狙いは何なのか。
「まあ、これこそ過去でも変えない限り検証など不可能だ。私にはこの道か、全てを忘れ勇者として知らない振りをして一生を終えるしかなかった……結果として、君のような存在に出会えたというのは、人生というのは奇妙なものだと感心させられる」
ラダンは笑い始める。そこで隙でも出せば……と思ったが、やはりラダンは周囲を警戒しており、どんな態度を見せても物腰だけは揺るがない。
「この戦い、紛れもなく君達が正義だろう」
そしてラダンは俺達へ語る……正義、か。
「私は全てを変える……そのためにあらゆるものに手を出した。非人道な実験だって行った。それは君もよく知っているはずだ……つまり、口ではどのように言ったとしても、私はとうの昔に悪……人類の敵なのだよ。自らが未来を変える……正しい未来を作る。そんな大義名分を掲げ、誤魔化してはいるけどね」
「それを自覚していてなお、進むというのか?」
「やり遂げなければ、私の成したことは全て無に帰す……後には引けない状況だ。もはや私に選択肢はない」
犠牲の上にあるからこそ、止まるわけにはいかない……か。言葉の端々から、ラダンはやはり勇者なのだという雰囲気を見せている。
「……元より、許すようなことはできない」
俺はそんなラダンに対し、一歩進み告げる。
「そちらが止まれないというのなら、俺達もまたあんたを倒す」
「そうだ。それでいい……結局のところ、私達に残された結果は一つだけだ。どちらが勝利するのか……君の仲間が言ったとおり、極めて単純な話だ」
「この状況でなお、勝つつもりでいるのか?」
周囲は完全に包囲されている。これが単なる騎士団であれば彼だって逃げられるかもしれないが、相手は天使達である。神魔の力を所持しているとはいえ、この状況下から脱するのにどれだけの力が必要なのか――
『――こちらは準備ができた』
その時、エーレの声が聞こえてくる。
『相変わらず魔力は淡く、ラダンの出方はわからないが……クロエのことを含め、いつでも動けるようにはした。しかし、相手がどういう策なのかまだ不明瞭である以上、クロエをおいそれと出すわけにはいかない……セディ、注意してくれ』
わかった、と心の中で同意をしながら、俺はラダンへ言及する。
「……この場所で『原初の力』を得ようとしても、俺が止める」
断言と共に、俺はもう一歩前へ出た。
「どういう手法であれ、俺の剣が届く方が……それを防いだとしても仲間の攻撃が、それを許さない」
「確かに、そうだな。現時点で『原初の力』を手にできていない私は、敗北という末路しかない……君達にとっては」
引っ掛かるような物言いだった。ラダンが力を得ようとする動きはない。にも関わらずこの様子は――
「そちらは魔王や天使達が観測をしているのだろう? そのくらいは想定済みだ。ならばどうするか……答えは簡単だ」
そしてラダンは、俺へ告げる。
「こう言わせてもらおう――既に策は成っている」




