神魔の魔物
ユニコーンが繰り出してきたのは、突進。森の中であり、動きが大きく制限される中で……神魔の魔物が放った突進は、恐ろしい程洗練されていた。
足を動きが非常になめらかであり、まるで氷の上を滑っているかのような……とはいえ、俺はそんな動きに怯まず、左手をかざした。
同時にカレンが俺の隣へやって来て、同時に結界を行使する……直後、ユニコーンの角が結界へと突き刺さる。その頭頂部に魔力を集中させているらしく……途端に軋むような音を上げた。
けれど、破壊するには至らない……! 俺とカレンの魔法を行使すれば、対抗できることがわかった。
俺とカレンはまったく同時に魔力を高める。直後、さらに結界が強固になり……魔物が弾き飛ばされる。強制的に後退させられた魔物は、突進の勢いもなくなり立ち止まる。
そこへ、フィンとレジウスが同時に踏み込んだ。神魔の力を持った魔物……であるにも関わらず、一切臆することなく攻撃を仕掛ける。
いや、これから戦う敵がどういうものなのか、それを体で理解するべく、あえて攻撃を仕掛けたと言うべきか。未知なる相手との戦いはこれまでも行ってきた。その際に必要なのは、情報。短期間で可能な限り相手の能力を把握するために情報を集める。
今俺とカレンの結界によって、突撃の勢いを殺すことができた。それにより、突撃の威力について二人は推察し、また攻撃速度からどのくらいの力で踏み込めばいいかを判断した。
両者の刃がまったく同時に放たれて、魔物の首筋へ叩き込まれた。途端、魔物は声を上げる。威嚇の時と同じように甲高い声だが、痛みのためか苦しさが混ざっているような気がした。
ただ、二人の剣戟で頭部を両断する、といったことはできず……フィン達は無理をせず後退する。
「防御能力は高いな」
「そのようだ。結構気合いを入れたはずだが……こうなると、武器も変えるか? いや、これが神魔の力によるものならば、どれだけ強化しても意味はないのか?」
「通用している以上、通常武器による攻撃もきちんと効いているはずです」
フィンやレジウスの考察に、カレンが補足する。
「よって、攻撃を耐えず仕掛ければ突破できるとは思います」
「さらに魔力を高めて、攻め込むか……ま、色々やってみようか」
再び突撃を開始する魔物。見た目が幻想種のような姿だが、その知性については……それほど、といったところだろうか? きちんとした思考能力があるのであれば、無策な突撃は行わないだろう。
接近する魔物に俺とカレンが再び結界を行使する。途端に魔物は壁に激突し、その動きを止めた。
今度は軋むような音さえ上げることなく結界は絶えきった。そこへ再びフィンとレジウスが攻める。先ほど以上の魔力を込め、叩き込まれた斬撃は――しかと、頭部に刻み込まれた。
それにより魔物は雄叫びを上げる。悲鳴、と表現すべきかもしれないその声は森を響かせる。
「カレン、念のため周囲の索敵を」
「わかりました」
カレンは頷き、魔法を使用する。勇者ラダンがここにいる可能性は低いし、エーレ達の観測では今こうして戦っている魔物以外に神魔の力を持つ個体はいない。けれど、他の魔物を呼ぶ危険性はある。
神魔の力を持っていない個体であれば、正直俺達の敵ではない……と思うのだが、仮にそうした力がなくともラダンが何かしら仕込みをしている可能性はゼロではない。神魔の力を持つ魔物は囮で、本当の目的はのこのことやって来た俺を一網打尽にするため、多数の魔物で攻撃する……さすがにこの森の中、逃げ場のない状況で雑魚とはいえ大量の魔物に攻め立てられたら面倒なことになるのは間違いない。
さて、どうなるか……フィンとレジウスはなおも攻撃を続けている。ユニコーンは完全に体勢を崩し、防御もまともにできない状況。神魔の力を持っていても、それを有効活用して攻撃を防ぐ、といったことはできないか。
たぶん、神魔の力を引き出す能力はなくて、魔力の質そのものが変化しているのだろう。自らの手で魔力を練り上げることはできていないので、精々普通の魔物よりも防御力が高いくらいに留まっている。こういう敵ばかりなら、楽勝だとは思うのだが……。
俺は剣を握り締める。そこでカレンが、
「ひとまず、周囲に魔物はいません」
「なら、ここで仕留めるか」
俺が前に出る。それと同時に神魔の力を発揮。自分と同質の力を持った人間がいる……それを察したのか魔物は確かにこちらへ視線を流した。
しかし、できたのはそれだけ。もはや抵抗することもできず……俺の斬撃がまともに入る。フィン達では傷を負わせることができたにしろ、決定打にはならなかった。けれど神魔の力を持つ俺の場合は……易々と頭部を、両断した。
それによって倒れ伏す魔物。動きを完全に止め、やがて消滅した。
「神魔の力同士なら、通用するってことだな」
フィンの言及。俺は首肯し、
「それ以外の攻撃も、魔物相手ならば通用する……ただ、これは攻撃が通用するだけでなく、俺がどれだけ防御しようともラダンの攻撃は受けてしまうことも意味しているわけだ」
「決戦の際は、細心の注意を払わなければいけないってことか」
「ああ。攻撃を単純に防ぐだけでも、気をつけないといけない……と、思う」
『倒したか、怪我はないか?』
エーレからの声。こちらが問題ないことを告げると、
『戦っている最中、周囲の魔力に変化はなかった。神魔の力を持つ魔物も、倒した一体だけだ』
「……ラダンはどういう意図でこんな場所に魔物を?」
『理由はわからない。ただ、その魔物は渓谷内の森をうろついていたことから、今から何かをしようとしていた、などという可能性も否定できない』
「行動に移そうとした矢先、俺達が介入して倒した……ってことか?」
『そんな筋書きもあり得るという話だ。ともかく魔物は倒した。今から送還するため、立ち止まってくれ』
その声に仲間も含め足を止める。直後、地面が突如輝いて――気付けば、魔王城の魔法陣の上だった。真正面には出迎えとしてエーレがいた。
「最初の戦いは問題ないようだな」
「ああ……俺以外の攻撃も通用していたけど」
「魔物にはそうした力しか与えられないのかもしれないし、あるいは何か意図があるのかもしれない……まだまだラダンの行動は読めないが、神魔の力を持つ魔物を放っておくわけにもいかない。申し訳ないが、このまま次の戦地へ向かってもらう」
「ああ、問題ない」
仲間達も同意するように頷く。戦意は十分……それを見たエーレは、小さく頷いて俺達を新たな戦場へと送り出した。