魔王へ
「これを、エーレに」
そう言って見せた物を、エーレはじっと凝視する。
「……これは?」
「まあ、なんというか……例えばアクセサリとかは身につけなさそうだし、かといって高価な物を渡すとかはたぶん意味ないし……ということで至った結論がこれだった。笑うなら笑え」
俺の手にあったのは、木製の剣。といっても大きさは手のひらに乗る程度の大きさで、飾り付けに使えなくもない、というレベルの完成度。
「とりあえず、部屋にでも飾っておいてくれればいいよ」
「……購入してきたのか?」
「形が歪なのはわかるだろ? こういう物を作る教室みたいな所があったから、そこへ行っていたんだよ」
木彫りの教室みたいな場所で、俺はこれを作成したのだが……実際にやってみるとかなり難しかった。
というか、基本的に手先が不器用だからな、俺……で、肝心のエーレはただただ木剣を凝視しているだけ。
「……エーレ?」
問い掛けると彼女は我に返ったかのように、
「ん、すまない。突然のことでフリーズした」
「魔王がフリーズか……」
「さすがに私だって想定外のことをされればそういう反応をする時だってある……しかしセディ」
「言いたいことはわかるぞ。こういうことはシアナにやれって言いたいんだろ? ただこれは、意味合いが違うからな」
「意味合い?」
「なんというか……エーレが俺のことをどう考えているかは聞いている。でも、俺としては魔王に教えを受けたいがためにここにいる。だからまあ、この世界のことを教えてもらった、お礼だよ。偉大なる管理者に対する、ささやかなお礼だ。そういう意味だとしたら、シアナとかに贈るのは違うだろ?」
「まあ……そうだな」
戸惑いながら、エーレは木剣を手に取った。
「ふむ、確かにできは良くないな」
「ほっとけよ。自覚はあるし……次は上手くやるさ」
「そうか。しかし、礼か……剣にしたのは何か理由があるのか?」
「一番形を想像できて、わかりやすかったからかな……それでも結果がそれだからな。まあ、なんというか……お礼をする場合、剣というのは適していると思わないけど……形に残る物をとにかく渡したかった。俺が、大いなる真実を知り魔王と共に戦った……その事実を、物によって形にしておこうかと思ったんだ」
「……人は、魔族基準から長くは生きられない」
と、エーレは俺へ告げる。
「セディのやろうとしていることは、それこそ人間で言うなら何代にも渡って続けることだ。だからあなたは、物として自分がここにいた証を、残しておきたかった、と?」
「そうだな……俺がいなくなっても、新たにこの世界のことを知る人間がきっと現われる。というか、俺がそういう風にしていくべきだ……その中で、どこまで仕事ができるかわからない。だから今のうちに、何かしておくべきかな、と」
「……そうか」
エーレは納得するように呟くと、木剣を握り締めた。
「セディの考え、しかと受け取った。これは私の部屋に飾っておこう。ファールンには、捨てないよう言っておかなければならないな」
「彼女がエーレの部屋を清掃しているのか?」
「ああそうだ……うん、確かに今のままではセディがいなくなれば、私は混乱してしまったかもしれないな」
と、エーレは苦笑しながら語る。
「遠い未来のことは、私も深く考えていなかった。けれど、死が近いからこそセディの方は懸念していたと」
「エーレも、主神デュガやアミリースは俺にずいぶんと入れ込んでくれているけど……俺の代でどこまで話を進めることができるのかは未知数だ。もし上手くできなくても、エーレ達は失望しないとは思うけど、道が断たれたとして嘆くことはあるかもしれない」
「そうだな」
「だけど、俺がいたという事実をしっかりと思い出してくれれば、それを変化できるかなとか思ったんだ……その結果が木剣というのは、俺の技量不足で申し訳ないけど」
「いや、セディの思いしかと受け取った。これはずっと、大切にさせてもらう」
エーレは微笑を浮かべた。本当に嬉しそうに……それは共に世界の管理を担う同胞として、喜んでいるように見受けられた。
「ふふ、まさかこんなことをしてくるとはな……しかしセディも殊勝だな」
「そうか?」
「まさか私のことまで気に掛けるとは……魔王という存在も、見くびられたか?」
「別にそんなつもりはないんだけど……というか、純粋に感謝の気持ちと思ってくれよ」
「茶化すつもりはなかったんだ、すまない……さて、少し話を戻そう。勇者ラダンとの戦いが差し迫っている状況ではあるが、基本的に相手の出方を窺うような形になる」
ヴァルターの情報があっても、居所をつかめているわけではないからな。
「後手に回ることは確実だが、こちらは神族と魔族が連携をとっているため、相手の動きがわかり次第、即座に動ける。しかも魔界や神界側から転移して、だ」
「まさしく電光石火だな……」
「そうだ。後手に回ってもすぐ挽回できるような形にはしている……が、それでも神魔の力という存在がある以上、決して楽観視はできない」
「俺やクロエの動きが重要になる、ということだな」
言及にエーレはコクリと頷いた。
「よって、もしラダンが動き出せばセディ達は働き続けることになるかもしれない」
「今のうちに休んでおけと」
「もちろん動き続けても問題ないような処置はしておくが」
魔法か、それとも何か薬でも飲ませるのか……と思っていると、エーレは笑う。
「そう警戒しなくてもいいぞ」
「……顔に出てたか?」
「ああ。神族由来の物であると説明すれば、少しは安心するか?」
「それは、まあ」
「魔界に存在する物も、人間に有用なケースもあるのだが」
「……そういう固定観念とかも、振り払わないといけないかな」
「その辺りは、少しずつやっていけばいいさ」
エーレは優しく笑う。その表情から、リラックスしているのがわかる。
彼女自身、勇者ラダンとの最後の戦いが迫る中でも落ち着いている……それが何よりも頼もしい。
エーレとなおも会話をしながら勇者ラダンについて思いを馳せる。彼の凶行……それを止めた先に、ある意味で俺の本格的な活動が始まるのかもしれない。
なら、それを実現するために……絶対に勝つと心の中で誓い、魔王城の中で穏やかな時間は過ぎていった。