勇者が討伐できない理由
その夜の野営については襲撃なく、朝を迎えた。
女王の準備についてはレナに任せたので、俺は外で騎士達が移動を開始するのを待っていた。その時――
「勇者殿」
ケビンから声を掛けられる。
「ああ、どうも。おはようございます」
「おはようございます……一つよろしいですか?」
何やら尋ねにきたようだ。こちらが頷くと、彼はやや声を落とし話し始めた。
「昨日の戦いですが……まずは騎士を救って頂いたこと、感謝致します」
そう語るケビンの声音はやや重い。
「そして古竜についてですが……戦った結果、どのように感じましたか?」
「感じた……とは?」
「印象です。討伐に際し、どのように動いたらいいのかの参考にしたいと思いまして」
どうやら、古竜の詳細を訊きに来たらしい。
「……語れることは多くはありませんよ」
「どのように追い払ったのですか?」
「単純な力押しですよ。多くの魔族幹部を打ち破ってきた力が、古竜に対抗できたというだけですね」
だけ、と言っているが彼にとってみればかなりの大事かもしれない――よくよく考えると、俺は元の姿に戻り力が全開に使える上、シアナの指輪による力も上乗せされている。この力をフルに使うことができれば、古竜を倒すことができるかもしれない。
しかし、ここで昨日何度か考えた大きな問題に行き着く。
「けど、俺がとどめを刺す、というのは」
「でしょうね」
ケビンは深く頷いた。
誰もここまで話してはいないのだが――古竜を俺が倒す、という依頼は誰もしてこない。それをすると、間違いなく国の根幹に関わってしまうからだと、俺も理解できている。
現状女王がこの隊を率い、なおかつ相手は因縁の存在。そこで俺が古竜を騎士達の目の前で倒してしまうと、国が誇る精鋭より、俺一人の方が強いことになってしまう。まあ俺は魔王に挑める勇者だという実績があるので、民衆は納得するかもしれないが……今度は国がそんな人に頼るのかという議論に発展するだろう。
結果、ジクレイトという国の威信が丸潰れとなる。それがどのような結果をもたらすのか――間違いなく、良くはならない。
「……ケビンさん。一つ質問が」
そういう考えを抱きつつ、俺は彼に尋ねる。
「前の戦いの結果、ジクレイト王国としての評価はどうなったんですか?」
「犠牲を伴いつつも追い払ったということなので、評価的に下がるようなことはありませんでした。むしろ周辺諸国にそれほどの相手だと印象付けたようです」
「なるほど。権威が落ちるなどということにはならなかったと」
「騎士団について不要論は出ましたが」
ケビンは肩をすくめた。む、やはりそういう議論も出てくるのか。
「ただ勇者殿もわかっていると思いますが、あなたが倒すというケースは国に対するインパクトがかなり大きくなるので、控えて頂く必要があるでしょう」
「……俺の力が相当強いから、という理由で押し通すのは難しいですか?」
「一個人の力と軍隊ですからね。難しいのでは?」
「わかりました。俺はあくまで協力という形で戦わせていただきます」
「お願いします」
ケビンは頭を下げ、俺に踵を返した。見送るその背中は、どこか心労を抱えているようにも見える。
「彼もそうだが……問題は山積みだな」
今回の事件において、首謀者もわかっていない。古竜を討伐したとしても、事件が全て収束することは無い。
「それに、女王の命が危機に晒される現状……念の為、もう一度言い含めておくか」
俺は呟くと、まずは周囲を見回する。騎士達はまだ出発の準備をしている最中。
なら――俺は誰にも見咎められないよう注意を払いながら野営地近くにある森の中へ入った。そのまま歩を進め、適当な場所で立ち止まる。
四方を木々に囲まれたその空間で、俺はゆっくりと息を吸い、
「ファールン」
いると思われる彼女に呼び掛けた。
するとガサリと後方から音がした。振り返ると木々の中で目立たないように佇むファールンの姿。
「何でしょうか」
いつもと変わらぬ口調で俺に告げる。
「古竜討伐に関して、いくつか推測を述べておこうかと」
「推論?」
「ああ。場合によっては、ファールンも覚悟をしておかないといけない」
「……私が表に出る話ですか?」
「ああ」
頷くと、ファールンは難色を示す。
「その、私が出ること自体混乱の元となりますから」
「もちろん意図しない行為だからできるだけそうならないよう尽力はする。けど、覚悟だけはしておいてくれ」
「……わかりました。それで、推測とは?」
ファールンが訊く。俺は頭の中を整理しながら、説明を始めた。
「まず重要なのは、今回の事件における首謀者の動向。女王を襲う目的すら不明瞭な状況だから、断定はできない。けれど女王にまつわる何かを狙っている以上、古竜討伐が絶好の機会となる」
「古竜を利用し、女王を脅かすと」
「そう……で、だ。ここからが推測なんだが……敵は、俺の存在をかなり警戒しているはずだ。根拠としては、昨夜起きた古竜との戦闘」
「セディ様が追い払ったのですよね」
「そうだ。ちなみにファールンはその時どうしていた?」
「念の為女王の近くに」
「そうか……で、古竜についてだけど、十中八九敵が操っている。村人を避難させるタイミングで来るなんて、どう考えても出来過ぎているし……こう考えると、城内における戦闘についても、俺を殺そうとしていたのだろう。首謀者は、場の混乱が生じても俺を亡き者にしたかったと考えられる」
「しかし魔物は倒し、あまつさえ古竜は追い払ってしまった」
「ああ。自分でもびっくりだけど……よくよく考えたらエーレを倒せたわけだし、やろうと思えばできるかもしれない」
「かもしれない、ではなくできます。そこを断定しなければ、陛下の立つ瀬がありません」
「……それもそうか」
俺はエーレの顔を想像しながら返答。なんとなく「私を舐めているのか?」と言われそうな気がした。
「で、ファールンもわかっていると思うけど、俺の手で直接倒すのはまずい。ジクレイト王国全体の面子が潰れるから」
「でしょうね。私も同意です」
「となれば、あくまで主役は女王……で、ここからが問題だ。首謀者が内側にいる現状、作戦は筒抜けになっている」
「となると、敵はそれに乗じて?」
ファールンの問い掛けに、俺はしっかりと頷いた。
「昨日女王にも話したが、魔物と古竜は連携するだろう。今回の作戦は騎士達の魔力を利用して古竜の動きを制限するのが骨子となっている。逆を言えば、そのどこかを崩すことが首謀者の戦い方となる」
「であれば、セディ様がその援護を」
「ああ。俺が出てきた魔物を逐一倒していくというのが一番のやり方だ。けど、首謀者だって俺の力は把握しているし、何らかの策は用いてくるはず」
「私に覚悟しろと言うのは、その辺りを考慮して、ですね」
「そういうこと」
俺が答えた時、ファールンは意を介したかのように小さく頷く。
「事情は理解しました。それならば私も不祥事に対応するため、女王の傍を控えるようにします。しかし――」
「わかっている。そんな真似を、できるだけしないように動く」
「お願いします」
俺の言葉にファールンは深々と頭を下げ、会話は終了した。
ファールンと別れ野営地に戻るとすっかり準備は整っており、俺も騎乗し一路古竜の棲む洞窟へと進み出した。
途中で何度も古竜の咆哮が聞こえる。これが操っているためか、それとも本能のためかわからないが――戦闘が近いことだけは、しかと理解できた。
「各自、警戒してください!」
どこからか、騎士の声が聞こえる。その間、古竜の声が騎士の警戒をあざわらうように響いている。
行軍している以上近づいているのは間違いないため、自然と身が引き締まる。
「……嫌な予感がします」
ふいに、隣にいるレナが呟いた。
「昨夜の襲撃もそうでしたが……今回、古竜の動きが全く読めない」
「女王襲撃に付随する関係だろうな」
「はい。けれど作戦としては、当初の計画にしか動くことはできない……というより、手段としてはそれしかない以上、つけ狙うとしたら必ずそこ」
「俺がどうにかフォローするさ」
レナに告げる。彼女は俺に視線を一度送った後、小さく頷いた。
会話はそれで終わり、しばらくは古竜の声を耳にしたまま進み続けたのだが、
「……ん?」
ふと、前方から隊を離れていたらしい騎士の姿が見えた。それに応じるように行軍中の騎士一人が列を離れ、街道の脇で話を始める。
「斥候の騎士からの報告ですね」
俺の視線に気付いたレナが告げる。
「ただ、最終的な報告はもっと近づいてからだったと思うのですが……」
彼女の言葉と共に、騎士達も何か察したのか斥候の騎士を見てざわめき始めた。
「問題があったと見ていいでしょうね」
レナの断定と共に、報告を受けていた騎士が手綱を操作し女王の馬車まで近づいてくる。
「報告を聞いてきます」
「わかった」
俺の了承と同時にレナが女王の馬車へと向かう。その間に周りの騎士が口々に話し始め、不穏な空気が流れ始める。
予定外のことが起こったのだと確信できた。そこで俺はファールンへ話した推測が頭をよぎり、
やがて、レナが戻ってくる。
「セディさん」
呼ばれた声は、どこか重い。
「戦闘についてですが、昨夜の予想通りとなりそうです」
「やはり魔物がいたのか」
「はい」
レナは答え、詳しい説明を行う。
「それも、人の形をした悪魔が古竜の周囲を取り巻いているとのこと」
「そうか……古竜討伐にとっては、最悪な状況だな」
「はい。女王にも報告しましたが、難しい顔をしていました」
「予想していたとはいえ、古竜以外の強敵が出現したからな……けど、戦うのは変わらないんだろ?」
「はい」
そこだけはレナもはっきり言った。
女王にしてみれば嫌な状況ではあるだろう。古竜を倒すためには拘束し大魔法を発動させるしかない。けれど悪魔がそれを阻む――敵の術中にあえて突き進まなければならない状況だ。
「一応訊くけど、騎士は多数いる以上、魔物にも対応できるんじゃないのか?」
「確かに、そうなのですが」
俺の意見に、レナはあまり良い顔をしない。
「女王の魔法は一定空間に罠を張るタイプのものであり、古竜をそこへ誘い込む必要があります。今回動員された騎士は女王の魔法を補助する役目の部隊と、古竜の攻撃を食い止める部隊。そして女王護衛と予備役という四つにわかれるのですが……攻撃を食い止める部隊がその役目を負うのが良いかと思いますが、悪魔に対抗するには予定していたよりも多くの人が必要のはず。足りないかもしれません」
「ここにきて、少数精鋭が仇となったか」
とはいえ伝え聞いた前回の戦いの編成では、兵士達が足手まといとなるだろうし、どちらにせよこうした事態となるのは不可避だったのかもしれない。
「負傷する者を考慮に入れると、予備の騎士はどうしても欲しいでしょうし……」
レナはさらに続ける。戦力が足りないことを、しかと憂いている様子。
そこで、俺はふと疑問が浮かんだ。
「なあ、レナ」
「はい、何でしょうか?」
「食い止める、というのは具体的にどうするんだ?」
「ロシェ他、聖騎士団の中における精鋭が先陣切って古竜に戦いを挑み、警戒させて足を止めさせます」
「……古竜が操られている以上、その策は通用しないんじゃないか?」
「いえ、もし事件の首謀者が騎士の中にいるとすれば、交戦以後は操作するようなことはありません」
「どうして?」
「お忘れですか?」
レナは俺に右手をかざしながら訊く。彼女の手首には、深紅の腕輪が一つ。
「あ、そうか」
「そういうことです……今までは女王の護衛をしており、なおかつ私の目に見えないところでの工作が可能でしたが……古竜との戦いとなれば、そうはいきません」
ここで、レナの目による能力を思い出す。さらに、真紅の腕輪はそれを強化する効果のある魔法具――
「そうか、首謀者はどう考えても魔法で古竜を操っている。とすると古竜に指示を送るために魔力が首謀者から流れるという寸法だな」
「はい。私はそれに集中するよう女王から承っていますから、戦闘には参加しません」
「それが何より抑止になる」
「はい。セディさん、頼みます」
「わかった……ま、できる限りのことはやるさ」
そう応じた時――古竜の雄叫びが周囲にいっそう大きく響き渡った。
「近いようですね」
レナが言う。俺は内心同意しつつ、前方にいる騎士の動きを目で追い始めた。
声に反応した彼らは方向を判断したのか、街道とは逸れた方向を指差していた。その先には森がある。
やがて騎士の一人が進路を示す。さらに傍にいた騎士――ロシェが、後方にいる俺達へ叫んだ。
「戦場は近い! 全員、戦闘準備!」
声と共に周囲の会話は途切れ、騎士達は一様に緊張感を伴った表情を見せた。
沈黙が生まれ、誰もが先頭の騎士に追随し始める。
「いよいよか……」
最後の戦い。とはいえあまりにもわからないことが多すぎる状況。俺の中では到底この事件が終わりそうになかったのだが――
「セディさん、頑張りましょう」
レナの呼び掛けに、俺は全てを飲みこみ頷いた。