現れた真実
森に入る寸前で馬を乗り捨て、侵入を果たす。そこに至り、はっきりと戦闘の音を耳にした。
「大丈夫だとは思うが……」
ファールンも能力的には決して低くないので、生み出された悪魔に後れを取るとは思えない。ただ悪魔が女王達を襲う可能性もある以上、捨て置くことはできない。
俺は剣で進行に邪魔な雑草を斬り払いながら進み、やがて前方にファールンと悪魔の姿が見えた。
そちらへ急行。到着した先は、抉れた地面の見える戦場だった。
周囲の木々は魔法により破壊され、黒く焼け焦げている。さらに草も焼き払われており、黒々とした地面が視界に入る。ファールンが魔法により戦う空間を作ったのだろう。
当の彼女は開けた空間の中央で戦っていた。彼女を取り囲むように悪魔は立ち、その数は十体ほど。視界の端には黒い塵のようなものも見えたので、ここまでである程度倒しているようだ。
そこで悪魔が吠える。ファールンと向かい合っていた一体が跳躍するように彼女へ跳び込んだ。
対するファールンは両腕をかざし、指先から真っ黒な炎を生み出す。それが悪魔を呑みこむと断末魔の声が聞こえ、悪魔は消滅した。
やはり、敵ではない様子――俺は思いながらも手近にいた悪魔を一刀両断する。
剣戟に、周囲にいた悪魔が反応する。それと同時に、
「セディ様!?」
ファールンの声。今気付いたらしい。
叫び声から女王の護衛を務めるよう進言しそうな雰囲気だったが……それより先に、俺は声を発した。
「とにかくここの悪魔を優先だ!」
「は、はい……!」
有無も言わせず俺の口上に、ファールンは流されるまま頷いた。
そこから、俺達二人のよる悪魔の殲滅が始まった。手持ちの技により、悪魔達を一撃で葬っていく。
けれど、相手も黙っていない。森の奥からさらに気配を感じたかと思うと、数体この空間にやってくる。数は確実に、古竜と衝突した時より多い。
もしかすると首謀者は、古竜と共にいる悪魔達で俺や騎士達を食い止め、後方からの奇襲で女王を狙おうとしたのかもしれない。だとすればファールンがいなければ危なかった……俺は心の中でヒヤリしながら、目前に迫る悪魔一体へ剣を振り下ろした。
ファールンの攻撃もさらに苛烈になり、黒い炎が悪魔二体を巻き込む。その時炎の先端が僅かに木の枝を撫でたが、延焼には至らない。魔法の効果により、燃え広がらないよう処置が施されているのがわかる。
そして俺は彼女と競うように剣を振るい続け、悪魔の数を減らす。それを幾度か繰り返し――ようやく、目に見えて悪魔がいなくなった。
「全部倒せた、か」
息をつきつつ呟く。ファールンへ視線を送ると、彼女はどこか申し訳なさそうな表情をしていた。
「すいません、わざわざ」
やがて彼女が口を開く。女王の護衛云々を話すようなことは無かった。きっとここには俺しか来られないことを理解したのだろう。
「よし、ファールン。俺は戻るけど大丈夫か?」
けどこちらは言及せず告げる。対する彼女は首肯し、
「はい。ひと段落したようですし、お戻りになって女王の護衛を――」
そこまで言った時、唐突に魔力の気配を感じ取った。すぐさま首を向ける俺。ファールンも気付いたか、そちらへ視線を転じた。
方角は、女王達が戦う場所と正反対。注視していると、静かに茂みの奥から姿を現す。
「……どうやら、司令塔のようですね」
ファールンが言う。確かに見た目、他の悪魔とは違う外見を有している。
女王の髪と相対するような深い青の体躯と、牙を剥いた顔。そこまでは他の悪魔と共通しているのだが、以前戦ったベリウスのように、鎧――それも体と同じ色合いのものを着ていた。
「少し、気配も異なります」
ファールンが警戒を露わにした、次の瞬間。悪魔は咆哮を上げ、俺達へと迫る。
俺とファールンは即座に回避行動に移った。こちらが右で彼女が左。弾かれたように二手に分かれた直後、立っていた場所に悪魔の腕が振り下ろされ、空を切った。
武器は持っていない――思いながら俺は剣先に意識を集中させる。その魔力に反応したか、悪魔は俺へと首を向けた。
その反対側にいるファールンは、即座に攻撃に移る。右手をかざし、黒い炎を悪魔へ放った。
彼女の攻撃に対し、悪魔は体を大きく傾ける。魔力に反応する単純な動作だと推測した時、悪魔が腕を振った。
直後、手の先から魔力が迸り――雷撃のような鋭い光が生じ、黒い炎と衝突した。
「っ!?」
俺は呻きつつ、目前の攻撃を観察。やがて双方の攻撃が相殺されたのをしかと捉えた。
この一事で、これまでの悪魔以上の力であるのは確信できた。
「はっ!」
同時に、声を発し悪魔へ走る。魔力を刀身に収束させ、刃自体が白い光に包まれた直後、一閃した。
悪魔はすかさず反応。振り返りざまに右腕で俺の剣戟を防御しようと構える。
そして、二つが衝突した。周辺に魔力が発散し、衝撃により周囲にある木々の枝が大きく揺れる。
こちらの斬撃は悪魔の右腕に当たり、なおかつ刀身が僅かに食い込んでいた。けれど両断するには至らず、俺の攻撃に耐えうる存在であるのがわかる。
「セディ様!」
そこへファールンが迫る。彼女は両腕を振ると魔力を収束させ、悪魔の背後から双掌を放った。
俺はすかさず剣を引きつつ右へと逃れ――彼女の攻撃が悪魔の背中に直撃した。
結果、悪魔は大きく姿勢を崩し、数歩たたらを踏み回避した俺の横を通過する。
それは紛れもなく大きな隙――だからこそ俺は刀身、ファールンは両腕に魔力を込める。
同時に放たれた圧倒的な力に、悪魔はすかさず反転する。そこへ、俺達は攻撃を繰り出した。
こちらは先ほどと変わらない斬撃。対するファールンは両腕の魔力を束ね、一本の漆黒の槍を生み出す。
まず俺の攻撃が悪魔の体に入った。相手はどうやら回避に移ったようなのだが、それもむなしく胸から腹部にかけて剣が入る。
続いて、ファールンの追撃。槍を投擲するようなフォームで振りかぶり、放った。俺の攻撃により動きを止めた悪魔に、槍が見事腹部に突き刺さる。
次に生じたのは、悪魔の断末魔。加え手先から塵と化していく。
「倒した、な」
俺が呟く間に、その姿が原型を失くし――ふいに、胸部から何かが零れ落ちた。
「ん?」
即座に確認。塵が風に流れていくのとは異なり、それは地面に落ちる。俺は多少警戒しながらゆっくりと近寄り、手に取った。
「これは……」
金の鎖のペンダントだった。菱形の金細工に加え、その中央には水晶かつ真紅の色合い――間違いない。あのグランホークが使用していた増幅器と同じ物だ。
「やはり、関係していたようですね」
ファールンも気付いたらしく、俺の隣へ歩みながら口を開いた。
「強化された悪魔……これなら私達の攻撃を多少ながら防いだのも、理解できます」
「これがあるということは、今回の事件はグランホークと関わった裏切りの魔族と関係している……と」
「はい。そして、まだ陛下を脅かそうと動いているということです」
ファールンが語る。俺は頷きながら水晶球をじっと眺める。
深紅のそれは、見ていると体が吸い込まれそうな気分に陥る。魔力の類は一切感じられないが、それとは異なる、感覚を浸食するような怪しい気配を放っている。
「さて、これをどうするかだが……」
「セディ様」
そこへ、ファールンが進言した。
「一つ、それを使って案があります。もしかすると、首謀者を突きとめられるかもしれません」
「え、本当?」
「はい。敵がこれを使って悪魔を使役していたと仮定すれば、です。アスリ様にお見せするば、もしかすると」
「そうか……わかった。ひとまず女王にこれを見せることにするよ――」
俺が告げた、その時――突如、轟音が響いた。
「っ!?」
慌てて周囲を見回す。轟音の振動により僅かに木の葉が揺れ、中には枝から離れるものもあった。
「今のは……」
呟いて、それが古竜の声であることに気付く。
「とにかく一度、戻る」
「はい」
ファールンの承諾を聞いた後、俺は来た道を引き返し始めた。
森を抜けた時、草原では古竜が結界によって捕らわれていた。俺は近くにいた馬に再度騎乗し移動を始め、古竜の咆哮を耳にする。
結界は、ガラファの城壁を象ったかのように六角形であり、それぞれの頂点で騎士が杖を掲げ魔力を注いでいるのが見えた。
そして結界の中には古竜以外に何もいない。なおかつその四肢を、杖から伸びた縄の様な光で拘束している。状況を見て、これから大魔法を発動させるのだとわかる。
俺は馬を進め、女王の下へ近づく。音に気付いた騎士達はこちらに一瞥したが、作戦も佳境であるためかすぐさま視線を古竜へと戻した。
けれどその中で唯一俺に目を向ける人物――女王の近くにいるレナだ。その近くまで来ると俺は馬を止め、彼女に口を開いた。
「状況は?」
「あと少しで魔法が発動します」
端的に告げたレナの声の横で、女王が古竜へ杖を掲げながら詠唱を行っている。
「俺にできることはあるか?」
確認のために問うと、レナは首を左右に振った。
「大丈夫です。それより、森の方は大丈夫でしたか?」
「ああ。伏兵と思しき悪魔がいたが、どうにか全部倒せた」
「そうですか。良かった」
俺の言葉にレナが安堵し――ふと、女王を挟んで反対側にいる騎士が目に入る。
緊張の顔を帯びたケビンであった。女王や俺を見比べ、じっと事の推移を見守っている。
その顔に、俺は大丈夫ですと応じようとした――その時、ヒュッと女王の杖が振られ、
「……古竜よ」
小さく、声が漏れた。
「多くの災厄を招いてきた存在として、私がここに罰します。なおかつ千年に渡るあなたの生や性、そして咎は……私が背負いましょう」
女王がそう告げた瞬間――魔法が発動した。
古竜の立つ地面に魔法陣が発生し、光が這い出るように出現する。それは白銀でありながら荒れ狂う炎のように見え――俺が使用する聖炎のような魔法であると、確信する。
だが規模のケタが違う。炎は古竜を覆い尽くそうと轟き、ゆっくりとその全身を包みこもうとする。
そこで古竜が吠え暴れる。しかし四肢を拘束されているため、身動きが取れない様子。
一連の光景を、俺はただ見守るだけ。やがて炎は足を超え、胴に迫り、さらに胸部から腕を包みこんだ時、一際大きな咆哮が響き渡った。
「断末魔……か」
俺はどこか呆然と呟いた――その時、炎が一気にせり上がり、古竜の姿を包みこんだ。
くぐもった声が周囲に響き始める。白銀の炎が古竜を燃やし、全てを浄化させていく。やがて声は少しずつ小さくなり、古竜が死滅していくのをしかと理解できた。
「……最後は、ずいぶんとあっけないな」
ふと言葉を漏らす。その瞬間、隣にいたレナが目を伏せ俺に返答する。
「前の戦いで、このように終わっていても良かったのですが」
――それは、ファールンのことを言っているのだろうか。
「今回、古竜は引き際を見誤り結界に捕らわれ、倒すことができました……やはり千年も生きている存在だと狡猾で、少しでも危なくなれば退却することがほとんどでした。だからこそ、前の戦いでも犠牲を払いながら戦果を得ることはできず……」
「そうした古竜を、ついに討伐した……か」
俺は呟きながら、おそらく首謀者の計略が原因だと悟る。もし古竜が操られていないとしたら、魔力を感じた時点で退却をしていたかもしれない。けれど操られていたため退くことができず、今日ようやく、女王達の手によって討滅した。
これは女王の脅かす存在の、自爆と言えるかもしれない。古竜と共に随伴する悪魔や伏兵。相手にとってみれば間違いなく最大戦力だったはず。しかし全ての策は潰え、とうとう古竜すらも倒した。レナの解説から、すぐに逃げる古竜を倒すのは、こうしたケースでなければ難しかったのかもしれない――
ひょっとすると、女王は自分が狙われているからこそ古竜は逃げないと考えたのか。だからこそ自らが討伐に赴き、決着をつけようとしたのか。
そうした考えがよぎり女王の顔を窺う。彼女は炎をじっと眺め超然としていた。何を思っているか窺い知ることはできない。
やがて、炎が消える。そこに古竜の姿は無く、討伐したことを誰もが認めることができた。
「これで……終わりです」
やがて女王が呟き、古竜を覆っていた結界が解除される。そして、
歓声が、轟いた。
女王を称える声と、古竜を倒したことによる歓喜。俺は騎士達を見ながらほっと胸をなでおろす。負傷している人はいるようだが、死者はいないようだ。当初の目的はきちんと達成できた。
「セディ様」
そこへ、女王からの言葉。向き直ると、微笑を浮かべる姿があった。
「犠牲が出ずに済んだこと……セディ様のおかげです。本当に、ありがとうございました」
「いえ……」
俺は首を横に振りつつ、先ほどよぎった考えを口にするか迷う。
「どうしましたか?」
「ああ、いえ、その……」
応じようとして、俺は女王の微笑の中に肯定に近い感情があるのを悟る。質問したわけではないが――俺の中にある疑問にそうだと言っている気がして、尋ねるのをやめにした。
「いえ、何でもありません。それより」
と、話題を変え、先ほど伏兵の悪魔から見つけた金細工のペンダントを見せる。
「リーダー格と思しき悪魔から、こんな物が」
「これは……?」
女王はじっと、俺が見せるペンダントを眺める。
「詳細まではわかりませんが……魔族に縁のあるもので間違いないでしょう」
後で女王には話しておくべきだと思いつつ、俺は続ける。
「ひとまず、これが悪魔を手引きした敵の手掛かりであることは間違いありません。どうにかしてこれを調べ、解明を――」
「いえ、その必要はありませんよ」
女王はあっさり答えると、俺の握るペンダントを手に取った。
「少し、お貸し願えないでしょうか」
「え……? あ、はい。しかし、一見すると何もありませんが、魔法具であるのは間違いなく――」
「発動はさせませんから」
「……わかりました」
ペンダントを渡す。女王はそれをじっと眺め始めた。
その間に騎士達が集まってくる。騎乗したロシェや、目を見開き女王を眺めるケビンの姿などを視界に捉える。
「……ふむ」
女王はじっとペンダントを見つめ、何やら考え込み始め、
「……そういうことですか」
小さく嘆息した。
何かわかったようだが……女王は何も語らず、一度目を伏せる。
「ありがとうございます、セディ様」
なぜか礼を告げられる。俺はわけもわからず首を傾げそうになり――女王は、口の中で何事か唱えながら振り返った。
そして、女王の真後ろにいる騎士達がびっくりしたように身構え、
「捕らえよ――聖域の鎖」
女王は手をかざし、魔法を発動した。
手の先から、純白の鎖が生み出され、それが一直線上に放たれ――
「っ!」
俺の視界に映る一人の騎士をしかと捕らえた。
「なっ……!?」
突然の行動に俺は呻き、周囲の騎士達もどよめく。
「じょ、女王……?」
レナが驚き声を出した。その直後、
「レナ、私を狙っていた魔物について調べましたが、あれを生み出している者は、腕や首筋に文様が浮かび上がるそうです」
――女王は唐突に、シアナが説明したモルビスの技術について触れる。
「そしてこのペンダントから、捕らえた騎士の魔力をしかと感じ取りました」
騎士達がどよめく。そして当該の騎士は鎖により地面に倒れている。
「ロシェ」
そして、女王は指示を出す。
「かの者――ケビンの首筋を調べなさい」
声と共に、ロシェは目を見開きつつも一礼し、すぐさま拘束されたケビンへ接近した。
俺としては、何が何やらわからない。いや、女王が魔力に気付いてケビンを犯人だと断定したのだと頭では理解できるのだが……展開が速すぎて呆然となる。
「……ぐ……うっ!」
ケビンは近づいたロシェを振り解こうと動く。しかし抵抗は意味を成さず、ロシェが首筋を確認し――
「ありました」
信じられないような面持ちで、ロシェは呟いた。
「どうやら、これで事態は収束に向かいそうですね」
女王は決然と言う。けれど騎士達はざわつき、戦いが終わったにも関わらず、事態は混迷を極めようとしていた――