王の限界
俺は一人で転移魔法陣によって、ジクレイト王国の首都へ辿り着く。場所についても以前町中を見回っていたため、既に候補は思いついている。
そこへ赴き、俺はいくらか作業をした。それによって得られた物は……なんというか、ものすごく地味かもしれないけど、きっと効果はあるはずだ。
で、このまま帰っても良いのだが……俺はふと、城へ足を向けた。人類にとって希望とも言える城だが……そこにいる女王へ。俺は一つ疑問を抱いたのだ。
とはいえ、会えるかどうかわからない……何気なく城へ近づくと、俺のことを知っている門番に声を掛けられた。
「勇者セディ……! 今回はお一人ですか?」
「ああ、そうだ。報告があって来たんだけど」
門番はそれによって城の中へ。この調子なら女王にも会えそうかな? さすがに俺が報告へ来たということなら、大いなる真実に関すること……というわけで、女王が自ら対応しそうだし。
それほど時間が経つことなく、門番は戻ってくる。そこで城内へと案内し、客間へと通された。大きくはない、秘密の会話にでも使えそうな部屋。そこで待っていると、やがて扉が開いて女王が姿を現した。
「一人と聞いて少し驚いているのだけれど……定時報告とは違うわよね?」
「はい……その、急な来訪ですみません。俺の独断で来ました」
その言葉で女王アスリはにっこりと微笑む。
「なるほど、あなた自身、思うところがあってここへ来たと」
「はい。もし時間が無ければ――」
「いえ、大丈夫。話をしましょうか」
席に着く女王。面と向かって話をするのは、これで何度目だろうか……。
「まず、ジクレイト王国についてですが……事件以降、問題はないですか?」
「特に事件があったというわけではない……いえ、この言い方は語弊があるわね。先の事件に関連する出来事はない、と言うべきかしら。多くの人々が住まう都。日々何かしら事件は起きてしまっているのだから」
「そうですね……そういえばエーレから、勇者ラダンに関連して仕事とか頼まれていたりはしますか?」
「ええ。捜索活動に協力してくれと。とはいっても大っぴらに人相書きを作るわけにもいかないから、怪しい動きをする人間について調べている程度だけれど。何か進展はあったのかしら?」
「情報は、常に届けられているんですか?」
「そうね。勇者ラダンの一派をあなたが倒していると」
そうか。なら、
「……勇者ラダンについて、女王の見解が聞きたくて」
「世界を自由にできる力……それを得ようとしているラダンについて、ということね」
「そうです。加え『原初の力』……女王は、それが欲しいと思いますか?」
「あらゆる力を得ることができる、というのはまさしく夢のような話なのは間違いないわね」
と、まず女王アスリは『原初の力』を肯定してみせた。
「けれど、それはあくまでも夢でしかない……結局のところ、人間である以上……いえ、理性がある以上はどれだけ願っても、満足する世界を生み出すことはできない」
「理性がある以上とは……」
聞き返すとアスリは頷く。
「人間も、魔族も神々も……支配者として自らを律して世界を統治している。けれど、私を含め統治者であっても、感情を持っている。喜怒哀楽を感じ、時に何かを欲する……理想の世界というのは、統治者が持っている願いが反映されるでしょう。それにより、必ず歪みが生じる……だから、絶対に理想を生み出すことはできない」
「……感情が邪魔をして、ということですか」
「ええ。神々であれば完璧に、と思うかもしれない……少なくとも全知全能だと考えている人々であれば。けれど彼らもまた、私達と同じように感情を抱き神界を治めている。そうである以上は、いかに力を持っていても理想という領域には到達できない」
アスリはそう告げる……声音には、諦観した雰囲気があった。
「魔王や、主神であればおそらく勇者ラダンの考えに多少なりとも、賛同するかもしれない。自分自身の力を使えば、おそらくは……そんな風に考えてしまうかもしれない」
それは、エーレが語ったのと同じ意見だった。
「人間の私達は、王として国を治めているけれど……力には限界がある。だからこそ、私のように達観しているのかもしれないけれど」
「そうですね……だからこそ、力がないからこそ、俺は管理の世界を学ぼうと思ったわけですが」
「無力であるからこそ、あなたはそう決断した」
アスリはそのように俺へと述べる。
「力を持たない存在と、持っている存在とでは見方も違う……勇者セディの場合は、魔王を破る力はあれど、世界をよくするための実力はなかった、ということね。それを無力だと」
「俺にできるのは剣を握ることだけだった……今まではがむしゃらにやっていただけですが、おそらく勇者ラダンと相対する時、それでは足らない」
どこか確信を伴った声で、俺は女王へ語る。
「俺自身がどう思っているか……それを含め、自分の意思を示しながら、相対しなければ決意の差で負ける」
「だから、あなたはここへ来たのね。自分がどのような答えを選ぶのか……それを決めるために」
「はい……」
「迷うのは良いことよ。今は森の中でさまよっている状況かもしれないけれど、この経験は答えを出す時に必ず役に立つ」
「そうだと良いのですが……すみません、なんだか無理矢理話を聞いてもらって」
「良いのよ。私もあなたにファールンのことなど救われた。今まであなたに何も亜して上げられなかったから……こうして、話ができるのは嬉しいわ」
にこやかに述べるアスリは、なんだか嬉しそうだった。
「さすがにいつでも、とはいかないけれど、迷ったらここへ来てもいいわ」
「ありがとうございます。迷惑にならない程度に、来ようかと思います」
「そうね……あ、勇者セディ。もう一ついいかしら?」
「はい」
「神魔の力のことを含めずとも、勇者ラダンを止められるのは勇者セディ、あなただけなのは間違いない」
そう告げた後、アスリは俺へ、
「あなたは彼の野望を砕こうとしている……けれど、私は少し違う思いなの。勇者ラダンは、世界を変えなければならない妄執に囚われている……彼は倒すのではない。救うべき存在なのかもしれない」
――ああ、そうなのだろうか。確かにラダンは、世界に反逆している……答えを、導き出そうとしている。
それは果たして、どこまで自分の意志なのか……俺は深く頷く。アスリは反応に満足したか、もう一度俺へ向け笑みを浮かべたのだった。