幻想種
「まあ、そうだな……現状で仲間達との間に亀裂が入ったのであれば、まずいことになる。注意すべきなのは確かだな」
その言葉にエーレは「そうだろう?」と告げる。しかし、
「ただ……エーレ自身、ここまで配慮する必要性はあると思うか?」
「正直な話、慎重になりすぎているとは思っている。あなたの仲間達がどう考えているのかは、私もおおよそ理解できている。今の彼らなら、心配はない……はずだ」
「俺としてはエーレがそのように思ってくれているだけで十分だと思う。わかった上で駒として使ってくれるなら、俺も文句はないさ」
「セディ……」
「けれど今後……より信頼を得たいと思うのなら、包み隠さずきちんと話をしてくれた方が効果はあると思うぞ」
「善処しよう。ありがとう」
エーレは礼を述べる。別に必要ないと返答しようとした矢先、
「……一番、厳しい戦いを強いることになる」
「覚悟の上さ。それに、俺自身勇者ラダンと決着を付けたいと思っている」
「セディ自身が、か?」
「ああ、そうだ。彼の仲間の手記を読んで、その思いが一層強くなった」
「……無理はしないでくれ」
「わかってる……と、言いたいところだけどいざ勇者ラダンと向かい合ったらどうなるかわからないな。仲間達が抑えてくれるといいけど」
「他力本願か……まあいい。なら、その辺りのことを後であなたの仲間に言い含めておくとしよう」
「ああ、そうしてくれると助かる」
今日中にやれることはやっておこう……そんな風に考えて、俺は玉座の間を後にした。
翌日、俺は仲間達と共に転移魔法陣を用いて移動を行う。
「気をつけろ。神魔の力を持つ魔物がいる場所に、勇者ラダンの一派がいる可能性もある」
そんなエーレの言葉を聞きながら俺達は移動。そこは、木々生い茂る渓谷だった。
「天然の要害だな……」
「確かにこんなところには、軍を派兵はできないよな」
『多人数で動く隊では不都合もあるからな』
「うおっ!?」
突然エーレの声が聞こえてきた。それは昨日彼女からもらったリストバンドからだ。
『驚いたか? 簡易的に通信機能もつけてみたのだ』
「……説明しておいてくれよ」
『驚く反応をするのを是非聞いてみたかったからな』
こいつは……まあ、リストバンドに関することについてひとまず秘密にしておくのなら、このくらいの機能があった方が違和感はないか。
「お茶目な魔王様ね」
『聞こえているぞ』
ミリーの感想にエーレはそう述べた後、
『さて、魔物の居場所だが……そこからもう少し東だな』
「方角がわからないんだが……」
『魔法などで対処してくれ』
カレンが方角を特定する魔法を使用し、そちらへと歩んでいく……その道中で俺はリストバンドへ話し掛けてみる。
「エーレ、現段階で神魔の力を持つ魔物についてわかっていることはあるのか? 例えば強さなど」
『セディ達の実力なら、問題なく倒せるレベルだ。詳細については遭遇してみなければわからない。今日の時点で神魔の力を持つ魔物の討伐報告はこちらにも上がっているのだが、種類や強さ、特性などがバラバラだからな』
「画一的な魔物ではないってことか……」
『魔物を大量生成するのであれば、個々に細かく特徴をつけるのは無駄なのだが……地底に魔物の因子を大量に置いておくのならば、同じ魔物だった場合、こちらの索敵に引っかかる可能性がある。けれど、魔力の質などがバラバラであれば、発見はしにくい』
「その辺りもラダンは考慮して魔物を作成したわけか……」
『おそらくは』
「……この場所に勇者ラダンがいる可能性は?」
問い掛けに仲間達の顔に緊張が走る。もしそうであれば、突然最終決戦になるわけだが、
『現段階の情報では低い、と言っておこうか。いるという可能性は捨てきれないが、根本的にラダンがそこにいる理由が見当たらない』
「もしこの近くに『原初の力』があったなら話は別だろ?」
『神魔の魔物が出現した段階で、その周辺は調査している。結果から言えば、怪しい場所は皆無だった。いかに特別な力であってもあくまで魔力の塊。捕捉できないはずがない』
なるほど……というか、そこまで調査が進んでいるというのは驚異的だな。それだけエーレは本腰を入れているということか。
『もっとも勇者ラダンが求める力がない以上、いない……と断ずるのも早計だ。そもそもラダンがどういった策を用いてくるかわからない以上、警戒は必要だな』
「わかった、ありがとう。そちらの観測で何か異常があったらすぐに連絡を」
『無論だ』
会話が途切れる。その直後、前方に魔物を発見した。
「お出ましだな」
フィンが呟き剣を抜く。次いでレジウスもまた前に出た。
俺も戦闘態勢に入る……その見た目は、馬。魔物には似つかわしくない、純白の……いや、頭部に角が生えていることを考えれば、ユニコーンという表現が適しているか。
そして魔力だが、相当に濃密だな……体の内に神魔の力が入っていることが、はっきりとわかる。何も知らなければ、高位の魔物であると判断したことだろう。
そういった魔物は幻想種と呼ばれ、普通の魔物とは異なる……高位の存在として扱われる。会話はできないが理性なども存在し、敵に回せば厄介だ。ただ魔物側としても人間が狙ってくれば面倒であるというのがわかっているためか、幻想種となった魔物は基本的に人間へ攻撃を仕掛けてこない。
ただ、今回の魔物はあくまで幻想種を真似しただけの存在であり……声が鳴った。馬には似つかわしくない、高い声。それは紛れもなく、俺達に対する威嚇行動だった。
「強敵であることは間違いないですね」
カレンが述べる。そうは言うものの、彼女はまったく怯んでいない。
「しかし、神魔の力を持っているにしても……私達が戦ってきた魔族などと比べれば」
「そうだな……でも神魔の力を持っている以上、何をしてくるかわからない。幻想種みたいな姿をしているが……その魔力量から考えて、それに比肩しうるだけの力を持っているはずだ」
魔力を高める。神魔の力を発すると、魔物もそれに気付いたかさらに声を張り上げる。
俺が強敵だと認めたようだ……そんなことを思った矢先、俺達よりも先に、魔物が行動を開始した。




