思いついたこと
話がまとまった段階で、エーレは俺へ向き直り、
「私の話はこれで終わりなんだが……セディ、何か質問はあるか?」
「俺の方は特にないよ……エーレ、勇者ラダンについてだけど……まだ所在はわからないんだな?」
「色々と調べてはいるのだが……」
エーレとしては不本意な様子。まあ逃げられ続けているわけだし、魔王としては納得していないか。
「正直、不甲斐ないと感じているくらいだ」
「そこまで思い詰めなくても……ラダンの方が一枚上手ということか」
「彼は大いなる真実を前提として行動することができるからな。『原初の力』のありかについても、調べてはいるがさすがに厳しいのが現状だ」
「……彼に取り入った魔族が情報を持っていたはずだけど」
俺はヴァルターの名前を出したら不機嫌になるのはわかっているので、そういう婉曲的な表現をしたのだがエーレは、
「情報源としてはまあまあ良かったが、それでも見つからない」
「そっか」
「言っておくが、ヤツの擁護をする必要はないぞ」
「いや、別に何も言っていないけど……」
まあ無茶苦茶だったのは認めるんだけどさ……沈黙していると彼女は、
「……ヤツのことについて大して喋っていなかったのは、私としても落ち度だったと思う」
「意図的に話していなかったんだよな?」
「そうだ。なんというか……禁句扱いだったからな」
何をやったのか本当に気になる……けどまあ、エーレ自身が詮索しないで欲しいと体で力一杯主張しているので、俺はとやかく言わないことにする。
「まあいい……今後のことだが、当面は仕事もないため暇ができる。勇者ラダンとの戦いが生じたら、緊急招集を掛けるが……どこか行きたい場所があれば、それに従うぞ?」
「リクエストに応えてくれると……と言われても」
「例えば故郷に顔を出すとかはどうだ?」
「……あー、そういう手もあるか」
カレン達に事情を説明したわけだし、帰ることはできる。ただ、
「それは、ラダンとの戦いが終わってからにするよ。なんというか、それがふさわしい形だと思う」
「なら当面は、自由にしていい。魔王城の中を見て回るのも良し、外に出るのも良し。しばらくゆっくりしていてくれ」
エーレは部屋を出ていく。その後ろ姿は、なんだか憑き物が落ちたように晴れやかなもの。俺と話をしたことで、踏ん切りが付いたようだ。
ま、そういう役目を担えたということで、良かったのかな……彼女の治世がどれほど長いものかわからないけど、年齢を考えればそれほど長いわけではないだろう。その中で、絶対的君主として振る舞う必要性があった……口調も変えて、威厳を持たせ……彼女なりに頑張っているのはわかる。
俺は弟子入りしたという立場なので、対等とは呼べないかもしれないけど……もう少し、彼女の内面に踏み込んでも良いのだろうか?
「誰かに相談するか……? いや、待て」
カレンとかシアナとか、その辺りに相談するのが適しているような気もするけど……なんというか、なぜ急にそんなことを言い出したのかと問われたら、面倒になりそうな気もする。
うーん、どうしようか……誰かに相談するとしたら同僚的な立場に当たるクロエかな? でも、彼女にエーレのことを伝えても……微妙な顔をされそうな気がするな。
「……一人で考えてみようか。あ、でも……」
こういう場合、考えついたこととしては……まあ、これが良いだろうか。
頭の中でどう動くか算段を立てた後、俺は部屋を出る。何をすべきか……と義務のようにすることではないけれど、どうせなら――色々と考えつつ、俺は廊下を歩き始めた。
「ああ、行きたい場所が見つかったのか。構わないぞ」
エーレに外出許可をもらいに行くと、あっさりと同意してくれた。彼女としてもたぶん休養くらいはとって欲しかったのかもしれない。
「どこに向かうかは決めているのか?」
「ああ。ジクレイト王国で頼むよ」
「首都か? 何かやり残したことが?」
「ああ、そうだな」
頷くとエーレは何をするのか関心を示した様子だったが……詮索はせず「わかった」と同意した。
「護衛は必要か?」
「町中を歩くだけだから問題ないよ。まあ一人でも問題はないだろ」
「……ん? 単独行動なのか?」
エーレは疑問と共に目を細める。仲間と一緒に行くという解釈だったようだ。
「ああ。問題はあるか?」
「別に構わないが……ジクレイト王国であれば、騒動もないだろう。セディ自身が首を突っ込まなければの話だが」
エーレの言葉に俺は苦笑しつつ、
「大丈夫だって……別に魔物へ退治しに行くわけでもないからな」
「……ふむ、危ない場所へ行くというわけではなさそうだし、問題はないか」
「なんだか保護者じみてきたな……」
俺の言葉にエーレは「すまない」と小さく謝った。
「別に意図があるわけではない……魔法陣はそのように設定しておく」
「わかった。えっと、一両日中には戻ってくる予定だけど……あと、仲間にはこちらから伝えておくから」
「単独行動については賛同するのか?」
「たぶん大丈夫だろ」
まあ理由を説明してくれと言われた場合、適当に誤魔化せばいい……別に隠し立てする必要性はないのだが、なんとなく喋るのも気が引けた。
とりあえず、仲間達がエーレへ言い出さないとも限らないし……一方でエーレはどこまでも疑問の表情ではあったのだが、
「わかった。気をつけて」
そう俺へ告げ、送り出してくれる様子。そんな彼女に俺は内心で待っていてくれと告げながら、彼女の下を離れてジクレイト王国へ向かうことにしたのだった。