未来の想像
「エーレ、勇者ラダンは俺をあぶり出す?」
問い掛けに対し、エーレは俺へ説明を施す。
「神魔の力を持つ存在……特性を考えれば、こちらの陣営で扱える者はラダンの陣営からすればセディだけ。勇者クロエについては……敵としてもセディが指導して使い手を増やしていると過程しても、まあ一人か二人だと推測するだろう。神魔の力を持つ者を捕捉する……それにより、勇者ラダンは動くかどうか判断すると」
「この場合、俺が動いた方が良いのか悪いのか……どっちだ?」
「そこは微妙だな。セディが持つ神魔の力を利用して『原初の力』を手に入れるのか。あるいは、他に鍵となる人物が傍にいて、セディ達がいないタイミングを見計らって行動に移すのか……ここからは勇者ラダンをいかに素早く捕捉できるかが勝負になる」
「その中で俺達がやるべきことは……」
「どういう理由であれ、セディを含め神魔の力を持つ者がどれだけいるのか、勇者ラダンは確かめたいはずだ。現時点で魔物は対処できているが、いずれ神魔の力を用いる存在が出てくる……おそらくその時が勝負だ。私達はセディとクロエ……そして『原初の力』。ラダンがどういう目論見なのかを判断しなければならない」
「それ、わかるのか?」
相手の心理を読むわけだし……こちらの疑問にエーレは、
「わからなければ、こちらが負けるかもしれない。だから、絶対に読み切ってみせる」
――果たしてできるのか。不安要素はあるけれど、魔王という存在が言うのだ。ならば信じるしかない。
「現在のところ、セディ達の出番はない。しかし、いつでも戦えるように準備だけはしておいてくれ」
後はエーレの判断次第ってことか。俺とクロエは同時に頷き、この場は解散となった。
ひとまず俺は仲間達へ決定したことを報告する……場所は俺の部屋なのだが、全員が一様に顔を引き締めた。
「いよいよ、ということですね」
カレンが述べる。俺が勇者ラダンのことについて色々と語っていたせいか、仲間達も思うところはある様子。
「この戦い、負けられないものになりますが……私達で、対抗できるのでしょうか?」
「相手は神魔の力という脅威的なものを持っているわけだが……根本的には人間だ。だからまあ、魔族と正面衝突するとかよりも、ある意味では楽かもしれない」
「そりゃあ魔族の威嚇とか、そういうのを危惧する必要はないけど」
と、ミリーが俺へと口を開いた。
「相手が相手だからね……勇者の先輩。それも、伝説的な人物。なおかつセディのことも知っていて、こちらには予想もつかないような一手を打ってくる」
「難敵であることは間違いないな」
と、ミリーの横にいるレジウスが述べた。師匠は神界へ来訪はせず別に仕事をしていたわけだが……今回は、同じ場所で戦うことになりそうか。
「俺としては魔族なんかよりも、頭の中は読みにくいと思ってるくらいだ」
「……世界をひっくり返そうなんて考えているんだ。突拍子もない行動を起こす危険性だってありそうだな」
「ただまあ、やることはシンプルなわけだろ?」
今度はフィンが俺へと述べる。
「勇者ラダンをとっ捕まえる。セディとかクロエさんとかは、それに応じるべく準備をしているわけだ」
「そうだな……無論、カレン達の援護だって必要になる。頼むぞ」
俺の言葉に仲間達は全員首肯。さて、報告も終わったし、後は何をするべきか。
「ソワソワしてるわね、セディ」
そんな様子を見て取ったか、ミリーが横槍を入れてきた。
「戦いを前にして高揚感を持っている、とかでもなさそう」
「……当然だと思うけどな。しかし皮肉だな。最後……かどうかはわからないけど、俺達が挑む大きな障害。それが魔王でもなく、同じ勇者なんだ」
「セディとしては残念に思っているのかしら?」
「残念、か……確かに憧れの存在だったのは間違いないし、存命で世界を無茶苦茶にしようとしている以上、そんな風に頭の片隅で思った……かもしれない」
「かもしれない? 過去形なのね」
「ああ。今は違うよ。勇者ラダンは……明確な、敵だ。この世界を……秩序を乱そうとしている存在だ」
俺はジクレイト王国で得た手記の内容を思い出す。真実を知り豹変したラダン……彼としては『原初の力』を手に入れるため、あらゆることに手を出した。それを考えれば説得などできるわけがない。文字通り、死闘となる。
「一度魔王城を離れたら、それこそ転戦続きになるかもしれない。だから、今のうちにしっかり休んでおいてくれ。ま、体力回復のアイテムくらいはこの魔王城にはあるけど、それに頼るのもなあ」
「とりあえず風邪とか引かないようにすべきだな」
レジウスが言う。うん、そういうことである。
話もまとまったので、打ち合わせは終了ということになった。今頃エーレとなんかは各国の王達と話をして、どう動くべきか考えているはずだ。
もし人間が世界を管理しているのならば、俺だって判断できるようにならないといけないわけだが……今の俺には荷が重いか。さすがにエーレみたいに万能で、戦略も立てられるというわけじゃないからな。
エーレからすれば、これからと言うかもしれないけど……ま、今は焦っても仕方がない。とにかく目の前のことを……勇者ラダンとの戦いに集中しよう。
部屋で一人になった後、俺は窓に近寄って景色を眺める。魔王城から見下ろせる荒野などはずいぶんと見慣れてしまった。この場所を拠点として仕事をしていくのであれば、仲間達も……クロエなんかも同じように思うだろう。
カレンとかにはどういう仕事が与えられるのだろうか。フィンやミリーに、適した仕事はあるのだろうか? ふと、そういうことを想像するのが楽しいと俺は感じた。未来を想像すること……仲間達と共に世界管理を担っていくという姿は、俺にとって嬉しく、また同時に輝かしい未来であるような気がした。
無論苦難だって多数あるだろう。けれど、カレン達と一緒なら、怖くはないと思う……そんな未来を否定するラダンには、引導を渡さなければならない。
「今ラダンは、どこで何を考えているのか……」
俺が魔王城にいると知ってはいるはずだ。ならば俺に対しどんな感情を持っているか……無意味だとわかっていても、俺は想像することを止めることができなかった。