研究の原点
まず神魔の力以外にも部屋の中に別の魔力があるとすぐにわかった。これはたぶん、転移魔法を防止するものだ。この地下室を中心にして一定の範囲、侵入させないようにということで処置をしたのだろう。
「よっと」
リーデスが壁に触れ、いくらか処置をした。するとパキンと乾いた音がして、転移封じを解除した。
「お姉様、ご覧ください」
次いでシアナが何やら魔法を使う。どうやら部屋の様子を魔王城へ映しているらしい。
『……ふむ、研究施設だな。この様子だと神魔の力がどのような魔力なのか……それを分析していたか』
エーレが考察する。その間に俺はテーブルの上に広げられている資料を手に取った。
「わかったことを殴り書きしているな……ラダンとのやり取りとかあったら、居場所とかのヒントになるかもしれないが」
『いくら魔族が信頼に足る存在とはいえ、ラダンが居所について看破されてしまうような情報は残していないだろう』
エーレは俺へとそう返答した後、
『この場所はかなり重要だな……ふむ、とはいえその場所で調査するのはさすがに何があるかもわからない。よって、移送しよう』
「移送?」
聞き返した矢先、シアナは両手を広げ魔力を高める。
『セディ、その場を離れないでくれ』
さらにエーレからの指示。何事かと考える間に、リーデスやファールンが部屋の中を動き回り始めた。
「お姉様、適合する場所はありますか?」
『天井などは無視してもいいし、床面積だけ合えば問題ないだろう。少し待ってくれ。私も移動する』
何をするのか……? 疑問に思う間に、リーデス達は作業を終えたのか立ち止まった。そして、シアナの魔力が一気に解放された。
ゴクリとこちらがつばを飲み込む間に――突如、部屋全体が光り輝いた。どういうことだと内心で驚愕する間に視界が元に戻り……次に見えたのは、何も変化していない部屋――と思ったのは最初だけだった。
部屋の中にあるテーブルや資料、本棚などはそのまま。しかし、壁面がまったく違うものになっている。先ほどまではゴツゴツとした岩肌が感じられる壁だったのだが、それが一点、ずいぶんとなめらかなものに変わっていた。
よって、何が起こったのか理解する。
「あのさ、これもしかして」
「そういうことだ」
エーレの声だった。振り向けば当人が部屋の入口に立っていた。
「あの城内では何が起こるかわからない故、部屋の中身を魔王城に転移させてもらった。ちなみにこの場所は転移魔法陣のある部屋から一つ下りた所だ」
「無茶苦茶にも程があるだろ……」
「このくらいはできて当然だ……さて、確かに神魔の力を感じることができるな」
「大丈夫なのか? いくら神魔の力……それほど強くないとはいえ、暴走でもしたら魔王城に被害がいく。そればかりじゃない。研究内容のものにラダンにまつわる物があったとしたら、それを介してここへ攻撃してくる可能性もないか?」
「その辺りは私が移送すると判断した時点でシアナが止める」
「問題ないでしょう。神魔の力について、何かしら作用するケースはないです」
断言だった。シアナの言葉には力強さがある。
「勇者ラダンが神魔の力に何かを仕込むとしても、複雑なことはできません。それに、私は自らの手で神魔の力を作ることはできませんが、おおよそ特性については解析できました。こちらの動向を観測するような効果をもたらすものであれば、気づけます」
「……そうか」
シアナがそこまで言うのなら……と、こちらが口を止める間にエーレは転移した研究資料を物色する。
「ふむ、ここは神魔の力を利用して何ができるのかを調べていたようだな。おそらく神魔の魔物が生み出されたのもここの研究が原因だと見て良いだろう」
「ラダンにとって重要な研究施設だったということか?」
「ああ、違いない……このように研究施設をいくつか持っていた、と考えるのが妥当だろう」
「他に裏切者の候補は?」
「いるにはいるが、ラダンと関わっているのかという証拠はない。よって、それを手に入れることができればこちらも動けるが……今はここの研究資料を調べることに集中すべきだな」
「ラダンの居所とかはつかめそうにないけど……」
「神魔の力について、調べておくことも重要だ……セディは休んでいていいぞ?」
「他に仕事はないのか?」
「魔族討伐を終えたら、一度情勢を窺う必要があったため、休憩してもらおうと思っていた」
「なら、そうだな……戻って休むのも気になって落ち着かないし、手伝わせてもらうよ」
エーレは俺を見返し……反対されるかとも思ったが、
「わかった、いいだろう」
何か感じることがあったのか、それとも神魔の力に関連することであるためか、同意が出た。
というわけで、俺達は移送した部屋の中を調べ始めたのだが……ふむ、俺は神魔の力について感覚的なものしかわからないのだが、資料を見る限りやりたいことはなんとなくわかった。
「これはたぶん……『原初の力』を得ようとした際に必要なことをまとめ上げた」
「そうだな。神魔の力を改良するだけでなく、発見し開発する場であったようだ」
つまり、ラダンにとって研究の原点とも呼べる施設……! こちらが内心驚いていると、エーレは資料をめくりながら俺へ語る。
「神魔の力において、根本的な部分について解析、研究しているな」
「そうすると、もしかするとエーレ達が神魔の力について対抗できるかもしれないか?」
「ここにある資料を精査すれば、それも不可能ではない。しかし、さすがにラダンとの決着までには間に合わないだろうな」
時間が問題か……シアナへ目を向けると彼女も姉の言葉に同意なのか頷いた。
「神魔の力がどういう魔力構造なのかをより詳しく調べることができるので、お姉様の言う通り対抗処置を生み出せる可能性は高いと思います。けれどこの研究場所が敵の手に収まったというのは、おそらくラダンもすぐに把握するでしょう」
「そうだな。さすがにまずいと判断して性急に攻撃を仕掛けてくることはないだろうが、少なくともこちらが対抗処置を生み出すまでには動くはずだ」
「それは……どのくらいだ?」
エーレの言及に俺が質問すると、
「それはラダンの判断によるな。私達の分析が数日で終わると見ているのならば、数日以内に行動するだろう」
「なにげに俺達は敵側の急所を突いてしまったみたいだけど……」
「実際に確認しなければわからないことだから、そこは仕方がない……それに、私達は敵の核心となる資料を手に入れた。セディ、これは大きく戦局を傾かせる一手だったと言える」
ラダンが早期に行動してしまう懸念は生じたが、有益な情報――エーレはそういう結論のようだった。