騒動の対策
その後、特に何事もなく魔王城へと帰ってきた。玉座の間へ赴きとりあえず女王アスリと話したことを伝える。
「女王へ話をしに行ったのか?」
「それは本来の目的ではなかったよ。で、だけど」
手記のことを告げ、それを渡すとエーレは興味深そうにページをめくり始めた。
「なるほど、勇者ラダンの……とはいえ、これを私が利用するのは難しいな。セディ、あなたが持っていてくれればいい」
「俺が?」
「ああ。勇者ラダンの仲間の考えを通して見えてくるものがあるかもしれない……私が持っていても役には立たない。魔王から手記のことを聞かされてもラダンとしてはそれがどうした、という程度のものだろう?」
確かに。ラダンからすれば調べたのか程度で終わるか。
「しかし、セディが持っていれば話は別だ。同じ勇者という立場……そしてラダンの明確な敵ということで、何かしら思うところはあるだろう。それがどういう結果をもたらすのかは不明だが、色々と動くための選択肢としては悪くないのではないか?」
「わかった。なら大事に抱えていることにするよ……それと、なんだが」
「どうした?」
「帰る道中で、とある魔族と出会ったんだが……その……」
どう説明したものかと迷っている間に、エーレは察したらしい。露骨に顔をしかめる。
「奴か? 奴に出会ったのか?」
「あ、ああ。情報を渡して去って行ったけど」
「ジクレイト王国の首都では手出しが難しいな……」
「部隊を即刻派遣するようなことはしないでくれよ……」
「奴の残り香くらいはあるかもしれん。それでアジトでも見つけることができれば全てが終わるのだが」
本当に黒歴史って感じだな……俺はもう尋ねる気も失せたので、本題に入る。
「それで、エーレ。彼が言うには勇者ラダンはそう遠くない内に動き出すだろうと」
「……なぜ奴がそれを知っている?」
「まだ勇者ラダンに近しい人間と接触しているらしい」
「本当か?」
「信用できないのはわかるけどさ……ただ、あの魔族はなんというか……やっていることは無茶苦茶だし、エーレが否定するのも無理はないけど、少なくとも情報の確度だけはしっかりあるんじゃないか?」
エーレは沈黙した。実際のところ、俺と勇者ラダンと引き合わせた際にもらった資料は、色々と役立っているはずだ。
「もちろんそのやり方は否定されておかしくないわけだけど、とりあえず情報としては間違っていない」
「確かにそうだな……癪ではあるが、それに備え準備しておけということか」
「まあたぶん、そういうことかな……で、肝心の準備はどうなんだ?」
「順調ではある。さすがに今すぐに始まっても対応できるかと言われれば微妙ではあるが……急がせるとしよう」
警戒を込めてエーレは呟く。うん、ひとまず信用してくれたらしい。
「決戦が近いわけだけど、エーレはどのような手段に出ると思う?」
「騒動を引き起こすというのなら、ラダンはまず配下などを利用してかく乱を行うだろう。大陸西部に拠点を構えているのであれば戦場は西側だ。それに東側と比べ事件を起こしやすいのもある」
「それに乗じて『原初の力』を?」
「そうだろうな。今は彼の手元に力はない……よって移動するべく、騒動を起こす。多数生じる騒動の中に、彼の姿を捉える必要がある」
「かなり大変だな」
「加え、騒動の規模についても考慮しなければならない。魔物などが動き出すということであれば、私達もそれなりに本腰を入れなければならないからな」
「……魔族はどうだ?」
俺の質問にエーレは一時沈黙する。
「魔族……大いなる真実を知らない魔族達が、勇者ラダンに迎合したのなら、規模はさらに拡大するんじゃないか?」
「あり得るな……そもそも天使の中に勇者ラダンの協力者がいたくらいだ。魔族の中に混ざっていてもおかしくはない」
「そういうあぶり出しはできていない?」
「調査はしているが、人的な要因で滞っている。ひとまず要所を任せている配下については真実を知る者達ばかりだし、緊急時においては問題ないと思うが……」
「さすがに考えたくないけど……真実を知る者達の中で裏切り者は?」
「ない、と断言できる。そこはセディも安心して欲しい」
エーレの強い言葉。他ならぬ魔王が言うのだ。俺も黙って頷くだけにした。
「ふむ、魔族が反乱を起こしたのであれば、厄介ではあるのだが……それに対する策としては、勇者を動かし、国を動かす……単純に魔王と人間の戦いに持ち込めばいい」
「その混乱の中で勇者ラダンが動くとしたら……」
「監視の目については、天使達に任せるべきだな。例えば魔王が大々的に動き始めた。神々もまたそれに対抗して天使達を各国に派遣する。各国の王達は既に真実を知るに至っている。よって、天使達と連携することを要請し、治安維持に努める。なおかつ、監視の目をばらまく。これで対策としては十分だろう」
――人間達からすれば、とうとう神々と魔王の決戦が、と思うところだろうか。とはいえ真実は単なる治安維持……壮大なのか小さい話なのか、よくわからなくなるな。
「うむ、デュガに連絡して今度の対策を練るとしよう」
「わかった……なら、俺はどういう風に動く?」
「勇者ラダンが発見できれば優先的に対処だ。神魔の力……それに応じることができるのはセディとクロエだけだからな。皮肉な話だが、神界の騒動で主神も神魔の力に対抗するのが難しいことがわかった。より二人の重要性が増したと考えていい」
「緊張するけど、頑張るよ」
「ああ、期待している」
肩に力が入る……主神と魔王の期待を背負っているわけだ。緊張しないはずがない。
けれど、決してガチガチというわけではない。それはきっと、勇者ラダンの仲間が残した手記があるから。彼を絶対に止めなければならない……それをしかと、胸に刻んでいるから。
この戦いの中でできることなら対話したいけれど……優先すべきはこの世界の秩序だ。冷徹にならなければ。
「それで、セディ。用件というのはこれらの情報か?」
話を変えるエーレ。ここで俺は別の意味で体に緊張を発しながら、
「いや、これも違う……実は……」
少しばかり沈黙を置いた後、俺はエーレへ向けある物を差し出した。