大陸の異変
話をしてスッキリしたのか、剣の訓練はほどほどに終了し、俺達は自分の部屋へ戻ろうとしたのだが、その途中でシアナに呼び止められた。
「お二方、お姉様がお呼びです」
「勇者ラダンに動きがあったのか?」
問い掛けに彼女は頷いた。
「はい、そのようです……が、あくまで兆候という雰囲気のようです」
そう前置きして、シアナは俺達を玉座の間へと案内する。そこにはエーレと共に彼女の弟、ディクスの姿が。
「揃ったな」
「……俺の仲間はいいのか?」
「彼らにはセディから伝えてくれ。まだこの場所の雰囲気に慣れていないようだし、その方がいいだろう」
まあエーレがそう言うのなら……頷くと彼女は改めて話を始めた。
「さて、とある筋の情報により、勇者ラダンは『原初の力』を手に入れるべく動き出すことはわかっていたが……その兆候が出始めた」
……あくまで情報源については語らないらしい。俺もとやかく言わないけど。
「大陸西部において、魔物達の動きが活発になっている。それをきっかけにして各国が対応を開始。普通ならば、各国に駆除を任せてこちらは動かないが……出現範囲が大陸西部全土であるため、明らかにおかしい」
「だからこそ、勇者ラダンの仕業だと断定した、と?」
俺の疑問にエーレは少し間を空ける。
「無論、そうではない可能性もある。ただ、さすがに西部全域で異変が生じるなど、自然現象的にはあり得ないし、そうした異常が起これば神界側が察知してもおかしくない。しかし大気中の魔力に異常は特段見当たらなかったにも関わらず、魔物が多数出現した。よって、勇者ラダンの所業だと考えたわけだ」
「なるほど……でも、魔物をそれだけ広範囲に出現させるというのは――」
「可能性は二通りあります」
と、エーレではなくシアナが解説を始める。
「一つは勇者ラダンかその配下が大陸西部を渡り歩いて、魔物を出現させる魔法陣などを仕込んだ」
「ずいぶんと遠大だな……」
「この場合、策を実行したのは、おそらくセディ様と邂逅して以降でしょうね。神魔の力を有する者が現われ、なおかつ魔王や神族に伝わった……ただ、日数を考えれば大陸全土でそれを準備するというのは非現実的でしょう」
「魔物の発生場所って、具体的にわかっているの?」
クロエからの問い掛け。例えば発生場所が西部全域と言えど、何かしら規則性とかあったら、俺と出会った直後に策を仕込むこともあり得るかもしれないが……。
そこでエーレは横を見た。そこにファールンが立っており、彼女は小さく頷くと何かを両手で抱えるようにして持ってくる。
それは四角いテーブル……で、そこに大陸の地図を広げた。
「発生場所についてだが……」
エーレが印を付けていく。場所を全部憶えているらしい。
彼女がチェックしていく場所は……それこそ、大陸西部の端から端まで。なおかつ、一つの国の中でも場所がずいぶんとバラバラだった。
「地図で見てもわかるが、どこに勇者ラダンがいるのかなど、解明することは難しそうだな」
「本当ね……でもこれ、大陸西部を東へ西へ移動しているということでしょ? さすがにそれは無茶じゃない?」
「仮に魔法陣を仕込んでいるとして、だ。ここまで広範囲かつ、大規模であるならさすがに私達も気付くだろう」
と、エーレは腕を組みながら言及する。
「私達ではなく、神族側が気付くはずだ。彼らは常に世界の魔力を観測しているからな」
「ということは、その線は薄いってことか? でも例えば、神魔の力とかを使えば」
「神魔の力であっても、魔力としては観測できる。それに神魔の力を使っていれば、生み出された魔物に影響があるはずだが、現在発生している個体にそうした力を持っているのはいない」
「なら、神魔の力は関係なしか」
「ああ……シアナ、そうなるともう一つの可能性だな」
エーレの言葉にシアナは首肯し、
「状況的に、私が提示した可能性が低いと認識して頂けたかと思います……それでは二つ目。それは、どこかで魔物を生成しておき、一斉に拡散させた、です」
「一斉に……? そんなこと可能なのか?」
「候補に挙がるのは地底です。地底の奥深くはさすがに観測できませんし、隠すことは可能です。予め伏せておいた魔物を、地上に出した……ただ、大陸各地へ一斉にとなれば、隠しておいたとしてもかなり大掛かりなものです」
「それ、地底を自由に移動できるってことじゃないの?」
クロエからの指摘。もしそうなったら『原初の力』のある場所にだって到達できる可能性が――
「あ、説明していませんでしたね。クロエ様が思われるような……私達が普段目にするような魔物が隠されている、というわけではありません」
と、クロエの言葉にシアナは説明を加える。
「言うなれば、魔物の因子……粒子状のものを想像してください。それが地上に多量に存在していれば観測はできますが、地底に隠しておいた。それを策のために解き放った、というわけです」
「それは自然に存在する魔力と結びついて、魔物になる……と?」
「はい、そういうことです」
「まあそれなら理解できるわ……つまり、勇者ラダンの協力者が魔物の因子を持って大陸各地へ散り、タイミングを見計らって因子を放った、というわけね」
「そうですね。魔法陣よりも気取られる可能性は低いですし、大量発生の手法としては納得できるものかと思います」
「もしかすると、まだ魔物の発生地点の近くに協力者がいるってこと?」
さらなるクロエの疑問にシアナは唸る。
「うーん……微妙、ですね。魔法陣を構築するとは違って、因子を解き放ったらやることはなくなりますし、こちらに見つからないよう隠れると思います」
「魔物の動向から勇者ラダンを探し出すのは難しい、と」
「そうですね……後手に回ってはいますが、神族側はさらに観測する人数を増やして対応するそうなので、有力な情報が得られることを期待しましょう」
「……その中で、俺達はどうするんだ?」
俺がエーレへ首を向け、問い掛ける。
「この場に集めたってことは、何か仕事があるんだろ?」
「ああ……それより先に魔物について報告しておこうか。現時点で国側が対処していることで事なきを得ている。よってセディ達が出張る必要はない……というより、敵の狙いとしてはセディをあぶり出すことだろう」
その言葉に――俺は眉をひそめた。




