読み合い
「先ほどから聞いている限り、一つ疑問が」
「ああ、どうした?」
エーレは疑問を呈したカレンへと向き直る。
「その、あなた方や神族の方々が、大陸の情勢をすぐさま把握できるのは理解できます。そういう風に情報網を構築しているようですから。ただ、あなたの話を聞く限り、勇者ラダンはそれと同レベルの情報網を所持しているということになりませんか?」
「神魔の力を持った魔物について、すぐに把握できるようにしておく……この点は魔法などを用いればそう難しくはない。しかし相手はおそらく大陸西部全体の情勢を見据えている……確かに高度な情報網を保有していると考えていいな」
エーレは断じた後、小さく肩をすくめる。
「私は生み出した魔物が目となっているのでは……と推測している。ただこの場合も大量の魔物を使役しなければならないため、人間の身であるラダンにとっては非常に厳しい」
「考えられる可能性は……」
「魔物を維持できる存在……魔族の協力者がいるかもしれない。実を言うと裏切者については調べている。該当しそうな者はいるが、確たる証拠はない。この戦いの中で、場合によっては尻尾を捕まえることができるかもしれないが」
「もしそうなったらどうする?」
今度はフィンの質問。エーレはそこで当然とばかりに、
「私に反逆している以上、滅さなければならない」
「わかった……しかし、魔王さんの推測通りだとすると、無茶苦茶だな」
フィンはやれやれといった様子で、
「俺からすれば、魔王も主神も世界のことをチェス盤みたいに上から見ているようなイメージなわけだが……ラダンもそれと同じようなことをやっているってことだろ?」
「どのような情報網を構築しているのかは一考の余地があるし、精度の高い情報を得られる手法が確立されている……ふむ、情報戦ならばその取得手段を潰すのもアリか?」
「攻めの一手にはなりそうだけど……もし魔物が情報収集の役目を担っているにしても、どうやって判別をつけるんだ?」
俺からの質問。と、ここで部屋を訪れる存在……シアナだった。
「お姉様」
「シアナか。何か報告か?」
「はい、魔物についていくつか報告が……個体の中に、魔力を発して何かしらやり取りをしている存在がいます」
「良いタイミングでの情報だな。私の推測通り、魔物を利用して情報網を構築しているようだ……手段については置いておくとして、これは攻撃できるポイントの一つではある」
……ラダンは自前で組み立てた情報網を利用して、互角に渡り合っている。魔族と神族双方を相手にしている状況を見れば凄まじいわけだが……さすがに守りにまで手が回っていないか?
「罠の可能性もあるが……ふむ、次に攻撃を仕掛けようと考えていた三ヶ所目は神魔の力を持つ魔物の近くに、群れがいる。おそらくその中に魔力を放って情報をやり取りしている個体がいるとは思うのだが……」
「狙ってみるかどうか、だよな?」
「そうだ……とはいえ、一ヶ所だけ潰しても大した効き目はない。やるなら同時多発的に、だな」
エーレはどうやら頭の中で作戦を組み立て始める。彼女なりに考えるところはあるみたいだが、
「エーレ、一ついいか?」
「どうした?」
「情報を送信する個体を狙い撃ちする……それを大陸西部全体で同時にやれば、ラダンは確かに目を奪われるだろうから、こちらの攻撃を仕掛けてくる可能性は低くなる。ただ視界がなくなった途端、破れかぶれに攻撃してくる危険性は否定できないよな?」
「ラダンはここまで綿密な作戦を練り上げている。さすがに情報収集できなくなった時点で、動きを止め様子を窺うくらいのことはするだろうが……ふむ」
エーレは口元に手を当てる。
「作戦を実行する際、最悪の事態も考慮に入れるべきか」
「最悪って……?」
「例えば私達が情報を送信する魔物を狙って攻撃したとしよう。だが、ラダンはそこを狙っていた……彼は相手が神族であり魔族であり、主神と魔王が出てきているとわかっている。さらに神魔の力を持つ勇者まで控えている……となれば、生半可なやり方で戦闘を仕掛けてはいない。確かに情報源潰しで打撃を与えられる可能性は高いが、それに乗じて反撃しこちらの戦力を減らし、被害を出すことで動きを鈍らせる……といった作戦であることは否定できない」
「……なら、出所を探すというのは?」
「出所?」
「情報を送信しているということは、その受け手となる場所があるはずだ。魔物が魔力を発している地点をつかめば、ラダンに近づくことはできるだろ?」
「逆探知、ということか……ただこちらが魔力をサーチしようとすれば、当然ながら向こうも気付くだろう。上手いやり方を見出さなければならないな」
「お姉様、罠と見るべきでしょうか?」
シアナからの疑問。エーレは腕を組み、
「ラダンはこちらの能力を察して準備をしているとはいえ、リソースについては限りがあるだろう……となれば、情報源を潰せば大なり小なり打撃にはなると思うのだが……バックアップくらいは保有しているかもしれない。相手が次の一手に出るまで魔物を討伐しながら様子を窺うのも手ではあるが……」
「つまり、神魔の魔物を放っているだけでなく、変化を待つと?」
「今ですら後手に回っている状況で、悪手かもしれないが……大掛かりなアクションを起こすことになれば、それだけ向こうも大きく動く。それを捉え、セディが追い詰める……ただ、そのわずかなチャンスを逃せば、向こうが大きくリードする形となる。これもまた、リスクはあるな」
「敵は次の一手を指す間にも、動きがあるでしょ?」
と、今度はミリーからの提言だ。
「例えばセディが魔物を討伐する間にも、変化はある……で、魔物が情報を送信する。動きが活発になったら、探知とかできるかもしれないわよ?」
「待ちながら攻める、といったところか……どの案についても一長一短といったところだな。現在は私達が守っているような状況だ。そこからひっくり返すには、大きな一撃を与える必要性はあるが……」
エーレとしても、判断に迷っている……いや、これこそラダンの狙いかもしれない。
「今こうして戦略の読み合いをしている……それはある意味、魔王や主神、人間なんて区別は関係ない部分かもしれないな」
「なるほど、策の読み合いというわけだな……ならば絶対に負けられないな」
決然とエーレは言い放った後、俺達へ向かってさらに言及した。