勇者の察知
さすがに玉座の間手前に転移したからといって、俺達が即座に魔族と斬り結ぶことはできない。勇者一行が来たということで、フリーズし続けてくれればそれで勝負はつくはずだが……例えばの話、相手が単なる勇者であったなら、魔族としても迎え撃つ心づもりにもなっただろう。
けれど、逃げる所作を見せたことでどういう状況なのかを理解できている。つまり、魔王エーレの仕業……裏切者である以上は大いなる真実をのことを理解しており、ラダンから情報をもらっているのなら、当然魔王が勇者と手を組んだということはわかっている。
ただ、俺の顔を見ても誰なのかはわからないようだ……そもそも転移してきたという認識でいるのかも不明。とにかく魔族としては魔王の手引きで勇者達がやって来た。彼ら以外にも敵が押し寄せてくる可能性がある以上、身を隠すしかない。
そんな風に考え、魔族は転移しようとした……逃げ道くらいは用意していたのは当然の話で、さすがに俺も転移魔法を使われる前に仕留められるとは思っていない。
しかし、討てると確信を持っている……理由は魔族の表情。動揺している。間違いなく転移魔法が使えないことで、困惑しているのだろう。
これは間違いなくカレンの妨害だ。というかエーレが転移による退却を考慮に入れていないはずもなく、いの一番にそこは潰したはずだ。となれば残る選択肢は二つ。俺達と戦うか、それとも周囲にいる悪魔達を囮にして、足を使い脱出するか。
俺達はもう間近に迫っている。すぐに決断をしなければならない――
結果、魔族は逃げることを選択したらしい。
「こいつらを食い止めろ!」
命令を更新。それと同時に悪魔達は俺達へ襲い掛かるが――その動きは拳をこちらの体に突き立てるというよりは、様子を窺い臨機応変に対応する、という案配だった。
つまり、こちらの動きに対応して立ち回るということだ……それもまたおそらく正解だ。いつ何時目の前にいる勇者達以外に敵が来るのかわからない以上、時間との勝負だ。まずは身の安全を確保する……そのため、配下を犠牲にするというわけだ。
しかし、その目論見も潰される――理由は、悪魔へ仕掛けたミリー達が、事も無げに一蹴したためだ。
「なっ!?」
さすがにこれは魔族も想定外だったらしく、動きを止めた。いや、止めようとした。けれどこちらが接近していることから、足を動かし始める。とにかく距離を置こうという構えだ。
とはいえ、その動きは退却か戦闘か逡巡するような雰囲気であり、悪手であることは間違いなかった。俺はそこで一気に跳ぶように駆け、魔族へ肉薄した。その接近速度について、魔族は完全に予想外だったのだろう。足が完全に止まってしまった。
そこへ、俺の刃が入る……! 体に叩き込まれた斬撃は、魔族が着る衣服を容易く両断し、その内に存在する体を抉った。
「――っ!」
声をあげたような気がした。だが魔族は呻くこともできず――俺の剣戟によって、倒れ伏した。
あっけない最期ではあったが……これで終わりか。見れば悪魔達をミリー達が対処し、全滅させた姿あった。これで玉座の間で動いているのは俺達だけになった。
作戦終了……ただ、ここで俺は引っかかるものを感じた。周囲を見回し、敵の気配がないことを確認してから、俺は神経を研ぎ澄ませる。
『――終わったようだな。では』
「待ってくれ、エーレ」
声がしたので反射的に呼び掛けた。途端に彼女は沈黙し、広間をしきりに見回す。
仲間達はそれに何も発しない――というより、わかっているのだ。俺も経験がある。何か変だ……あるいは引っかかると思った時、その予感は多くが当たっている。仲間達もまた俺の動きで状況を察しているため、口を挟まず無言を貫いてくれているのだ。
「……そうか」
やがて、俺は一つ小さく呟いた。
「エーレ、確認だけどこの居城にいた魔族についてだが、何かしら重要な役職に就いていたりはしていたのか?」
『そういうわけではない……が、長年この地方で活動をしていた魔族だ。そういう意味では古参であるため、私としても残念ではあるが……実力の程は、先ほど体感した通りだ。統治能力はあれど、戦闘能力は高くない。諸事情により大いなる真実を伝えていなかったが、こちらの命令にきちんと従う存在であったし、私としても重宝していたのだが……』
「わかった……例えば最近この魔族に対し視察をしたとか、そういうこともないな?」
『ないが……どうした?』
「俺の勘違いとも一瞬考えたけど、たぶん間違いなく……あの魔族以外に、神魔の力が存在している」
その言葉で、エーレは沈黙した。
「それは残り香のようなものか、それとも現在進行形で何かがあるのかまではわからない。魔族が発していた力とは異なる何かがある……あった、と表現すべきかもしれない。もし神魔の力に関する何かが残っているとすれば、ラダンの居所を知る手がかりになるかもしれない」
『……なるほど、セディは神魔の力を持っているため、漂う気配に気付いたというわけか』
「どうする? 魔族を倒して以降のことは聞いていなかったけど、予定があるのなら――」
『いや、調査を行おう。とはいえ、セディ達で動くのは危険だ。こちらから人員を派遣する。一分待ってくれ』
人員――俺は仲間と共に待つことにする。全員が緊張した面持ちで待機していると、やがて転移魔法によって現われたのは……三人。
それはシアナとリーデスと、ファールン……とんでもない面子だった。
「おいおい、エーレ……いいのか? これ?」
『その場所は、調査する価値があると判断した。とはいえ時間的な余裕はほとんどない。よって、最速で動くためにシアナ達を派遣した』
なるほどな……納得していると、エーレはさらに言及する。
『セディの仲間達は一度帰還だ。さすがにその大所帯では短時間で、というのは難しいだろうから』
「わかりました」
カレンが代表して同意する。そうして俺の仲間達は魔王城へと帰還した。
「では、行きましょう」
シアナが端的に声を発する。リーデスとファールンは強い気配をまとわせ、それに追随。俺もまた、剣を握り締めてシアナ達の後を追う――戦闘能力という観点から言えば、先ほどよりも強い。何かあっても、対応できるように――そういうエーレの意図が、はっきりと窺い知ることができた。